始まりは写真集
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私は、私達は塾のビルの屋上にいた。屋上の柵を乗り越えて、靴を脱ぐ。淵に立って、下を見ると、足がすくんだ。
「お父さん、お母さん、ごめんなさい……。」
「方向が違うよ。」
「え?」
気がつくと、隣に見知らぬ男の子が隣に立っていた。顔に蝶の型の痣のある、同じ年くらいの男子だ。
いつ?どこから来たの?全然気がつかなかった……。
「靴の方向。」
「は?」
「君が向かうのは、こっちじゃないよ。」
この人、止めてくれるのかな?その男の子は、段差の下にあった私の靴を淵に乗せ、靴の先を逆に向けてた。
「さ、靴を履いて。行こう。」
「どこへ?」
「旅に出るんだよ。」
私は恐る恐る、淵に置かれた靴を履く。内側に爪先の向いたその靴を履くと、男の子は両手で私の肩を押した。
「じゃ、行こうか。」
え…………落ちる……本当に?本当に落ちるの私………待って!怖い!!怖いよ!!助けて!!誰か助けて!!嫌っ!!死ぬーーーーっ!!!!
気がつくと、そこは塾の教室だった。あれ?痛くない。なんだ……夢………?
「居眠り?珍しいね。」
隣の席の男の子が訊いて来た。いやいや、あなたに話しかける方がよっぽど珍しいから。塾でしか一緒にならない、同じ学年だけど、違う学校の友達。友達って言っていいのかな?知り合い?確か……星野 昊君。
「何の本見てるの?」
「星の写真集。」
その写真集は、本当に星しか写っていなかった。
「星、好きなの?」
「まぁ……。」
この本の何が楽しいの?ただ、星空が写ってるだけなのに。名前が昊だから?さすが噂の天体オタク……。
「いいなぁ……私もこんな星空見てみたいなぁ……。」
それを聞いて、星野君が言った。
「ホームプラネタリウム、ネットで売ってるよ?」
その一言を聞いて、半年間、彼をちょっといいなぁ~!と思い続けてきた熱が、一気に冷めるような気がした。
私は何だかムカついて、彼の持っていた写真集を無理やり借りて、油性ペンで星を適当に繋ぐ。
「あー!何するんだよ!!」
変な星座を作ってイタズラ書きしてやろう。
そして、それを彼に見せようと立ち上がった瞬間、世界がぐにゃぐにゃになって、意識を失った。
「あーあ。適当に星を繋いじゃ駄目だよ。」
「あなたは…………誰?!」
「僕は、キキ。」
彼はキキと名乗った。キキ?黒猫?彼の顔には、蝶の型の痣があった。私が、物珍しそうにみていたのがわかったのか、彼はこう言った。
「生まれつき、蝶のマークがあるんだ。」
マーク?
「これで、僕が誰かわかるはずだよ。」
わかるはずがない。私はあなたが誰だか全然わからない。全然知らない人だ。全く知らないのは、彼だけじゃない。
「そういえば、ここは……どこ?」
気がつくと、見渡す限りの草原だった。なんて綺麗な風景。まるで絵の中に入り込んだみたい。
「さあね。ララが勝手に星を繋いだから、どこかわからないよ。それ、貸して。」
「ララ?」
ララって……それって、私の事?私は持っていた星の写真集を渡した。
「それも。」
彼は私の持っていた油性ペンを指差して言った。私は油性ペンも後から渡した。
「僕、行きたい所があるんだ。行って、知りたい事がたくさんある。教えてよ、ララ。」
そう言うと、彼は油性ペンで星と星を繋ぎ始めた。
すると、また、目眩がした。
私、ララなんて名前じゃないんだけど………。