閑話 楚那村村長 虎八須の日記
いつもとは少し違う村長視点のお話。
△××〇年〇月×日
まだ若い身だが、次の村長に選ばれた。古い家の出もあるが、昔からこの村にいるものを儂が見えるからだ。
儂が村長に選ばれたからには、数年前から考えていた計画を皆に話そう。
この村に未来はないのだから今からでも動かないといけない。
あの黒いのはどうしようもないものだから。
△××○年×月▽日
儂の計画を話した。皆がその計画に様々な反応をした。
怒り、悲しみ、苦悩をする者…。
これは仕方ないだろう。もし儂もそんなことを言われたならば同じ反応をする。
なぜなら、儂の計画とは村を捨てることなのだ。
だが、この村は滅びの道を歩み始めているのだ。村人を守るためには動かないといけない。
あぁ、今日も黒いのが村を歩いている。
△××○年×月〇日
儂の計画は少し変わった。村人からの意見も反映させての結果だ。
最初は全員で村から移動をすることだったが、楚那村の血を絶やさぬためにも若者だけを外に送り出す事にした。
若い者だけなのは、一部の年老いているものから長い移動はきついという声があがり、また骨をここに埋めたいという思いも伝えられた…それは儂にもわかる。
若い者は自分達もここにいると言ったが、少しずつこの地の気が、龍脈が弱まっているので緑は消えている。あの黒いやつのせいだ。
あれは瘴気の塊、あれをなんとかしようと俺の親父も爺さんも手を尽くしたがどうにもできなかった。
今はまだ畑の米は実るだろうがいずれは…。我らの血は絶えてはならぬもの…故に存続をするためにはこの楚那の地を離れることもせなばならない。
△××○年〇年★日
若者が多くこの地から巣立っていった。嫁入りや婿入りという形でな。
後はひと月前に生まれた赤ん坊の二人…太郎とおゆきだけだ。
この二人を送り出せば、この楚那村は若いのが消えて、村はゆっくりと衰退していくだろう。
月ヶ原家の使いが訝しんでいたが、我らの血については言えぬ定め、なので村の緑が少なくなったから若者を先に逃がしたと本当のことと嘘の事を混ぜてごまかした。
いい領主様なのは分かっているがこれは月ヶ原家が出来る前からのしきたりなのだ。
数年後…。
△×▽〇年×月▲日
すこしずつ実りが減ってきたと稲の葉の色を見て感じていた日。
およだの爺が子供を拾ってきた。見掛けぬ衣に身を包んだ子供はひどい怪我をしていたのか血まみれだ。
子供の名は”天野宗助”というらしく、苗字を持つので何処かの家の子だと分かるが…この近辺では天野は聞かぬ名だ。
怪我がひどいのに気を使って村を出ようとするので儂が慌てて引き留め、そのまま儂の家に引き取った。
…若い者が一人増えただけだ、何も苦じゃないさ。
△×▽〇年×月×日
宗助は不思議な子じゃ。
あの子は戦が嫌いなようで何処か人目がない場所で住みたいと言った。儂は流石に危ないから駄目だと怒った。
危ないのもあるが…この幼い子を何処に放り出す大人がおるんじゃ。そんな村があるなら滅びてしまえばいいわい。
儂は仕方なくじゃが、一時の策として大きくなったらここに住めと村の裏にある山に連れて行った。
だが、この山も緑は消えつつあるのだ。大昔に星が落ちたこともあり、大食いな動物、熊や狼がいないは餌がないせいで姿を消した。
いずれは大きくなった時に宗助にもこの村の事を話して何処かで暮らせるようにしてやるつもりだが、今はこんな時間稼ぎにしか思いつかなかった。
その後に儂と畑作業をして話を終えた。
黒いのは見慣れない宗助が珍しいのか近くで見ている。…頼むからこの子に何もしないでくれ。
△×▽〇年×月◇日
信じられない。
儂の家の庭が緑が、花が蘇っておる。
この家は古くからあり、この家にある庭には多くの花が咲いていた…そう、咲いていたが今では枯れかけており、花を咲かせる力もなかったはずだった。
これはどういうことかと見ていれば、桶に水と柄杓を入れた宗助がやってきて儂に「村長、庭の花が干からびてたぞ、ちゃんと花は水やらないと駄目だろ」と言ってきた。
どうやら、数日前から宗助が世話をしていたらしい。
水をやる宗助を見ていれば、宗助が撒いた水を浴びた花が力がみなぎるように気が満ち、つきかけていた龍脈に力を与えていた。だから、花は蘇ったのだと儂はわかった。
儂は、その日、消えかけていた希望がまだあった事を知った。
黒いのは宗助が咲かせた花をじっと見ていた。お前が枯らしかけたのに変なやつだ。
△×▽〇年×月〇日
宗助が儂の家の庭の花を復活させた日の翌日からおよだの爺さんに協力してもらい、宗助を畑の手伝いに行かせた。
その日から三日もしない日、宗助が手伝いに行ってから見るからに葉の色がよくなり、力がみなぎらせて稲が伸びている。
あいつは一体何者なんだ。
宗助を見れば分かる。悪いものじゃない。絶対に違う。
だが、黒いのは宗助が気に入ったのかついて回っているようだ。
儂は古くからの知り合いである穀菜寺の和尚に一度宗助を見てほしいと文を出した。
あの人の目なら、必ず分かるはずじゃ。宗助が悪いものじゃないと。
△×▽〇年×月☆日
文を出してから三日もかからずに和尚はやってきた。
宗助と早速合わせてみた、あいつにはうちの村で世話になっておる和尚だと言っている。
和尚とは少し話した際に、花の知識がある和尚に庭の花について聞いておった。宗助は花の事は詳しくは知らないようで庭の花がなんという花なのか聞きたいらしい。
そもそもこの庭は儂の爺さん曰く、清条の国と名前がつく前よりも昔にいた”花狂い姫”と呼ばれる姫様の遊び場の一つであり、その姫様が植えた珍しい花がある庭だ。
儂の家はその遊び場の庭の守り手で日ノ本には幾つかある家の一つらしい。
宗助が知らん花があるのも仕方ないだろう。儂も知らん花があるからのう。
色々教えて貰ったのか満足そうな宗助を太郎とおゆきと遊んでこいと外に追い出した後、和尚に聞けば、宗助にはやはり悪いものは見えないらしい。
逆に宗助は何かの加護を受けているようで、あの子は無意識に力を使っているのだろうともいう。
だが、和尚曰くそれはいいことで、この村が少しずつ生き返っているのは宗助が持つ加護のお陰らしい。
その日の夕方、宗助が怪我をして帰ってきた。宗助だけじゃなく、おゆきや太郎も。
何があったのか聞けば、隣村にいるわんぱく坊主がここまで来ており、宗助に絡んできたらしい。
宗助はそんなこともあって疲れているのか眠いようだ…明日、起きたら詳しく聞こう。
黒いのは心配そうに怪我をした宗助に傍にいた。こいつと話せたら三人に何があったのか聞けるやもしれないのにな。
…今日は随分長くなってしまったなぁ。
△×▽〇年×月★日
宗助が起きた時に昨日の事を聞いたが…宗助を天狗の子と誰が言ったんじゃか。
天狗のように鼻は長くないのにのう。
だが、太郎にも話を聞きに行けば少し事情が違ったようだ。
宗助は”虹目”の子じゃった。
虹目は稀に現れる七彩の目を持つ子で、この世に大きな変化を与えると言われている。
過去には鋤奈田藤次もそうであったと聞く、この子は何かを成すのだろうか。
太郎とおゆきにはあまり宗助の目の事は村の者以外には言わないように言っておく。いつか信頼出来る者には教えてもいいともな。
儂は隣村に行ってその馬鹿もんを説教してやろうとしたら、そいつは何故か楚那村と聞くなり家の隅に逃げた。
隣村の村長曰く、昨日何故か馬鹿もんは真っ裸で樹の上に吊られていたらしい。
その馬鹿もんをおろして事情を聞いたのだが楚那村の化け物に吊るされたという…、儂は楚那村の子供はこいつよりも小さいからそんなこと出来る訳ないじゃろうと言った。
それを伝えれば隣村の村長も同意し、酒瓶を持ってたことから酔っぱらってたんだろうと信じてないらしい。
そりゃあ、そうだろうな。
▲×▽〇年◇月▲日
怪我が治った宗助は最近村の家の補強工事をしている。
前から”たいしんせい”とやらが気になっていたらしい。まぁ村の家屋が丈夫になるのはいいことだ。
だが…宗助のやつ、何か企んでおるのう。
黒いのがそわそわと宗助の周りについておるし。
△×▽〇年×月★日
あのおちびめ、儂の家に瓦をつけよった。
まぁ、儂の家は他の家と比べると丈夫じゃからいいけど。
…とりあえず勝手につけたことは叱っておいた。別に反対せんからちゃんと言うんじゃぞ、とな。
見栄えもいいしな。
村のもんも真似をして作っておる。
黒いのも瓦が気に入ったのか屋根の上におるな。
△×▽〇年×月▲×日
宗助が瓦が出来たのにまだ何か作っている。傍には黒いのが宗助の様子を見ていた。
何を作っているのかと聞けば、仕上げの鬼瓦を作っているのだという。
それは厄払いにいいからつけるのはいいんじゃが、鬼瓦も作れるのかと驚いていると黒いのは鬼瓦をじっと見ていた。
その時だった、黒いのが初めて喋ったのは。
”鬼ガ、厄除ケ、イイモノナノカ?”と指差して喋った。
儂は惚けた振りをして聞いたら宗助は鬼が睨んで厄を払ったり、家の雨漏りや火事を防いでくれると説明した。
黒いのはその宗助の言葉に少し考えると宗助が作っている鬼瓦に触れた。
”ソウカ、ナラ…その鬼になろう、村を守る鬼に”
と言って、黒いのは姿を変えた。黒い肌と黒髪から二本の角が生えた、灰色の着物を着た人に近い鬼の姿に。
儂は黒いもの、いや、黒鬼になったことに驚くが、黒鬼は姿が変わった途端に儂の家の屋根の上に飛び乗り、こん棒を何処からか取り出すとそのまま屋根に座って村を見張るように見ていた。
それを眺めていたら宗助は形は出来たと完成させており、後はしっかり乾燥させると運んでいった。
宗助、お前には一体何の加護がついているんじゃ?
△×▽〇年×月▲〇日
宗助が鬼瓦を完成させて儂の家に取り付けてから、完全に黒鬼はこの村の守護をするようになった。
時たま何処からか来る良くないものをこん棒で振り払っては消し、村人に異変があると飛んでいくので儂もそれを目印にすることはある。
和尚に黒いものが鬼になって村を守り始めた事を伝えれば…またすぐに村に来たので見せた。
鬼瓦と鬼を見た和尚は完全に瘴気の塊だった黒いものが良いものに変化していると驚いたようで何度も目を擦って見ていた。
和尚曰く、鬼に変わったのは、宗助の作った鬼瓦によるもので間違いないらしい。
それは宗助にある加護の力が込められている大変に縁起のいい物でとてつもない力を感じるらしい。
宗助には恐らく、浄化の力はあるのではと和尚が言った。
儂もそう思う。だが、まさかこのように悪いものを良いものに変える程の強い力を持っていたとは思わなかった。
…もしかしたら、宗助のこの力を狙われていたのではないかと儂は考える。
宗助がよねだの爺に拾われた時の怪我も恐らく…虹目の事もあるからその可能性は高いじゃろう。
この子はこの村の恩人だ。守ってやらねばならないとな。
儂は一人で守るのも限界が来るだろうと、村の皆に宗助の事を話した。
宗助が無意識ではあるが村の問題を解決してくれていたこと、宗助が虹目であること、恐らく今後も宗助は自分の力を知ることはなく力を使ってしまうことを。
村の皆はなんとなくだが村の空気が宗助が来てから澄んでいったことで察してはいたらしい。
それがなくとも、村のためと色々頑張ってくれる宗助を可愛く思っているから言われなくとも守っていたという。
この村のもんは良いやつばかりじゃ。
△×▽〇年×月▲☆日
儂はこの日、宗助が家の図面を書いているのを見つけた。素人目から見てもよく出来た図に感心していたのじゃが。
中々に大きな家で、いざという時に村の避難所になるように大きくするらしい。
じゃが、一人では時間がかかるじゃろう。
だから、宗助が寝ている時にこっそりと写して建材を村の者に宗助に内緒で用意してやれるかと頼んだ。
村の者は皆が、かわいい宗助のためだと快諾してくれた。
あの子がやってきた事…畑を手伝ったり、肥料を作ってくれたり、家を丈夫にする知恵をくれたりと村の為にと動いていたこともあるが、何よりも儂らにとっては宗助は村の大事な子供じゃ。
少し変わった子じゃが、良い子なんじゃ。
そんな良い子のためにの家、力が入るというものじゃろう?
儂は宗助が出かけている時に鬼瓦に、あの山に宗助の家を建てることを言ってみた。
黒鬼はそれを聞くとこん棒を持ってすぐに山に跳んで行った。
きっと山に未だ潜む悪いものをがいるか探しにいったのだろうな。
さらに時がたち…。
「村長…本当にその瓦を気に入ってるんだな」
「お前が作ったもんじゃしな」
儂が鬼瓦を磨いていれば、山から降りてきた宗助がそういった。
宗助も、太郎も、おゆきも大きくなった。
が、三人は変わらずこの村で暮らしている。
もう、この村から若者が出ていかなくて良くなった。
他の村へ婿入りや嫁入りした者に近況は伝えたが、向こうでも馴染んで生活もしているのだから帰ってこいとは言っていない。
だがいつ戻ってきても村は大丈夫だと伝え、何かあればここに戻れるようになった事は皆が喜んでいた。
村は数年前よりも緑は青々としており、花は咲き誇っておる。
宗助が職人として様々な物を作ってからこの村に多くのものが来た。
この国の若様である月ヶ原義晴様や大きな商店の花衣屋の邦吾殿、五反田黄十郎殿もそうだが…宗助の傍にいるものは恐らくは普通の生き物じゃない…。
が、宗助を守ってくれているものだ。きっと悪いものじゃないだろう。黒鬼も警戒していないしな。
あの子は不思議な物を作るが、それは宗助に似たのか優しい子ばかりじゃ。
太郎やおゆきも宗助の作った物を持ってから、変わったが…あの二人が望むものを与えておるようじゃし、一番の味方になってくれるじゃろう。
「宗助や」
「なんだ村長」
「お前がこの村に来てから、にぎやかになったのう」
毎日、楽しいわいと伝えれば宗助はそうか?と言いながら村長が楽しいならいいよと返した。
宗助、お前は知らんことだが。
この村は滅びかけておったんじゃよ。
緑が消え、水は消え、様々な生命が消えようとしていたんじゃ。
お前はそんなつもりもないじゃろうが、この村に植え付けられていた滅びの瘴気を人を守るものに変えて村を救ってくれた。
今では黒鬼はこの村を守ってくれている。
…今思えば、あの瘴気はいるだけで害はなしていたけども、自ら害をなそうと動いてはいなかった。
もしかしたら性格は悪い奴ではなかったのやもしれん。…まぁ、それでも人はあれには近づけなかったじゃろうがなぁ。
あの黒鬼も宗助の作った鬼瓦で鬼になった事で存在を変えれた事は…嬉しかったんじゃろう。
でなければ、数年もこの村を見守ってくれぬはずじゃ。
…そうじゃ、儂にしか見えぬものじゃし、家の中に神棚でも作って祀ってやろう。
供え物で宗助の酒や菓子でも置いてやろうかのう。
数日後、宗助に頼み神棚を作って貰った際に前に宗助がくれた酒をお供えしたら屋根の上で機嫌よく飲んでおった。
次の村長にもこの鬼瓦にお供えをするように記録で残しておこうか。
…そういえば、あの山にはまだあの猿はいるんじゃろうか。
昔から宗助の事をよく見ていたお猿…村には入って来なかったが山ではよく見かけたんじゃがのう…。
まぁ、宗助は他の動物と仲良かったし、今も仲間と元気に暮らしているじゃろう。
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楚那村
清条府楚那市にある地名。
職人 天野宗助の活動の地や地守太郎助の生まれた地で有名。
主な観光地として花狂い姫と呼ばれた桜花姫の遊び場とされている庭と天野宗助、地守太郎助に関連する場所や博物館がある。
桜花姫の遊び場の庭は天野宗助の作品で有名な花簪の夏日向や白百合の貴公子、雪月花の簪等がこの庭の花を参考に作られたとされている。
また当時の村長の家には天野宗助の作品とされる鬼瓦が今も屋根に飾られている。※1
この鬼瓦に宿る黒鬼が村を守っているとされており、一年に一度掃除をする習わしがある。
※2。
当時の村長の虎八須は遠い血筋だが伊勢にある神社の神主の血筋であったため、人に見えぬものが見えていたとされている。
故に天野宗助の作る物の特異性は最初から分かっていたという記録がある。
※1 この鬼瓦が天野宗助の最初の作品ではないかと言われている。
※2 この行事を楚那村では”黒鬼の湯浴み”と呼んでおり、お湯に浸した布で丁寧に鬼瓦を拭く行事である。
楚那村にどうして若者がいなかったのかのお話であり、楚那村の問題を宗助が無意識に解決していたというお話。
清条国の場所は奈良県と三重県と滋賀県を合わせた領土でと楚那村はその真ん中辺りにある感じです。




