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前編





 窓の外は、数週間ぶりに見る晴れ空だった。私の記憶では、生まれてから数度しか見たことがないレベルのカンカン照りである。

 雲ひとつない青い空。見渡す限り、雨のあの字もなさそうな景色。水の気配すら感じない。


 本当にこの国で、私の能力はいかされるのだろうか。


 馬車がガラガラと音を立て進むのを感じながら、私はこれまでのいきさつを思い返していた。





 私ことアンブレア・レイニーは、つい数日前まで、侯爵家の令嬢だった。


 祖国のレニアス王国は、小さいながらに豊かで、暮らしやすい国だった。国の中心に大きな湖があり、生活用水の供給は主にそこから流れていた。その湖を管理していたのが、我がレイニー侯爵家だった。


 ダークグレーの瞳にシルバーブロンド。容姿もそこそこ恵まれていたし、幼い頃はそれこそ女神のようだといわれ、ちやほやされた記憶もある。

 大貴族の娘として恥じないよう淑女教育を受け、同い年の第二王子殿下との婚約も決まっていた。殿下とは恋愛感情はなかったけれど、互いに良きパートナーぐらいにはなれるぐらいの関係性は築いてきたつもりだった。


 殿下は儀礼的に私に手紙を寄越したり、贈り物をしたりしてくださったけど、ここ数ヶ月はそれすらもなかった。恋愛感情がなかったとはいえ、将来の伴侶が自分以外の女性と逢瀬をかわしていると聞くのは耐えがたいことだった。殿下が私に、異性としての興味がないことを知っていても。


 政略結婚は貴族の宿命。そう自らに言い聞かせ、ますます勉強に熱を入れた。今思えば、私のそういう可愛げのなさが、殿下を遠ざけていたのかもしれない。私が王子妃教育に熱心になればなるほど、殿下は私から離れていった。




 運命のあの日。私は殿下に呼び出され、城に向かった。殿下にお会いするのは久しぶりだったから、できるだけおめかしもして。


 手紙には「至急話をしたい」としか書いてなかったけど、一体なんの御用かしら?

 そう考えても、答えはなんとなく予想できていた。最近、殿下と特に親しくされているという男爵家のご令嬢。大方、彼女を側妃にでもしたいという相談じゃないだろうか。あまり歓迎はできないが、殿下が望むのであれば致し方ない。


 城につくと、殿下付きの騎士に案内され、謁見の間へ通された。すでにそこには、国王陛下と王妃陛下、そして私の婚約者とかの男爵令嬢がそろっていた。両陛下の脇には若い文官もいる。扉のそばには当然、騎士の姿。

 てっきり殿下と二人きりになると思っていた私は、両陛下の姿に驚いた。だけどそこは侯爵令嬢の仮面で、どうにか取り繕う。

 私はまず、両陛下に遅れたことのお詫びを申し上げ、次いで殿下と男爵令嬢にも挨拶をした。国王陛下は「かまわぬ、楽にせよ」とおっしゃり、皇后さまは静かに微笑んだ。だけど殿下も男爵令嬢もなにもいわない。


 婚約者のライナス殿下は、両陛下の御前だというのに、隣に立つご令嬢の腰を抱いていた。それだけでも十分目を疑う光景だが、令嬢の方も嫌がるそぶりを見せず、むしろ積極的にしなだれかかっていた。

 直接顔を合わせるのははじめてだが、令嬢の名前と特徴は聞いていた。シャイニー・ブライト。輝くようなブロンドと、大きく澄んだ青空と同じ色の瞳。年齢は私より下と聞いているが、その身体つきは大人びていて、妖艶ささえあった。殿下とうっとり視線をかわしたかと思えば、私を見てふふんと嘲るように笑ってきた。


 ライナス殿下は硬い表情で私を見て、ようやくシャイニーさまを離した。


「突然呼び出してすまなかった、アンブレア嬢」


 殿下は顔と同じく硬い声でいった。いつになくよそよそしい口調だった。私は淑女らしく微笑を浮かべて見せた。


「とんでもございません、殿下。お会いできてうれしゅうございます」


 ところが殿下はそれを聞いても、表情を緩めるどころか一層険しくした。隣のシャイニーさまが、「しっかりなさって、ライナスさま」とささやいているのが聞こえる。両陛下の御前で、よくもまあ殿下を馴れ馴れしく呼べること。

 だけどここは、シャイニーさまの無作法を咎める場ではない。私は聞かなかったふりをして、殿下に先を促した。


 ライナス殿下は咳ばらいをし、陛下に向き直った。


「陛下……いえ、父上。お願いがございます」


 陛下は、ライナス殿下がわざわざ父上と呼び直したことに驚いているようだった。第二王子としてではなく、息子から父への願いということだ。


「申してみよ」

「は。遺憾ながら、私はアンブレア・レイニー嬢との婚約を解消していただきたく存じます」


 殿下は陛下に頭を下げたまま告げた。それがあまりにストレートで、すらすらといわれたものだから、意味を理解するのに時間がかかった。婚約を、解消?


「私の新しい妃に、ここにいるシャイニー・ブライトを推薦いたします」

「お初にお目にかかります、国王陛下、王妃陛下」


 取ってつけたような笑顔を浮かべ、シャイニーさまがあいさつをする。両陛下は顔を見合わせた。驚愕よりも困惑の表情だった。

 混乱する私に、ライナス殿下は追い打ちをかけてきた。


「すまない、アンブレア……。きみが今まで努力を続けてきてくれたことは、重々承知の上だ。だがこればかりは、私も譲れないのだ」


 隣に立つシャイニーさまが、優越感に満ちた顔でこちらを見てきた。


「ごめんなさいねぇ、アンブレアさまぁ」


 その妙に間延びした口調からは、誠意なんてかけらも感じない。むしろバカにしきったようにすら感じる。

 私は必死にシャイニーさまの方を見ないようにしながら、殿下にたずねた。


「理由をおうかがいしても?」


 まさか、この数分間で頭が空っぽであると証明した、この女に惚れたからっていうんじゃないでしょうね?

 私の無言の威圧に気づいたのか、殿下は力なく首を振った。


「きみにはなにも罪はない」

「でしたら……」

「いや、シャイニーのせいでもない」


 殿下は暗い声で続けた。


「私がこのシャイニーに惹かれたことは、隠すつもりはない。だがきみとの婚約解消は、もっと大きな理由があるんだ」

「大きな理由……?」


 私が聞き返すと、殿下は小さくうなずいた。それから、苦痛に顔をゆがませ、こらえきれなくなったように叫んだ。


「私には、もう耐えられないんだ……きみの雨女っぷりには!」


 その日の王国は、二週間連続の大雨だった。





 私には、ちょっとした秘密がある。小さい頃からなぜか、人一倍雨雲を呼び寄せてしまう体質だったのだ。そのおかげで、我が領地は常に適度な雨に恵まれていた。多すぎる雨は専用の水路を通って湖へ流れる。そうやって湖の水の量も調節し、今までうまくやってきた。


 小さい頃は、自分の体質にはまったく気づいていなかった。ただ、自分が悲しくなったり辛くなったりすると、まるで空が自分のかわりに泣くかのように雨が降るのだ。自分が元気になれば、空はまた明るい晴れ空に戻る。

 それに気づいてからは、意識的に雲をコントロールするすべも身につけた。私の感情に関わらず、雨雲を呼び、やりすぎない程度に雨を降らせる。これは大昔の文献によれば、「雨使い」と呼ばれ、かなり貴重な能力であることがわかった。


 だけどこの能力は、家族と両陛下にしかお話したことがない。周りの人々は、私を「史上最強の雨女」だと思っていた。

 もちろんライナス殿下も例外ではなかった。


 殿下は今までの鬱憤を晴らすかのように、堰を切ったように話し出した。


「デートに誘う日はいつだって大雨。乗馬をすればハリケーン。船に乗った日には嵐。私の誕生日パーティーは毎年のように雷雨だった。最近じゃ、シャイニーと会う日もいつも雨だ」

「殿下、それは……」

「ああ、きみが私を好いてないことなどとうに知っていた! だからって、こんな仕打ちがあるか? 私のことがそんなに嫌いなら、どうして最初からそういってくれないんだ!」


 殿下はいたって真剣なようだが、こちらとしてはなんの冗談かと笑ってしまいそうだ。私にだって、理由があるから力を使っているのに。そんな殿下の楽しみのためだけに、私の大事な役目を放置なんてできまい。

 私は背筋をまっすぐに伸ばし、殿下を見据えた。


「失礼ながら殿下。私はそのような自分勝手な理由で、雨を降らせたりいたしませんわ」

「きみが幼いころにいったのではないか。嫌なことがあると、自然と雨を降らせてしまうと。私に会うのが嫌だったんだろう? 私とシャイニーが親しくするのが嫌だったのだろう?」


 ご自分でおっしゃっておきながら、矛盾にまったく気づいてない。私が殿下を好いていないならば、別にシャイニーさまを敵視する理由もないというのに。

 すると、今まで不愉快な笑みでことを見ていたシャイニーさまが、猫なで声でいった。


「私はねぇ、あなたとは真逆。晴れ女なのよ。つまり私だったら、この大雨を止めることができるの。私が楽しかったりスッキリした気分でいると、雨雲はたちまち去っていくんだから」


 なるほど、と私は声に出さず考えた。彼女もまた、天候の能力持ちというわけか。ただ私とは違い、訓練したわけでも、勉強をしたわけでもない。コントロールするすべを知らない。彼女の能力で、この国の天候が左右されることになる。その恐ろしさを、彼女はまったく理解していない。


 私はちらりと、腰かけたまま成り行きを見守ってくださった両陛下を見た。陛下は息子以上の険しい顔で、王妃さまは怖いぐらいの無表情だった。

 陛下は重々しくいった。


「してライナスよ。おまえは本当に、アンブレア嬢と婚約を解消するのか?」


 殿下はすぐさまうなずいた。


「はい。このままでは我が国は、雨の災いで破滅してしまいます。私はこの国に太陽の恵みをもたらす、シャイニー・ブライトを妃に望みます」

「そうか……」


 陛下は心底残念そうにため息をついた。王妃さまにも、失望の色がありありと浮かんでいる。息子に対する最後の慈悲か、王妃さまは慎重にたずねた。


「ライナス。雨とは人々にとっても大地にとっても、なくてはならぬもの。今のレニアスがあるのは、このアンブレアの尽力があってこそです。それなのに、そのアンブレアのことを、災いと本当に思いますか?」

「母上」


 すべてぶちまけってスッキリしたのか、殿下は思いのほかはっきりと告げた。


「雨は確かに時には必要です。ですが、我が国には太陽が少なすぎる。このまま雨が降り続ければ、作物は腐り、湖は氾濫し、我が国の土地は湖に飲み込まれてしまいます。私はこの国に必要なのは、雨ではなく太陽だと、自信をもって申し上げとうございます」


 両陛下はまた顔を見合わせた。王妃さまがちらりと私へ視線を送る。私はゆるゆると首を振った。

 それを見た陛下が、ポンと手を膝で叩いた。


「わかった。第二王子ライナス。おまえとアンブレア・レイニー侯爵令嬢との婚約を解消する。また新たに、シャイニー・ブライトを婚約者と認めよう」

「父上!」


 ライナス殿下は途端に笑顔になった。


「ありがとうございます! シャイニー、よかった。これできみと添い遂げることができる」

「ライナスさま。これからはずっと一緒ですのね!」


 二人は手と手を取り合い、見つめあって喜んだ。傍から見ればなんの茶番かと思ってしまう。この二人のために呼ばれた私はまるでピエロ。みじめなものだわ。


 殿下が私のもとまで来て、再び謝罪の言葉を口にした。


「すまなかった、アンブレア。だがこれからは、シャイニーができうる限りこの国に晴れをもたらす。きみもその力を、できるだけ抑えて静かに暮らしてほしい」


 なんて勝手な言い分だろう。私は閉じこもり、生涯この力を封じておけとおっしゃるのか。どこまでも傲慢で、どこまでも無知な方。ご自分がなにをいっているかもよく理解せずに。この方のためにと今まで努力していた私はなんだったのかしら。


 殿下の腕にしがみつくようにしていたシャイニーさまと目が合った。彼女は完全勝利に輝く笑顔で、私にしか聞こえないよう囁いた。


「あなたの目、まるで雨雲みたい。汚らしい色だわ。髪もまるで濃霧のよう。災いをもたらす雨女にはお似合いね」


 まさかの暴言に私は一瞬呼吸を忘れる。私の誇りともいうべき、髪と瞳を……。


 その時、陛下が脇に控えていた文官らしき男性に声をかけた。


「我らの話は済んだ。あとはあなたの方から話をしてくだされ」


 私は不思議に思い、文官を見た。陛下が自分より若い、しかも文官に丁寧な言葉を……。次の瞬間、私はハッと息を飲んだ。

 文官と思っていた男性が、ゆっくり前に進み出てきた。今までうつむき加減でお顔が見えなかったけれど、今ははっきりどなたかわかる。でも、どうしてこの方がここに……?


 ポカンとしていたのは一瞬。私は慌てて侯爵令嬢としての立場を思い出し、淑女の礼を取った。お互いに夢中な殿下とシャイニーさまは、まだ気づいていない。

 文官のふりをしていたその人は、レニアス王国よりはるか南に位置する大国、サンドルーアの王家の特徴を持っていた。赤く燃えるような髪、陽の光を集めたような黄金の瞳。着ている服もよく見れば、レニアスとは違う素材でできていた。それに胸に輝くあの紋章。


 サンドルーアの皇太子、アーロン殿下だった。


 アーロン殿下は、カツカツと足音を立てて近づいてきた。


「婚約を解消するということは」


 アーロン殿下の声は、ライナス殿下よりも低く、落ち着いた雰囲気があった。


「彼女がこの国に縛られる理由がなくなった。そう捉えてよろしいかな、レニアス王」

「さようです、アーロン殿下」


 その言葉に、ようやくライナス殿下が反応した。電気が走ったかのようにシャイニーさまの手を払い、すぐ近くに立ったアーロン殿下を見つめた。


「アーロン……サンドルーア皇国の?」

「いかにも」


 アーロン殿下は重厚感のある声で答え、ライナス殿下の不躾な態度にはなにもいわなかった。ただその瞳が、いらだたしげに細められたのはわかった。


「よもや私の顔を忘れていたのではあるまい? レニアス王国とは常日頃、友好関係を築いてきたはずだ」

「も、もちろん。私はあなたのこともしっかりと……」


 ライナス殿下がしどろもどろに答えたが、隣のシャイニーさまは、「だれ?」と顔にはっきり書いてある。本当に無知な方。ちゃんと教育を受けたのかしら? これから王子妃を目指そうという方が、近隣諸国の王家の顔と名前を把握してないだなんて。

 アーロン殿下は途中から聞いていなかった。そのままゆっくりと、こちらに向き直り、靴音を響かせて向かってきた。


「アンブレア・レイニー嬢」


 私の前まで来て、アーロン殿下は立ち止った。かと思うと、いきなりひざまずき、私に向かって頭を垂れた。


「ア、アーロン殿下!?」

「突然のご挨拶をお詫び申し上げます」


 私の戸惑う声を意に介すことなく、アーロン殿下は私の手を取り、そこへ唇を落とした。


「どうかアンブレア嬢に、我がサンドルーアにお越し願いたく、やってまいりました」

「わ、私が?」


 なぜサンドルーアへ?


 アーロン殿下は顔をあげ、にこりと微笑んだ。年齢不相応な淫靡な微笑に、ついくらりとしてしまう。


「あなたの力を貸していただきたいのです。歓迎をいたしますよ。「雨使い」の聖女、アンブレアさま」




何気なく空を見ていて、ふっと思いついた作品です。

勢いのみで書いたので、たぶんおかしなところいっぱいあります(断言)。

もしお気づきになられましたら、チキンな作者に優しく教えてくださいませ<(_ _)>

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