第7章 陶器 龍雲
この話からファンタジーな要素が強く出てきます。
追記
サブタイトルに第7章と表記するのを忘れていたので修正しました。
入道雲が空に浮かぶのが少なくなってきた今日この頃。
俺は冬に備えて保存食を作っていた。
野菜を干したり、発酵させたり、漬けたり…まぁ、多すぎても冬までは持たないので秋に備えてのものもある。
その際に漬物を作る前に俺は漬物専用の壺をいくつか作った。焦げ茶色の腕で抱えられるほどの大きさの壺に採れた野菜を入れていった。いいサイズだったので村の皆にも壺をやればいい大きさと褒められ喜ばれたので嬉しい。
せっせと漬物を付ける間に亀太郎に畑で収穫したキュウリをやれば一口食べた後に俺の方に顔を向けて口を開けた、美味い!と言っているのかわからないが気に入ったのかむしゃむしゃと食べたので俺は野菜が実ったらまたやろうと思う。
「ふぅ、やっと終わった、うえぇぇ…今の俺、すごい糠臭いなぁ…」
作業を終えた俺はすごーく糠臭い。また暑さは続いているので汗臭さもある…。これは太郎はともかくおゆきは嫌がるな。
俺はキュウリを食べ終えてうとうとしている亀太郎を連れて、川に魚を捕るついでに水を浴びることにした。
俺の家の裏から少し歩いたところのに川と泉がある。
その泉は川の源泉になっているのもあるのか広く、深い。そして水が冷たくて美味しい。
俺は亀太郎を泉の淵に降ろせば亀太郎は勢いよく泉に飛び込むと俺を見上げて待っていた。ちなみに亀太郎の傷が治った後に泳げるのかと確認に来た際に野生に帰りたいなら返そうと泉に入れてやったが水に入り少し泳ぐと俺の元に帰ってきたので野生に帰る気はないと確認済みだ。
服を脱いで褌…というよりはボクサーパンツ擬き一丁で泉に入り亀太郎と泳ぐ…俺はこの夏用にと作ったゴーグル擬きを付けているので視界は良好だ。
冷たい水に潜れば亀太郎もついてくる、水の中は泉が綺麗なのもあり底まで見えて、上を向けば水面からの光が降り注いで美しい。亀太郎と少し深く潜って遊んでいると底に何かキラリと光るものを発見する。
「(なんだ?なにあるのか?)」
俺は好奇心に駆られて光ったところに潜る、するとそこには手のひらよりも大きなサイズの水晶玉を四つ見つけた。
水晶玉を二つずつ持って引き上げた俺は、洗った服の上に水晶玉を置いて亀太郎と眺めていたが…綺麗な丸い水晶玉で傷などはなく水に浸かっていたこともありキラキラと光っている…明らかに高価なものだ。
こんな水晶玉はこの泉には今までなかったものだし、誰かの落とし物が妥当だが楚那村にこんな水晶を持てるもの等いない。
村人以外で高価なものを持っているであろう人は…ここに出入りしている領主の息子ただ一人だ。
俺は来たら問いただすと誓い、魚が罠にかかっていたので今晩のおかずと共に亀太郎を連れて家に帰った。
その翌日、丁度良く遊びにきたその領主の息子に水晶玉について聞いたが…。
「俺じゃないぞ!てか、俺は泉にそんなものを捨てないからな!!」
と心外だ!と言わんばかりの顔で言われた。
事情を聴いた太郎とおゆきも義晴様ではないと思うと言っていたが…この山に出入りしてる武士の人は義晴様しかいないんだよなぁ。そんな俺の視線に気づいたのか三九郎さんが違うと首を振って否定した。
曰く義晴様はそんな水晶玉を持ってないと三九郎さんに発言されれば俺は納得するしかない。
「おい、なんで三九郎のいうことなら納得する…!!」
「こんな高価なもの誰が泉に入れたんでしょうか…」
「俺の他にも義晴様の忍びがここを巡回しているが…それをもっていそうな身分のものは来ていないし、そもそも村の者と義晴様以外はここに来たという報告はないぞ」
「おい聞け」
水晶玉を眺めながら考えるがやはりほかに候補となる人物を思いつかなかった。
俺は勿論一緒に泉に潜ったことのある太郎もあの泉になかったものだと言ったため俺が今まで気付かなかったというわけではない。
「そんなに唸るほど考えるならばもうお前のものにしてしまえ、そもそもあの泉に捨てたものなのであろうものならば拾ったお前のものだ」
「…こんな高価なものはいりません」
「無欲なやつめ、まぁ持ち主が現れるまでここに置いておけばいいだろう…ところで最近は何か作ってないのか?」
わくわくとした表情の義晴様がいる。
だが今はこれといったものはない。一応物は作ってはいるのだが…。
俺は作業場においてある木箱を義晴様の前にお出しして見せる。そこには様々な簪が入っていた。
「簪?」
「売り物用に練習している簪なら今は作ってはおりますが…」
「売り物?どこかに売るのか?どこの店だ?信頼できるものだろうな?」
ぐいぐいと聞いてくる義晴様とそんな話聞いてないと互いに顔を見合わせる太郎とおゆき、そして簪を興味深そうにみながら話を聞いている三九郎さんがいた。まだ二人にも話してないことだから知らないのも無理はない。
俺は一度義晴様をなんとか落ち着かせた後に口を開く。
「いえ、あの、まだ売るかも決まってないんです…村に来る商人に頼んで売ってもらおうかと思ってまして俺も色々素材や生活もありますのでこの簪達を売って生計を整えていこうかなと…まぁ、今でも生きてはいけますけど作るにも金はかかるでしょうし」
「…まぁ筋は通っているな、これほどのものなら売れる」
「でもまだ練習中なのでまだまだ売るには時間がかかりそうです、それにもう少し女性向けにしたほうがいいでしょうし」
義晴様にお墨付きをもらえたので売れはしそうだ。だがもう少し細工を女性らしいかわいいのにしたいというのもある。
今あるものは蜻蛉玉に組紐で花を付けたり、揺れる金具を付けただけなのでシンプルだ。
あまり高くなくていいので女性の髪を彩ってほしいが、これらの簪にはアレンジが必要あるものなのでまだ売り物にはならないだろう。
「そんなことないわ宗ちゃん、私この簪可愛いくて好きよ」
「おぉ、気に入ったならやるぞ」
「…宗ちゃんあまり気軽に簪は女の子にあげては駄目よ、誤解されるから」
「ん?なんでだ?」
おゆきが頬を膨らませてる…太郎は苦笑してるし三九郎さんは頭を抱え始めた。
それに義晴様は…うわ、真顔だ。しかもなんかつぶやいてて怖い!!
「簪を贈る意味を知らんだと?これは俺が色々教えないと駄目だ、いつか変なのについていくかさらわれる…」
「若、今はそこまでに…城で話しましょう」
「…わかった、とりあえずこの近辺の警備をより厳重にしろ」
なんか密談してる…怖いから触れないでおこう、…あ、そういえば簪の他にもう一つ作品といえるかはわからないが作ったものを思い出した。
「そういえば壺作ったんだ…忘れてた」
「あの漬物の?」
「いや、一つ試しに作ったのがあって…これだこれだ」
漬物用の壺を作ったときに材料が余ったので試しに作ってみたものがあったのを思い出した。
俺は部屋の隅に置いておいた水の入った陶器を持ってくる。意外と綺麗に出来たやつだからインテリアにも使えるぞ。
青みがかった灰色に白い雲のような模様が描かれた壺だ。
特にこれといったモチーフはないが水入れに使えるように分かりやすくしてみた壺だ。
義晴様は密談を終えたのか壺を見て目を輝かすが水が入っていることに気づきどこか遠い目をし始めた。
いや、これは呆れてる目で…気に入らなかったのかと思っていたらやれやれとため息をつかれた。
「お前なぁ、こんないい壺を水入れの壺にするなよ…」
「いい壺って…俺が水入れにでも使おうと思って陶器の練習用に試しに作ってみたものなのです」
「いやいや、作者のお前がそんな…いや、何もいうまい…」
もごもごと何かいいたそうではあったがやめたらしい義晴様は亀太郎と遊び始めた。
何だったのだろうか…。太郎とおゆきを見ても首を傾げられ、三九郎さんはまた頭を抱え始めたのでとりあえず壺については置いておいた。
もう話題にならないだろうと思っていたこの壺だったのだが三日後に使うこととなる。
それは村長からの依頼だった。どうやら楚那村から離れたところにある村だけ日照りが続き作物どころか、人の命も危ないらしい。そこでその村の村長と仲のいいうちの村長が水を壺に入れて分けてやることにしたらしく俺が作った壺で水を運びたいと許可を取りに来たのだ。
俺は勿論了承したし、うちにある水を入れた壺も提供した。すると村長は何度か本当に壺をその村にやるのかと確認をしてきたが俺は是非使ってくれと壺を差し出すと何故か村長は壺を大事に抱えて帰っていった。何だったのだろうかと亀太郎に聞いても亀太郎は頭を俺の指に擦り付けて甘えるだけだった。かわいいなぁ。
壺を村長に渡した翌日に三九郎さんが俺の様子を見に来た(健康と周辺警備の確認らしい)のでこの件について相談。日照りの件は知っていたようで義晴様も何故一部だけ日照りが起きているのかと不思議がっているらしく調査中と教えてくれた、これは言ってもいいことらしくどうやら村長の行動は近隣の村に手助けするように指示を出そうとしてたそうで逆にありがたいと言っていた。
また壺の件については…
「…は?もう一回頼む何と言った?壺をどうしたって?」
「水を入れてその村に贈ることとなりました」
「はあぁぁぁぁ!?おま、なんてことを!!!」
三九郎さんは顔を真っ青にして飛び出して行ったが、すぐに戻って来て義晴様に報告することがあるから帰ると告げて帰っていった。
嵐が来たように慌ただしく去ったので俺は何かしてしまったかと考えたが水の入った壺を贈ったくらいなのでそこまで大事に考えていなかった。
のだが数日後、義晴様が突然褒美だと反物を沢山くれて、そのあとに簡単に作ったものをやるなやら、危機感を持てやら、またとんでもないものつくりやがって等と説教をしてきた。突然のことに俺は勿論理解等していなかったがそれについても怒られた。
解せぬ。
****************
清条国 登尾村。
この夏、登尾村は謎の日照りが続き水不足に陥った。
何故かこの村以外は雨が降り、水不足等は他の村には一切なかったのだ。
村長が何かの祟りだろうかと村の者とおびえる中でその村では若者の年に入る熊八は空を睨み、水を求めて枯れてしまった池の周りを掘っていた。きっと水はまだあるはずだと希望を求めていたところに村長と仲のいい楚那村の村長 虎八須が楚那村の若者を連れて水を壺に入れて運んできた。熊八が求めていたものではないが皆の命が助かると熊八は喜んで年下の子供達を抱えて水をもらいにいった。
「虎八須、かたじけない…!!なんとお礼を言えばいいか!」
「気にするな旧友よ、困ったときは助け合うものじゃ…太郎、みんなに水を配るから動けないやつら運んできてやってくれ」
村長が泣きながら頭を下げる中楚那村の村長は冷静に太郎という青年に指示を出す。
子供達に水を配っていた太郎は村長の指示に快諾の頷きを返した。熊八よりも少し年上だろうその青年は優しく子供達の頭を撫でると楚那村の他の男に仕事を頼むと村長達に駆け寄った。
「わかった、でも誰が動けないんだい?流石に俺もこの村は初めてだからわからない」
「俺が案内する!それに手伝わせてくれ!」
熊八は冷たい水を一杯もらい、久々に体の渇きを癒すと太郎の手伝いを買って出た。
太郎は朗らかに笑うと頼むと熊八に言った。が熊八は先ほどは気づかなかったが太郎の大きさに気づき、面をくらう。村では見たことのない大男がいたのだから。
しかし、太郎はその巨体と反し穏やかな性格だと熊八は少し話しただけで理解する。
力は巨体に相応しい怪力で村の者達を軽々と運んでいくが怪力とは思えぬほど優しい手つきで水を飲ませていった。
「お前、すごいな」
「ん?なにがだ?」
「怪力だ、すごくうらやましい」
太郎は照れるように一度笑うが空を一度仰いでてうつむいた。
何かあると思った熊八は太郎にどうした?と聞く。この短い時間で太郎に親しみを覚えたこともあるがこの怪力なすごい男が顔を曇らせるほどのなにかがあるのかと好奇心が出たのだ。
「俺はあいつが危ない時守ってやれなかったことが多いからな…だから怪力なんて意味はない、それにあいつのほうがすごいんだ」
「あいつ?」
「俺と同い年の大切な友達で兄弟みたいなもんかな…本当にすごいんだ、俺の村の家を丈夫で住みやすい家にしたり、俺たちが知らなかった食える物の育て方を知ってたり、あの月ヶ原の義晴様が首ったけになる程のものを作るんだ」
「なんかすげぇな…その友達」
熊八がそう感想を言えば太郎は嬉しそうにうなずいた。
そうなんだすごいんだと自分のことのように喜ぶ太郎にとってその友達は大事な存在とよくわかる。
しかし熊八は一つ月ヶ原義晴が首ったけになるというものだけはわからなかったが。
話を聞いていた熊八に友人を自慢できた太郎は機嫌がよく、笑顔で熊八の耳にこっそりと話した。
「お前にだけ教えてやるぞ…多分、ここで不思議なことが起きるかもしれないぞ」
「え?」
太郎は楽しそうにそういうと村長の傍にある一つだけ色の違う壺を指して笑った。
それは子供のような笑顔で。熊八にとってはよくわからない壺だがなにあると。
「宗助が作ったものには何かが起きるんだ、だからあの壺はきっとすごいことをする。だって宗助は今まで星を写した刀を、生きた龍の刀を、精霊が宿る酒を、人の人生を変えた鏡を作ったんだ」
「それ、本当の話か…?流石に信じられないな」
「きっとあの壺は何かするぞ」
そう信じて疑わない太郎の目はまっすぐで太郎が冗談を言って希望を持たせる人物に見えない熊八はとりあえず壺は大事にすると太郎に告げれば…それでいいんだと満足げに笑う太郎がいた。
その後熊八と太郎は話をして、いつか太郎のいる楚那村に遊びにいくと約束をして太郎は楚那村へ帰っていった。
熊八は太郎達、楚那村の者が帰った後に村長にあの例の壺が欲しいと告げて、割られないように保護のため家に持ち帰った。家には熊八一人で親は水不足で倒れてしまった。そのため村長が倒れたものを療養する場所に連れて行ってしまったからだ。
家の居間に置いた件の壺は両手で抱えるほどの大きさだが、なぜか水が入っているはずなのに異様に軽く、水が冷たいままだった。熊八は不思議に思ったが冷たいままな水にありがたいと思うほどしか感じなかった。
その翌日に不思議なことが起きたのだった。
今日も今日とて嫌に天気が良く、雨が降る気配はない。これでは楚那村からもらった水も早々につきてしまう…。
熊八は畑仕事を終えると今日も池の周りを掘っていた。どこかに水源が残っていることに希望をかけて掘り続ける熊八に村長からの怒声が降り注ぐ。いきなりの怒鳴り声に熊八はなんだと悪態をつきながら穴から出た。
「こらぁ熊八!お前が欲しいといった壺をここに置くな!!」
「は?俺は家に…え、なんで…」
熊八が掘っていた穴の近くに何故か家に置いたはずのあの壺があったのだ。
いつからあったのかわからないが不思議な事に水量はこの炎天下なのに減っていない。
「まったく、村の為にしてくれるのはいいが無茶はするんじゃないぞ!」
「……」
熊八は村長が立ち去った後に壺に触れるが誰かが運んだり水を入れたのかと思ったが、中に家の柄杓が入ったままで持ち上げると壺の壁面にあたりからからと音が鳴る。
…このまま運べば明らかにわかるであろう音だ。
「…訳わかんねぇ」
熊八はとりあえず休憩と水を飲めばその冷たさは未だに続いており、暑さが冷えるのを感じる。
明らかにおかしいのだが、何故か熊八はこの壺を捨てるなどの思いは浮かばなかった。
太郎と約束したからかもと熊八は思ったが、便利だという思いもあったのかもしれないと自己解釈して作業に戻り、日が暮れてくるのを感じるとまた先日のように壺を抱えて家に戻った。
その日、熊八は夢を見た。その夢の中で熊八は件の壺を抱えて歩いていた。
そして壺を村の真ん中に運ぶと何かが壺から出てきて天へ昇っていくという夢だった。
その何かは靄がかかって見えなかったが天へ上ったそれと目があった。
熊八は目が覚めた。傍にはあの壺があり、場所が家であると分かったことで夢を認識する。
「今の、夢か…?俺は確か、そう、村の真ん中に壺を運んで…っ!そうだ、壺から何かがでてきたんだ!!」
夢の内容を思い出した熊八は壺から少し距離を取る。
この壺から出た何かと目があったのだ。夢の出来事とはいえ少々恐怖はある。
熊八は壺を居間の端に置いたのを確認すると朝食を食べて畑仕事のため足早に家を出た。
そして今日も畑仕事をした後に池の周りを掘っていると…。
「壺がまたある…」
先日のように壺があった。しかし、夢のこともあり昨日のように水を飲む気にはなれず、熊八はまた穴を掘りに戻ろうとすると穴の外から水をかけられた。バシャバシャとかけられる水が冷たいことからあの壺の水だとすぐに理解した熊八は穴から飛び出た。
「誰だ!!悪戯してるやつは…いない?」
しかし、誰もいなかった。
人影もなく、壺の中に揺らめく水と柄杓だけが動いている。
「一体だれが…全く俺は忙しいんだぞ!…怒鳴ったから喉乾いた」
イラついている熊八は少々乱暴な仕草で水を飲むとまた穴に戻るが、今度は水をかけられなかった。
今日も水は出なかったが日が暮れたので家へと壺と一緒に帰った。
そしてまた夢をみた。
その夢ではまた村の真ん中に壺を運ぶと何かが壺から出てくる、しかし今回は違った。
その何かは空で黒い雲を作ってその身を隠したのだ。少しして顔のようなものを出す。
ここで夢から熊八が目を覚ました。
また壺を見れば近くにある。昨日のような夢だが熊八は今日は怖がらずに壺をじっと見つめる。
そこで熊八は気づいた、この壺の模様は雲のようだと。
「青っぽい灰色に白い模様で雲みたいだ…ん?なんだ…今、何かいたか?」
熊八は雲をじっと見ていた時にふと何かが視界の中で動くのを見た。
何が動いたとじっとして見ていれば…壺に描かれた雲の間で何かが動いているのが見えた。
「壺の絵が…動いてる?何かが雲の中を移動してるのか?」
熊八がじっと見ているとまた雲の間を何かが通る。くねくねと上下に動く動きはまるで蛇のようだ。
ここで熊八は夢を思い出した、壺の中から出たのは長い何かで雲の中に隠れたと。
もしや、夢の中の生き物は今動いているものなのかと熊八は思い、また何か伝えたいのかもしれないとも思った。ここで熊八はまた思い出した、畑仕事をしないといけないと。
「っと、いけねぇ!壺鑑賞する暇なかった!畑だ!」
熊八は今日の畑仕事を終えると…昨日と違うことが起きた。なんと壺が畑の近くにあったのだ。
そこで熊八はふと壺を家の中に戻してみた。そして畑に戻ると、壺は何故か同じ場所にまたあった。
熊八はここで確信した。先日からの奇妙な出来事はこの壺が原因だと。
熊八は壺の傍にしゃがむとそっと壺に問いかけた。
「お前が昨日俺に水をかけたんだろ」
熊八はじっと壺を見ていれば…ちゃぽんと水の音が壺から返ってきた。
どうやら返事をしたらしい水の音に熊八は太郎がいった不思議なことはこのことかと力が抜けるように尻を地面につけて座ると軽く壺を指で叩いた。
「とんでもない壺が来たもんだ、ついてくるし、水をかけるなんて…しかも変な夢を見せるとはな」
熊八がやれやれと首をうつむかせているとまたちゃぽんと音が鳴ったことに気づき、文句でも言ってるのかと言おうとしたが…じりじりと日光が熱いのを感じ顔をしかめた。
「暑いなこん畜生…なんでここ最近こんな日が暑いんだよ…しかもここだけなんておかしいぜ、まぁお前は関係ないもんな、暑くなってから来たし」
冷たいわーと水を飲む熊八に隣りの家のものが水を分けてくれと頼む、どうやら貰った水はもうほとんどないようで、まだまだ量のある熊八の壺の水を見て来たらしい。冷たさに驚くがありがたいありがたいと喉を潤した。
熊八は水を分けたあともしかしたら他の奴もと思い、今日は池の周りは掘らず壺を抱えて村を歩くことにした。まだまだあるからと水を分け与えていく熊八に村の者は感謝するが何故そんなにあると熊八に聞くが熊八もわからないので不思議な壺のせいかもと答えていった。
そして、そんなことをしていると熊八は村の真ん中に来ていた。
壺を抱えた熊八は夢を思い出すが不思議と恐怖はなく、もしかしたらという好奇心が出てきたため夢同様に壺を村の中央辺りに置いてみた。村の者達は熊八が何かしてると見ていた中…何かは起きた。
熊八が地面に置いて、少しすると壺はガタガタと一人でに揺れ始めた。
地震等起きているわけでもないのに揺れている壺に村の者は驚きの声を上げるが熊八はわくわくとしてきたのか笑みを浮かべていく。
「つ、壺が動いとる!!」
「何か入ってるのか!?そうなんじゃろ熊八!」
「でもさっき見せて貰ったときは水しか入ってなかったぞ!」
壺の揺れはどんどん激しくなっていき、ピタリと止まる。
「え」
村の誰かが一音零したその時。
空に向かって水の柱が勢いよく上がっていった。
「なんじゃ!?何が起こっておる!?」
「熊八!お前なんなんだこれは!!」
熊八を呼ぶ声がする中で熊八は見た、水の柱の中で何かの影が天へ昇っていくのを。空へ昇るその何かと目が合ったのを。
水の柱が天へ昇った後に冷たい水が雨のように村へ降り注ぐ、そして日の光を遮る黒い雲を作り出した。
ゴロゴロとなるその雲は雷雲であった。水の柱は消えたが水は村へ降り注ぎ続けている。そう、これは雨だ。
「すげぇ!!」
熊八が今までにない光景に思わず叫べばその叫びに答えるように稲妻が一瞬空に走る。
村が突然の雷と雨に大騒ぎで、その様子を見た熊八は思わず笑うがふと夢を思い出した、壺のあの生き物は炎の何かを食らっていたと。
熊八がもしかしてと空を見渡せば黒い雲の中に赤いもの…夢で見た炎の鳥を発見する。逃げるように慌ただしく羽ばたく炎の鳥を見つけた熊八は雷雲に向かい叫んだ。
「あいつだ!あいつがいた!!」
熊八の指示が聞こえた雷雲はゴロゴロと音を出す、稲妻に照らされた雲の中で生き物の影は泳ぎ炎の鳥へ向かう、そして炎の鳥を視界に捉えると口を大きく開けて雲から飛び出してついにその姿を現した。
雲の中から現れたのは鋭い牙を持つ白い龍。
白い龍は炎の鳥にばくりとかみつくともがく鳥と格闘するように空で暴れる。村のものが固唾を呑んでその戦いを見守る中で熊八だけは白い龍に声援を送っていた。
「頑張れ!負けるな!絶対そいつを離すなよ!!」
声援を送られている白い龍はその声に応えるように雲の中に鳥を引きずりこんだ。
雲の中で稲妻が数度光ると、白い龍がぷっと炎の羽を吐き出しながら雲から出てきた。
白い龍の勝利である。
「いよっしゃああああああ!!!勝ったぁあああ!!」
龍の勝利を確信し、雄たけびを上げて喜ぶ熊八に白い龍は勝鬨の咆哮を上げた。
互いに喜ぶ一人と一匹に村のものが茫然とする中で白い龍は雲の中にまた入り雨を降らせた。
呆然と空を見ていた村人達は雨を浴びてようやく久々の雨が村へ降ったのだと理解し、歓声を上げて喜んだ。そしてあの龍が雨を降らせたのだと理解もした。
「久々の雨だ…気持ちいいなぁ…」
久々の雨はあの白い龍が降らせているからなのか優しく、心地よく感じた熊八は雨に打たれながらも笑みを浮かべ、喜ぶ村人を見て笑みを深めた。
そんな中、白い龍が雲から出てきて熊八についてこいと頭を動かして誘導する。
「なんだ?まだなにかあるのか?」
熊八は雨が降る中、壺を抱えて空を飛ぶ白い龍に走ってついていくとそこは熊八が先日から掘っていた枯れた池だった。
白い龍はするどい爪を池の中央にある地面に突き立てると水がそこから湧いて出た。勢いよく水は湧き、すぐに池の中は水でいっぱいになる。
驚き声を出せずにいる熊八にどうだすごいだろう?というように熊八を見て胸?を張った白い龍がいた。
そんな白い龍に熊八は思わず可笑しくなり大きな声で笑った。
「はははっ!お前、池も復活させてくれたのか!!すごいよ本当に!!すごいやつだ!」
そうだろう!という仕草の白い龍に熊八はもっと笑うがそんな熊八につられて白い龍も笑うように鳴くと突然熊八を水がたっぷり入った池に尻尾で突き落とした。
突き落とした白い龍がケタケタと笑うと水をかけられた。池の中には落とされた熊八がおり水をすくってまた白い龍に水をかけた。
「おかえしだ!昨日もかけられたしな!」
悪戯に笑う熊八に白い龍はこちらもだと大きな巨体を彼の体に巻き付いて水の中に引き釣りこんだ。
しかし、命に危険が無いようにして水に熊八を沈め、熊八はなんとか出た腕で水を白い龍の顔にかけていた。
その様子を見ていた村の者は熊八が龍と遊んでおると笑って見守った。
もうこの時には突然現れた白い龍に対し恐怖もなく、熊八の友人として龍を見ていたのだった。
雨が降ったことと池にまた水が戻した龍を神様のようなものかと思っていたが、笑い声を上げて池の中でじゃれている一人と一匹に恐怖など沸くはずもなかったのだ。
その後、思いっきり遊んで満足した白い龍はまた壺の中に戻った。
熊八はまた家に持ち帰ろうと抱えたので村長が止めようとするが逆に村のものに止められた。
「駄目だぜ村長」
「熊八の壺には龍が棲んでおったんじゃなぁ」
「きっと龍は熊八を気に入って助けてくれたんかもしれんぞ、あんなになついておるんじゃから」
「社建てるより熊八の所に居させたほうが喜びそうだ」
「あんな仲がいいのに離すなんて可哀そう」
「今、熊八と離すのはやめとけ」
という村の者の意見に村長は確かにと賛同し、引き続き熊八に壺を所有させることにした。
「水を司る龍のようじゃし、せめて綺麗な布の上に置くように熊八に言っておくべ」
と一応敬ってます感は出しておこうと心に決めながら。
そして、熊八の家で引き続きあの壺が置かれることとなった壺は熊八の友人であり、水の神様の家として丁重に扱われるようになったのである。
その三日後に突然雨が降り水問題が解決したと聞いて調査に訪れた月ヶ原義晴とその家臣達に、村長は全てそのまま話した。
楚那村から送られてきた水の入った壺の中に龍が棲んでいた壺があったこと。
その壺を所有している熊八を気に入ったのか村を炎の怪物から助けて、雨を降らせてくれたことを。
その熊八と壺に棲む龍は友人で池で遊んでいたことを。
話を聞いた月ヶ原義晴はあんぐりと口を開けた後に頭を抱え、付き添いの家臣の一人はやっぱりと声を漏らして同じように頭を抱えていた。その中で月ヶ原義晴の腰にあった刀がカタカタと音を鳴らしていたという。
話を聞いた後に月ヶ原義晴は件の壺を見たあとに熊八に名前はあるのかと聞いたが壺に名前など無く壺と呼んでいたことを告げると、後世に残すためにもつけておけと言われ、壺を白い龍と雲の模様から龍雲と名付けた。
「安直な名前を…」
「熊八、お前村を救った龍の家なんじゃぞ」
「でも雲みたいな模様だろ?それが分かりやすいじゃねぇか、なぁ龍」
龍呼びな熊八に龍にもつけろと村長に言われたことで名前を考える熊八だが、犬猫にするような名前を龍に付けようとしたので無論龍が気に入るはずもなく、その度に壺の中から水が飛んできたので熊八がじゃあ体が白いから白という今までよりかはましな名前に龍も妥協したことで龍の名前は白となった。
ちなみに代わりに月ヶ原義晴が名付けようとすると拒絶するように彼にも水をかけられて凹んでいたのは部下の三九郎は黙っていようと心にきめたという。
その後一応神様のようなものなのだからと大きな社が建てられそこに壺を納めた。勿論熊八とその家族がその社に住むことになったため彼らは離れていないが、熊八が畑仕事や子供達と遊ぶ時に必ずついて行ってしまうので熊八がいる朝と夜ぐらいしかその社にいなかったという。
****************
宗助の家。
「すぅ…すぅ…」
草木が眠る丑三つ時、宗助も深い眠りにつくなかで亀太郎は目を覚まし、桶から脱走して宗助の傍まで歩いていった。
歩く最中に亀太郎の体は宗助を遥かに超えて大きくなり、小さな尾が蛇へと姿を変えて宗助の傍へ寄り添うように大きな体を下ろし、腹を床につけた。宗助の傍へ腰を下ろした亀太郎は尾の蛇と共に首を曲げて宗助の顔を覗き込む。その眼差しは優しく敵意等一切無く逆に慈愛を込めた優しい眼差しで宗助の寝顔を見つめていたのであった。
目を細め愛おしげに見つめる亀太郎はちらりと家の外に目を向けると宗助を見ていた優しい眼差しを鋭くさせ、尾の蛇も威嚇音を鳴らす。
暑いからと開け放たれているが虫よけをかけた戸板の隙間から月明りが優しく照らす。
しかし、戸板の影からグルルルルと唸り声をあげながら全身黒い獣が現れる。
その獣の姿を見た亀太郎は静かに立ち上がり、己の腹の下へと宗助を隠すと尾の蛇が牙を見せ獣へ威嚇を続ける。
カタカタと宗助の作った作品達が警戒するように音を鳴らす部屋の中で亀太郎と獣の間には激しく視線を合わせ、二匹はすでに目で戦闘を行っていた。
その目での戦闘をじれったく思ったのか、それとも亀太郎の下にいる宗助を狙いにしたからか、獣は早々に亀太郎の目を狙い爪で襲いかかるが勝負は一瞬だった。
獣の攻撃を予知していた亀太郎は首を縮めて爪を躱し、爪を空振り隙を見せた獣の横っ腹に尾の蛇がかみついて激しく振り回したあと家の外へと投げ飛ばすと、とどめに地面に獣の体がぶつかる寸前で巨大な岩が地面から生え、槍のように獣を突き刺したのだった。
断末魔を上げる間もなく黒い獣は塵となって消え、その姿を見届けた亀太郎は鼻を一度鳴らすと腹の下から宗助を出して先程のように優しい眼差しで傍に寄り添っていた。
早朝、枕元で眠る小さな亀太郎に宗助は優しく甲羅を撫でながら住処である桶に戻してやったという。
勿論宗助は昨晩起きていたことは何も知らない。
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Wiki 天野宗助 作品
名品 陶器 龍雲
○○県登尾市龍雨神社の御神体である壺。
青みがかった灰色に白い雲のような模様が描かれた水の入った壺で、龍の寝床として龍雨神社に祀られている。
日照りが続き水不足となった村に天野宗助が住んでいた楚那村から水の入った壺を贈られたことでこの地に来たが、その後に雨を降らせて土地を潤したという逸話が存在し、今も尚登尾市周辺では干ばつの被害は一切無く、龍神様が適度に雨を降らせていると言い伝えが存在する。
書物には白い龍に体を巻かれじゃれつかれている熊八という男の姿をよく見られたと記される。
この熊八を龍が大層気に入った故に村を救ったという当時の村長の記録から、彼が最初の所持者であると推測されている。
天野宗助作と判明したのは江戸時代に天野宗助が作ったものを管理していた月ヶ原家の記録に天野宗助が善意で水をいれて登尾村に村の者が用意した水壺と一緒に贈ったと記録があったことからである。
当時のことを月ヶ原義晴の部下、三九郎は日記にこの件を聞きすごく心臓に悪かったと書いている。
今も龍は壺に棲んでおり、雨を降らせたり、社を守る一族(龍守氏)の傍にいるらしい。
昔から登尾市に住む人間には龍の姿を見ることができるらしく、龍守氏の子供と遊んだり、遅刻しそうな時は咥えて空を飛ぶ姿をみたことがあるという逸話がある日常的な事とこの一族から龍を離そうとする、もしくは一族を害そうとすると龍の祟りに遭い、火の災難によく遭うという昔からの言い伝えから龍のことを住人は見守っているという。
※実は月ヶ原義晴の愛刀 刃龍には頭が上がらないらしく刃龍が傍にいるときは静かにしているので、龍守氏は龍が悪さをすると罰として刃龍が展示されている清条博物館まで連れて反省させに行くという話からネットでは龍雲が清条博物館に展示される告知がされる度に龍雲反省中、刃龍兄さん今日もお説教お疲れ様です等コメントがつく。
何故刃龍に頭が上がらないのには理由があります、いずれ書く予定です。
ちなみに龍雲はどんなに弟妹が出来ても末っ子の位置にされ、手のかかる弟として作品達に扱われます。