悪役っぽい台詞って意外と出てくるものね
Side ターシャ
エレーナが目を覚ましたのは三日後だった。
一度目を覚ましたが、その時は泣きながら気を喪うようにまた眠ってしまった。
そして会話をできるように意識が浮上したのは、一週間後だった。
「ターシャお嬢様」
「ターシャお義姉様。」
「お、お義姉様。」
おずおずとそう発したエレーナに満足げに笑った。
マジマジと見れば、やっぱりエレーナは綺麗だ。
姉のような妖艶な美貌ではなく、清楚な守りたくなる美貌。
姉が薔薇なら、エレーナは百合だな、なんて思った。
「さて、エレーナ、今日はお母様もお姉様もお茶会。だからゆっくり話せるの。まず、貴女の状況について説明しないとならないの。」
「……確かに父は公爵ですけれども、母は平民ですし、お義母様がああなってしまうは仕方ないことかと。」
そう言って話してみて思うが、エレーナは非常に聡い。
頭の回転も悪くはなし、何よりこの美貌だ。
お母様が癇癪起こすのも仕方ない気がする。
だけど、それは本来、許されることではないのだ。
「まずね、エレーナ、あなたは亡きオクレール公爵を父に持つ。これは公然の事実よね?」
「え、はい。」
「では貴女、自分のお母様の事を知っている?」
「……いいえ。」
それはそうだよね。と小さく思った。
私だってエレーナが倒れた後に、ローランドから聞かされた情報に腰ぬかすかと思った。
エレーナの実母はロジェ商会の会長の娘。
「エレーナ、ではロジェ商会は知っている?」
「ロジェ商会と言えば、あれですよね?ドレスからお菓子まで何でもそろってしまうという」
「そこの会長さんがエレーナのお母様のお父様。つまり、エレーナのおじい様ね。」
「え?」
「ちなみに会長さんは春の宴で外交官となるために子爵になられたし、エレーナのおばあ様は元、伯爵令嬢。しかも辺境伯のお家だしね。」
そう、母と姉が虐待したエレーナはとんでもない爆弾だった。
辺境伯と言えば、わが国では侯爵と同列に扱われている。
しかも武芸に特化しているので脳筋……失礼、質実剛健な一門。
そんな方々が遠縁とはいえ親戚に虐待となれば恐ろしいことになる。
尚且つ、お母様とお姉様はちょっと目に余りすぎている。
「つまり、貴女が母方に庇護を求めて、貴族としてやっていくことも可能なの。貴女は平民の娘と思っているようだけれども、正真正銘のオクレール公爵令嬢なの。しかもお母様の身分もしっかりしている。ついでに言うとね、私のお母様の所為で貴女のご両親は割かれた仲ですからね。」
そう言いながら目の前の紅茶を口に含んだ。口の中に広がる香りは高級品なのだと思い知らされる。
「エレーナ、貴女の母が私の母に侮辱されていいことなどはありません。そして、これから貴女は私と同等の教育を受けることになります。貴女には屈辱的な言葉を掛けるかと思いますが、本心でないことを知っておいてください。」
飲んでいた紅茶のカップと皿をテーブルに置いた。
12年間、真面目に教育を受けたターシャが私を貴族らしく立ち上がらせた。
そして覚悟を決めてふう、と一呼吸置く。
「さあ、行きますよ」とドレスの裾を持って歩きだした。
歩んだ先は母が帰ってくるエントランス。
エレーナは付いてきたが、慣れないドレス、靴に四苦八苦しながら半歩後ろで止まった。
「お帰りなさいませ、お母様、お姉様。」
「ターシャ、ただいま帰ったわ。ところで、何故『コレ』がドレスを着ているの?」
「ふふふ、お母様は良き所に目を付けますわね?『コレ』の顔をよくご覧になって、母親に似て、男受けしそうだと思いません事?」
ビクッとエレーナが震えたのが分かった。
それに気が付いても、知らないふりをした。
「高い教養を付けさせれば、高く売れると思いませんか?金持ちの後妻にでも。」
その言葉にお母様はニヤッと笑った。
下品な笑い方、そう思ったのは心の隅に沈めた。
それからエレーナは私と一緒に淑女教育を受けだした。
元々才能があったのだろう、あっという間に私が終わらせた教育に追い付いて、そして同じ家庭教師に教わることになった。
エレーナを守るためにも次の段階に行くべきだ、そう密かに思ったのだった。