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弱くても


次の日は朝からお風呂に行って、花魁としての1日を過ごすうちに、少しづつ思い出していった。


窓の外から行き交う人を見ていると………あの人!!初めに会わされた縄にかかってたあの人だ……!!


何だろう……あの様子…………密偵?いやいや、あからさますぎでしょ!そんな訳ないって!


じゃあ、じゃあもし、もしだよ?それに気がついた私が、あの男に惚れたふりして一緒に心中しようとしたら?騒ぎを起こして気を引こうとしてるのは誰……?男がこっちに気がついた。目は合わせないけど、確実にこっちに気がついてる。


もし、お互いに自分は死ぬつもりはなくて、相手だけ死んで欲しくて心中しようとしたら?それって私、殺人未遂じゃない?違う……逆だ。殺されそうになったんだ。自殺に見せかけて殺されそうになった。それでも、二人とも生き残って、お互いに釈放されたのは………何故?あの男はまだずっとこっちを見てる。


私、見張られてれる?泳がされてるんだ……。


私が犯罪者?嘘でしょ!?でも、私が泳がされてるって事は、狙いは私じゃなくて…………

「お清!」

誰かに呼び止められた。


誰?このオッサン?何だかパンダみたい。

「間夫と心中と聞いていたが……」

「まぶ?まぶって何?ごめんなさい、おじさん、私何も覚えてないんだ。」

「覚えてない?」

おじさんは驚いていた。


あ、あの男が動いた……!あの男が店に入るのが窓から見えた。こっちに来るのかな?

「おじさん、隠れよう!」

私はおじさんと部屋にあった屏風の後ろに隠れた。殺されかけたと思ったら、何だか怖い……。私はおじさんにしがみつきながら、震えた。おじさんはその手にそっと、自分の手を重ねてくれた。


そして、1人で屏風の前に出て行き、ゆったり座った。そこに、あの男がやって来た。

「ここに、お清という花魁を見なかったか?」

「存じません。私もここで待っております。もしここでお待ちになるならば、お茶でもいかがです?」

「よい。邪魔した。」


男はそう言って去って行った。私は屏風から少し顔を出した。下で男が出て行くのが見えた。ホッとした。

「ありがとう!おじさん!」

何かお礼をしたいけど、何も持ってない。じゃあ、遊女らしいお礼を思い付いた!私はパンダのおじさんのほっぺにちゅーをした。パンダのおじさんはあっという間に赤くなった。何その反応!かわいい~!


「多分あの人、私の事殺したいんだと思う。まぁ、別に殺されても良かったんだけどね。」

昔って科学技術とかないからすぐバレずに暗殺できそう。………暗殺?


「そんな寂しい事言って、私の気を引こうとしてるのかい?」

「は?気を引く?」

それで気を引けるなら、左次さんの気を引きたかった……。どうして?何で左次さんの名前が出て来た?


思い出さなくてもわかった気がする。私、きっと、左次さんの事が好きなんだ。それは、恋とか愛とかなのかはわからないけど……。


その後パンダのおじさんは、楽しそうに色々見せてくれた。綺麗なお菓子、キセルというタバコみたいなやつ。そして、パンダのおじさんはご機嫌で帰って行った。


そして、とうとう、15日の朝が来た。

「お清!お清!起きんさい!」

「ん……ママ?まだ夜だよ?」

辺りはまだ薄暗い。


見知らぬ女の子が、私を起こしに来た。

「何寝ぼけとる?お清にお客だよ。下。」

そう言うと、外の庭を指さした。


私は寝ぼけながら窓から外を見た。そこには左次さんがいた。左次さん!


私は起きていた女の子にお願いした。

「ねぇ、着物の着方教えて。」

「はぁ?」

だって………着物の着付け方すら知らないし、この時代のおめかしの仕方なんて、全然知らないもん……。女の子達が起きて来て、綺麗に着付けてくれた。


私は急いで下に下りて行って、左次さんに言った。

「左次さん!これから一緒にデートしてよ!」

「で?でえとってなんだっぺ?」

えーと、江戸時代のデートって何て言うんだろ?

「と、とにかく、今日は私とどこか行こう!あ!坂下門!一緒に行こう!ね?」

何故かパッと思い付いたのが、坂下門だった。そこに何があるのかは全然知らない。

「おめとはいがね。」

「どうして?」

左次さんは、その問には答えなかった。


「これから遠くさ行ぐから、挨拶に来た。顔さ見れて良がった。もう、行がねぇと。そご、いしゃれ。」

左次さん、やっぱり………

暗殺に加わる気だ。…………暗殺!?そんなのダメだよ……!そんなの行ったら絶対に殺されちゃう!左次さんを…………絶対に行かせたくない!!そう思って、私は左次さんの前に立ちはだかった。


「どかない!!ここから先……行くのを止めてくれなきゃ、ここをどかない!」

私は左次さんの着物の腕の所を強く握って言った。


なんか………泣きそう。

「どうしても行くなら………私を殺してくんなんし!!」

今の何?急に花魁言葉が出た。どうして、こんな気持ちになるのかわからなかった。でも、この手を離せば、左次さんを失う気がした。


左次さんは、少し黙った後、静かに言った。

「お清………おらは武士だ。武士は強くいなぐなんね。強く、潔く生きなぐなんね。」


その言葉に……あの時の星野君を思い出した。


塾の終わりに、星野君はまたこっちを見てたから、思わず

「食べる?大阪のお土産にもらった物だけど……。」

そう言っていた。星野君はお菓子のお店を携帯で調べる。これは星野君のクセというか習慣というか、すぐ調べないと気が済まないらしい。

「このお菓子、創業文久3年だって。」

「文久って?」

「江戸時代後期だ。」

江戸時代………


「あの……やっぱり男の子は小さな頃は、侍とか忍者とか憧れたりした?」

まぁ、星野君はそうじゃなくても驚かないけど……。

「そりゃ憧れた時期もあったよ。でも、調べれば調べるほど、僕には武士は無理だって思った。」

なんだか意外……。星野君でも、そんな年頃があったんだね。そう微笑ましく思っていたら……

「武士は……現実を全て受け止める、強さと潔さが必要だ。だから僕は、今の時代に生まれて良かったと思ってる。弱くていい。逃げてもいい。そう誰かに言ってもらえる方が、僕は幸せだと思う……。」


私はその時、星野君が珍しく、暗い顔をした。


少しだけ、星野君が私に、弱音を吐いたような気がした。



「おめ、顔が赤けぇど?」

そういえば、くらくらする……熱、出ちゃったのかな?私は、左次さんの腕の中で、安心して眠った。


左次さん、この世は強くなければ、生きては行けないかもしれないね。この時代じゃ自分の意思でさえ、守る事が難しい。


左次さんは、離れない私をずっと抱えていて、結局坂下門には行けなかった。私の足止め作戦は、どうやら成功したらしい。


それを後で聞いた時はホッとした。15日の8時を過ぎれば……もう大丈夫。でも、その時左次さんの顔は、苦悩に満ちていた。私はその時熱で、その顔を見る余裕はなかった。


ここでは嫌というほど思い知らされる。自分はとても弱い。弱くて、無力だと言う事を。現代では、弱くてもいいんだよ。逃げてもいいんだよ。必ず誰かがそう言ってくれる。でも、ここでは……誰も言ってはくれない。言われるのは……『お家の恥』それだけだ。


だからきっと、私はあの人に言ってあげたかった。きっと私、その為に来たんだ。


熱が下がった頃、遊郭の伊勢屋では、お店のおじさんとおばさんから話があった。どうやら、私の身請けの話がまとまったらしい。みんな、それはまるで、奇跡が起きたかのような喜びようで……。あまりにもみんなが、めでたい目出鯛って言ってるから、多分、きっと……いいことなんだろうけど………どうなんだろう?

『キキ、大店の主人が身請けってどうゆう事?』

『…………さあね。』


左次さんに聞いてみよう。左次さんならきっと教えてくれる。左次さん、あの後どうしてるかな?元気にしてるかな?私は少ない記憶をたどりに、左次さんのいる宿まで来た。


私は、左次さんに伝えたかった。誰かに………私に、寄りかかってもいいんだよ。って。


お店の人と少し話をして、二階に上がる。きっとあの襖の向こうに、左次さんがいる。私は、勢いよく襖を開けた。

「左次さ~ん!身請けって何~?…………。」


開けた瞬間、私は……その場に崩れ落ちた。

「左次………さん……?」


弱くてもいい。逃げてもいい。お家の恥だろうが、なんだろうが、そんなのどうでもいい。それでも……私は、貴方が好き…………。


それなのに…………どうして…………?どうして、自分で腹なんか切るの?………意味……わかんないよ……。


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