第2章 精霊に会える酒 水清酒
評価、ブックマーク等ありがとうございます。
自己満足に近い気持ちで書いている作品ですがこのようにブックマーク等をして楽しんでいただいている方がいると思うと気が引き締まります。
俺があの侍こと月ヶ原義晴に刀をやってから十日経った。
あの後、おゆきと太郎から話を聞いた村長が俺の家に飛び込んできて月ヶ原義晴に粗相はしていないか、粗末なものをやってないかと言われたので普通の刀と言えばどの刀をやったのか分かったのだろう何とも言えない微妙な顔をされた。
が、お咎めもなく今日も刀作り…ではなく今日は熟成させていた酒が初めてにしては美味く出来たので、俺は酒好きの村長にもあげようと俺特製の酒瓶に入れて山を下りて村に向かっていた。
初めて作ったお酒だから自慢したいってのもあるがな。
村に行けば村の者に迎えられる、おゆきと太郎が俺が来たと聞いて走ってくるのが見えたので二人にもお土産として俺が作った簪とビー玉をやろうと立ち止まればなんだか様子がおかしい。おゆきは村の外を指して、太郎は手で俺を払うように動かしながら必死の形相で何か言っている。
「宗ちゃん逃げて!!」
「義晴様いるぞ!!」
「げ」
俺は二人の口から出た名前にすぐさま踵を返して村の外に向かって走るが突然黒い忍装束を着た男に行く手を阻まれ、肩に担ぎ上げられる。
「宗ちゃん…!!」
「てめぇ、宗助を離せぇ!!!」
太郎が忍者に体当たりを仕掛けるが忍者は軽く片手で太郎を受け流して俺を村長の家まで運ぶ。
堂々と村の中を行く忍者に村の者は驚くが俺が担ぎ上げられていることに驚き、中にはわざわざ鍬を持ち出して俺をどうする気だと聞く男もいたが他の者に抑えられている。よく見たら田吾作じゃねぇか、あいつまた胸倉掴まれてるぞ。
「おとなしくしとけ、悪いようにはしない…たぶん」
「忍者のお兄さん、今多分って言ったな?」
「気のせい気のせい」
暴れても敵う気がしないのでおとなしくしてたが、嫌がらせにドナドナ(戦国Ver)を歌ってた。
子牛を子供に変えたりとこの時代でも通じる言葉に替え歌したこのドナドナ(戦国Ver)は大変この状況に似合っていたと我ながら思う。
「あぁぁぁぁぁ!!!宗助ちゃぁぁぁぁん!!!」
「宗助ちゃんが…!!宗助ちゃぁぁぁぁん…!!!」
「売らせねぇ!!宗助ちゃんは売らせねぇぞ!!!」
「いやぁぁぁぁ…!!!宗助ちゃぁぁぁ…!!!」
ただ村の婆さん達が誤解した。
村の婆さん達が泣き出してしまい、俺がこの忍者に売られると勘違いしてしまったので歌うのは忍者に禁止された。
「本当にやめろ、婆さんの一人が鎌持ってたじゃねぇか…!!しかもついてきてるちび共も誤解したぞ」
それはお留の婆さんだ。キェェェェェと声を出しながら突っ込んできた時は俺も驚いた。
そこは反省している。後ろでおゆきや太郎も勘違いして泣いてるしな。
太郎はもう泣き止め、お前は男とか大人とか以前に背が大きいから変に目立つ。
「三九郎連れてき…お前村の奴泣かすなよ」
「こいつのせいだ!!!」
あぁ、やっぱりこの人だったよ…。
やっぱりこの人の忍者だったよ。
「オヒサシブリデス月ヶ原サマ…」
「おう、なんか話し方おかしいが、まぁいいだろう」
騒ぎに気付き村長の家から出てきた月ヶ原義晴は俺を見てあの悪魔の笑顔を作る。(俺にとってはだけどな)
忍者は俺を降ろすと月ヶ原義晴の傍に控えた。それを確認すると月ヶ原義晴は俺に近寄った。
「お前から貰った刀は父上も気に入るほど素晴らしかったぞ」
「はぁ、ありがとうございます。」
「して、その酒瓶はなんだ?昼間から酒か?」
あ、目ざとく酒瓶に気づきやがった。目を輝かせているがこれは村長にやるものだ、渡すわけにはいかない…が、変に誤魔化すと後が怖い気がするので正直に言おう。
「これは私が作った酒です。初めて作ったものですが美味く出来たので村長におすそ分けにきました。」
「ほう、作るのは刀だけではないのか」
「いろいろ作っております…あの、この酒は美味く出来ましたがまだ改良中ですので…」
「ふむ、しかし美味く出来たのだろう?」
「そうですが…まだ舌ざわりとか、後味が…」
「美味いのだろう?」
「…はい」
俺が観念した声を出せば村長がすぐに察して家から小さい杯(俺作)を出してきてくれたので酒瓶の中の酒を注ぐと、その酒を月ヶ原義晴と忍者は食い入るように見つめている…失敬な、毒なんざ入れてねぇよ。
「なんと…(なんて透明な酒だ…こんなに美しい酒は見たことがない)」
「これは…(香りも素晴らしい…飲んではならぬ、耐えねばならぬのは分かっているが…恐ろしい酒だ…!!)」
…あともう少し濁りを落としたいなぁ。香りはいいけど果実も少し入れて甘くしたい。
俺は強いの飲めるけど味は甘いのが好きだからなぁ…甘くて弱めのお酒ならおゆきやおよだの婆さんでも飲めるだろうし。
しかし、何を震えてるんだこの二人は。毒は入ってないってのに。
杯を持つ手がプルプルしてるぞ、このままじゃ零れそうだなぁ…。仕方ない。
「あの、早くお飲みにならないと零れます…」
「!、あぁ!そうだな!ではいただくぞ…!!」
グイッと一気に飲んだ月ヶ原義晴は目をカッと開いて動かなくなった。
目の焦点も合っておらず遠くを見ている。
忍者の男が肩を揺するが動かない、そしてこちらを睨み苦無を構える。
…だから、俺は毒は入れてねぇぞ!!!
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「ここは…どこだ…?」
義晴は宗助の酒を飲んだと思ったら何故か泉の前にいた。
どこかの山の中であろう泉は澄んでいて美しく木々が泉の周りを守るように囲んで生えている。
「そうだ俺は天野宗助の酒を飲んで…ん?」
〈クスクス…〉
クスクスと笑う声に義晴は耳を澄ませば泉の淵に美しく女が座って彼を見ていた。
水を思わせる水色の美しい長い髪と瞳、白魚のような美しい手足、しかし手足の鰭は女が人間では無いことが分かる。
「お前は妖怪いや、泉の精霊なのか…?」
〈クスクス…〉
泉の精霊は口に手を添えて上品に笑うと義晴の腰を指さした。
そこにあるのは宗助から貰った刀 名を「刃龍」と名付けた刀があった。
義晴が刀を腰から抜けば刃龍はカタカタと動く、泉の精霊はその音に笑みを深めて美しく微笑んだ。
〈にいさま…〉
「え?」
泉の精霊はスゥッと消えると刃龍の前に同じように姿を現して鍔を細く美しい手を滑らせた。
まるで再会を喜ぶように優しく、愛おしむように。
〈ととさまによろしく…つばのりゅう、にいさま〉
《カタカタカタ…》
別れを惜しむように話す泉の精霊と音を鳴らす刃龍。
義晴はようやくわかったこのもの達は天野宗助の手に作られた全く種類が違う兄妹であると、刀の兄と酒の妹であると。
泉の精霊は別れの挨拶が済んだのだろう刃龍から顔を上げて義晴の頬に両手を添える。
〈にいさまと、ととさまを…おねがい〉
その声と共に霧が義晴を包み目の前から泉の精霊が消える。
〈どうか、わたしたちの、だいすきなととさまと…なかよく、ね〉
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俺が毒を仕込んだのではと忍者が俺の上に乗り首に苦無を突き立てようとする。
だれが村長にやる酒に毒なんかいれるか!!と言いたくても喉を押さえられているため声が出せない。
ここで終わりかと目を瞑れば俺の上から重みが消えて村長の呼ぶ声が聞こえる。
「三九郎!!何をしているか!!」
「若!!正気に戻られたのですか!!」
「何をしていると聞いている…!!宗助を殺そうなど…!!!」
村長に起こされた俺の前には月ヶ原義晴、そして離れたところであの忍者が地面に腰を付けて座っている。
どうやら月ヶ原義晴が殴って助けてくれたようだ。
「ですが若!!あの者は若に毒を…!!」
「毒など入っておらぬわ!!宗助安心しろお前の酒は大変美味であった、美しい幻を見る程にな」
彼は何を言ってるんだ?
酒で幻覚など見れんだろう…もしかして酒に弱いのかこの人?
なんて思っているのか分かったのだろうか俺の頭を叩き、ジト目でこちらを見ている。
「今お前俺の言うことを疑っただろう……?」
「……いいえ」
「おい、その間なんだ…まぁいいか、三九郎とにかくこの酒に毒は入っていない、お前も飲め!そうすればわかるだろう」
月ヶ原義晴は俺が持ってた酒を忍者に飲ませようとしているがそんなに美味いのかと思ってしまう。
確かに美味い酒だ、山の水は美味しかったからいい酒だろう。
しかし幻を見る程美味いかと聞かれるとそうではない。というより幻を見るなんてやっぱり酔っぱらってるのではないかこの人。
俺はそんな失礼なことを考えながら村長にまた明日にでも酒を持ってくるというと目を輝かせて頷く村長に俺は苦笑しながらこの状況に作りかけの刀をどう装飾しようと現実逃避をしていた。
その後、作った酒をくれと言われた宗助は村長にやる分をなんとか残してもらうが作った分(樽二つ分)はほぼ全て月ヶ原義晴に持って行かれたのである。
清条国 月川城 城主の間
持ち帰った酒を酒瓶に入れて、義晴は父である義虎の前に座っていた。
先ほど飲んだ酒を義虎に渡せば早速と盃に酒を注ぐ父に思わず義晴は笑みが零れた。
「ふむ、刀だけではなく酒もまた奇妙とは…して味はどうだ?」
「大変美味だったぜ。俺と三九郎が精霊の幻をみる程の美味さだ」
「精霊の幻とな?三九郎までもか?」
義晴は見た精霊を思い出す。
この世のものとは思えぬほどの美しい容姿と少々舌足らずな言葉を話す鈴のような声は義晴が今まで出会った女性の中でも一番と断言出来るほどの美しさであったと。
「まことに美しい精霊にございました。俺は天野宗助が作ったこの「刃龍」を持っていたこともありこいつを頼むと言われましたが…三九郎は俺が精霊に会っている間に天野宗助を殺そうとしたので、精霊に親の仇と言わんばかりに頬を強く叩かれたそうです。」
「はっはっはっ…!!!美人は怒らせると恐いからな…ではいただくとするか、っ!?」
父親が酒を飲んでピクリとも動かなくなったことを確認すると義晴はもう一度あの酒を飲むが今度は精霊に会えない。
どうやら一度飲むとだめなのかと少し残念そうに肩を竦める義晴を嘲笑うようにカタカタと音がする。
義晴が刃龍を腰から抜いて鍔を見れば目を開き笑うように口を開ける龍がいた。
「なんだ?そう簡単に妹と会えるもんかって笑っているのか?
刃龍、この酒の名は「水清酒」でどうだ?清廉な水の精霊の酒という意味だ」
《カタカタカタ…!》
「そうか、気に入ったか」
一度上を向いてまた刃龍に目線を戻せば、目を細めて笑うように動く龍…。
そして、美しい泉の精霊に会える酒…。
この世になかったものを作り出す男の姿を思い出し、義晴は口角を上げて盃に入れた酒を一飲みで飲み干す。
「いい酒だ…たった二つ、たった二つでここまでの物とは……さて、次に行く時が楽しみだ」
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草木も眠る丑三つ時…。
宗助が寝室で眠る中、アトリエに置かれた作りかけの二振りの大太刀と短刀が月の光を浴びてほんのりと淡く光っていた。
その傍に置いてある、同じように淡く光る「欠けた隕石」と共に。
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Wiki 天野宗助 作品
国宝 打刀 刃龍
直刃の美しい刀身を持つ刀、切れ味も良いが何より特徴は鍔の部分とされる。
龍が刀を囲むように巻きつく姿をした鍔をしているが姿を見るたびに手や口、目を開かせたり閉ざしたりしていることから月ヶ原義晴はこの刀には龍がいると信じ話しかける姿が家臣の日記に記録されている。
また刀掛けにてカタカタと動く刃龍が多くの家臣が目撃し、今でも博物館にて動く姿が目撃されている。
この刀が世に初めて出たとされる天野宗助の作品である。
出典
月ヶ原所蔵宝物書、天野宗助作銘品書 等
現在 清浄博物館にて所蔵
銘酒 水清酒
戦国屈指の職人 天野宗助が作った酒の品種
星落ノ山の澄んだ水から作られた酒は舌ざわり、香り、喉越しがよく、後味も程よく残る。
初めて飲んだものは泉の精霊に会えると言われるが、二度目以降は稀に会えるとされるため何時会えるかは精霊の気まぐれとも言われる。
時間をかけてつくるため月の販売数は酒樽20本も満たない、故に希少性も高い。
天皇家に献上されているため、贈り物としても大変喜ばれる。某国の首相、大統領にも振舞われた際に彼らもまた精霊を見たと証言したことから世界に「水清酒」の名が轟いた。
天野宗助は水清酒をもっと美味しく改良させたが試飲した月ヶ原義晴が美味すぎて他の酒を飲めなくなるとこの酒の作成方法の書いた紙を破棄させた話が残る。現在でもその作成方法は不明であり、幻の酒となっている。
現在は清浄国天野酒店のみで製造・販売されている。
少し遅くなりました3話目です。
これから主人公の作品がチートっぽくなっていきます。
色々手を伸ばす主人公の作品ですが楽しんで頂けたらと思っております。