紅茶を吹き出さなかった私は偉いと思うの
ターシャ視点に戻ります
Side ターシャ
明かりはどうやら魔法具というもので照らされていて、明るさ調整機能まである。電気ではない、と私の中のターシャの記憶が教えてくれる。
エレーナが私のベッドの上で呻く中、私は、ターシャ日記を読み返していた。
元々、優しい子なのだ。
でも勇気がない。
『エレーナの境遇は明らかにおかしい。
いくら愛人の子供とはいえ、彼女に流れる高貴な血は間違いないはずなのに。
誰にこれは確かめればいいの?お父様はもういない。』
そんな彼女の苦悩がつづられていた。
12歳、そうなると彼女は小学6年生程度。
まだ、親が正しいと思う年頃だ。
でも、彼女は気付いていた。聡明だったのだろう。
そして、彼女の記憶がどちらかというと大半を占める私の頭。
すっかりと混ざり込んだ中に彼女が悩んだことは二つ。
『お母様とお姉様を貴族として許すか?』
『エレーナを家から出して助けるべきか?』
一つ目については、お母様とお姉様がもう、貴族としての義務を放棄して、平民を虐げている。
エレーナが来てからはエレーナ以外にそれが向くことはなかった。
貴族は平民の税によって生活をしている。
だけれども平民の税を使って、領地を発展させなければならない。
「お金が回っているところを見ると、多分、優秀な管理官がオクレール公爵領に居るんでしょうね。」
そう言いながら目の前で熱に魘されるエレーナの汗をタオルで拭った。コンコン、とドアの叩かれる音。「誰?」と答えれば、「ローランドでございます。」と返事が返ってきた。
「入って。」
「失礼いたします。」
入ってきたローランドはいろんな資料を持っていた。
「それは、何?」
「ターシャお嬢様。これからお見せするのは私の罪の証でもあります。それをご確認してから処遇をお決めください。」
渡された資料を私の部屋のテーブルに置かせた。
その資料の数々を読んで絶句したくなった。
「コレ、不正しているようなものじゃない!!」
思わず叫んだのは仕方がないだろう。
その様子に予想していた半分、驚いた半分といった顔でローランドは見ていた。
ターシャがこのように声を荒らげることなど、一度もなかったはずだ。
「お母様はバランド公爵家に援助を申し出て、厚顔無恥にもエレーナの祖父にあたるロジェ商会からもエレーナの養育費を取っているのね。」
「はい、ロジェ商会の会長様はエレーナ様のお爺様に当たりまして、春の園遊会で子爵位を得ております。元をたどればロジェ会長のお父上は侯爵家の三男ですし、ロジェ会長夫人は辺境伯のご令嬢でしたから貴族としての礼儀作法も身に着けていらっしゃいます。」
「だからロジェ商会が貴族御用達、果ては王室御用達になっていったのね。」
「はい、そしてエレーナ様のお母様は、現在では子爵令嬢となりますね。」
「しかも敵に回したら怖いお家ばかり……。お母様は馬鹿なのかしら?」
そう言いながら資料を読み進めていった。
バランド公爵家とロジェ商会、と、言うよりはロジェ子爵家からのお金のほとんどは、お母様とお姉様のドレスに装飾品と言ったものに変わっていた。
お父様が残した分配金であれば、月に三枚程度ならドレスを作れる。
しかし、お母様とお姉様のドレスはそんなレベルの品ではない。
「貴族としての義務を忘れたお母様とお姉様はもうダメね。お姉様だってもう16歳。そのぐらいのことは分かっていないとダメよ」
「返す言葉もありません」
「それで、私にこれを見せたのはどうして?」
私の言葉にローランドは少し寂しそうな表情に変わった。
私を見ているのに、その先には私でない人を見ている。
「このままではオクレール公爵家は堕ちたといわれるでしょう。旦那様が必死で立て直したオクレール公爵家が。」
悔しそうに、悲しそうにローランドは呟いた。
オクレール公爵家はお爺様の代に散財して家が傾き、それを一代で立て直したのは間違いなくお父様だ。ローランドはその頃から仕えてくれていた。
確か、乳母兄弟だったはずだ。
「私にどうできるの?12歳の小娘に何ができるっていうのよ。」
吐き捨てたような言葉にローランドは少し寂しそうな表情に変わった。
ああ、違う、彼はもう、藁をも掴む気持ちなのだ。
いきなり圧し掛かったこの重圧に、今すぐ逃げたくなる。
ただ、逃げられないのも、頭の中のターシャが教えてくれる。
「……バランド前公爵はお母様の性格を知っているの?」
「はい。ですので最低限の付き合いしかございません。」
「ロジェ子爵は?」
「最低限の金があれば孫娘の安全は保障されている、と思っているはずです。」
「わかりました。どちらのお爺様もまともということね。では手紙を書いて、そして話を聞いて貰えるか確認しましょう。」
私の言葉にローランドは安堵したようだった。
その日のうちに私は手紙を二通書いた。
二通の手紙はお母様とお姉様にとっては破滅の一歩になるだろう。