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第17章 星の刀(槍 昴星) 後編


目が覚めたら見慣れない天井だった。

というかすごくつくりのいいお屋敷の天井だ。


布団に寝てるから慌てて起きれば傍に太郎が座って槍の手入れをしていたが、俺が起きたことに気付いて顔を見た。

待て、昨日確か…。



「宗助、起きたのか」

「太郎、…俺」


そうだ、昨日俺と太郎は小春姫様の宴に呼ばれて…その最中に義晴様の星海宗助、俺の作った短刀が盗まれたって…で、そう、太郎が取り返すって走って、急いでその後ろを追いかけたら義晴様に会って…。


その後の事はよく覚えてない。

義晴様に太郎の事を聞いた覚えだけはあるが、その後は…どうなったんだ?

昨日の事を思い出す俺に太郎が手入れしていた槍を床に置くとお前は義晴様の前で寝てたぞといった。


「星海を取り戻したって義晴様が言うと宗助は急に寝てしまったらしくて、義晴様が抱えてきたからびっくりしたぞ」

「え、マジか、じゃなくて本当か…うわぁ、義晴様に迷惑かけちまったなぁ」

「義晴様は気にしてなさそうだったぞ、というかお前が軽いからちゃんと食べてるか心配してたぐらいだ」


げ、それはそれで後から色々言われるやつだ。

この頃の義晴様は俺を手のかかる子供みたいに思っているのかあれこれと健康に関していうんだよな…。

最近だとおゆきからの密告で一日だけ一食しか食べずにずっと作業してた日があったのがバレて長々と説教されたし。


…あの時は本当に恐ろしかった。ニッコリ笑っているのに目が笑っていない義晴様がずっと目の前にいて、「言ったよなぁ?飯を食べろと言ったよなぁ?」と優しい口調なのに目が笑ってないし(大事なので二回言う)、ちょっと目線が義晴様から逃げようとすれば顎を掴まれたり、少しでも逃げようと動けば足の壁ドンで道を塞いでくるしでマジで怖かった。


「なんとか誤魔化せないか…?」

「何を誤魔化す気だ、戯け」


突然聞こえてきた義晴様の声にびくぅと二人でなってれば義晴様が襖をあけて入ってきており、今の会話が聞こえていたらしい。

俺は布団から慌てて出ると義晴様が気にしなくていいと言うけども礼儀として布団からは出なくてはいけないだろう。


「昨晩はご迷惑をお掛けしました…」

「ん?あぁ、お前が寝落ちしたのは仕方ない、あのような事が起きたのだから慣れぬお前には酷なことだ」

「ありがとうございます、その義晴様…昨日の俺は寝てしまう前に何をしてましたか?その、義晴様とお話した当たりから記憶がなく…」


俺は頭を下げながら聞けば義晴様は俺の顎を掴んで上を向かせた。

え、何、もしかしてすごい失礼な事をしてたのか思ったが何だか観察してるみたいな目だった。

じっと俺の目を見る義晴様に俺は思わず目を反らすと合わせろと顔を動かされる。


「…よし、問題ないな」

「え?」

「いや、こちらの話だ…お前は昨晩、太郎が無事だと聞いたら安心したのか寝てたぞ」

「そうですか…いや、迷惑かけたからよくないんですが」


お前の細い体など重りにもならぬわと頭を小突かれるが、義晴様はそれより支度をしろと俺に言った。

どうやら見せたいものがあるらしい。



「お前が見たがっていた黄十郎が斬った岩を見せてやる」

「え!やった!」

「宗助」

「あ、すみません、ありがとうございます」


義晴様は俺の頭をポンポンとたたくと部屋を出て襖を閉めた。

俺は急ぎ服を着替えて髪を整えると、歯磨き(木で作った俺のお手製のブラシ)の道具を持って部屋をでた。

この歯ブラシは磨きすぎると血が出やすいから気をつけないといけないぜ!(一回やりすぎて口の中が血だらけになってる所をおゆきに見られて絶叫させてしまったからな)


------------------------


宗助がはみがきということをするのを見ながらも今朝の様子を見て俺は安堵した。

昨日の錯乱の様子をは覚えてないらしい。

太郎がうまく昨日のことから話を変えていたのもあるが目の色は完全に戻っているし今も変わった様子はない。

やはり感情が一定以上に昂ると色が変わるようだな。


にしても黄十郎の斬った岩をそんなに見たかったのか。あいつは戦嫌いな所はあるが…こういうところは男だな。

俺は遠くからはみがきとやらをする宗助を見守りつつも三九郎が矢羽根でしてくる報告を聞く。


「若、昨晩の者達は南津目(なづめ)の者でした」

「南津目といえば最近莫呑の配下に加わった国か」

「恐らく莫呑へのご機嫌取りに若の刀を狙ってのことでしょう…」

「親父はなんと?」


三九郎は少し沈黙すると若に任せるとのことですと告げた。

なら後で尋問しとけと指示を出しながら宗助を見ていれば後ろから小春が声を掛けてきた。


「まぁ、朝から過保護ですこと」

「そういうお前は朝っぱらからなんでここに来てるんだよ」

「此度はあの方は私のお客人ですのよ、気に掛けるのは当たり前では?」


確かに間違いはねぇなと返してやれば小春はふふんと笑いつつも宗助を見ながら宗助に苦手な物はあるのかやら好みのものだけではなく好んでいる女性の性格は何かと聞いてくる。


「おい、なんのつもりだ?」

「いえ、あの方を守るためにも良き縁談でも結ばせるべきかとふと思ったので…天野宗助職人の名を噂する姫君は多いですからいい後ろ盾になるかと」

「やめろ、余計な事をするな」


こいつが宗助にしようとしたのはどこぞの家の娘へ宗助を婿入りさせることだ。

確かに武家等ならば権力を使い守ってやるにはちょうどいいのだろうが…それは宗助をただ家に縛り付けることになる。

それは駄目だ。


「勿論、私はそこら辺にある武家に宗助殿をとは思っていませんわよ」

「宗助が自由に物を作るのは今の環境があいつに縛りをつけないからだ…どこぞの家に入ってしまえば縛られて作らなくなるだろうが」

「…確かにそうですわね、黄奈を救ってくれた簪もそうして生まれたのですし」


なら考え直しますわというので別の方法で宗助を守るやり方を考えろと言えば、すでにいくつか策を思いつき、手を回しているのだという。

相変わらず用意周到な性格でくえない女だ。


「宗助殿に救われた娘は多く、その娘達の手を借りこの国だけでなく周辺国の噂を収集していただいてます…女の噂話はそこらのものよりも早く広まり、また拾い集めるのも早いので」

「まるで忍びのようだな」

「彼らに勝る情報力です、それにあの村にはおゆきという娘がいるのなら変な女も寄せ付けないでしょうから」


今こいつ、おゆきといったか?なんでその名前を知っている。

そんな考えが顔に出てたのだろうか小春は宗助殿が作った簪の所持者でしょう?と言いながら小春の忍びから紙を受け取ると俺に渡す。

…こいつ今しれっと宗助を名前呼びしたな。小春が名前で呼ぶのは気に入った人間や庇護すべき対象と見ているってことだが恐らく後者だろうか。


俺は紙を受け取り折られている紙を広げればそれはおゆきを調査したらしい報告書だった。


「太郎殿が武であの方を守るならばおゆき殿は知で守っているようで…、彼女とも一度お話してみたいわ」


【楚那村 おゆき】

・天野宗助職人の幼馴染であり簪の所有者、雪月花の簪を所有し既に力を得ている模様。

・周辺の村にて天野宗助職人の噂を聞き、甘い蜜を吸おうと画策する輩を太郎と共に妨害並びに捕縛した経緯有。

・雪月花の簪の力により氷を操る力を所有、一度別の村の集まりにて天野宗助職人を利用し金を得ようと画策した女達に吹雪を起こし、二度と天野宗助職人に近づかないことを誓わせた。


吹雪の力は以前楚那村にて俺も寒さを味わったからよく知っている。

力も使いこなしているとは思っていたが…いや、今思えば太郎に宗助の護衛を任せたいと話した時に感じた寒さはおゆきの簪の影響だったというわけか。

あの時にはすでに簪の力を使っていた、とういうことか…。三九郎だけでなく他の忍びの目もあの時から欺いていたとなるとおゆきも中々にくえない女だな。


「…おゆきも調べていたか、よくわかったな」

「えぇ、太郎殿をお調べしました際におゆき殿ももしやと…ふふっ、かなりのやり手ですもの、私と気が合いそうでしょう?…それに最近は楚那村周辺で雪女の噂もありますしこれはおゆき殿のことでしょうね」

「簪の力を遺憾なく発揮している状況という事か」


雪女が出たと騒がれるということはおゆきが簪でそれだけ吹雪を起こしているという事…つまりは宗助を狙う輩が増えたということだ。

商いの関係は花衣屋が宗助を守っているし、作品にかかわりがある他の店も宗助を守るだろうからそっちの心配はないが…随分と間者が増えたものだ。


「それとどうやら京の者が楚那村の近辺を調査しているようです」

「京?」

「えぇ、我が忍びが明らかに身なりが良く京の訛りを離す一団を幾度か見たと…ただ護衛が厳しく近づいて会話を聞くのは出来なかったそうですが」


京と言えば帝かその周辺の手のものを思い浮かべるが…なぜ彼らが宗助を調べる?前に京の近くで宗助の作品である事件はあったと聞くがそれで知られたか?だがどこまで宗助の事を知った?どこからあいつの所在の情報も漏れた?

…南津目のこともあるし調べることが多いな。


「あなたが楚那村のある地域を戦の徴収の対象から外しているのも怪しまれたようですわね」

「…それは刃龍と酒の褒美だ」

「宗助殿達は知らないようですけどね…まぁあのお方が戦に出る事がなかったから黄奈の簪である向日葵の簪も出来たと思えば私としてはいいのですが」


俺が宗助に言っていないことの一つに楚那村周辺は戦で兵を徴収する際に対象外の地に指定した事だ。

当時の俺は刃龍の褒美を考えていたのだが、そこにあの美味い酒を飲んだことで宗助を戦で無くすのが惜しくなり早めにその指示を出した。

宗助が戦を嫌っていて山に籠っていることも調べて知っていたからってのもあるけどな。

昨日太郎に任命した守護役はもし他の家臣共に太郎の槍の腕を見つかった時のために前から用意していたものだ。


結果的にそれは正解だった思っている。

実際にそうしたことであいつは沢山物を作ってるからな、だがやはり気になるのは何故京のやつらが宗助を調べてるかだ。


…最近京はいい噂を聞かないから宗助の作った物で解決しようとでもしてるのか?

ただ帝といえど宗助に無理強いすればあいつの作品が黙ってないだろうからなぁ、…もしそうなった場合俺が出来る事と言えば宗助と帝の間で緩衝材になって宗助の安全確保だろうか。


「まぁ今考えても仕方ないか」

「あらもういいのですか?」

「今はあいつをもてなすのが一番だろ、俺はこれから黄十郎が斬った岩を見せてくるがお前は何するんだ?」

「昨日はあの騒ぎのせいで宴が台無しになりましたからね、ですがまたお招きするのも憚られますからね」


あ?なんでだ?と見れば小春はそんな俺にため息をついた。

呆れたような目をする小春は宗助と太郎を扇子で指した。


「宗助殿と太郎殿は農民です、そうほいほいと城に呼ぶ訳にいかないのですよ」

「なんで?」

「なんでって…あぁ、あなたはいつも宗助殿の家に気軽に遊びに行ってましたわね…いいですか?あなたはこの国の領主、月ヶ原の者です…その月ヶ原の住まう城に気軽にお気に入りであっても民を呼ぶのはあなたのためにもお控えなさい」


あぁ、なるほど。

農民に近い位の宗助を簡単に呼ぶのは俺の箔に傷がつくと思ってるのか。

今回は小春が友の恩人である職人の天野宗助に礼を兼ねたものだから問題はないどころか小春からの感謝はそれほどのものであるからという証明にもなる。

小春が城に招いてでも礼をした天野宗助という職人はそれほどの職人だと城の連中に知らせるためのな。


「宗助殿の住まう村に何度も行くのはあなたがそれほどまで懇意にしているという証明にはなるのでそこはいいでしょう…ですがこの城に何度も招くのは彼の安全のためにもお控えを、今回の事件のように巻き込まれるやもしれませぬ」

「確かにな…だが理由があればいいのだろう?ならば少し時期をずらしてまた招く」

「義晴!」

「勿論直近ではしない、せめて俺が当主になるまでは控えるさ」


俺の言葉に小春は目を見開いた。

今まで明確に表明はしたことなかったからな、仕方ないことだ。


「俺のお気に入りの職人として依頼する際に招きやすくなる」

「義晴、あなたはそこまであの方を…まさか本当にその気があるのではないでしょうね?」

「…おい、てめぇも昨日の爺みたいな事を言うんじゃねぇよ」

「冗談です」


こいつっ!!俺が衆道の気があるみたいに言いやがった!!

昨日の爺も宗助と俺の仲を変に言いやがって…!ったく、こいつの場合は茶化してるだけなのだろうが流石に宗助も巻き込むなら怒るぞ。


…おい、刃龍笑うな。

カタカタしてると見てみれば龍が大きく口を開けて、腹を抱えながら身をくねらせている。

人間でいう大笑いの姿だ。


「どいつもこいつも…」

「まぁ宗助殿は大変世話を焼きたくなるお方ですから構いたいのはわかりますわ…仕草といいますか、あの方の在り方はこの戦乱の世にはないお姿です」

「…そうだな、あいつの傍は穏やかな空気が流れているから…その空気が俺は心地いい」


宗助はどこかこの世とは違う空気を持つのは前から感じていた。

恐らくこの戦乱の世には馴染まぬ原因なのであろうが…まるで陽だまりの縁側にいるような、風の心地い、緑が青々とした草原にいるような感じで落ち着くのだ。


「私も少しお話しただけで分かりました、あの方のようなお人はこの戦の世には長く生きられぬでしょう…ですが仏の情けか、神による戯れなのか、宗助殿は人並み外れた力をお持ちになってしまった」

「本人にその自覚はないがな」

「そこが不思議なところですわね」


小春はそういうと空を見上げた。

何を思ったのかはしらないがその顔は穏やかだ。


「あの方を見ていると心が安らぎます、平穏を感じます…宗助殿の手は”神の手”、今のままならば彼は人に寄り添う良き物を作り続けるでしょう、しかし、もし悪しき者の手にあの方が落ちれば…この世はどうなるか」

「…だからこそ守らねばならない」

「えぇ、この国を守る者として私もそう思いますわ…だからこそ私は裏から支援は致しましょう、なので義晴は宗助殿を守る一番の盾であり矛となりませぬと…もう頼れる槍はいますが」


確かにもう槍はいるな、と太郎を見ていれば視線に気づいたのかこちらを見たが宗助のはみがきが終えて道具を直しにいくのでそれを追っていく。

俺と小春もゆるりとした早さでついていくが小春はもし、と口を開いた。


「守る手を、守る人を増やすなら惣元(そうげん)にも声をかけるといいでしょう、惣元は宗助殿に悪い印象はありませぬし、あの性格は宗助殿と相性はいいでしょうから」

「惣元か…」


惣元。煤木山 惣元(すすきやま そうげん)

この国とは東に二つ離れた国 石斐(せきい)の領主である煤木山家の当主であり、年が俺よりも三つ上の俺の腐れ縁とも呼べる男だ。

少々癖のある男だが、根は真面目でいいやつ、父性が強いのか幼子や年が下の部下に気にかけているし…宗助の雰囲気に世話を焼きたがるかもな。


「こいつに世話になってるし、確かに惣元は手を貸してはくれるかもな」


俺は帯に付けている根付、獅子の根付を手で転がす。


「獅子の根付…今日はまだ見ていませんがお眠なのかしら」

「いや、宗助のいた布団に頭をつっこんでるぞ」


獅子の根付。

以前、宗助からもらった俺の根付が只の根付なわけはない。


俺があそこと指をさせばそこは宗助の眠っていた部屋。襖があいているから中が見えるのだが、人の背丈をゆうに超える大きな赤い毛色の獅子が宗助の寝ていた布団の中に頭を入れて横になっている。

大方、宗助に甘えられないから代わりに布団で我慢しているのだろう。


太郎は先ほどまでいなかった獅子に一度体を震わせて驚いていたが、何もないように宗助の支度を手伝っていた。


「まぁ、なんてことを」

「あいつは流石に大きいから他の奴らの反応で宗助に気付かれかるかもしれぬと我慢させてたが、流石に一晩も過ぎたら我慢ができないか」

「あの大きさで子猫のようね、そこが愛らしいのだけども…あれは昨日の盗人の件もあるのではなくて?あの子は普段はこの城を守ってくれていますが、昨晩は根付に戻っていたことで兄といえる刀が盗られかけて、父である宗助殿も危険に合わせかけましたもの」


それはありそうだ。だが、そのおかげであの美しい宝石を見れたのだから少し複雑だな。

そういえば鋤名田 藤次の記録によれば子が生まれた際にも目が七色になったとある、ならば宗助も同じく喜びの感情でまたあの目になりえるだろう。


あまり人に見せるべきでないのは分かっているが…あの七彩の目はまた見たい。

今回はあいつの不安による感情が限界まで来たようだが、もし宗助が心から喜ぶことでのあの目になったのならその姿は見たい。


「…今、何を考えましたの?にやけてましたよ」


小春が一歩距離を取って言う。

失礼な奴め、だがこれは小春にも言えないことだから嘘半分、真実半分で宗助が喜ぶことは何かと考えていたと言ってやる。


「それにしては…まぁいいでしょう、宗助殿も支度が終えたようですし」

「お!終えたか、宗助、こっちにこい」


宗助が太郎を連れてやってくる。

太郎は黄十郎の着物を着ているが、宗助のは…見たことないな。


「花衣屋のお咲に昨晩、事を伝えたらすぐに用意してくれましたわ」

「用意したのはお前か、だが何故すぐ用意できるのか…」

「以前に採寸した記録を残していたそうで、その記録から宗助殿に合う着物を店の物から見繕ってくれましたわよ、流石お咲…用意周到で優秀だわ」


本当に優秀な…いや、恐らく邦吾のやつがもう一着か二着は着物は持っている方がいいとか言って内緒で作っていたのだろう。

そこにお咲も便乗して作った…という所だろうな。

あの二人は宗助に甘いのもあるが、商人としての勘が鋭いやつだ。恐らく城に招かれるのが一度だけの事ではない、と思っているのやもしれない。


「まぁいい、支度は出来たな?黄十郎が斬った大岩に行くぞ」

「はい!」

「宗助、落ち着けって」


目を輝かせる宗助に、太郎がどうどうと背を撫でる。

小春はそんな宗助にほほほっと笑いながら朝餉も準備して貰うので楽しみにしていて欲しいと告げると微笑みながら去っていった。







「わぁ…!断面が綺麗に斬れてる…!」

「すげぇな、これはあの大太刀の切れ味だけじゃなくて黄十郎さんの腕が本当にいいのだろうな…」


黄十郎が斬った岩を見ながら宗助と太郎は目を輝かせている。

宗助は見たがっていたから分かっていたが、太郎も実は見たかったのか…。

…あの槍とあの鬼のような時の太郎ならばこの岩を貫通させてしまうんじゃないか?とふと考えてしまい、俺はそっと頭を振って考えを消した。


本当にやりそうなのもあるが、こいつも槍を、宗助を馬鹿にされたやりかねないな。

しかし、宗助はやけに黄十郎の剣の腕に惚れ込んでやがるな。


「本当に黄十郎の腕に惚れ込んでるのな…俺も自分で言うのもなんだが強いのに」

「だって俺、目の前で見てるんですもの…すごかったんですよ、流星の刃が星みたいに煌めいて、銀色の流れ星みたいだったんです」


熊に襲われたって時の事だな。

黄十郎やその時の監視担当だった三九郎の部下からも聞いたが、あの時の宗助は自分を囮にしたらしい…その際に熊を一刀両断した黄十郎を目の前で見れば恩人の目もあるが憧れはするのは仕方ないだろう。

豆腐を切るみたいだったなんて黄十郎は言ってたし、あいつの腕は確かだったから出来たのは言うまでもない。

まぁ、何より自分の目で見たのが一番なのは仕方ないだろう。


「そうまじまじと見られるとこそばゆいですなぁ」

「あ、黄十郎さん、おはようございます」


頭を掻きながら黄十郎が照れくさそうにやってきた。

自分が斬った岩とはいえ、このように純粋な目で見られれば流石に照れるのだろう。

黄十郎は俺や宗助に朝の挨拶をするが、目は一度宗助を上から下まで見ると安堵したように息をしていた。


「昨晩は確認出来ませんでしたが、怪我はないようでよかった」

「俺がいたからな、それに事件の終わりの事は覚えていないらしい」

「!、そうですか、でもその方がいいでしょうな…そうだった!宗助殿、実はお願いしたい事があるのです」

「俺に?」


黄十郎はある人物に贈り物をしたいのだという。

俺は小指を立てて、これかと聞けば黄十郎は即座に首を横に振って否定したので良い人ではないらしい。

黄十郎の顔は本当に嫌そうなので違うようだ。


「お戯れを…」

「お前を婿に欲しいと爺達がよく言ってるからな、見合いでもしたのかと」

「その時はしっかりと報告します…、俺は鼓太郎殿に棚を贈りたいのです」

「棚?」


宗助がきょとんとした顔で聞き返し、太郎も目を二、三度瞬かせて首を傾げている。

俺は鼓太郎に何故棚を渡したいのか理由を察して、あー…と声が出る。


あいつには…確かに入れ物というか、()()()()()を渡したくはなるかもなぁ…。


「あの、それはどういう…」

「鼓太郎ってのはうちの家臣の陸奥川 鼓太郎の事だ、あいつはな…部屋が汚い」

「はい」

「「え」」


そう、俺の家臣の一人である陸奥川鼓太郎…。

こいつは優秀な家臣で文官としての能力が高く、計算も早く、書類も早い、多くの知識を持つ故に内政に関して親父に意見も出来る男だ。

そんな優秀な男で仕事は完璧なのだが…家は汚いというよりも家の事はだらしない。


それを伝えれば太郎は戸惑いの声をあげ、宗助は…


「オンとオフ…仕事の時と家で違うってことなのか…」


よくわからないことを言っていた。

…もしやこいつ蘭学についても精通しているんじゃないだろうな?

これも調査に加えておこう。


「えと、それで何で棚を?」

「前に鼓太郎殿の屋敷を訪れた際に、金子もそこらに放りっぱなし、家紋の入った高価な薬入れも出しっぱなしでしたので、せめて大事な物は入れるようにしてほしいのです…」

「うわぁ…」

「あの馬鹿者め…」

「ですが、自分のために作って貰ったのだと渡せば、鼓太郎殿も流石に金子くらいは棚に入れてくれるやもしれませんから」


あぁ、なるほど…それは確かに出来るかもしれない。

あいつはあの部屋が汚い以外は素晴らしい男故に、贈った物ならば使おうとはするだろう。


俺はそこまでしないと改善しないだろうことに、全くあいつは…!と頭を抱えていれば太郎は苦笑いで、宗助は金子入れる棚ならば小さめの方がいいのかと口に出しており、何か思いついたようだ。

どこからか木の棒を拾ってきて地面にがりがりと何か描いている。

太郎は慌てて止めようとするが俺は見たいからそのままにさせた。

黄十郎も興味深い様子で隣にしゃがみ込んで覗いており、俺も反対側にしゃがんでいれば描いたり消したりとしている。


「大きさは必要ないから、引き出しは三つ…いや、二つにして上に飾り棚で物を置けるようにするか…?だが、量も考えるともう少しある方がいいのか…」

「すごいですな、描いたと思えばすぐに消し…しかし、見たことない形だ」

「階段…?いや、棚なのだが、変な形だ…こいつは本当に棚なのか?」


二段の棚を描いたと思えば消し、次に下に引き出しを持ってきたと思うと上に飾り棚のようにしたかと思えばまた消した。

今はまるで階段の形をした棚で、こんな棚は見たことがない。

俺と黄十郎が観察をしていたら、気づけば俺の後ろに三九郎がおり、呆れた目で紙と筆、墨入れを持っていた。


「何をこんなところで座り込んでいるんですか…、宗助もそんな所に描かず紙を使いなさい…」

「すまん、見てて面白くてな」

「中々に面白かったですな」

「黄十郎殿まで…、太郎、すまないが宗助の手をこれで拭いておいてくれ、もうすぐ朝餉だからな」


太郎は三九郎に礼を言って濡れた手ぬぐいを受け取ると続きを描きたそうに手を動かしている宗助の手を拭いている。

宗助はまだ思考の中にいるのかされるがままだ。


「全く…まぁ、あの鼓太郎殿に棚をやるのはいいとは思いますよ」

「切実に整理整頓を願っています…」

「(宗助の作った物ならきっかけになるやもしれないしな…どうなるかはかなりの博打だが)」


俺も口には出さぬがあの生活能力壊滅太郎をなんとかしたいしな。

あいつの父親はしっかりとしたやつだったのになんでなのだろうか…。

三九郎は朝餉がそろそろ出来るからと呼びに来たようだし、外はまだ冷えるから部屋の中に入るか。

太郎にも宗助を連れて中に入らせるように言うが、まだ思考が作品つくりにいってるな。


ぼうっとしている宗助に太郎はやれやれという顔をした。

どうした?あきらめたのか?


「全く、仕方ないな」


太郎は宗助の後ろに回ると腹に腕を回した。

何をする気だ?抱き上げて連れていく気か?と見ていれば太郎は…。


「よいしょ、と」

「ぐえっ」

「太郎っ!?」


宗助の腹に回した腕に力を込め、締め付ける。

呻き声を出す宗助に俺らは驚いて止めるが、宗助はきょとんとした顔をしていた。


「え…?どうしました?」

「宗助、またお前どっかに意識が飛んでたぞ」

「あ、すまん…」

「待て待て待て…お前ら、これがいつものことなのか?そこそこの付き合いだが、それは知らないぞ?」


俺は思わず狼狽えた。

太郎はどちらかといえば宗助に甘い印象があったからこんな暴挙のようなことをするとは思わなかった。

宗助はきょとんと俺を見るが、太郎は苦笑している。


「最近こいつは頭を殴っても耐性がついてきたのですが、俺が腹をぐっと締めてやると効くってわかったんです…宗助も瘤が出来ないのでこっちの方がいいと」

「瘤が出来ると寝苦しいんですよね」

「そういう問題じゃないだろうに…」


やられた本人が何も言わないなら俺もこれ以上は言わないが…。

俺はとやかく言うのはやめ、とにかく宗助に飯を食わそうと俺は今朝の食事の部屋に向かった。


食事の場は今日は小春が宗助達の分も含めて用意してくれた。

俺とは少し離れた席に宗助と太郎が座る、隣に三九郎と黄十郎がいるから大丈夫だろう。

それにあいつの近くには俺の信頼を置ける部下を置いているし、宗助の作品に関わりのあるやつを集めたから積極的に守りに行くだろう。


わぁ…という顔で朝餉を見ている宗助と太郎。

普段食べてるものより良いものだしな、味わってくれ。

恐る恐る食べては美味しいという顔をする宗助に対し、太郎も恐る恐る食べているが何度か宗助を見て食べている。

これは宗助の飯の方が美味いと思ってるのかもしれないな、実際俺もそう思う事はあるから気持ちはわかるが。


そんな感じで少し離れた所で見守っていれば、今度は玄三郎が宗助に何か頼んでいるようだ。

数度何かを話し、玄三郎が頭を下げているからな。それに横で三九郎が聞いており、紙と筆を宗助に見せているのもあるからすぐに分かるぞ。


俺は食事を中断し、すぐに宗助の傍に向かえば三九郎は呆れた目を向けてきた。


「おい、何をしてる?今、こいつに何を頼んだ?」

「若、過保護ですよ…」

「俺がここではこいつの保護者だ」

「え…?」


宗助が困惑の目を向けているが無視だ。

で、何を話していたと玄三郎を見れば、玄三郎は親戚の娘にやるものを注文していたという。


「私の弟の娘、つまり姪ですな!その姪が薬入れを壊してしまい…、この機会に新しくするなら姪が好きな動物の装飾を入ったものがいいと探したのですが…無かったそうで、ならば作って貰おうと思いまして」

「で、宗助に注文していたと?」

「はい、狐の薬入れがいいと」


俺はそんな薬入れあるかと内心で悪態をつく。

白狐は縁起がいいので神社にて像になるが、普通の狐はいい印象がない。

そんな狐を装飾で作るものはほとんどいないのだ。見つからないのも無理はない。


「作るのは全然問題はないですよ、出来たらお知らせいたしますが、少しお待ちください…今、注文が二件ありますので」

「鼓太郎殿への棚と四郷殿の娘さんの簪の修理だな」

「四郷殿?」


宗助曰く、昨日待機してた間にわざわざ来てくれたという。

そこで俺はあの辻斬りから逃れたが代わりに壊れたという簪の持ち主の娘を思い出した。

そういえば宴の前に修復の依頼をしに行ってたらしいな。


「娘さんが簪を大事にしてくれてますから…子供を大事にしてる娘さんに早く返してやりませんと」


優しい目をした宗助に玄三郎はそれに同意だと目を細めて笑い、少し遅れてもいいと承諾した。


朝餉を食べ終えると宗助は三九郎に紙と筆を貰い、早速棚と薬入れの図案を描いていた。

それに太郎は呆れた目をし、俺と黄十郎は見守り、三九郎は予備を持って眺めており、玄三郎は笑っていた。


この俺らの姿をいつの間にか来ていた親父や小春は邪魔しないようにと周囲に声を掛けていたが、陽が真上に近づいてきた頃に、導十郎がそろそろ村へ帰るなら用意をした方がいいと声をかけるまで続いていた。


宗助と太郎は声を掛けた導十郎に頭を下げると慌てて出る用意をして、俺と小春に今回の宴の礼と挨拶をすると慌ただしく帰って行った。

嵐が帰ったようで少し静けさが寂しく感じる。


…まぁ、明日にはまた会いに行くんだがな。

そんな考えを呼んだ小春が冷めた目をしていたが俺は気にしなかった。


-------------


城からの帰り道。

日が傾いてきたが、完全に沈む前には村へ帰れそうだと太郎は笑みを浮かべる。


そんな太郎に宗助がふと語りかけた。


「あぁ、そうだ」

「ん?」

「おゆきにはなるべく早く言えよ、時間は有限だからな」

「は?何をだ?」


何を言っているんだという顔をしながら歩く太郎に、宗助は同じ顔をしながら歩きながら、何をって…と言葉を続けた。


「お前、おゆきが好きなんだろう?」


太郎は宗助の言葉に足を絡ませて、前に転ぶ。

槍が転がり、太郎は腕をついて立ち上がろうとするが自分の前に宗助がしゃがみ込んで、膝に腕を乗せて頬をついている。

その顔はどこか呆れ顔だ。


「な、なんで…」

「お前と何年いると思っているんだよ、他の村の若い女とおゆきじゃ全然顔も態度も違うだろうが…おゆきが他の村の若い男の場合は警戒してるし」


無意識だったろう?という宗助に、太郎は頭を抱えた。

その顔は真っ赤で、おゆきに好意があるのがまる分かりな仕草だった。


「早く告ってしまえ、最近おゆきは綺麗になったし、もたもたしてたら他の村に嫁いじまうぞ?」

「…宗助は、自分が貰うとは言わないんだな」

「俺はおゆきの事は兄妹みたいに思ってるし、おゆきも似たようなもんだ」


宗助は自分は妻子を持つ将来図が描けないと言い、まだ転んだままの太郎の頭を小突く。


「俺は、お前らが結婚して、子供が出来たら傍で伯父さん面して笑ってたいの」


その顔は優しい笑みを浮かべており、もし他の人がいたら拝んでしまいそうな程に慈愛に満ちた顔をしていた。

太郎はそんな宗助の笑みにぼうっと呆けてしまうが、一度頭を振ると転んでいた姿勢から宗助と目線を合わせてしゃがむ。

姿勢を正すと唇を尖らせて、宗助にこう言った。


「簡単に言えたら苦労しない」

「意気地なしめ」

「うるさい」


太郎は立ち上がって、転がった槍を拾うともうすぐ日が落ちるからと足を進めろと、しゃがんだままの宗助の頭を小突いた。

宗助は仕方ないという顔をして太郎に言われた通りに歩きだした。


が、少し話過ぎたのか村まであともう少しの所で日は沈み、辺りは暗くなり始める。

宗助は一応明かりは用意が出来るというので太郎はお願いしようとするが、その瞬間に太郎の周りに蛍のような明かりが浮かぶ。


《明かりは不要ですぞ》


槍から聞こえる声に太郎はそうだったなと宗助に聞こえないように小声で言う。


「蛍が出たから明かりは不要だな」

「…蛍はこんな季節に出るか?それに近くに川なんてなかったぞ」

「細かいことはいいだろう、ほら蛍が光ってくれてるうちに行くぞ」


腑に落ちないという宗助の腕を引き、太郎は村への道を歩く。

村が見えてきた時、ふと太郎は宗助に聞きたかったことがあったと思い出した。


「そうだ、前に空の星には名前がついているんだって教えてくれただろ」

「あぁ、昔言ったな」

「お前が好きな星はなんという星だ?」


いきなりそう聞かれ、宗助は少し考え込む。

少しすると宗助は空を指差した。そこには他の星に比べると輝く星がある。


(すばる)


槍が小さく震えたのを感じた太郎は槍の持ち手を握り直すと、宗助の方へに向いた。


「こいつの名前は昴星だ」

「…星を後ろにつけるのか?」

「星の昴ってわかりやすいだろう?」


これから頼むと空に槍…昴星を掲げる太郎。

そんな太郎に明日にでも銘を入れるか?と宗助が聞けば、太郎は是非頼むと笑顔で昴星を肩に担ぎ直した。



和気藹々と話しながら村へ入る二人からは見えないが、二人の後ろで蛍のように光っていた光達は、名を貰えた嬉しさから世話しなく飛び回っていた。

それを二人の迎えに来ていたおゆきは、二人の後ろで世話しなく動くその光を何かしら、あの変な蛍の群れと思っていたのだが雪月花の簪から弟がはしゃいでいるだけだと伝えられるとやれやれという顔で笑っていた。


そんなおゆきに二人は首を傾げたがおゆきはなんでもないと言うと夜だからと三人で村長の家に泊まるのだと連れていくのだった。



-------------


時は遡り、宴のあった夜。

父である宗助が眠る部屋にて集う刀の化身達が顔を覗き込んでいた。


「よかった、父上がご無事で…」

「本当に…、それに兄上もご無事でよかった…」

「心配をかけたな、流星と…末の弟に助けられたよ」

「兄者が無事ならいい、それに俺のお陰じゃなくて太郎様のお力だからなぁ」


気にするなという下の弟に星海はそれでもだと頭を下げるので末の弟は別にいいのにという顔をしている。

そんな弟の姿に流星はそれにしてもと宗助の傍にて片膝を立てて眠る太郎の姿を見る。


「あの気弱な太郎殿が、鬼のようなお姿になるとは…」

「槍の弟よ…太郎殿は素質はあったようだが、何もあのようにしなくてもいいのではないか…?」

「ん?」


槍の弟は兄二振りにそう言われて首を傾げるが、寸の合間をあけると理解したと声を上げる。


「俺は関係ないぞ」

「「え?」」

「俺は関係ない」


断じて違うと首を横に振り、あれは太郎自身のものだと楽しげに笑った。

そんな弟に流星は何を言っているんだと顔をしかめるが、星海はじっと話を聞いていた。


「違うって、太郎殿はお前を持つと気が強くなると言っていたではないか!」

「残念だが違うんだなぁ…俺の力は戦に向かない、光で道を照らしたり、導いたりするだけだ」

「じゃあ、あの太郎殿はなんなのだ!!あの、鬼のような太郎殿は!!」

「あれは太郎様が元々持ってた力だよ、大太刀の兄上」


流星はそんな訳ないだろう!と怒鳴るが星海に止められた。

それどころか星海は太郎を見ながら槍の弟の言う通りだろうと宥めた。


「兄上!」

「…お前は見てないだろうが、以前に相撲大会の時に太郎殿の姿と顔があの鬼のような顔になった事がある」

「…確か、義晴殿が太郎殿を鍛える切っ掛けになったという大会ですな」

「あぁ、今思えば太郎殿のお力も戦の才能も槍が出来る前にあった…それが表に出るようになったのは槍を手にしてからだから我々も、義晴様も勘違いしていたんだ……槍の力によるものだと」


星海がそう推理すれば、槍はにやりと笑い正解だと告げた。


「まぁ、太郎様が使いやすいようには動いたりはしてるけどなぁ」

「それが呼ばれたら飛んでいく、か」

「紛らわしいことを…いや、主人の命に従ったのか」


星海を盗んだ敵を蹂躙する前の太郎の声に呼ばれるように動いたのは槍自身の行動ではあるが、それは太郎の指示に従ったため。

だが、それが余計に槍が太郎に戦の力を与えたのだと義晴達に勘違いさせたのだ。


「元々戦の才があるお方だったが、戦に縁遠いお人だった故に目覚めることはなかった…しかし、俺を持つようになり、父上をお守りするために力を振るうことでその才は花開き、義晴殿が強くしたのさ」


まぁ、俺の力になってるけどねぇとからから笑う槍。

流星は本当にお前は関係ないのかと首を傾げた。それにしては…太郎の様子がおかしいと。

そんな流星と笑う槍の弟に長兄である星海はそういうことかと一言告げた。


「お前にとっては、勘違いさせている方が都合がいいのか」

「………」

「どういうことですか?兄上」

「兄上」


それ以上は言うなと静かに圧をかける末の弟。

そんな弟に仕方ないなという顔をすると一言だけ言っておくと兄として伝えた。


「父上の護衛役になったからといえ、場合によっては戦闘は避けられん…今晩のようにな、努々太郎殿を守るのだぞ?」

「勿論だとも」


槍はそういうと日がもう少しで昇りますぞ?と部屋から出るように遠回しに言った。

それに星海は時間切れだなと言い、何か言いたげな流星の腕をつかみ部屋を出た。

槍はそれを見届けると日を浴びながら眠るように目を瞑り、本体の槍へ戻った。



「兄上、槍の弟は一体…」

「…太郎殿はもし、父に会っていなかったら鬼とされていたのやもしれないよ」

「え?」


星海は昨晩だけでなく、以前楚那村の周辺の森にて襲撃された際の太郎の姿を思いだしていた。


慈悲もなく、敵を槍で薙ぎ払う姿は正に”鬼”のようであったこと。

父が声を掛けていなければ、槍で人を貫き、殺めていたことを。


「人のままに留めているのは父のお陰か、それを弟は理解しているのさ」

「話がわかりませんぞ」

「過ぎたる力に溺れれば鬼になる、鬼にされる…太郎殿の戦の姿は人には恐ろしいものだ、だからこそ…槍を持った事で鬼になると見せて、末の弟はそれで自分が恐れられてもいいと思っているのだろう」


流星は兄の言葉に一瞬理解が出来ずにいたが、頭の中でまとめて出た結果に目を見開いた。


「末の弟は、太郎殿の為に戦いの槍であると思わせているのですか?…あぁ、そうか、あいつ自身が言っていた通り、我々は導く力を持つのだから、あやつも同じだったのか」


流星はそうであった、自分はなんて勘違いをと恥じるように顔を手で覆う。

あの槍の弟は太郎が他の人から”鬼”として見られないように、自分を偽って見せたのだ。


戦の才を、槍の才を持ちすぎた太郎。

そんな太郎の姿は人は恐怖するだろう…、時には鬼として恐れて、恐怖から鬼として討とうとする者がいるかもしれない。

過ぎたる力は人には恐れを抱かせるからだ。


その力を槍の弟は太郎の戦いぶりを、”槍が戦える力を、恐怖をなくした”と多くの者に思わせ、太郎にもそう思わせた。

そんな力等無いのに。そう思わせたのだ、太郎が人として暮らせるようにするために。



「星を映し、あるべき場へ導く力…共にあり、あるべき人へと導く力…そして、光で照らし、迷わぬように導く力…それが星から作られた我らの持つ力なのだ、頑丈であるが戦に使う力は持っていない」


だが、槍は自分に問題があるように見せた。

そのことで自分が人から恐れられ、妖刀扱いをされても。


星海は主の為に、主にも、他の兄弟にも、多くの人間にあえて戦好きな槍だと思わせることにした弟を誇りに思った。

きっと後世にもそう語られていくだろうに、主の為と本来の自分を偽った弟を。


それでも、言ってしまったのは、同じ星から生まれた兄には自分の力は知ってほしいという甘えが出たのだと、星海と流星は気づいた。

静かに兄に甘えた弟を、いじらしく、仕方のない、かわいい弟だと二振りは小さく笑う。


「あやつも本当は穏やかな性格なのだろうな」

「えぇ、今度は、共に日向でもあたりましょうか」

「あぁ、我らの、主思いな末の弟にのんびりしてもらおう」


今回はずっと気を張らせてしまったから、次回は戦の気配等感じないようにさせたいと兄は思うのであった。


-------------


星刀剣シリーズ

昴星


天野宗助が生み出した刀剣。

隕石を使った星刀剣シリーズの一つ。

清条の国一番の槍使い 地守太郎助の愛刀で有名。


天野宗助が地守太郎助専用に作った槍。

地守太郎助が楚那村にて行われた相撲大会にて連覇達成を祝って作った槍であり、隕鉄を使って作られたことから天野宗助が身内に甘い性格が表されている。



戦を好み、持ち主の恐怖を取り除いたとされ、一部では天野宗助の作品で唯一妖刀と呼ばれる。

その力が地守 太郎助に力を与え、槍使いの名声を与えたとされていた…と長年思われていたのだが、平成の世になった際に流星宗助や雪月花の簪から、そう伝わるようにわざと見せていたと証言があり本来は戦の力は無いことが発覚する。※1


これは地守 太郎助の戦の才能が高すぎて他者から恐れられてしまうことを避けるために、槍を持つと普段の温厚な性格が嘘のように勇猛果敢になるという癖を持っていた地守 太郎助を、昴星は地守 太郎助が自身を持つ事で戦にて恐怖が消え、思う存分槍を振わせるのだと誤認させた。

この誤認させた事実は周囲の人間だけでなく地守 太郎助にもそう認識させていたので戦国時代から平成までという長い年月もの間、隠し通した。


妖刀扱いされたが、地守 太郎助はこの槍を生涯大事にして家宝としていた。

天野宗助が自分のために作ってくれたからという事もあるが、妖刀故に手放すのはどうだと他者から提案された際に怒って拒否し、友人を手放すつもりはないと言っていたと記録があるため、地守 太郎助はこの槍を友人と呼ぶほどに信頼があったという。※2


本来は蛍のような光を出して暗い夜道を照らしたり、刃の部分を光らせて場所を伝えさせるという方向に関する導きを持っていた。

地守 太郎助の指示に従い、名を呼ぶと手元へ飛んでくる等の活躍をした。が、これは他の天野宗助の作る刀剣には皆が出来るため、昴星はこの動きに関しては特別に思っていないという。※3


姉である雪月花の簪には逆らえないようで、時たま星海宗助や流星宗助に「姉上が無茶を言ってくる」等と零しているという。


※1 流星宗助と雪月花の簪がこのことを暴露したのは、もう刀や槍を振って戦う時代ではないのでそろそろ弟が妖刀と呼ばれるのをやめて欲しかった、という経緯がある。


※2 地守 太郎助の残した日記に”日の光にあたるのが好きな、父親に似た槍”という表記があるため、恐らく自分を偽っている事に気付いていたという説がある。


※3 槍の動きに言及した五反田黄十郎に流星宗助が、やろうと思えば皆があのように動くことが出来るという発言したという記録がある。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 続きめっちゃ嬉しい!! こういうタイプの作品、全然見かけないから本当にありがたい
[良い点] 意外なストーリーで面白いです! 続きが気になる作品としてイチオシ!
[一言] 更新ありがとうございます!
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