Adult Expectation 大人たちの思惑
*
この世とは思えないほどの綺麗な庭園。まるで妖精たちが飛び交っているような場所に、7つの席が設けられた大きな机が置かれていた。
「まずは、入学おめでとう」
その言葉は、俺から見て斜め前。最も地位の高い場所に座っていた初老の男性から発せられていた。
低く重たいその声、とてもお祝いをしている声には聞こえなかった。
「あの進学校である『學美学園』に、難なく入るとはね。やはり、天才の娘は天才ということか」
ハッハッハッとそんな大仰な笑い方をしたのは、とても活発な男性だった。
「はい、こちらとしても嬉しく思ってますよ。ええ、私の学園に入学してくれるなど思ってもなかったことなので」
それをいったのは、先ほどの男性の隣に座っている者だった。
「そういえば、あなたのお子さんの「天城 夜来」君も入ったそうだね。天才の子供が2人も入学するなど嬉しい限りだよ」
そんなことを言いながらニヤニヤと下劣な笑みを浮かべてこっちを見ている。
最初っから予想はしていた、こういう展開になることは。
「ええ、運良く受かったそうですね」
「運良く……ね。本当にそうなんでしょうか?まさかとは、思いますが、あなたが息子さんのことを推したりなどしていませんよね?」
そういうといやらしい笑みをこちらに向けてきた。
「まさか。そんなことはありませんよ。だいたい、私は今夜来とは、あまり顔を合わせていないので」
そう事実だけを並べていく。人のアラを探そうとしている人間には、事実だけを述べ、無難にこなすのが一番だろう。
「それならばよかったです。裏口入学などと噂されては、私の学園の名前に傷がついてしまうのでね。ああ、本当によかった」
夜来。お前には、これから先さらに大変になると思うが、諦めずに頑張れ。
そう、心の中でここにはいない、息子への言葉を伝える。
「それにあの学園の3年にはあの男がいるじゃないですか。ほんと、學美学園とは天才の巣窟みたいなところですね」
その男が見つめる先には、中央に座る初老の男性がいた。
「私の顔に何か付いているのかな?」
ひどく重苦しい声音で語りかけるその言葉は一語一句神託のような重さがある。
「いえ、何も」
その声に、臆してか先ほどまで活発にしゃべっていた男も話をやめる。
「ならば、そろそろよろしいかな?本題に入って」
初老の男性は、わずかに白くなった髭を触りながら先ほどまでしゃべっていた私たちへの確認をしてきた。
「私は構いませんが」
と、いうより早くこの話を終わらせたいというのが私の本心だ。
「ええ、進めてください」
そういうと私に、笑みを送ってきていた男もその笑みを封印し、真面目な顔になっていた。
誰もが口をつぐみ、会場を静寂が支配する。
「では、これより『芸家七仙』の定例会を開催する!」
中央に座る男は、静寂を破り定例会の開催を宣言した。
*
家に着いた途端に俺は、ベッドに倒れ込んでいた。
「つ、疲れたー」
今日1日で様々なことが起きたと思う。朝からまさかの寝坊で、そこからの怒涛の忙しさ。そして、トドメに、人助け。ここまでいろんなことをした1日は、俺の中でも珍しかった。
「いいや、今日はこのまま寝よう」
そんなことを考えているとピンポーンという音が部屋の中に響く。
「こんな時間になんだ?」
時刻はすでに8時。こんな時間に何の用だと思い、ドアの方へと向かう。
「はいはい」
ガチャリとドアを開けるとそこには、大きな荷物を持った宅配業者の人が立っていた。
「宅配です」
明らかにやる気のないその姿に少しイラっとしたが相手と衝突するのも面倒なので手早く荷物を受け取りドアを閉める。
「なんだこの荷物……」
その荷物は見かけよりも重たい。それに中から歩くたびにゴトゴトという音が聞こえる。
俺はネット通販をよく使う方だが、こんな荷物を頼んだ覚えはない。
リビングに着くと表面に付いているガムテープをビリビリと剥がす。この数分でかなり床が散らかったがそんなことは今は後回しだ。
「どれどれ……なんだこりゃ」
中にはかんなや彫刻刀などの工具が入っていた。こんな刃物送れるのかよと思うが実際に送れているから不思議でならない。
というより、こんなものをだれが送ってきたのかが最大の謎だ。
送ってきた相手を考えているとブルリと俺のスマホが振動を始める。
「はい、もしもし」
一旦彫刻刀は置いといて電話に出る。
「よう、久しぶりだな」
電話の先から聞こえるその声には聞き覚えがあった。
「なんのようだよ『親父』!」
俺はこの時、4年ぶりに父親と言葉を交わした。一人暮らしをする前は叔父の家に居候をしていて新月とはここ最近ずっと会ってない。
「おう、そんなにいきなり怒るなよ。お祝いを言おうと思って電話しただけだ」
「別に、怒ってないし」
俺は知らずうちに拗ねたような口調になっていた。
「入学おめでとう!お前が芸術のことを嫌いになってなくて嬉しい」
「今でも芸術のことはあんま好きじゃない。けど、もう逃げてもられないと思ったんだ」
そう俺はずっと逃げていた。親の才能、自分への期待から。
けれど、俺はもう子供ではない。自分の宿命からは逃げないと決めたのだ。
「そうか……。お前がそう言うんだったら俺は全力で応援する。だが」
そこで一旦言葉を区切る。そして、電話越しからでも感じる緊張感を漂わせ、
「芸術世界はそんなに甘い世界じゃないぞ。生き残れるのはたった数人だ。その覚悟が夜来、お前にはあるのか」
きっと、新月はいろいろなことを経験してきたのだろう。天才には天才なりの苦労があったりするもんだろうか。
しかし、俺の覚悟はそのくらいの脅しでは揺るがない。
「いいぜ。俺は親父と違って天才じゃないが凡才なりに食らいついてやるさ」
俺のこの熱い思いが新月に届くよう声高々に宣言する。
すると、新月のふっという小さな吐息が聞こえた。
「お前の覚悟十分に理解した。じゃあ、俺が入学祝いをそれにしたのも正解だったってことだな」
入学祝い……?そんなものもらったっけと疑問に思う。そんな時、床に置いた彫刻刀が目に入る。
「まさか、彫刻刀とか送ってきたのって親父か!」
「他にだれがそんなもの送ると思ったんだよ。まあ、それを使っていい作品を作るんだな」
新月はそれじゃあと最後に付け足し電話を一方的に切る。俺から何個か質問したいこともあったがまた今度でいいだろう。
そして、もう一度入学祝いとして送られてきた彫刻刀を手に取る。すると、ふわっと何かが落ちてくた。
それをゆっくりと拾い上げてみる。
それは白い封筒で外には、天城 夜来へと書かれていた。
丁寧に封筒を開くと中には一枚の手紙が入っていた。
夜来、入学おめでとう!お前が、芸術系の学校に行くって聞いた時はとても嬉しかった。
入学祝いとして彫刻刀を送っておく。弟から聞いたがお前自分の道具持ってないんだろ。やはり、芸術系の学校に通うからには自分専用の道具を持ってないと恥ずかしいと思う。
その彫刻刀は、俺の昔からの知り合いに作ってもらったもので世界に一つしかないセットだ。使い方は分かると思うが怪我だけはしないように。
それじゃあ、また今度、學美学園には行くことになると思うからその時また会おう。
天城 新月
「なんだよ。ツンデレな奴め」
目頭が熱くなるのを感じる。
新月はずっと待っていたのかもしれない。俺が芸術と本気で向き合うこの時を。
ここまで、期待されてそれを無下にするわけにはいかない。
俺は初めて期待されて嬉しいと思うのだった。
*
「……!」
随分長い間寝ていた気がする。その際なのか、体が痺れているようにだるい。
「今、何時だ?」
ベッドの横に置いてある時計を見るとまだ、5時だった。普段とは、違う感覚に下を見ると、制服のままだ。
「そうだ、俺は昨日」
散らかった部屋を見て昨日の出来事を思い出す。
俺は、新月からの電話の後送られてきた道具を使い作品をいくつか作った。そして、気づいたら寝てたというわけだ。
だから、ベッドの上じゃなくてじかに床で寝てたってわけか。
肩を回すたびにゴキゴキという音が聞こえる。
そして、周りを見渡すとそこにはいくつかの作品が置いてあった。
どれも、新月の作品と比べるどれも完成度がとても低い。
「はぁ、こんなんじゃあ。期待に応えられねえぞ」
自分を奮い立たせもう一度作品の制作を始めるのだった。
*
「うーんと。夜来君って時間にルーズなのかな?」
そんないわれのないことを、担任である鈴峯先生に言われてしまった。
甘かった。
俺は、いつしか作品づくりに没頭していて時間を考えていなかった。
そして、時間に余裕があると思っているうちに時間は過ぎいつもよりも遅い時間に家を出ることになった。
そして、俺は電車通学のため電車に乗ろうとした。
そしたら、電車はあいにくほぼ満員だった。
俺は、通勤ラッシュ時の電車の混み具合を想定していなかったのだ。昨日は、寝坊したこともあり、一番混んでる時間とはズレていたから少し混んでるな程度で済んだが、今日のあれはなんだ。俺は、電車での登校などしたことがなかった。それに加えて、都会で暮らすのも初めてだ。だから、こんなに混んでるなん知らなかったんだ。
そういって言い訳をしたい気持ちがあった。だが、ここでいっては、さらに悪目立ちしそうだ。
「まあ、いいか。じゃあ席についてー。朝のホームルーム始めるよー!」
鈴峯先生の方は半分諦めって感じだったが、渋々自分の席に着くのだった。
*
「へー。そんなことがあの後あったんですか!しかし、恥ずかしいことではないですよ。それ。したくてもできない人もいるんですから!」
グッと拳を握り力説してくる。励ましているつもりなのだろうか。
「で、なんでお前がいんだよ」
「なんでって、昨日あんなに語り合った仲じゃないですか」
「語り合ったって。基本的にお前が一方的に喋ってただけだろ」
「そうでしたっけ?」
そういうと、千秋は、首を傾げてとぼけていた。
昼休みになり、俺は1人で飯を食おうとしていたら、こいつは1人でやってきた。なんでも、一緒に食べる相手がいなかったから、多分1人で食べてる俺のとこに来たんだとよ。
いつから俺が1人だと思ってたんだよ!
まあ、本当に1人で食べようとしてたから口には出せないが。だって、わざわざ人と食べるって面倒じゃん。それに、俺はちょっとこのクラス内で浮いてるしな。
「しっかし、あいつって誰だったんだろうな?制服からして同じ学園だと思うんだが」
「それってどんな人だったんですか?」
「えっと……。髪は確か長くて黒だったと思う」
そこで区切ると、じっと千秋はこっちを見ていた。
「いや、もう終わりだけど」
「それだけですか。いやもっと特徴なかったんですか。例えば、背の高さは同じぐらいとか、少し小さいとか。目の色が碧で外国人みたいだったとか」
「そんなにジロジロ見てるわけねーだろ。こっちだって、ただ手を掴んで走っただけなんだから。それに、碧眼の外国人なんてそうそういるもんじゃないぜ」
いつも思うが、ラノベとかでよくいる金髪の知り合いになんそうそういるもんじゃない。まあ、あの世界では赤とか青とかいろんな色の髪の人がいる時点で、金髪は珍しくないのかもしれないが。
「それでも、話をしたんですよね。ならば、どんな特徴があったかわかるはずです」
そんなこと言われてもな
「そうだ。綺麗だった」
そう端的に俺が、やっとの事で思い出したことをいうと
「あなたの好みなんて聞いてませんよ」
そう言い、こめかみに手を当てていた。
さっきから感じるんだが、今日のこいつなんかやけに馴れ馴れしくないか。
「まあ、そのことはいいとして。今日の放課後も暇ですか?」
「なんで?」
「今日も行きたいとこがあるのでついて来てください」
「行きたいとこって、あれか?昨日みたいにバカ高い店にまた俺を連れてって払わせようという魂胆か」
「ああ、昨日のあの店ですね。僕も初めていったので知らなかったんですよ」
そんなことを抜けしゃあしゃあといってくるあたり、やはり馴れ馴れしさが含まれていると思う。
「今日は違いますよ。校内なので、お金のかかるところじゃありません」
「じゃあ、どこなんだよ」
「『競技エリア』ですよ。昨日帰りに言ったじゃないですか。やっぱり、美戦は生で見た方がいいって」
そういえば、そんなことを言っていたなぁ。と、思い出す。
「それに、もしかしたら。昨日の彼女、この学園の生徒なら会えるかもしれませんよ」
そんなことを言ってくるあたり、千秋はあいつに会いたいのかもしれない。
「わかった。じゃあ行くか。何時頃集まる」
「ええと、授業が全て終わるのが、3時なので、3時半集合でいいですか?」
「わかった」
「そろそろ予鈴が鳴りそうなので教室に戻りますね」
「ああ、じゃあまた後でな」
「はい!」
そういうと、千秋足早に自分の教室に戻って行った。
こんな他愛のない会話ですら、今まであまり友達がいなかった俺とっては新鮮でなんとなく心地の良い時間だった。




