第17章 星の刀(槍 昴星) 前編
「この日が来たか…」
「緊張する…な、なぁ宗助、おかしいところないよな?大丈夫だよな?」
雪が解け始めてきたこの頃はもうすぐ冬が終わる季節だろう。
そんな季節のある日に俺は太郎と共に大きな城の門の前に立っていた。
城に来る前に花衣屋さんで着付けをお願いして店の人ことプロに着付けてもらったから不備は無い…はずなんだがやはりここは俺ら村人が来ていい場所じゃねぇから緊張する…。
「心配するな二人とも!立派なお姿だぞ!」
まぁ門を抜けて城に入るのは黄十郎さんがいるから問題はないだろうけどな。
迎えに来てくれるのが黄十郎さんと知り、一応前もって着付けの事で時間がかかると伝えたのだが黄十郎さんは小道具も事前に打ち合わせ等してくれたらしくて俺らは花衣屋に着けばあっという間に着付けられて驚く間もなく馬にのせられて城へ向かうことになった。
門の前にいた兵士の人は黄十郎さんと少し話をすると門を開けてくれたので本当に招かれたのかと改めて実感する。
…とりあえず門前払いの心配はなく不安は一つ消えたので良しとしようと門を黄十郎さんと太郎とくぐる。…ん?
「(手を合わせ拝む女性)」
「(深々と頭を下げる女性)」
え?なんでこっちに向かって手を合わせてるんだ?
客人ってことなら頭を下げるのは分かるが…にしては深々としてるような。
「ん?どうした宗助殿?」
「あ、すみません今行きます!」
俺が遅れてることに気付いた黄十郎さんに声を掛けられて慌てて追いかける。
太郎にははぐれない様になと言われ、俺はそこまでガキじゃないぞといえば分かってるぞと微笑まれた。
…最近どうも余裕がある様に見えるんだよなぁ、太郎は。槍を持ったからか?
車や家を持つと人も色々変わるというし槍を持って心に余裕や落ち着きが出てきたのかもしれない。
そんなことを思いつつも黄十郎さんの後ろをついていきながら城の中を観察する。
現役の城なんて初めてだし実際に見れる機会なんてこれで終わりだろうしな。
城の中は俺が知る未来での姿とあまり変わらないがやはり庭だけでなく城の道中の道も整備されていて様々な花が植えられている。
といっても俺は薬草や茸は田舎暮らし出来るように勉強してたから分かるが花はそんなには詳しい訳ではないので細かい種類は分からないけども恐らく外国の花も植えられているのだろう。
薔薇も植えられているしこの国はもう外国と取引しているんだろうか。
それにチューリップも揺れて綺麗…ん?
「チューリップ?」
俺は立ち止まり視線の先に揺れる花ことチューリップを凝視してしまう。
もうこの時代チューリップって日本に咲いてるのか?確かオランダの友人のアントンにオランダの国の花だって教えてもらった気がする。
俺の村には向日葵やら百合は咲いてたから簪にもしてたけどチューリップはこの時代で初めて見た。
「どうしました?」
「いや、この花…」
「あぁ鬱金香ですなぁ、」
あ、和名はうっこんこうって言うんだな、チューリップって。
あれ?でもオランダって江戸時代で交易してたような…?ただここは俺のいた日本と違うみたいだし色々歴史も違うんだろうか…。
深く考えないでおこう、ここは俺の知る日本でないのだし。
そう思いながら城の道をすすむ。
現代で見た城は堀や城壁、天守閣のみな所が多いし何より現役で住居として使われる城なんて初めてだからちょっと楽しみなんだ。
道には松や杉が綺麗に植えられ、花も植えらている。
住居や仕事場であろう建物は引っ切り無しに人が出入りしており、侍や城仕えの人なのだろうが忙しそうだ。
初めての城にキョロキョロして観察してる俺を見て黄十郎さんはニコニコで見守ってるけど太郎は俺の手を引いて行く。
だから、子供扱いしてんじゃねえ。俺が田舎者丸出しで城を見てるのも悪いけども。
「すいません黄十郎さん…宗助、珍しいのは分かるがあまりふらふらとするなよ」
「ふふふっ、いいんですぞ太郎殿!宗助殿のそのような可愛らしい姿を見るなんてそうありませんからね、それにこの光景の中に次の作品の切っ掛けが出来れば義晴様もお喜びになられます」
まぁ実際にちょっと浮かんだ物はある。
薔薇とチューリップが使えるなら少し南蛮風な物を作ってみようかなとは思っているんだ。
ランタンとかブレスレットとかに装飾で花の模様をいれてもいいよな。
太郎に手を引かれつつ黄十郎さんについていくと天守閣からもそう遠くないだろう場所のお座敷に案内された。
食事会は夕刻からなので一旦ここで待ってほしいらしい。
なら俺はお座敷の庭を見ていいかと聞けば黄十郎さんは勿論と返してくれた。
…そういえば黄十郎さんが流星できったっていう岩ってどこにあるんだろうか。
ちょっと見てみたいんだよな。義晴様がすごい切れ味だったって言ってたし。
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清条国 月川城。
この日小春姫様により開催される宴に義晴様のお気に入りの職人として知られる天野宗助職人が招待されたと女中頭から知らされた女中達はざわついた。
小春姫様のご友人であられる黄奈姫様の笑顔を取り戻した恩人のお方と聞いているが何よりも私達からするとあの天野宗助職人といえば今人気の簪職人なのだ。
そんな流行りのお方を一目みたいと思うが職人の方だし、なによりこの宴の準備で忙しいから難しいだろう。
一部の女中達は感謝をしたいと言ってるけどあの子達も簪にいい縁を結んでもらったのかしら。
天野宗助職人の簪は福を招く事で有名で、実際に買った子の中にはいい人に出会えたり、長年悩んでいた親戚関係や悪縁を切れた子もいて天野宗助職人に感謝してる子もいるのは知ってるけど…そんなにすごいのかしら、機会があれば花衣屋に行きたいわね…。
宴の日当日、準備に追われていれば天野宗助職人を見たなんて子が準備中の宴の会場で話していた。
五反田様に案内され、護衛の人もいたそうだがその人に手を引かれて城を見て回っていたらしい。
普段山に居られるそうなので城は見たことないのだろうか物珍しそうに見ていたそうだ。
「今は青のお座敷に居られるみたいでそこで待機してるそうよ」
「ど、どんな方だった!?」
「うーん、お顔は普通のお顔だったけどなんだか可愛らしい感じだったわ!護衛の方がすごく大きかったのもあるんだけど手を引かれる姿が可愛らしいの!」
それって子供っぽいってこと?
話を聞きながら動いていれば女中頭に呼ばれたので行けばどうやら件の天野宗助職人と護衛の人にもてなしの品を出してきてほしいらしい。
「私でいいんですか?」
「だって天野宗助職人にまだ縁がないでしょう?どうせならいい縁結んでもらいなさいな」
「そんな理由でいいんですか?」
「それにあなたなら粗相もしないでしょう?」
その理由を最初に欲しかったと思いつつも私は指示通りお茶やもてなしの品を持ち青のお座敷に向かう。
青のお座敷はお座敷の中で一番小さいが客人が待つにしては大きい場所で庭も美しい場所なのでそこに待つように言われるという事はやはり小春姫様の大事な客人という事がわかる。
きっと他の武士の人達にもわかるようにしてるのね。天野宗助職人が客人であるということに。
お座敷の門番をされている黄十郎様の部下の方にもてなしの品を持ってきたと告げれば女中頭から話は聞いているとすぐに通された。
黄十郎様の声が聞こえる部屋の前につきお茶の用意を持ってきたと告げると黄十郎様の返事が聞こえ入るように言われる。
その言葉に障子を開けて頭を下げれば黄十郎様が茶を頼むと言ってくれたのでご用意する。
縁側に座り庭を眺める二人への茶を用意しながら少し顔を上げて噂のお人を見ると綺麗な槍を傍に置く大きな背丈の護衛な方の隣には小柄な男の方がいる…恐らく此方が天野職人だわ。
後ろから声を掛けてお茶を二人の横に出せば庭から私に目が向けられ、小柄な方の顔が見えた。
聞いてた年齢よりも幼いけどよくある普通のお顔、なはずなのになんだかとてもありがたいお人に感じた。
この人の近くだけ空気が澄んでいるような、なんだか神社にいるような…そんな感じの空気。
「ありがとうございます、頂きます」
「は、はい」
急に声をかけられて驚いた。
護衛の人が私を見た後に天野宗助職人に向き直ると一緒にお茶を飲む…いや、護衛の人が飲むのが早かった。この護衛の人は只の村人と聞いていたのに毒見もするなんてこの人普通じゃない。
あぁそうだ茶菓子も出さなきゃ。
盆の上の茶菓子も急いで出し、もてなしをしていると何だか外が騒がしくなってきた。
黄十郎様が少し下がってなさいと指示をくれたので護衛の人が天野宗助職人の近くに行く際に私も天野宗助職人の盾にならねばと動ける位置にはいた。
多分これもあってのもてなし係に任命されたのだから仕事をせねばならないしね。
「四郷様!これ以上はいけまぬ!」
「姫様のお客人の間ですぞ!」
「知っておる!天野宗助職人なのだろう!許せ!どうしてもあの方にしか頼めないのだ!!」
「ごめんなさい!でもどうしてもお願いしたいの!!」
大きな足音と一緒に大きな声が近づく。
この部屋の前に来たその人物の手によりまた大きな音を立てられ襖は開かれた。
そこには古くから月ヶ原家に仕える家の四郷家当主 四郷 武史様とその娘であられる菫様。
「天野宗助職人…!」
「…四郷殿、随分と騒がしい来訪だな」
「すまぬ五反田殿!でもどうしても頼みたいのだ!!」
部屋にやってきた二人は天野宗助職人を見つけるとその前に跪いて懇願するように頭を下げる。
ぎょっとする天野宗助職人を他所に二人は用件を話した。
「いきなり押しかけてしまい申し訳ない!!私は四郷武史!こちらは娘に菫にございます!今回はあなたに、この簪を作った貴方にしか頼めないことがあって参りました!」
「お願いします!藍蘭を…私の簪を直してください!!」
菫様が涙を流しながら天野宗助職人に差し出したのは壊れた簪。
恐らく蝶々の簪だったのだろうが壊れても美しい薄い藍色の羽は美しく、気品がある…もし完璧な姿であったのなら高貴な雰囲気を感じる簪であったのだろうか。
「この簪は、私を守ってくれたんです!!私、辻斬りに襲われて、でもこの簪が守ってくれた…身代わりになって、守ってくれたんです!!」
泣きながらだから言葉は滅茶苦茶だけどもあの簪は持ち主を守ってああなってしまったって事は分かる。
天野宗助職人の作る物には不思議な力がある、それ故に持ち主を己を身代わりにして守った…彼女が辻斬りにあった話は聞いたこともあるし、その辻斬りは捕まっているので本当の事だ。
だからこそこの簪の忠義の話は本当の事で…菫様は守ってくれた簪を思い泣いている。
滝の様に涙を流す菫様、黄十郎様も護衛の方も天野宗助職人を見ており様子を伺っている。
流石に直せないのだろうか。あんなにまで壊れてしまったのならば…。
皆が見ている中で天野宗助職人は動き、彼女の手から簪を手に取ると簪を傾けたり、回したりとして見始めたと思うと優しく微笑んだ。
「少しお預かりしてもいいでしょうか?今は道具を持ってきていないので後日のお返しになりますが…」
「…なお、せるのでしょうか?」
「細かい亀裂や破損があるので少しお時間かかりますが…菫様、この子をお預かりしてもいいですか?」
菫様は天野宗助職人の言葉に未だ涙を流しているが何度も頷き、お願いします!お願いします!と頭を下げ続けていた。
天野宗助職人は頭を上げてくれと頼み、顔を上げた後は四郷様と共にまたお礼を用意させてくれと言うとまたも嵐の様に部屋を出ていった。
「いいのか宗助」
「うん?あぁ、勿論だ…こんなに思われているんだ、親としては嬉しいからな」
「そうか、ならいい」
天野宗助職人はそういうと簪を優しく指で撫でる。
優しい手つきは労わるようで…。
まばたきをした途端に光景が変わっていた。
正面から背を丸く曲げて天野宗助職人の膝の上に頭を乗せている女がいた。
女は藍色の髪が乱れ、着物は所々破けてみすぼらしく、怪我だらけで顔の半分は布で蝶の羽を模された面をかぶっているが蝶の羽は着物と同じく破れている。
その女は天野宗助職人に頭を撫でられており。どこか疲れた顔をしていたのだが天野宗助職人の手を嬉しそうに受けて笑みを浮かべていた。とても幸せだというような笑みを。
「あの娘さんに大切にしてもらったのだろう」
≪はい≫
「きっと大事に使われていたのだろう」
≪はいっ…≫
「だからこそ守ったのだろう」
≪はいっ…!私、菫様が大好きだから、頑張ったの…!≫
「そんな人と子供達が巡り合えたのならうれしいものだ、だから綺麗になって戻ろうな」
≪はい!また菫様の元へ…!≫
「今はゆっくり休んでおくれ」
≪はい、お父様…≫
天野宗助職人の言葉に涙を流して答える女は穏やかな笑みを浮かべてゆっくりと目を閉じる。
すると、まるで雪が解けるように女は消えていき天野宗助職人が残った。
と思ったら光景が天野宗助職人が持ってきた荷物の中に大事にしまう姿に変わっていた。
「え?今の…」
「どうしましたか?」
「え、今…女の人を…」
私は女の人の頭を撫でていたと言おうとすると黄十郎様にこの後の宴の進捗を聞かれた。
咄嗟の事で驚いたがまもなく終わり、移動する際には別の者が迎えに来ることを伝えれば様子を見に行こうと誘われ部屋の外へ出た。
首をかしげる天野宗助職人に護衛の人は茶菓子を食べさせようとしており天野宗助職人はよくわからないが食べている姿に見送られて今までいた部屋から少し離れた所で黄十郎様達の様子がおかしかったことの原因を聞く。
「すまないがあの光景は宗助殿には黙っていてくれ」
「もしやあの女性が見えていなかったのですか…?優しく撫でていたのに…」
「あれは簪の化身のようなものだ、宗助殿は自分の作品の特異性に気付いておらぬ」
そんな馬鹿な、あんなに優しく声をかけていたのにと言えば天野宗助職人はすべての作品にあの様に声をかけていると告げられた。
「義晴様から聞いたのだが、宗助殿は物には時が経てば心が宿る時がくる、その時に父である作り手の言葉をもし覚えてくれていたら嬉しいと思っているそうだ」
「付喪神…の事ですか?」
「そうだ」
黄十郎様曰く付喪神になるまで大事にされた作品達がいる事を願い、もしいるのならば大事にしてくれた人を大事にしてほしいと義晴様に語っていたことを教えてくれた。
ただ付喪神になる前に力を持っているようだけども、何故かその特異性を見れず、聞けず、感じないのが天野宗助職人なんだという。
何だかそれはもったいないような気がすると少し思ってしまうのはあの怪我だらけだったけども美しかった簪の化身をみたからかしら。
私はそう思いつつも黄十郎様の願い通り黙っていることにした。
一応三九郎様に報告はしないとだけどね。
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何だか変な女中さんだったなと思って見送ってたらすぐに宴の準備が出来たと知らせと迎えが来たという。
ついに来てしまったと太朗と顔を見合わせていたらなんと迎えは三九郎さんだった。
でもいつもの忍びの服ではなく宴に出るからか三九郎さんも御召を着ていて新鮮だ。
そんな俺の考えを見抜いた三九郎さんは今日は俺も参加しろという命令なんだと教えてくれた。
「準備が出来たので皆集まってほしいそうだ、宗助達も来てくれ」
「わかりました」
「太郎は槍を持ってきてくれ、別の部屋に置いてもらうのだが…皆が星海や流星の弟刀が来てると聞いて一目みたいそうでな、近くの部屋に置いてほしい」
「は、はい!」
おいおいお披露目会みたいな事されるのかよと内心慄いていれば黄十郎さんが斬ったという岩も見れるらしくてちょっと楽しみになってしまった。
俺って案外ちょろいのかも。
太郎の槍を別の部屋に置いて、宴をするという場所に向かうと多くの武士達が既に待っておりその中には玄三郎さんとあのお茶屋で会った導十郎さんもいて俺ににこやかに手を振ってくれたのでお辞儀すれば周りの武士達があぁ!というように俺を見た。
「あのお方がそうか」
「まだお若いのに大したものだ」
「あの細い腕であんな大物をおつくりなったのか…」
なんか噂されてる。何を言ってるのかはわからないけどもなんかこそこそされてる。
俺はちょっと不安になるけど三九郎さんが俺らの席はここだと案内してくれて俺は太郎と三九郎さんの間に座る事となった。
また黄十郎さんは太郎の隣でそう緊張せんでいいんだぞとにこやかに太郎に話しかけている。
まぁ流石にこんな宴の席だから太郎の表情は固いんだけどな。俺もだけども。
三九郎さんにもそう固くなるなと笑われながら俺らが座っていれば義晴様と小春姫様が入られるとのことで俺は他の人達と同じく頭を下げて迎えた。
襖の開く音と、着物が擦れながら歩く音が聞こえて、俺の前を通ったかと思えば何故か止まり、ポンポンと後頭部を撫でられた。
え?なんで?と思いつつも確か時代劇では頭を上げてよしと言うまで下げてた気がするとそのまま下げ続けてると義晴様から頭あげていいと近くで言われた。
「よく来た宗助、その御召もよく似合ってるぞ」
頭を上げれば目の前にしゃがんだ義晴様がおり、その隣には少し腰を屈めた小春姫様もいた。
あれ?普通上座まで行くんじゃないのかと思ってたんだが二人は俺を見ながらニコニコしてる。
太郎もぎょっとしてるし、三九郎さんは額に手を当てて頭痛そうにしてるけどこれっていいのか?
他の人も目を見開いている中で小春姫様も此度は来てくれて感謝するというので俺は慌てて招待の礼を言えば二人は笑みを深めて、まるでよく出来ましたと言わんばかりに頭を撫でた。
だからなんで?なんで頭を撫でる?と混乱する俺を他所に二人は機嫌よさそうだ。
「義晴様…貴方と言う人は…」
「うわぁ…こわぁ…」
ニコニコの義晴様は俺の席を変えると俺の手を引いて立ち上がらせ、上座近くまで引っ張っていった。
小春姫様も異論なしと俺の手を引くので俺は三九郎さんを見るが頭を抱えており、黄十郎さんは口をあんぐりと開けており太郎はえ?え!?と困った顔で三九郎さんと黄十郎さんを見ていた。
え?これってやっぱり普通じゃないよね!?俺どうすればいいの!?と周りを見るが他の人もポカンとしており玄三郎さんも頭を抱えてるし、導十郎さんは顔が引きつってるしでマジでどうしよう。
とりあえず俺は言われるがままの場所に座るが俺の動揺等知らないのか小春姫様は席につき、義晴様はここでちょっと待つんだぞと言うと上座に行き、宴の開始を告げた。
いや、いきなり始まったんだが!?動揺して言葉を発せない俺に対して義晴様はニコニコで小春姫様は女中達にあれこれと何か指示を出してるみたいだが俺は言葉を聞き取れる状態ではない。
「若!いきなり宗助を連れて行ってはいけませぬ!…自分のものと誇示したいのは分かりましたが、やりすぎです」
「いいだろ、俺の職人なんだから…まぁそうすれば馬鹿な真似する奴は減るからな」
「私はお気に入りになった職人であり、友の恩人をもてなす為です」
「興に乗っておられるでしょうに…!」
カラカラと笑う義晴様とほほほ…とどこ吹く風の小春姫様。
それに三九郎さんが頭を抱えてるけども周りも似たような感じだ。
俺を同情の目で見られている気がする。
「若、お気に入りの職人殿をお手元に置きたいのはわかりますがやりすぎは駄目ですぞ」
まるでコラっ!と義晴様を優しく叱るお爺さん…といっても体が鍛えられててすごいムキムキな逞しくて背の高い爺さんなんだがな。
そんなお爺さんは俺と目を合わせるように屈むとニコリと笑って挨拶してくれた。
「天野宗助殿、顔を合わせるのはこれが初ですな!儂は沢野木 伝六と申す…貴方には夏にとても良き風鈴を作っていただきましたのでずっとお会いしたかった」
「風鈴…あ、あの青い風鈴の」
「あの風鈴は本当に良き品です、いつかお礼をと思っていましたが今日出会えてよかった」
夏に風鈴を義晴様から依頼された時に渡すって言ってたご老公様か!
俺が思い出していると沢野木さんは俺の手を握り、本当に感謝していますぞと俺の手をぎゅっぎゅっとするが痛くはない、沢野木さんの様子からしてあの風鈴は気に入ってくれたらしい。
俺はそれが分かれば十分なので気に入ってくれたなら何よりと返せば沢野木さんは俺にニコッと笑みを返すと義晴様へ顔を向けた。
「しかし若様、天野宗助殿を大事に思われているのは分かりますがこのように紹介しては誤解されますぞ」
「あ?誤解ってなんだよ?」
「…(ごにょごにょ)と思っている家臣もいますぞ」
「はぁ!?んなわけないだろ!」
何かを耳打ちされた義晴様が額に青筋立てて怒るが沢野木さんはだからお考えなさいと窘めてる。
この義晴様見ても動じず助言できるってことは本当に昔からの仲なんだなぁ。
小春姫様は沢野木さんの小声の内容が聞こえたのかぷるぷると背を向けて笑いを耐えるように震えているし、三九郎さんもほら見た事かと言わんばかりの顔だ。
「ったく…あー、宗助は気にするなよ、さてそろそろ宴の料理が来るから楽しみにしておけよ、嫌いなものはあるか?」
「俺も太郎も特にはないですが…その、恐らくほとんど食べないものなのでわからないかと…」
「あー、確かにそうだわ…太郎には黄十郎から教えてもらうとして、俺が教えてやるから食ってみろ」
そう義晴様が言えば料理が丁度運ばれてくる、魚や野菜もそう食べれない物ばかりだからテンション上がるな。
特に白米や魚は鯛の刺身なんて久々だ、なんか見てるとマグロ食いたくなってくるな。
「鯛なんて久々だなぁ…」
「…食べたことあるのか?」
「かなり昔ですけど…海にはよく釣りに行ってたんで魚を自分で釣って食べてたんですよ、まぁそれでも鯛は稀に採れるものなんですが」
懐かしいなぁ、何回か船を頼んで海釣りに行ってたら船の持ち主の漁師のおっちゃんと仲良くなって季節が変わる度に漁に連れてってもらってたっけ…漁師飯とか教わったしご馳走になったなぁ…。
懐かしんでる俺に義晴様が目を細めてふうんと返した。
時たまこのお人はこの仕草をするがこの顔の意味を俺は知らないんだよな。
三九郎さんが海の近くの生まれなのかと聞いてきたけどそうじゃねぇんだよな。
「俺は海と山の間辺りの土地に住んでたんです、だから山にも海にも遊びに行ってましたよ」
「ほう、そんな所の生まれなのか」
「えぇ、そういえば海を全然見てないな…村長に聞いて一回おゆきと太郎連れて行ってみましょうかね」
「その時は俺を呼べよ」
え?どうして?と顔に出てたのか義晴様が呆れたような目でこっちを見た。
「お前が溺れないか心配だからついていく」
「俺は泳げますよ」
失礼なことを言うなと内心で怒れば義晴様がへっと意地が悪そうに笑った。
これでも海女さん達に筋がいいって言われるくらい泳ぎ上手いんだぞ!職に困ったらうちに来な!って言われるくらいにな!!
それに漁師のおっちゃんにもいい腕してるって言われるくらい釣りもうまかったんだぞ!!
…釣りの話してたらしたくなってきた。本当に村長に頼んで海に行こうかな。
貝殻も拾って色々作りたいし太郎達誘ってみよう。
「宗助、海はお前の村からだと少し遠いぞ」
「え?そうなんですか?」
「あぁ、日は跨ぐことになる…海に行きたいなら予定を立てなさい、義晴様の意地悪が嫌なら俺が連れて行ってやろう」
「おい、誰が意地悪だ」
若です。と答える三九郎さんに義晴様はこの野郎…と悪態をつくが周りはまたやってるよ…という空気でこれで不敬にならないのはこの二人の仲の表れなんだろうな。
あ、魚美味しい。お酢がきいてる。
「太郎殿、美味いか?」
「はい!こんないい食事初めてです!…でも俺は宗助の飯に慣れてるから少し味が慣れないですね」
「はははっ!宗助殿の飯は美味いからな!俺も時たま恋しくなる時があるぞ」
太郎も食事を楽しんでるみたいだ、それに黄十郎さんもいるからリラックスしてるみたいだな。
太郎の様子に安堵してたら何だか外が騒がしい。三九郎さんもいつのまにかいなくなってて、義晴様に耳打ちする部下の人に義晴様がなにっ!?と大声を上げた。
「星海がないだと!?」
「なんですって!?」
え?星海って俺の作ったやつじゃん!!なんでないの!?
部下の人が義晴様の部屋から飛び出す人影を見てまさかとみたら星海がなかったらしい。
「星海って…俺が作った…」
「っ、大丈夫だ、すぐに取り返すからな…盗人を逃がすな!!黄十郎、お前は流星持ってこい!」
「御意!流星の兄弟を盗むなど、ゆるさん!!」
黄十郎さんがどたどたと出ていけば他の人もそれに続く、俺の打った刀が、子供が盗まれるなんて…。
「宗助、大丈夫か?しっかりしろ」
「た、太郎…星海が、俺の打った短刀が…」
「…大丈夫だ、俺が取り返す」
え?と思ったら太郎も走って外に出て行ってしまった。
追いかけようとしたら導十郎さんが俺の傍に来て腕を掴むと、危ないのでここでお待ちをと引き留める。
どうしよう、頼む、太郎無事でいてくれ…。
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俺の刀が、宗助が打った刀を盗むなんてどこのどいつだ。
せっかくの祝いの席をぶち壊したことも含めて厳しく処罰してやると城の庭へ出向けば流星を持った黄十郎とうちの元気爺が駆けよってくる。
「若、ここは危険ですぞ」
「俺の星海が盗られたんだぞ、じっとしてられるか」
「若…」
黄十郎が流星を持ち何か瞑想のようなものをするとあちらです!と走るので追いかける。
「なんでわかった」
「流星と若の持つ星海宗助は同じ星から生まれた兄弟、故に何処にいるのかわかるのです…それは彼も同じなようですが」
「彼?」
おいまさかとその”彼”を思い浮かべたら俺らの横を黒い何かが通り過ぎる。太郎だ。
今日は立派な御召を着ているそいつはとてつもない速さで駆け、手を横に突き出したかと思うと息を大きく吸い込む。
「来い!!」
太郎がそう叫べばその手にはあの立派な槍が握られた。
今、槍はどこから来た、まるで太郎の声の従い飛んできたような動きだったぞ。
後にいる俺ら等見えないのか太郎は槍を持ち直すと高く飛んだ。
月の灯りの中で太朗の持つ槍は怪しく輝き、太郎の姿が消えたと思ったら悲鳴が聞こえた。
どうやら下手人は鬼に捕まったらしい。
俺らが悲鳴の場に着けばそこは鬼の戦場だった。
下手人は複数人いたようで他にも盗んでいたのか入れていたのであろう箱から中身が散らばる中、月の光を受けながら輝く槍を振るい敵を容赦なく屠る鬼。
こいつは本当に農民の子であったのだろうか、普段猟師を生業としていると話していた家の子であっただろうか、本当にただの村の子であったのだろうか。
俺にはそれを答えられない程に今の太郎の姿を見ながら戸惑った。
あの日、あの村で見た時よりも強く、慈悲がなかったからだ。
三九郎がかろうじて生きている下手人を捕縛し、黄十郎が止めたことで太郎は槍を下ろし、血を振り落とす。
その顔は冷たく、普段宗助に向ける顔ではない。
「太郎殿があのように動かれるとは…」
「すみません、俺、槍をもつと気が強くなるみたいで」
「気が強いですむか、これ…」
「その、特に宗助に関する事だと歯止めきかないんです…今、こいつらのせいで宗助が不安そうにしてるの見て…こう、目の前が真っ赤になるというか、あいつを許さないってなって」
なるほど、槍の効果なんだろうが…恐らく太郎の宗助を守りたいという願いを叶えるために、恐怖をなくさせたり戦闘に特化させた動物の本能に近いものを呼び覚ましているわけなのだろう、怖い槍だ…。
そしてあの太郎の声に呼ばれてきたのも太郎の戦闘を手助けするため…とんだ戦闘狂の槍を作ったもんだなあいつは。
他の家臣達も集まり太郎の戦闘の痕を見て皆が息をのむ中で軍事を担当する者達が太郎に群がった。
まて、嫌な予感がする。
「なんと猛々しい!!ぜひ次の戦に出ませぬか!?」
「いや、出るのです!今度の戦にて黄十郎様のいる軍に入れば二人で敵の前線等総崩れですぞ!!」
「ではそのように!!いいな!!」
くそったれ共め!!太郎が農民の出であることに付け込み徴収をしようとしてやがる!!
太郎のいる村までは人出が足りるし、何より宗助に戦の被害が出ないようにと避けたっていうのに勝手なことをしよって!!
黄十郎や伝六の爺も何勝手にやってるのかと怒るが太郎の暴れっぷりをみてた武官達は聞きやしねぇ。
俺は取り戻した星海を腰にさしながら流石に叱るかと怒鳴ろうとしたが聞こえてきた声に全員が動きが止まる。
「太郎ー?義晴様ー?」
遠くにいるのだろうの声はよく聞こえてきた。
どうやら宗助が来ているらしい。
「宗助殿そちらはいけませぬ!!」
「危のうございます!!お戻りを!」
護衛のために傍にいた導十郎と何人かの部下をまいてきたのか。
あいつは山育ちのせいか足が速いからそれでまいてきたな…。
だがこれはまずい。太郎がわかりやすく狼狽え慌ただしく身を隠そうとしているので俺は黄十郎に返り血まみれの太郎を隠せと指示し、俺は宗助のもとへ向かう。
今の太郎の姿を見れば流石に宗助も気絶しかねないしな…それに宗助に血の匂いをつけたくない。
俺の我儘だし太郎とおゆきの影響なのか俺もあいつには戦から縁遠い人間でいてほしいんだよ。
だからこそ今ここであいつに血の匂いがつくのは嫌だ。
俺が宗助がいるであろう方へ行けば案の定いて、導十郎が追いついたのか足止めしていた。
俺の姿に宗助は気づいたのか動きを止め、その隙に導十郎が腕を掴んで捉えたので俺はとりあえず勝手に来た罰として頭を掴み指に力を込めておく。
「いてててて…!」
「お前、危ないからあそこにいろっていっただろうが…安心しろ星海は取り返したから」
星海を見せてやれば宗助は首を横に振り、太郎を探しに来たと言う。
こいつもこいつで心配性なやつだ。
黄十郎といるから安心しろと伝えようとする前に宗助はびくりと体を震わせた。
「血の匂い…?」
俺は風に乗って匂いが来たか、もしくは俺に軽くでも染みついたのか血の匂いに気付いた宗助に内心舌打ちする。
相変わらず嫌なところで勘が鋭いやつめ。
「義晴様は…怪我してない、なら太郎が…?」
「宗助」
「太郎が、槍もって飛び出して、あいつのことだから、俺の作った刀だから、取り返そうとして怪我、したのか?」
「宗助!」
嫌な予感がする。
どんどんと目の焦点が合わなくなってきた宗助に俺は何かわからないがまずいと予感した。
宗助の動きを止めるため腕を掴んでいた導十郎も汗をかき顔を強張らせている、何かを感じているようだ。
「俺の、刀のために、太郎が…?」
ざわざわと風が強くなり、先ほどまで晴れていたのに雲が月を覆い始める。
俺はとにかくこいつの意識を戻すために俯き始めていた宗助の顔を掴んで上を向かせ、俺と目を合わさせて声を掛けようとした。
が、俺は言葉を失った。
俺は目の前に美しい七色の二つの宝石が現れたのだ。
赤、青、黄、緑、橙、紫、薄緑色と色を変えて美しく月の光を反射している。
俺はそれに手を伸ばしかけて気付く、それは宝石ではない。その七色の美しいものは宗助の目である。
気が動転しているのか焦点が合わない宗助の目の色は木を思わせる濃い茶色ではなく幾つもの色に彩られていた。
俺はこれを他の家臣に見せてはならないと判断し、手段を変えて泣く子を落ち着かせるように宗助を腕の中に入れて顔を自身の肩につけさせる。
そして頭や背を撫でつつ、落ち着けと声を掛け続けた。
傍にいた導十郎は俺の行動に驚くがやろうとしている事を理解したのか宗助の背を撫でて声を掛けた。
「宗助殿、ご安心なされよ…太郎殿の傍にはこの国で一番の強い爺様がいて、あの黄十郎殿がいるのですよ…太郎殿はご無事です」
「そうだ、あの元気爺は敵なんざぽーんと吹っ飛ばしてるさ」
だから不安なんざならなくていいと言えば小さく笑う声が聞こえた。
どうやら落ち着いたらしいと思えば宗助の体が力が抜けるように俺にもたれるので抱えてやれば、小さく寝息が聞こえてきた。
「こいつ、寝てやがる…」
「ずっと緊張していたのでしょう…」
やれやれ人騒がせな…。
だがまぁ今は都合がいい。この後のことも考えると宗助には聞かせられねぇしな。
このまま寝かせておこう。
そうだ、こいつ黄十郎が斬った岩を見たいって言ってたな。
明日の朝に起きたら見せてやろう、きっと喜ぶ。
俺は遠くから黄十郎達が来るのが見えて、導十郎にこいつを寝かせる部屋の用意を指示し、宗助を抱えなおす。
黄十郎と伝六の爺は俺と宗助の姿に目を丸くするが、太郎を追いかけてきた宗助を俺と導十郎で説得し、太郎が無事とわかり安心したのか疲れて寝たと言えばこいつらは納得した。
黄十郎は宗助を運ぼうかと聞いてきたが俺が運びたい気分なのでいいと断り、太郎の事を聞けば玄三郎が今傍にいて着替えをさせているという。
とにかくこいつの寝る部屋の用意ができるまで宴の間で待とうと俺が宗助を抱えて宴の場まで戻ると小春が座って待っており、宗助を見て一度目を丸くしたが、宗助が無事なことに安堵の息をついた。
「天野殿、ご無事で何より…」
「俺はともかく太郎の心配は無いのかよ」
「あの武人がそう容易くやられはしないでしょう?…ふふっ、よく寝てますわ」
流石に小春にも太郎の腕は分かるらしい。
まぁこいつの事だから調べたんだろう。
だが宗助に向ける目は珍しく穏やかだし、きっと黄奈姫の事もあるが気に入ったのだろう。
こいつも自分の庇護の範囲に入れたみたいだな。
宗助は運んでも目を覚ます気配はなく、くぅくぅと寝息をたてている。
「…あのような事件に巻き込まれたのです、さぞお疲れになったでしょう、お可哀想に」
「今部屋を用意させている、今はその待ちだ」
「はぁ…せっかく黄奈のお礼も兼ねた宴でしたのに……………件の狼藉者はどう処理するつもりで?」
「…それは後だ、宗助を先にゆっくり寝かせてぇ」
小春もそうですわね、と珍しく俺の意見に賛成して女中達に明日の朝の宗助達の世話を頼む。
太郎も漸く着替えが済んだのか戻ってきて、眠る宗助を見てぎょっとしつつも俺らに迷惑かけたと頭を下げるが俺らは構わないと返す。
宗助と太郎に部屋が用意出来たと導十郎が告げに来たので俺は場所を聞いてこのまま運ぶ。
太郎は自分が運ぶというが俺が運んでやりたいと言えばあわわとしながらも後ろをついてきた。
今のこいつは気が弱いが、槍持つと鬼神みたいになるのはいつ見ても驚くぜ。
…しかし太郎のせっかくの御召も血に濡れちまったな。明日は黄十郎に古着になるが御召を着せてやるように言うか、それに邦吾に頼んでまた新しいのを用意させよう。
部屋にはもう寝具が敷いてあるので宗助を着替えさせて寝かせてやる。
太郎がほとんど着替えさせていたがやけに手馴れていたな、まぁそこはいいとして…俺は太郎に聞きたいことがあったんだよ。
「太郎、聞いていいか?」
「は、はい!なんでしょうか?」
「こいつの目の色が変わったのを見たことあるか?」
俺の質問に太郎の空気があの鬼の太郎になる。
ここが戦場でなくて本当に安心するぜ。戦場でこんな目してるやつに会ったなら俺でも逃げる。
「…どこで、それを見ましたか?」
あぁ、やっぱりこいつも見たことはあるらしい。
俺は先程の事を話せば、太郎は要因は自分かと少し居たたまれなさそうにした。
「なるほど、それは宗助に心配させましたね…」
「で、あれはなんだ?おゆきも知ることか?」
「はい、おゆきも見たことがあります…といってもはっきりと見たのは一度だけですが」
太郎に詳しく話せと言えば少し周りを気にしたので三九郎にはすでに人払いをさせていると言えば漸く口を開いた。
「数年前、隣村で乱暴者で名が通ってたやつが俺達の村まで来てしまったことがありまして、村の近くで遊んでた俺達に突っかかってきたんです」
「突っかかってきた?襲うではなく」
「はい、どうも宗助が拾われた時の話が隣村に流れてたらしいんです…奇妙な服着た天狗の子を拾ったと」
天狗の子?奇妙な服を着ていたは三九郎からの報告にあったが天狗の子とはなかったな。
俺の考えを読んだのか太郎はその呼び名はもうほとんど消えましたから誰もいいませんよと言った。
「その隣村から来たやつは宗助の髪をいきなり掴んで天狗ならとんでみろやら何かしてみろと言ってきて…俺やおゆきが止めに入ったんですが体格も今みたいに大きくはなかったんですぐに張り倒されてしまいまして…」
「待て、張り倒されてってことは…まさかおゆきにも?」
「…はい、顔に張り手されました」
幼い童子に、しかも少女の顔に張り手くらわせるなんざひでぇことしやがると俺が顔をしかめれば太郎は微笑んだ。
「おゆきはそのあと顔に傷はついてないですから大丈夫ですよ」
「ならよかったが…で、その後は」
「それを見た宗助の目が、いろんな色に変わったんです…赤やら青や黄色に、綺麗な色でしたけど…隣村のやつは化け物だと言い放ち宗助から手を離したんですが…」
太郎は一度目を宗助にやると俺を見た。
まるで確認するような動きだった。
「宗助から手を離した瞬間にすごい風が吹いて、気付いたら隣村の奴は消えてたんです」
「消えた?」
「後から聞いたんですがそいつは何故か素っ裸で隣村の一番高い木の上に吊るされてたんだそうで…でもそのそいつは別にいいんですけど、宗助は張り倒された俺らに駆け寄ってずっと大丈夫か?俺のせいだと言ってました、その目は色が変わって本当に綺麗で俺とおゆきはずっと見てられるくらいでした」
俺は確かにあれは美しい目だったと思い出す。
色が変わる動きも美しく、まさに宝石のようだった。
「でも、宗助が泣いてるのに気づいて俺とおゆきが宗助に大丈夫だって抱きしめてやれば色は元の色に戻ったんです…多分宗助は感情が大きく昂るとあんなふうになるんです、でもあれは他の人に見せちゃ駄目だって俺とおゆきは思ってます」
「…俺もだよ、今回は太郎への安否の不安でああなったんだ、血の匂いに反応してな」
「あいつ血の匂いにはすぐ気づきます、だからきっと、あの目が狙われて戦をしかけられたんじゃないかって思うんです…今までは俺は猟師の息子だから誤魔化しは出来ましたけどね」
村に来た時血まみれだったのはそのせいかもと語る太郎にそういえば前に宗助は死に場所を探していたのやもしれないという事も聞いたのもあり、俺は宗助の家は特殊な家系であり内乱にあったのかと考えた。
何よりあの目は…鋤名田藤次の血筋なのかそれとも”神の国のもの”の家系やもしれないな。
「…太郎は鋤名田藤次の伝説は知ってるか?」
「?、源氏の強い伝説の兵であるとは村長が昔話で聞かせてくれたことはあります」
「鋤名田藤次は戦場にて感情が昂るとその目を七彩の色をした目にしていたという」
「それって…!」
そうだ、あの宗助の目だ。
伝承では戦場にて興奮した鋤名田藤次は目を七彩の色に宿させながら敵を屠り、また娘が生まれた際にも七彩の色を宿して喜んでいたということから感情の昂ぶりによるものであるとわかる。
そして先程の宗助は太郎への心配ともしやの事態になりえる不安と悲哀が宗助の目を七彩に変えたのならば…。
「血を引いているか、もしくは同郷のものやもしれないな」
「っ、宗助は!宗助はただの、職人です!!ちょっと変な力はあるかもしれませんが、人間なんです!!」
「太郎、俺もわかっている…ちゃんと人間であるとわかっているさ」
泣きそうな目でそう俺に言いながら宗助を背にかばえるように動いた太郎。
幼き日に宗助を化け物といったやつを思い出したのだろう。
心配するな俺はそいつとは違う。
「しかし今後知られる可能性はある…故に太郎に命ずる、お前は宗助の守護を専門とせよ…その代わり戦への徴収はなしだ」
「よろしいので?」
「あぁ、元からお前を戦に出す気はなかった…前にも話したが宗助を守らせる気ではいたからな、だから必ずこの命を果たせ…宗助を必ず守れ、いいな?」
太郎は姿勢を正し、俺に深く頭を下げると拝命しましたと返答した。
俺はその答えに満足し、あの騒ぎがあった後故に今宵はもう休めと伝え部屋を出る。
三九郎には部下に宗助が眠るこの部屋を守るように命じて俺は宴のあった間に戻った。
俺が宴のあった間に戻れば小春だけでなく家臣達もまだ残っており俺の方をじっと見ていた。
その目はあの下手人をどうするのか?と問う目だ。なぜなら星海を盗んだあの下手人達の身に着ける物はこの国のものではなかった。
つまり他国の城に盗みに入る、この俺の所有物を盗もうとしたのだから戦に発展する事なのである。
「あの狼藉者はどうされるので?」
「…まずは色々吐き出させる、そして俺の物に手を出したんだ、落とし前つける」
「戦事は貴方様の仕事、私は天野殿の守護に回りましょうか」
「頼む」
「友の笑顔を取り戻してくれた恩人ですもの、全力を尽くしお守り致しますわ」
小春だけでなく他の面々もやる気ある顔にこれから忙しくなると俺は笑みを深めた。
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同時刻。
楚奈村、村長の家にて。
宗助と太郎が城へ招待されたため村長の家で世話になっている宗助が保護した三匹は眠る村長を横目に庭で空を見上げていた。
≪…どうやら宗助殿は無事なようだな≫
≪今までにない感情の昂ぶりに何事かと驚いたが、落ち着かれたようで何よりだ≫
≪…しかし、あの人間らも愚かよな…宗助殿の刀を狙うとは≫
要因となったことを見ていた三匹は星海宗助を狙った者の企みを見ていた。
そこにはいい刀が欲しいという感情と清条国もとい月ヶ原 義晴への嫌がらせと清条国への敵対心と人間の虚栄心があったのを見て呆れたと三匹は頭を振った。
≪にしてもあの槍は随分と好戦的じゃったのう…宗助殿の作品にしては珍しく≫
≪恐らく太郎殿が願った事への影響だろう、あの方は本来気が弱いお人だったからな≫
≪太郎殿には元々武神である熱田大神の加護がついていたがな…今までは必要のない才能だった故に目覚める事はなかったのだがあの星の槍により呼び起こされたのだろう≫
蜥蜴はやれやれと息を吐くと亀太郎も同じく息を長く吐いた。
鳥次郎は少し静かに星を見ていれば宗助が眠ったことを確認し安堵の息を吐く。
≪うむ、宗助殿は眠られたようだな…おぉ、お可哀そうに、お疲れになったようだ≫
≪無理もない、宗助殿は戦から縁遠いお人だからな、…このあとはあの義晴という男がなんとかするだろう、人間のいざこざは人間が解決するべきだからな…宗助殿が絡まないのならば≫
≪はははっ!随分と宗助殿に懐いたな、青龍≫
≪蜥三郎と呼べ亀太郎≫
蜥三郎と名乗った蜥蜴はふんっと鼻を鳴らすと再生してきた小さな足を少し動かして向きを変えた。
爪もない足はまるで海亀のように平べったく長さもまるで鰭のようでまだ完全回復には時間がかかりそうだと考えながらもこの治りの早さに蜥三郎は感心する。
宗助の家の裏にある泉は穢れがないため蜥三郎の傷を癒すのを早め、また宗助の世話の甲斐もあり力が少し戻ったのだ。
≪…宗助殿は太郎殿に怪我をしてほしくない、ならば儂の加護で体を強くしてやろうかのう≫
≪過度な加護は人間には毒となるぞ≫
≪なに、少し力も使いたいんじゃ…この強くなった儂の力をな?≫
ふっふっふっと笑いながら楽し気に体を揺らす亀太郎に鳥次郎はむっと顔をしかめ、蜥三郎は呆れ顔で亀太郎の顔を見た。
宗助があの玄武の木像を完成させて以来亀太郎はご機嫌だった。
勇ましい木像の玄武は美しい黒い水晶の甲羅を持ち、その甲羅を持った影響か亀太郎の甲羅の艶はあがり、何より大地から湧き出る力に使いたくてうずうずと亀太郎はしていた。
≪宗助殿のお陰で力が増したとはいえ調子に乗るべきでないぞ、今は大地の調整が優先だ≫
≪わかっておるわい!じゃがなぁ、こんなにあふれ出る力を使いたくもなるぞ!≫
≪まぁ気持ちはわかる…お前の像が完成した途端に玄武としての力を取り戻しただけでなく強化されたからな≫
≪次は朱雀だと少し作られているからな、直に鳥次郎の力も強くなる≫
鳥次郎は今現在は完成形の構想が終わり少し掘り始めている段階だ。
完成が楽しみだと微笑む鳥次郎に蜥三郎はいずれ作られるであろう自分に思いを馳せつつ今宵はここまでとしようと声を掛けると彼らは眠りにつくことにした。
≪そういえばあ奴はどうする?音沙汰がないが呼びかけるか?≫
≪…我らと同じく縁でいずれ来るだろう、それに今呼んでも蜥三郎の怪我の世話をされているのに手間が増えるだけじゃ≫
≪そうだな、せめてもう少し怪我が癒えてからにしよう、あれは人嫌いの気があるから…宗助殿をひっかこうとするやもしれぬし≫
≪その時は拙等で押さえればいいことよ≫
三匹はくわぁと欠伸をすると部屋に置かれたそれぞれの寝床へ向かったのであった。
そんな三匹を遠く離れた草葉の影中から彼らを見ているものがグルルルルと不機嫌そうに唸っていたとは誰も知らない。