Self Theory 理論の証明
「頼む!」
そう言い、俺に頭を下げてきた。それは、ある日の放課後。俺の席での出来事だ。田中 翔は入学式以来毎日のように俺の席に頼みに来る。
「だから、何回も言ってるだろ。俺には、お前に技術を教えることができない。担任の鈴峯先生に聞けばいいだろ」
ついつい冷たくなってしまってたが、教えることができないものを教えろとなんども言われていい態度を取れるほど俺はできた人間ではない。
「はるちゃんには、聞けないことだってあるだろ。だから!」
その時、勢いよく扉が開かれる。そして、ひとりの生徒が慌ただしく中に入ってくる。
見たことがない顔だから、ほかのクラスのやつだろうか。
「翔さん!来てください!武気が裕也からまた金をせびっていて!」
翔の言葉を遮ってたのは、この間一緒に喋っていた仲間の1人だった。
「また、あいつか!わかった。俺が行く!」
そう言うと翔は、駆け出していた。
「そうだ、夜来」
翔は、振り返って言った。
「ありがとな!相談に乗ってくれて。あと、さっきのことは気にしないでくれ!」
そう言うと、走って行った。
お礼なんて言わないでくれ。俺には、なにも出来なかった。
「くそっ!」
それは、誰に向けた言葉だったのだろう。空に放たれた言葉は、誰に届くことなく消えていった。
*
「おう、来たか!」
それは高圧的な態度だった。絶対的強者が醸し出す特有の雰囲気を出している。
「翔……さん!」
横たわった男の顔は傷だらけで、服には砂埃が付いていた。
「なんで連れて来たんだよ」
「ごめん。けど、裕也。お前を見捨てることなんてできない。だって、友達だろ!」
裕也と呼ばれた少年は、その言葉に罪悪感を感じていた。
「そうだぜ、裕也!この、翔様が来たんだ。大丈夫だ!安心してそこで見てろ!」
そう言うと俺は、中央に佇む大柄な男を睨みつけ、名乗りをあげる。
「お前が田中 翔か。自分から名乗ってくれるとは親切な野郎だ」
「よく言われるぜ。翔は優しいってな!」
そこには、溢れんばかりの自信が含まれていた。
「ケッ!面白いやつだな。よかったな、裕也!お前のお仲間優しいってよ!救ってくれるかもなそこから」
そう言い、笑いながら俺のことを見つめていた。俺の視線と、やつの視線が交錯するのに約2秒、数値にしてしまえば短い時間も、俺にとっては数分にも感じられた。
「で、どうする?ここで殴り合うか?こんな学園の裏で」
「そんな野蛮なことはしないさ。やっぱ、學美学園だったら、あれだろ……美戦をしようか!」
獰猛に笑いかける。
ここまでの流れは、俺の予想通りだ。ただ、こっから先は、相手の実力次第。
「わかった。じゃあ、競技エリアに行くか?」
できれば、戦いは競技エリアでしたいと考えている。あそこなら、衆人環視の中で行えるから、こいつも下手に行動できまい。そんな算段だ。
「いいや、ここでやろうか。ここなら広いしな」
そう言い武気は周りを指差した。
ここのどこが広いんだよ!横幅は、一番広いところでも最大5メートル。縦は、校舎裏だってこともあり、かなりの長さがある。だが……。
「だが、ここだと教師とかにバレねえか?原則的に、競技エリア以外での美戦は禁止だし」
そう、揺さぶりをかけてみる。こういうタイプの人間に効くとは思わないが、思いつく限りのことはやっておこう。
「そのことなら、気にしなくていい!だって」
そう言うと武気は、行動を開始した。
速い!
それは目にも留まらぬ速さ。
ヒトの域を超えた初速はまるで、引き絞られた矢だった。
ガードが間に合われねえ!
「教師にバレる前にお前をぶっ倒せばいいことだしな!」
「ゴフッ!」
その衝撃は突然現れた。
俺は、最初なにをされたのか気がつかなかった。
「俺ってさあ、昔から喧嘩ばっかやっててよ。こういうの慣れてるっていうのかな。それに、能力のお陰で力にも磨きがかかってるしよ」
そして、2撃目。
予想していたにも関わらず、避けることはできない。戦いにおいての速さという概念は、一番重要な要素だと言える。相手の攻撃よりも速ければ、攻撃される前に攻撃すればいい。そういう点で言えば、武気は、強い相手だ。
3撃、4撃……。
それは一方的な攻撃だ。
攻撃されるたびに飛びそうになる意識。
それを耐えなんとか立ち続ける。
「やっぱ、自信があるだけあるな!さっきのやつなら、2発で倒れたぜ!」
喋ってる間も連撃は止まることなく続いた。
反撃するタイミングがねえ!
それに、俺の力じゃあ、あいつの速さに追いつけない!
体力だけでなく気力も削っていく。
「そろそろ終わりかな。遅くなってるよ。反応」
挑発の声にも反論できない。
衝撃は的確に弱点を突いた。
弱点というのは、弱い点なんであって、そうなんどもなんども、攻撃されれば、そりゃきつい。
くそっ!
悪い、こんな俺じゃああいつには勝てねえ。
そんな弱気なことを考るなんて俺らしくもねえのに。
「12発、か。頑張った方だぜ!翔くん」
そう言い、武気は嗤っていた。
なんで上から声が聞こえんだ。
気がつくと俺は、地面に倒れていた。
*
なにがどうなってやがる!
地面に倒れてるのは、2人
翔とさっきの会話から多分『裕也』ってやつだろう。
これが昨日、千秋が言っていたデスマッチ制の戦いってことか。
「おや〜?もう1人連れて来てたのか」
そう言い、大柄な男はこっちを見ていた。あれが、武気だろう。
「下衆な嗤いが聞こえて来て見たらこのざまかよ!翔」
いつになく、俺は、熱くなっていた。
「なにしにきてんだ。おまえには関係ないことだろ」
翔は、そんなことを言いながら笑っていた。
こんな状態で。
「もういい、喋んな!あとは、俺がやる」
そう声高に宣言をした。
「次は、君か。最高記録を出せるといいね」
そう言うと武気は、行動を開始した。
「気をつけろ!そいつの一撃は速え!」
その声が届く前に、衝撃が来た。
見えない。
こんな速さは見たことがない。
俺はかつて、軽くであるがボクシングをやっていた頃があった。
その時から、動体視力には自信があった。
そんな俺でも、見えない。
そんな速さだった。
「展開しろ!夜来。おまえの力ならいけるだろ!」
翔は、大きな勘違いをしている。
俺に、そんな力はない。
できることは……。
衝撃が止む一瞬。
それを俺は、見逃さなかった。
一気に距離を詰める。
ここだ!
俺は、武気の顔を殴っていた。
やつは、過信していたのだ。自分の速さに。絶対に破れない、暴風の障壁を。
殴ったらすぐ飛び退いた。
相手の追撃を避けるためだ。
「素手だと!」
通常、美戦では、素手は使わない。
なぜなら、相手に隙を見せることになるからだ。
どんなに鍛えた体でも、能力の前では、無力。
誰だってそう思ってる。
しかし、俺の理論は、それを超える。
能力を使えない俺の必死の足掻き。
この戦法を取るために俺は努力した。
「お前、すげえよ!美戦で、素手を使うやつ初めて見たわ!」
そう言うと武気は嗤っていた。
「だけど、軽い……軽すぎる。お前の一撃は、俺の一撃を超えれない!」
途端、衝撃は再開された。
そこに、さっきまでの油断はない。
狂いのないリズミカルな攻撃。
気づけば、俺は、壁に追い詰められていた。
「さあどうする?また、俺を殴るか」
その言葉に首を振る。
ああ、これが、敗北。
凡才の俺には、お似合いの状況。
「じゃあ、とっとと終わらせるか」
そう言うと武気は、これで終わりとばかりに無駄に手を振り上げていた。
その時、俺は初めて武気の能力を知る。だが、今更気づいたってもう遅い。
これからくるだろう衝撃に目を瞑る。
「この前とは、立場が逆ね!」
どこかで聞いたことのある華やかさを含んだ声音は、俺を、地獄から連れ出した。
「次はなんだ?そろそろ疲れて来たんだが」
その声には、先ほどまでの、力強さはなく明らかな疲れが見て取れた。
「じゃあ、速く終わらせましょうか」
そうニッコリ微笑んだ。
*
そこからは、一瞬だった。
少女は、何かをつぶやき武気を圧倒していった。
たしかに、武気の攻撃は速い。しかし、それを上回るほどの超速。
その姿はまるで妖精が湖面で踊っているかのように見え、目を離すことができない。
さっきの俺と、武気の戦いも側から見ればこんな風に見えたのだろうか。そう思うとなんだか情けなくなる。俺は、自分の無力さを知っている。だが、知っているからって情けなくないなんてことはない。
「もうおしまい?」
それは、さっき武気が発した言葉だろう。
同じ言葉を武気は、言う側から言われる側になっていた。
しかし、反応はない。
「はあ、じゃあそろそろ終わり」
そう告げると、トドメと言わんばかりに攻撃を再開した。
そんな少女の姿を俺は、純粋に美しいと思ってしまった。
*
「じゃあ、私はこれで、あとは任せるわ。面倒ごとに巻き込まれたくないし」
そう言うと、歩き出していた。
「これは、前のお返しよ」
俺の耳に聞こえるくらい小さな声で彼女はすれ違いざまに言った。
俺には、一瞬何を言われたのかわからない。
だが、俺は、こんなところで突っ立ってその真意を考えている場合じゃない。
「翔。大丈夫か?」
そう言い手を差し伸べる。
「ああ、ありがとう。夜来!」
2人とも満身創痍だった。
「ありがとうござます!翔さんと夜来さんでしたっけ?裕也のために戦ってくれて」
「いいんだよ!さっきも言った通り、俺たち友達だろ。後のことは、俺がなんとかするから、先裕也を保健室に連れてってくれ」
「わかりました。後のことはお願いします」
そう言うと、裕也を連れて保健室へと向かった。
「あとは、こいつの処理だけだな」
「ああ」
「おい!起きろ」
そう言い、翔は、武気の顔を叩いていた。
武気は、突然現れた少女にボコボコにされ、気絶したというわけだ。
「ん?ここは」
「学園の裏だよ!思い出したか?」
「そうだ。あいつは?」
「とっくにどっか行っちまったよ。だが、今のお前なら俺たち2人でもどうにかなるだろう」
そう言い、翔は能力を展開し、遅れながらにして、自分の能力を見せつけた。
それは、荒削りだったが、一つの作品となっていた。
木製の熊。
それが、翔の能力なのだろう。
「俺たちのいう通りにしなければお前を今ここで、ボコる。さあ選べ!俺たちに従うか、ここで、もう一度気絶させられるか」
そこには、いつも温厚な翔からは、想像のできないような怒気が溢れていた。
「なにが望みだ?」
それに、武気は素直に従った。
「今後、俺たちや、裕也に近づくな!」
「それだけか?」
「ああ」
「わかった。もう関わらない」
「ならいい。行くぞ。夜来」
そう短く告げ、翔はどこかへ行ってしまった。
それに続き俺も行こうとするが
「お前、新入生の夜来だっけか?」
「なんだ?まだ、用があるのか」
「さっきの一撃よかったぜ。それに考え方も」
そう言葉少なく言ってきた。
「それは、ありがとな」
それきり、俺と武気の間には言葉は生まれなかった。




