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とある王子の物語(1)

日間ランキング1位を祝しまして(今さら)番外編を書かせていただきました!

ライナス視点でのお話です。

なんでも許せるぜって方のみどうぞ↓





 はじめて自分の婚約者に会った時、直感した。自分と彼女はおそらく、わかりあえることはないだろうと。




 アンブレア・レイニーは、美しく聡明な少女だった。大きく理知的な瞳、キリリと結ばれた唇、神々しいシルバーブロンド。

 彼女と出会ったのは五歳の時。父上から婚約者と聞かされたものの、まだよくその意味を理解できなかった頃。彼女は僕を見るなり、同い年とは思えないぐらいのはっきりした声でいったんだ。


「お初にお目にかかります、ライナス殿下。レイニー侯爵家が長女、アンブレアと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 あまりにしっかりした姿に、思わず唖然としたのを覚えている。その僕をまっすぐに見つめてくる彼女のダークグレーの瞳が、なぜか胸に不快な気分を湧き起こした。

 彼女の目は、好きじゃない。どんよりと曇っていて、今にも降りだしそうな空のような色。それなのに僕よりよっぽど輝いていて、意志が強そうで。まるで僕は、自分がとんでもなく小さな存在のように思えた。


 初対面での印象通り、アンブレアはとても賢く、王子妃教育もどんどん飲みこんでいった。僕は将来、兄上の一番の臣下として仕えることになるだろうに、勉強がまったくできなかった。いや、実際にはできたはずなんだけど、アンブレアと比べるとその差にがっくりしてしまう。

 成長につれて、アンブレアはどんどん美しく、また優秀になっていく。それに引き換え僕は、常に彼女の陰に霞んでいる。惨めだ。とんでもなく惨めな気分だった。どうして父上は、僕と彼女を婚約させたりしたんだ。自分の息子が、大臣たちからなんといわれているのか知っているのだろうか。「アンブレア嬢の方がよっぽど優秀だ。いっそライナス王子と中身を取り替えたい」だぞ?

 それでも僕は、惨めな思いに必死でふたをした。表面では明るく、なにも気づいてないふりをした。そして形ばかりの婚約者と、形ばかりの付き合いを続けていた。


 十歳の頃、僕はアンブレアをデートに誘おうとした。側近候補の一人から、「いつまでも苦手意識を持っていちゃ、結婚なんて到底できない」といわれてしまったからだ。

 だから思い切って僕は、レイニー侯爵家をおとずれた。事前の通達はしていなかったが、手紙なんて返事を待っていたら、その間に決心がくじけそうだ。


 馬車が侯爵家に着く直前、晴れていたはずの空が急に曇りはじめた。向かいに座っていた従者が、外を見て不安げにいった。


「降ってきそうですね。アンブレアさまとは湖にいかれる予定でしたが……」

「あきらめた方がよさそうだな」


 僕も、どんよりした空を見上げて答えた。アンブレアの瞳と同じ色だ。そう思うと自分の胸にも、なにかずっしりしたものがのしかかる。

 でも雨が降ってきたら、アンブレアとデートにいかなくて済む。その方がずっと気は楽だ。贈り物だけ渡してさっさと帰ってしまえばいい。


 話をしている間に侯爵家に到着し、従者が先に馬車を降りた。屋敷から家令らしき男が出てきて、慌てたように従者と話をしている。やがて家令は屋敷に入り、しばらくして戻ってきた。僕の婚約者を連れて。

 アンブレアの姿を確認し、僕も馬車から降りた。従者のアドバイスに従い、可愛らしいピンク色の花束を携えて。


 アンブレアは突然の僕の来訪にひどく驚いているようで、いつもは見せない呆気にとられた顔をしていた。それは彼女の印象をだいぶ違うものに変え、凛とした美しさが歳相応の可愛らしさになった。

 僕は精いっぱいの笑顔を浮かべて、アンブレアに歩み寄った。


「やあ、アン。あー、元気だったかい?」

「ライナスさま……」


 アンブレアは呆けたようにつぶやき、次いで僕の手の花束に目を向けた。


「きょ、今日はどうなさったんですか? こんなに突然……。私になにかご用が?」

「いや。特になかったんだけど……。ダメかい? 婚約者にサプライズで、花束を渡しに来ては」


 冗談交じりに告げた、その時だった。どんよりしていた空から、突如雨がザーッと降ってきた。大雨、いやそんなレベルじゃない。滝つぼをそのまんまひっくり返したみたいな雨だ。まだ外にいた僕と従者は、当然びしょぬれだった。雨の勢いが強すぎて、身体が痛い。

 アンブレアが慌てたようにいった。と同時に、雨がぴたりとやんだ。


「も、申し訳ございません殿下っ! 私ったらびっくりして、つい……」


 冷静沈着な彼女が、なぜかとんでもなく狼狽えている。こんなビショビショの状態でなければ、さぞ見物だったろう。

 彼女は慌てて家令に指示を出していた。


「だれか、殿下になにか拭くものを! それから温かい紅茶かなにか。えーとあとは……ああっ!」


 アンブレアが悲鳴のような声をあげた。彼女は、僕が今まで手に持っていたはずの花束に視線を落としていた……が、そこには花束はない。雨の勢いで花びらがすべて落ち、地面をハラハラと舞っていた。


「せ、せっかく殿下に用意していただいた花が……」


 アンブレアの声が震えていた。こんな彼女を見るのははじめてだった。


「ごめんなさい……私、全部拾い集めます。あんなに素敵な花だったのに」

「そ、そんなことしなくてもいい。花なんて、またいくらでも贈る」


 いつになくしおらしい彼女に動揺して、僕も上ずった声で返した。だがアンブレアは頑固に首を振った。


「殿下がよくても、私が私を許せませんの。殿下からのはじめての贈り物です。あれは私の宝物ですわ」


 僕は驚いて、自分がびしょぬれで冷え切っているのも忘れていた。彼女はいつも、僕を遠ざけているようだった。いつも勉強やら茶会やらで忙しそうで、僕のことなんてどうでもいいと思っているに違いないと、そう思い込んでいた。

 だけど、今の一連の行動からして、とても彼女がそう思っていたようには見えない。むしろバリケードを築いていたのは僕だけで、彼女はそれに気づいて、遠慮をしていただけなんじゃないかと。本当は彼女も、僕のことを真剣に考えてくれたんじゃないのか、と。


 普通はこの時点で、どちらかが歩み寄りを見せるべきだった。だけど臆病で見栄っ張りで、そのくせなんの取り柄もない僕は、またなにか胸に重い重い石が落ちてきたような気分だった。

 美しく優秀なだけでなく、心優しい婚約者……。そんなアンブレアを見て僕は、また自分がなんの価値もない人間のように思えてしまったんだ。





 結局、彼女とのデートは見送られた。レイニー侯爵家で冷えた身体を乾かしてから、僕はまた馬車に乗って城に戻った。

 道中、従者が地面を見ながら「おや」とつぶやく。


「今日の天気はまた、ずいぶん面白いものですねぇ」

「ああ。さっきまで土砂降りとは思えないぐらい、今は晴れている」

「それもそうなんですが……。ほら見てください。この辺の地面はまったく濡れていないのですよ」


 従者が地面を指さしながら、首をかしげる。僕も同じ方を見た。


「本当だ。ここから侯爵家の屋敷はそう離れてないだろうに」

「不思議ですね。まるで侯爵の屋敷にだけ、あの雨が降ったみたいですよ」


 そういって従者は、自分でまさかね、と笑った。だが僕は、笑う気分にはなれなかった。ふと幼い頃のことを思い出したのだ。アンブレアと出会って間もない頃の、何気ない会話だった。




 あの日は確か、彼女がはじめての王子妃教育を受けた日だ。簡単な社交術のレッスンだったと聞いていたが、まだ五歳やそこらの子どもには、厳しいものだったと思う。

 僕もその日は苦手な歴史の授業を抜け出していた。解放感に浸ろうと庭に出ると、影の方で落ち込んでいた彼女を見つけたんだ。


「アンブレア?」


 僕が声をかけたら、彼女はビクッと震えて顔をあげた。


「で、殿下……」

「どうしたの、アンブレア。泣いているの?」

「泣いていませんわ。淑女とは心で泣いて、顔で笑うものです」


 なんだか難しそうなことをいって、彼女は幼い顔をキリッとさせていた。でもその頬には間違いなく、涙の跡があったのを覚えている。

 その時、ぽつぽつと雨が降りだした。つい今までいい天気だったはずなのに。二人で急いで城のテラスに戻り、雨をしのいだ。僕が「雨なんて嫌いだ」とつぶやくと、彼女はどこか悲しそうにいった。


「ごめんなさい」

「どうしてアンブレアが謝るの?」

「私が降らせてしまうのです。辛いこととか、嫌なことがあると、お空がかわりに泣いてくださるのですわ」


 あの時は正直、まったくもって意味がわかっていなかった。ただ彼女にとって雨とは、僕みたいに好き嫌いと割り切れるものじゃないんだということは伝わってきた。

 だけど今、ようやくその意味がわかった気がする。つまり彼女は、とんでもなく雨を呼んでしまう体質……雨女ということだ。あの瞳と同じ真っ暗な空と、親密なお友だちっていうわけなんだ。


 この日を境に、僕はますます雨が嫌いになった。そしてそれを降らせているのであろう婚約者へも、もっと苦手意識を募らせていった。






 それから数年経っても、彼女との関係はほとんど変わらなかった。手紙でのやり取りは続けたけど、デートに誘うことは一、二回程度だった。けれど、デートに誘おうとするたびに雨が降ってきて、結局はお流れになる。

 以前、彼女にいったことがあった。雨を降らせるのをやめてくれ、と。すると彼女は、困ったような顔をして答えた。


「殿下のお願いは聞いてあげとうございますが……。私にもできることとできないことがありますわ」

「一昨日は私の誕生日パーティーだったんだぞ!? それなのに、その前から三日間連続の大雨だ。途中から雷まで鳴っていた」

「雷というものは……。天候の中でも、扱うのが特に難しいものですわ。未熟な私には、どうしようもありませんの」


 彼女は眉を寄せて落ち込んだようにいうが、それでこっちの気が済むはずがない。


「雷だなんて、わざわざ私の誕生日を狙って落とす必要があったのか?」

「まあ!」


 心外だ、とでもいいたげに、アンブレアは目を見開いた。


「狙うだなんて、とんでもないことですわ! 避けられるものならそうしますとも。でも今も申し上げました通り、雷は扱いが非常に困難で……」

「私の誕生日は毎年雨だ。どうしてそんな嫌がらせするんだ?」

「嫌がらせだなんて、そんな……。この時季は植物の生長を促すため、雨が必要なんですのよ。それに殿下、雷は実は、植物にとっては大事な――」

「そういう話を聞きたいんじゃない!!」


 もううんざりだった。彼女が雨女であることも、それでも僕より優秀であることも、父も母も彼女を重宝していることも。

 僕は彼女の顔を見ることもなく、その場をあとにした。


 ここ数年、彼女は時折おかしなことをいう。「今日の雲は気まぐれですわ」とか、「もうすぐ嵐がきますので、国民に外に出ないようお触れを出してくださいな」とか。まるで彼女自身が、その日の天候を操っているかのような言い方だ。それで実際、雨が降ったりやんだりしたり、突然の嵐に見舞われたりする。


 怒鳴ってしまったことを若干後悔しつつ、気晴らしに僕は城を出た。そこで僕ははじめて、僕の心を覆っていた雲を取り除いてくれる、僕だけの太陽を見つけたんだ。



本篇と同じく3話構成の予定です。

本篇読んでちらっとでもイライラしたり、つまんねえとか思ったり、作者殺っちまおうとか思った方は、この先読まないことお勧めしております(;'∀')


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