弱くても
7
次の日は朝からお風呂に行って、花魁としての1日を過ごすうちに、少しづつ思い出していった。
窓の外から行き交う人を見ていると………あの人!!初めに会わされた縄にかかってたあの人だ……!!
何だろう……あの様子…………密偵?いやいや、あからさますぎでしょ!そんな訳ないって!
じゃあ、じゃあもし、もしだよ?それに気がついた私が、あの男に惚れたふりして一緒に心中しようとしたら?騒ぎを起こして気を引こうとしてるのは誰……?男がこっちに気がついた。目は合わせないけど、確実にこっちに気がついてる。
もし、お互いに自分は死ぬつもりはなくて、相手だけ死んで欲しくて心中しようとしたら?それって私、殺人未遂じゃない?違う……逆だ。殺されそうになったんだ。自殺に見せかけて殺されそうになった。それでも、二人とも生き残って、お互いに釈放されたのは………何故?あの男はまだずっとこっちを見てる。
私、見張られてれる?泳がされてるんだ……。
私が犯罪者?嘘でしょ!?でも、私が泳がされてるって事は、狙いは私じゃなくて…………
「お清!」
誰かに呼び止められた。
誰?このオッサン?何だかパンダみたい。
「間夫と心中と聞いていたが……」
「まぶ?まぶって何?ごめんなさい、おじさん、私何も覚えてないんだ。」
「覚えてない?」
おじさんは驚いていた。
あ、あの男が動いた……!あの男が店に入るのが窓から見えた。こっちに来るのかな?
「おじさん、隠れよう!」
私はおじさんと部屋にあった屏風の後ろに隠れた。殺されかけたと思ったら、何だか怖い……。私はおじさんにしがみつきながら、震えた。おじさんはその手にそっと、自分の手を重ねてくれた。
そして、1人で屏風の前に出て行き、ゆったり座った。そこに、あの男がやって来た。
「ここに、お清という花魁を見なかったか?」
「存じません。私もここで待っております。もしここでお待ちになるならば、お茶でもいかがです?」
「よい。邪魔した。」
男はそう言って去って行った。私は屏風から少し顔を出した。下で男が出て行くのが見えた。ホッとした。
「ありがとう!おじさん!」
何かお礼をしたいけど、何も持ってない。じゃあ、遊女らしいお礼を思い付いた!私はパンダのおじさんのほっぺにちゅーをした。パンダのおじさんはあっという間に赤くなった。何その反応!かわいい~!
「多分あの人、私の事殺したいんだと思う。まぁ、別に殺されても良かったんだけどね。」
昔って科学技術とかないからすぐバレずに暗殺できそう。………暗殺?
「そんな寂しい事言って、私の気を引こうとしてるのかい?」
「は?気を引く?」
それで気を引けるなら、左次さんの気を引きたかった……。どうして?何で左次さんの名前が出て来た?
思い出さなくてもわかった気がする。私、きっと、左次さんの事が好きなんだ。それは、恋とか愛とかなのかはわからないけど……。
その後パンダのおじさんは、楽しそうに色々見せてくれた。綺麗なお菓子、キセルというタバコみたいなやつ。そして、パンダのおじさんはご機嫌で帰って行った。
そして、とうとう、15日の朝が来た。
「お清!お清!起きんさい!」
「ん……ママ?まだ夜だよ?」
辺りはまだ薄暗い。
見知らぬ女の子が、私を起こしに来た。
「何寝ぼけとる?お清にお客だよ。下。」
そう言うと、外の庭を指さした。
私は寝ぼけながら窓から外を見た。そこには左次さんがいた。左次さん!
私は起きていた女の子にお願いした。
「ねぇ、着物の着方教えて。」
「はぁ?」
だって………着物の着付け方すら知らないし、この時代のおめかしの仕方なんて、全然知らないもん……。女の子達が起きて来て、綺麗に着付けてくれた。
私は急いで下に下りて行って、左次さんに言った。
「左次さん!これから一緒にデートしてよ!」
「で?でえとってなんだっぺ?」
えーと、江戸時代のデートって何て言うんだろ?
「と、とにかく、今日は私とどこか行こう!あ!坂下門!一緒に行こう!ね?」
何故かパッと思い付いたのが、坂下門だった。そこに何があるのかは全然知らない。
「おめとはいがね。」
「どうして?」
左次さんは、その問には答えなかった。
「これから遠くさ行ぐから、挨拶に来た。顔さ見れて良がった。もう、行がねぇと。そご、いしゃれ。」
左次さん、やっぱり………
暗殺に加わる気だ。…………暗殺!?そんなのダメだよ……!そんなの行ったら絶対に殺されちゃう!左次さんを…………絶対に行かせたくない!!そう思って、私は左次さんの前に立ちはだかった。
「どかない!!ここから先……行くのを止めてくれなきゃ、ここをどかない!」
私は左次さんの着物の腕の所を強く握って言った。
なんか………泣きそう。
「どうしても行くなら………私を殺してくんなんし!!」
今の何?急に花魁言葉が出た。どうして、こんな気持ちになるのかわからなかった。でも、この手を離せば、左次さんを失う気がした。
左次さんは、少し黙った後、静かに言った。
「お清………おらは武士だ。武士は強くいなぐなんね。強く、潔く生きなぐなんね。」
その言葉に……あの時の星野君を思い出した。
塾の終わりに、星野君はまたこっちを見てたから、思わず
「食べる?大阪のお土産にもらった物だけど……。」
そう言っていた。星野君はお菓子のお店を携帯で調べる。これは星野君のクセというか習慣というか、すぐ調べないと気が済まないらしい。
「このお菓子、創業文久3年だって。」
「文久って?」
「江戸時代後期だ。」
江戸時代………
「あの……やっぱり男の子は小さな頃は、侍とか忍者とか憧れたりした?」
まぁ、星野君はそうじゃなくても驚かないけど……。
「そりゃ憧れた時期もあったよ。でも、調べれば調べるほど、僕には武士は無理だって思った。」
なんだか意外……。星野君でも、そんな年頃があったんだね。そう微笑ましく思っていたら……
「武士は……現実を全て受け止める、強さと潔さが必要だ。だから僕は、今の時代に生まれて良かったと思ってる。弱くていい。逃げてもいい。そう誰かに言ってもらえる方が、僕は幸せだと思う……。」
私はその時、星野君が珍しく、暗い顔をした。
少しだけ、星野君が私に、弱音を吐いたような気がした。
「おめ、顔が赤けぇど?」
そういえば、くらくらする……熱、出ちゃったのかな?私は、左次さんの腕の中で、安心して眠った。
左次さん、この世は強くなければ、生きては行けないかもしれないね。この時代じゃ自分の意思でさえ、守る事が難しい。
左次さんは、離れない私をずっと抱えていて、結局坂下門には行けなかった。私の足止め作戦は、どうやら成功したらしい。
それを後で聞いた時はホッとした。15日の8時を過ぎれば……もう大丈夫。でも、その時左次さんの顔は、苦悩に満ちていた。私はその時熱で、その顔を見る余裕はなかった。
ここでは嫌というほど思い知らされる。自分はとても弱い。弱くて、無力だと言う事を。現代では、弱くてもいいんだよ。逃げてもいいんだよ。必ず誰かがそう言ってくれる。でも、ここでは……誰も言ってはくれない。言われるのは……『お家の恥』それだけだ。
だからきっと、私はあの人に言ってあげたかった。きっと私、その為に来たんだ。
熱が下がった頃、遊郭の伊勢屋では、お店のおじさんとおばさんから話があった。どうやら、私の身請けの話がまとまったらしい。みんな、それはまるで、奇跡が起きたかのような喜びようで……。あまりにもみんなが、めでたい目出鯛って言ってるから、多分、きっと……いいことなんだろうけど………どうなんだろう?
『キキ、大店の主人が身請けってどうゆう事?』
『…………さあね。』
左次さんに聞いてみよう。左次さんならきっと教えてくれる。左次さん、あの後どうしてるかな?元気にしてるかな?私は少ない記憶をたどりに、左次さんのいる宿まで来た。
私は、左次さんに伝えたかった。誰かに………私に、寄りかかってもいいんだよ。って。
お店の人と少し話をして、二階に上がる。きっとあの襖の向こうに、左次さんがいる。私は、勢いよく襖を開けた。
「左次さ~ん!身請けって何~?…………。」
開けた瞬間、私は……その場に崩れ落ちた。
「左次………さん……?」
弱くてもいい。逃げてもいい。お家の恥だろうが、なんだろうが、そんなのどうでもいい。それでも……私は、貴方が好き…………。
それなのに…………どうして…………?どうして、自分で腹なんか切るの?………意味……わかんないよ……。