幸せな物語〜裏〜
旦那さま視点です!
私は、焦がれていた。
大きな純白の翼を広げて空を飛ぶあの人々に……
私はある王国の守り人の1柱である。
守り人とはこの王国の命とも呼ばれる天山を守る人のことで、脳・目・耳・鼻・口・手・足、と7柱に分かれている。その地位は王の次に高く、発言権も凄まじい程に強い。しかし、それ故に守り人になるにはそれ相応の能力が必要であり、私はエルフという種族の特徴である長命を生かして脳という柱に就いた。脳はいわば他の柱を指揮する司令塔でもあるが、最大の仕事は天山に住んでいるとされる『 天の御使い』と呼ばれる神の使いのもの達と意思疎通をすることなのだ。だからこそ、王でさえ入ることは許されないとされる天山に私は入れるのだ。入れるといってもその回数は少なく、年に2回あればよく入ったというレベルなのであまり本来の仕事はない。それでも、脳という柱についたからには天山の近くにある森……雫森にはほぼ毎日行かなければならない。それは、唯一天山に入る出入口がそこにあるのでパトロールのために行くのもあるが、最大の目的は雫森に異変が起こっていないか調べるためである。雫森とは『天の御使い』が人間の醜い争いを目の当たりにし悲しみ、涙した時に出来たとされる由来があるからで、その説ははっきり言って嘘か本当か分からないが時々その森に瘴気と呼ばれるまだ解明されていない謎の黒いモヤが出ることがあるのだ。それは、雫森の木々達を枯らしていくため、それが出ると脳である私が手や足といった柱に報告し消してもらうのだ。そうやって代々雫森と天山は私たち柱に守られて生きてきたのだ。
その日も私はいつものように雫森へと出かけた。
しかし、いつもと違ったのはそこの1本の木に赤子が捨てられていたことだった。
私はその赤子を拾いあげ顔を見てみるとその顔は恐ろしいぐらいに整っていた。私も大概自分で言うのもなんだが整っている方であり、ご婦人方やご令嬢に人気がある方だがその赤子はどこか神聖さを感じられるほどだったのだ。
私は、驚きのあまり言葉なくしてしまったが突然の雨に我に返り勢いのまま雫森の近くにある家に連れて帰ってしまった。
連れて帰った時の執事や侍女達の顔はすごく驚いており、その日はてんやわんやしていた。
その日の夜、私は寝る時に昔のことを思い出していた。
昔の私は『天の御使い』を羨ましく思っていた。純白の翼を広げ
てとてつもなく高い大空を悠々と飛ぶ姿は神々しいの一言であり、自分のような窮屈な世界にいないその姿は羨ましさと同時に憎んでいた。
そして、いつの頃かあの純白の翼を引きちぎったらどうなるのだろう、あの神聖さは私だけの物になるのだろうかと考えるようになった。
もちろん、自分でもそれは禁忌であると知っていたし、それを実行する気にもなれなかった。でも、心のどこかでは諦めがつかず、気づけば血を吐く程の努力をし、脳についていた。
その時はあまりの必死さに気づかなかったが、周りからは「冷血の貴公子」と呼ばれていたらしい。だから、あの時赤子を拾ってきて皆が驚いたのだろう。
そんなことを思い出しているうちに私の意識は暗くなっていった。
朝起きると私の隣にあの赤子がいた。拾った時は雨が降っており暗かったのもあって分からなかったがその赤子の背中には純白の小さな翼がついていた。
それに気がついた時、私は確信した。この赤子は私が羨ましく、憎く、そして今の今まで焦がれていた『天の御使い』の赤子なのだと……!
それから私はその赤子が逃げないように、不用意に飛び立たないように翼を自らの手で引きちぎった。純白の羽が赤子の血で真っ赤に染まった時、大きな後悔に襲われたのを今でも覚えている。そして、少し失望してしまったのかもしれない。最低なことだが『天の御使い』は翼があればこその御使いであり、翼が無ければ神聖さは少しは残っているもののただの人間だったのだと。
あれから何年経っただろう。
私はその子にリリーと名付け、いちから育てた。
リリーは物覚えがとても良く、教えたことをすぐさま吸収し、すぐに実践する。おかげでとても楽だったし、「旦那さま」と慕ってくるリリーはとても可愛らしかった。
ある時、私は17歳になったリリーに結婚のことについて話そうと思った。いくら慕っているといってもリリーは17歳で私はとっくに100歳を超えている歳である。見た目はつり合うかもしれないが、年齢が全くつり合わない。よって、リリーに似合う人を見つけようと思った訳だが何故か探したくないという自分がいた。……私にとってリリーはどういう存在でどう思っているのか自分でもよく分からなくなってしまった。
結婚についてはリリーは興味が無いのか全く聞いてこなかったが、リリーの背中についた傷跡についてはよく聞いてきた。今思えば、その時に打ち明けておけばリリーをこの地上に縛り付けなくても良かったのかもしれないが私の口からは何も言うことが出来なかった。
気づけば3年が過ぎており、リリーは20歳になっていた。
私のせいで結婚適齢期を逃してしまったのだ。可哀想なことをしてしまったと思うと同時にホッとしている自分がいた。
私の家の執事や侍女達はリリーとすっかり仲良くなっており、適齢期を逃してしまったリリーを哀れみというか悲しみを込めた目でたまに見つめるようになり、私には冷え冷えとした目を向けるようになった。
最近リリーが空を見上げることがある、そう侍女に言われて私はどこか焦っていた。
リリーの空を見上げる行為はもしかすると『天の御使い』になれたであろう自分の存在を思い出そうとしているのではないか、と。
私はこういう時のためとして王城の近くに家を建てるつもりでいたため急遽仕事終わりに家のことについていろいろと準備をした。その時はとても忙しく家に帰るときは皆が寝しずまった頃で毎日がしんどかったが、それでもリリーがこの家から、いや、私から逃げ出すよりも、と思えばどうということはないと思えた。
家を変えることについてリリーは賛成してくれた。私はその時はすごく緊張していたのだと思う。全身からは汗が何故か出ていた。
ある時、リリーから話があると私に執事を通して言ってきた。
私としては久しぶりにリリーと喋れるためとても楽しみにしていたが、私の部屋に入ってきたリリーは浮かない顔をしていた。
どうやら、家を変えることについて迷いがあるらしい。リリーは純粋な子に育ったので、物心ついたときから教えていた約束についてちゃんと覚えていたために言いに来てくれたらしい。その約束は何か迷うことがあれば私に必ず言う、ということだ。それは、無断で逃げ出さないために教えこんだことであり、それを律儀に守っているリリーに少しも罪悪感がないのかと言われればあるが、それもこれもリリーを手放さないために必要なことだったのだ。リリーの迷いは間違いなく『天の御使い』による迷いだったのだ。
その時に私はリリーを今までの手放したくないとは違い、手離したくないのだと初めて思った。そこから急速にリリーにいつからか恋をしていたのだと気づいたのだ。
誰が『天の御使い』なぞに渡すものか、と。
私は自分の気持ちに気づいてからリリーをずっと傍に置くためにリリーを説得し、急遽予定よりも早く家を引っ越した。
それから約5年、リリーが『天の御使い』だったことを思い出しても逃げられないように『結婚を前提としたお付き合い』という枷を付けた。最終的には私とリリーの子をもうけて最大の枷を付けたいと思うがそれはまだ先の話だろう。
今でもずっと思うが、リリーは本来ならこんな窮屈な地上にいるべき人ではないことは知っているが、私は死ぬまで、いや死んでもリリーを手放すことはないだろう。例えそれが『天の御使い』であっても、神だとしてもだ。
お読み頂きありがとうございました!!