第16章 花簪 四季姫 梅花
今回で花簪の持ち主との出会いの話は完了です。
時は秋に入った頃。月ヶ原家が領地とする清条国の街 常和にある店、酔蛇屋。
店は酒屋で多くの酒が並ぶ常和でも有名な酒屋だ。
酒の質もいいその店の店主 倭ノ助の父こと蛇野 倭五郎は蟒蛇故に多くの酒を飲んだので詳しく、豪胆で気の良い男として有名なその店はある一つの問題を抱えていた。
店には跡継ぎがおり、またその跡継ぎには嫁もいる。
ここで問題は嫁かとお思いになる者が多いだろうが、問題は嫁のほうではなく跡継ぎだ。
跡継ぎであるバカ息子 倭ノ助は店は父がいるからと遊び歩き、また女遊びの激しい男である。
が、子供で責任を取らぬようにと女とは寝ず、酒を飲んだり店で遊んだりとずる賢かった。
そんな倭ノ助に嫁ぐ羽目になった嫁のお鶴は元は倭五郎の旧知の友の娘で倭ノ助とは幼馴染の関係ではあったのだが流行り病で両親を亡くしたことで倭五郎が娘にすると、身一つで嫁がせてきたのだ。
大人しく無口であるが働き者でニコリとはにかむような笑みを見せるが接客は丁寧で細かな気遣いがあるため客からの評判はいいのだが地味と言われてしまう女である。
だがそんなお鶴を義両親である倭ノ助の父と倭ノ助の母ことおたちは昔から可愛がっていたしそんな義両親をお鶴も好きだった。
そんな対照的な二人の夫婦生活は最悪の一言であり、お鶴は妻らしくとあろうとするが倭ノ助は突然嫁いできたこともあるのだが、大人しいお鶴をうっとおしいと言わんばかりに暴言を吐きすて醜女嫁と呼ぶ等をしていた。
倭五郎はなんてことを言うんだ馬鹿息子が!!怒鳴るが暖簾に腕押しと倭ノ助には効かなかった。
毎日醜女と言われればお鶴も気が滅入る、客の前では変わらない様にとするが義両親の目にははっきりと落ち込んでいるのが明らかなので二人はお鶴を元気づけられるものはないかと思い始めた時に花衣屋で美しい簪があると聞き、倭五郎はお鶴に可愛い簪を選んでやろうと妻のおたちと店が休みの日に二人で花衣屋に行くことにした。
店の前に来た二人は店の中から出てくる女子達がほくほくとした顔で簪を握りながら出てくるのが見え、ちらりと見た簪の出来にその筋の店の者ではない二人から見ても美しい簪に期待を胸に店の暖簾をくぐった。
二人は店の中の物を見る中である棚に人だかりができているのが見え何があるのかと近寄った。
そこにはまだ秋のはずなのに梅が咲いていた。赤と白の美しい梅の花は一つの木から咲く事はないのに共に咲き、互いを潰さず美しい。
倭五郎はその梅を見ているとお鶴の顔が思い浮かんだ。
お鶴の頭にあの梅が咲いたらそれはもう美しいだろうと頭に浮かぶと…。
「あの梅、お鶴にあうな」
ふとそんな言葉が口に出ていた。
隣にいたおたちは驚いて彼を見るが確かにきっと良く似合うわねと同意すると店の者がその言葉を聞き倭五郎の手に梅を乗せた。
そこでその梅は簪であると初めて認識したのだ。
梅は布で出来ており、梅は赤と白の花がひしめくように咲き、飾りの長い紐の飾りが揺れると彼の鼻に梅の香りがした気がした。
「簪…そうか、こいつだ」
「あなた?」
「この簪をお鶴にやろう、きっと綺麗に咲いてくれる」
倭五郎は何故かこの簪だと強く思った。
この簪がお鶴の頭にあるのがいいと倭五郎は確信するとすぐにこれを買うと店の者に告げると入れる箱を用意するので少し待ってほしいと告げて二人の元を離れた。
おたちは値段は用意していた金で足りるので予算の心配はしていないが夫がこんなにも物を直感で買うのは珍しいと倭五郎を見るが彼は何処か楽しそうにしている。
「蛇野の旦那が簪を買うなんてどうしたんだい?君の奥方の好みとは違いそうだが…」
「おぉ、花衣屋!今日はうちの馬鹿息子に嫁いでくれた嫁さんにな」
「今日はお鶴ちゃんの簪を見に来たのだけど…この人があの梅の簪がいいってすぐに買ったの」
倭五郎の友人である花衣屋の大旦那に二人は軽く事情を説明すれば大旦那は一度考えた素振りをすると多分大丈夫じゃないかと告げた。
「あの簪が君の家に行くなら、大丈夫じゃないかな」
どういう意味だと二人が聞けば大旦那はこの店の看板娘である若旦那の嫁のお咲を見て、彼の作品は人を何かを変えてくれるからきっと大丈夫と優しく笑った。
そこでおたちは花衣屋のお咲についての噂を思い出した。
不思議な鏡に出会い自分を変えたお咲は美しく生まれ変わったと。
「もしやあの噂は…本当だったのね…」
「噂?」
「お咲ちゃんがあんなに元気になったのは不思議な鏡のお陰っていう噂」
倭五郎がなんだいそれ?と首を傾げる中で大旦那は頷きその噂を肯定する。
おたちはそれを見て今倭五郎の手の上で咲く梅の花を見つめ、優しく花に触れた。
「その簪はお咲の鏡と同じ人の作品でね、もしかしたら何かを起こしてくれるかもしれない」
「えぇ、そうね…もし、変えてくれるなら…お鶴ちゃんを勇気づけてほしい」
「…よくわからんが俺はお鶴ちゃんに自信を持ってほしいんだ、器量は良くて可愛らしい子なのにあの馬鹿息子のせいで落ち込んでしまってる」
だから、変えてやっておくれ。
そう願う様に触れた梅の花から梅の香りがしたように二人は感じ何だかいいことが起こる気がしてきたと不思議な予感をさせるのであった。
その日の夜。相変わらず女遊びか酒を飲んでいるのだろう倭ノ助に呆れつつも倭五郎は食事が終わった後にお鶴に小さな箱を渡した。
「これは…?」
「私達からの贈り物よ、いつもお店の事を頑張ってくれるお鶴ちゃんに」
「そんなっ、それは嫁いだものとして当然のことで…!」
おたちはそんなことないとお鶴の手を優しく握り、いつも頑張ってくれているともう一度告げた。
お鶴は倭五郎も彼女の肩を優しく叩きながら箱を彼女の膝の上に置くのでもう片方の手で箱を受け取る。
箱を受け取ったお鶴に二人は嬉しそうに微笑み、お鶴は開けていいかと聞くと二人は勿論だと答えた。
ゆっくりと開けられた箱の中には美しく咲き誇る梅が入っており、お鶴は目を見開いて驚くと二人に涙を流しながら礼を言った。
「こんなきれいな物初めてもらいました、ありがとうございます…」
「言ったでしょう、お鶴ちゃんはいつも頑張ってくれているからなの、それに、あの馬鹿息子のこともあるしね」
「あいつはお鶴ちゃんにひどいことを言うがそんなことは一寸もない!だからこれをつけて自信を持っておくれ」
お鶴はポロポロと涙を流しながら頷き、二人はそんなお鶴が愛おしくなりずっと頭や背を撫でていた。
またこんな可愛い子が来てくれてうれしいと思うのであった。
翌日からお鶴は早速頭に簪をつけ始めた。
美しく咲く梅の花にお鶴は少し恥ずかしそうにしながらも接客しているがその梅を見た客達は良く似合うよと褒め、見ていると梅酒が飲みたくなったと梅酒を買う客が多かった。
何だか自信が持てそうだなとお鶴が思い始めた矢先に店に倭ノ助が帰って来たことでまたその自信は失ってしまう。
「そんなのつけても醜女は変わらねぇよ」
客の中にいたお鶴の友人はこの糞野郎が!と拳を握り殴ろうかと足を進めようとした中で突然倭ノ助の頭に梅の実が飛んできて当たる。
勢いをつけて投げられたのであろう梅は未熟であった為硬くかなりの痛みを倭ノ助に与えたが誰が梅の実を投げたのかはわからない。
倭ノ助は痛みに腹が立ちながらまた店を出て行くとお鶴は緊張をしていたのか少し店の棚に手をついて息を整えた。
「お鶴、大丈夫!?あの糞野郎…!お鶴になんてこというのよ…!!」
「ごめんね、大丈夫よ」
「いつか絶望しろあの糞野郎…、でも今日のお鶴は本当にきれいよ、梅の花が良く似合うわ」
お鶴はありがとうと返すが内心では素敵な簪をつけても自分は…と悲観的な考えをしていた。
店に来ていた客人達もお鶴を心配するが大丈夫だと笑いお鶴は日が落ちるまで働いた。
店が閉まった後で、鶴は寝る前になって漸く一息ついた。
いつも通り帰ってこない倭ノ助にため息をつきつつも今日はずっとつけていた梅の花の簪を手に思いふける。
突然嫁に来た自分を受け入れられないのは仕方ない、でも自分が倭ノ助に対して直接何か言った訳でも手を煩わせることをさせたこともない。
なのにどうしてあんなに醜女醜女と毎日言われないといけないのだと考えるとお鶴は泣きたくなった。
「こんな私の元にきてしまうなんて…綺麗な簪なのにごめんね」
きっと私じゃなかったらもっときれいな…とお鶴が考えていると顔を両側から誰かに強く掴まれた。
≪そのように自分をお下げになるのはいけません!!≫
黒髪に梅の花が施された着物や首飾り、また赤い化粧をしたお鶴が今まで見た事ない程に美しい女が自分の顔を掴んでおりお鶴は動揺するが女はお鶴の目をじっとまるで射抜く様に真っすぐ見ていた。
「だ、誰!?」
≪お鶴様!貴女はお美しいお方!ずっと一日見させていただきましたが貴女を慕う者のお言葉を信じなさい!≫
≪あんな愚かな男の言葉等聞く価値もないのです!≫
真っすぐにお鶴の目を見てそう言った女の言葉は不思議とお鶴の中に響く、でもと考えそうになったり目線を外そうすると女は少しお鶴の顔を動かして自分を見させた。
まるで逃げるなというように強い眼差しで語る女にお鶴は聞くしかなかった。
≪己に自信がないというのなら私が自信をつけさせます≫
≪己が美しくないというなら私が美しく咲かせます≫
≪己が変わるのが怖いというならば共に私が歩みます≫
≪だから己なんてと言って、逃げるのはやめてくださいまし≫
お鶴はここまでいう女の美しく強い目に何故か信じられると思い頷いた。
とても頼もしい人が出来た、そんな安心する気持ちになったからかお鶴は力が抜けてるように眠ってしまう。
女はお鶴を受け止め強く抱きしめながら部屋の外を睨んだ。
≪見ていろ、あの愚かな亭主め…お鶴様の美しさを思い知らせてくれる…!!≫
≪そして…後悔するがいい!!お鶴様に与えた数々の罪を知るがいい!!≫
お鶴が眠った後にそう鬼の形相で呪うように言葉を紡ぐ女がいたとは彼女は知らない。
翌日から昨日の女性こと梅と名乗る女と共にお鶴は店の中に立っていた。
しかし梅の姿は他の者からは見えないようでお鶴は一体何者なのかと考えるが何故か怖くは感じなかったので隣に立つ梅をそのままにした。
梅は仕事の邪魔はしないが時たま口に出した。
それは助言のようなものだ。
≪お鶴様、もう少し顔を柔らかくいたしましょう≫
≪その調子です!今度は目元も意識です!≫
≪緊張されてるのですね、ならば梅の香りで落ち着きましょう≫
≪いいですわよ、お鶴様!さぁ次のお客様にもそれを続けましょう!≫
とお鶴を鼓舞や応援したり、時には休息も大事といつも店の中にいるお鶴を休日は外へ連れ出したりする。
梅の言うがままだが外へ出れば今まで体験したことない事や物を知り、お鶴は自分の視野の狭さを知った。
≪お鶴様!私とお出かけしましょう!息抜きも大事ですわ!≫
≪まだ見ぬものを多くを知ることは己の糧を得ることと同義ですわ!様々な事を知り、多くの体験をいたしましょう!≫
お梅に連れられ、美味しい物を食べ、綺麗なものや楽しいものを知り、多くの体験をする。
今までお鶴がやってこなかったことだがお鶴にはその全てが輝いて見えた。
行く先々で人と知り合い、時にはお客さんとしてきていた人と交友して絆を深め、知識を得る。
そしてその事を義両親に話せば二人は楽し気にそれを聞き、時には二人で遊びに行ったりとしたが何よりも二人が喜んだのお鶴の変化だ。
あの日から数日経てば様々な場所へ行き、多くの事を体験したお鶴の顔は晴れやかで今までの大人しさから考えられない程に元気になった。
しかし、店ではまた違う一面を見せる。
店で働く際にはどこか大人の女性の様に嫋やかで気品のある姿で男女問わずそんなお鶴に接客されると気分よく酒を購入していく。
また酒の知識も多く得た彼女は多くの酒職人の元へ行き試飲をしたり交友を深めてくるためお鶴がいる店ならと酒を多く下ろしたり、時には新しい商品も持ってきてくれるようになった。
店では嫋やかで気品のある姿、街に繰り出す際には少女のように目を輝かせ食べたり、買い物したりして笑う姿。
そんなお鶴の頭には梅の花が咲いており楽し気に彼女の頭の上で揺れる姿に一部の者は彼女の変化の要因に気付いて笑みを浮かべたが、多くのものは驚きつつも不思議な魅力があるとお鶴に惹かれていった。
そしていつの間にかお鶴は倭ノ助の事で涙を流したり、悩むことはなくなった所か彼の事を考えることが無くなった。
それを見てお梅はにんまりと笑みを浮かべながら梅の実をお鶴が住む家の庭に植えたのだった。
≪また一つ、あれへの思いを糧に実をつけた…早く無くならないかしら≫
お鶴が梅の簪をつけて数十日がたったある日のこと。
店が休みの日、今日も出かけるお鶴に行き先を知る義両親二人は気をつけてくるんだぞーと笑顔で見送る中で二人とは違う者が声をかけた。
「お、お鶴…!」
「あら、倭ノ助様帰られていたのですか」
お鶴に声をかけたのは一応夫である倭ノ助。
倭ノ助は段々と美しく、また自信に溢れる姿になったお鶴に彼の友人が放って置いて本当にいいのか?あんないい女を放って遊ぶとか信じられないと口々に言われ、なんのことだと思ったのだが遊ぶ女達からもあんないい奥さんに捨てられても知らないわよと言われたことで漸く彼女の姿を見に行った。
店にいたのは以前とは全く違う程に様変わりし、気品ある姿で接客をするお鶴の姿にあれは自分の妻なのかと疑ったが顔はお鶴であの梅の簪をつけていることからも本人だとわかる。
倭ノ助は声をかけようとするが今までの事を思い出し、中々声をかけれずにいた。
が、どこかへ行こうとするお鶴に意を決して慌てて声をかけるがお鶴はまるで他人に話しかけられたような顔で答えるので彼は内心泣きそうになるのであった。
「何処か出かけるのか?なら俺と行かないか?」
「いえ、結構です。今日も夜は帰られないのであればお母様に言伝だけでもしておいてくださいね」
それでは失礼しますねと告げて町へ繰り出そうとするお鶴の姿は全く倭ノ助に関心がない、以前は夫婦らしくしようと縋るような目で見ていたがその熱意は一欠片もなく、また倭ノ助の事を興味がないと言わんばかりに足早に去ろうとする。
倭ノ助が瞬きすると小さな花弁がお鶴の姿を変える、着物は白と赤の梅の花に彩られたような美しい薄灰色の着物に高く纏められた髪には梅の花が咲き誇り、通り過ぎる際に見た横顔は赤い化粧が施され気品さが出ていた。
そんな美しい姿のお鶴からは梅の香りがし、倭ノ助は待ってくれと手を伸ばすがその手を弾く様に固い梅の実が投げつけられ防がれる。
また梅の実が当たったことに驚くが飛んできた方を見ればそこには立ち去るお鶴の背とお鶴の傍で浮いているお鶴と同じ簪をつけた美しい女がいて、その女の手には梅の実が握られており倭ノ助に対し、ざまぁみろ!と言わんばかりに鼻で笑った。
≪お前みたいな屑夫にお鶴様はふさわしくないわ、一昨日来やがれってやつです≫
女はそういうとお鶴の肩に手を置いて、さぁ今日も楽しみましょう!と声をかけた。
倭ノ助はなんだ今のはと驚くが父である倭五郎は今のお鶴ちゃんにお前は本当にもったいないなと言われ母親のおたちも私達が好きだからあんたと離縁はしないそうだけど…完全にもう夫とみてないわねと鋭い一言を添えた。
倭ノ助が悔しそうな顔で両親を見れば二人も出かけるようで今日はお鶴が教えてくれたお茶屋さんに行こうかと和気藹々と次のお出かけの計画を話しており、己とお鶴の冷え切った関係と比べ熱々な夫婦仲の二人に倭ノ助は今度は内心でなくとも泣きそうになる。
もし彼女を大事にしていればお鶴ともああやって出掛けられたのではと思うと胸が痛くなったのだ。
「今更かもだが、変わるなら今だぞ」
「お鶴ちゃん、とっても素敵だから色んな人に声かけられるのよ…今や花衣屋のお咲とお澪と並ぶ常和の三大美人に名を連ねている位綺麗だもの、そりゃあ声がかかるよねぇ…あんたはそんなだし、離縁してうちに来ないかって」
「ぐ…」
今までの事を思い返せばあの様に関心がなくなるのも無理はないが、一応夫婦だろう!?と叫びたくなった倭ノ助は何処にも行く気がなくなり、家に入り、そして今までお鶴を放っておいてしまった事やあの美しいお鶴になる前に醜女と呼んだことを後悔しながら不貞寝するのだが、頭ではどうすればあのお鶴と夫婦になれるかと考えていた。
しかし何を思いついても先程の様に倭ノ助に関心等一欠片もない目で見られる結末に考えが至ってしまい倭ノ助はなすすべがない状態へと思考が行ってしまう自分に嫌になりつつもあの梅の実をぶつけてきたであろう女の言葉を思い出した。
≪お前みたいな屑夫にお鶴様はふさわしくないわ、一昨日来やがれってやつです≫
なんて言葉を吐きやがる女だと思い返しつつもお鶴に相応しい男とはと考え直した。
働きもので、多くの知識を持つお鶴に相応しい男…もし隣に立つならばそれは働き者であるのであろうかと考えまずはそこから始めようと倭ノ助は布団から出ると閉まっている店へと歩みを進めた。
少しでもお鶴の夫と思われるために。
数日後、酔蛇屋の店には倭五郎にしごかれながらも働く倭ノ助の姿があった。
常連の客達は漸く跡継ぎとしての自覚が出来たかとからかう様に言うが要因はお鶴にある事は見抜いていた。
今や常和の中でも多くの美女達の中に名を連ねるお鶴、そんなお鶴に少しでも夫として見てほしいのだろうと腰を上げ始めた倭ノ助を応援する者はあまりいないが皆は今のお鶴を落とすには時間がかかるぞと口をそろえて言うのであった。
倭ノ助と遊んでいた一部の女達はそれに文句を言おうとしたがいざお鶴を前にすると皆が頬を赤らめ口を閉ざし、すごすごと帰っていった。
それを見ていた客はあれはお鶴ちゃんの美しさもあるが女としての振舞で負けてると分かって逃げたなと語る。
≪お鶴様に相応しい男ではないけれど、相応しくなりたいとする姿勢は褒めてあげましょう…まぁ今は様子見ですわね≫
≪もしまたお鶴様に無礼な事を言うなら…今度こそ忘れさせるわ≫
突然働き始めた倭ノ助を不思議そうに見つつも看板娘として忙しく働くお鶴の後ろで梅と呼ばれる女はそうつぶやき、今度はどんな体験がお鶴の知恵となるかしらと休日に思いを寄せた。
その手には熟していない梅の実が握られているのだがお鶴との休日を思うと梅は熟されていき、梅は熟した梅の実をお鶴の家の庭にまた埋めるのであった。
しばらくして庭から梅の木が生えて実をつけ始めるとお鶴はその梅の実から梅酒を作り始め、酔蛇屋名物となるのだがそれはまた別のお話であり、倭ノ助が挽回し夫婦らしくなれたのかもまた別のお話である。
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Wiki 天野宗助 作品
四季姫 梅花。
現在 (株)酔蛇が所有している。
花簪 四季姫の系統の一つ。布で白と赤の梅の花が咲く様を象られた簪。
この簪は多くの経験を所有者にさせ、また一番近くで見守る簪として逸話を多く持つことで有名。
(株)酔蛇の前店である酒屋 酔蛇屋の鶴が所持し、この鶴に多くの経験を積ませたとされている。
日常的な事、商売に関する事から専門的なことまで多くの体験を自身の糧とさせ多くの実をつけさせることで鶴の経験を人並以上にさせた。
初代の所持者である鶴は梅花は苦難も楽しい時も共に歩む友であると記録に残し、所持者と共に人生を歩む友になる存在となることで心身を育てたのではと専門家の間では推測されている。
多くの体験、知恵という糧で成長し多くの実を実らせるは梅の木のようであると当時の花衣屋は梅花をそう称したとされている。
また所持者である鶴は酔蛇屋の繁栄を担った人物であり、現在でも飲まれる『酔い蛇の梅』を作り、また多くの酒のレシピも作成したとされている。
その酒のレシピの中には天野宗助と共に考案した『桃酒』があり、今でも看板商品として売れている。
またかなり行動派の人物であり夫である蛇野 倭ノ助を置いて何処かに行くことも多く、とある酒場では倭ノ助がまたおいて行かれたと嘆く事も少なくはなかったという。※1
鶴には生涯の友と呼ぶ『梅』という女がいた。その存在を知るのは鶴と彼女が姉妹と互いに呼び合う花の似合う女達のみであるが、鶴は『梅』と梅花に話しかける姿が見られることから梅花の化身であるとされ、鶴が苦難を共にした友と梅花を呼ぶのはこの『梅』の存在であると考えられている。※2
※1 鶴が梅花の所有者になるまでは彼女を放って遊び呆けていた過去から夫として見切られていた事が一時期ありその期間にあった事とされる。今でも常和の地域ではいい女を放って置くと後々泣きを見るという教訓の言葉がある。
※2 姉妹と呼ぶ者は花の簪により繋がった、木崎屋の女将 澪、黄奈姫、佐藤 柴、蛇野 鶴の四人を表す総称。
四人は全く接点がなかったが花簪により繋がった彼女達は花簪の事もありすぐに意気投合し姉妹の様に仲が良くなったことから姉妹と呼ばれることになったという。(諸説あり)
江戸の時代にて持ち主の娘にお鶴と似たような境遇にあった際に娘をお鶴同様に美しくしたが、それまで旦那への思いだけでなく旦那の記憶も消した事件を起こした。
このことから旦那の状況によっては梅花は過激な対応もすることもあるため花簪の中で気性の激しい性格なのではとされている。
補足になるのですがこの梅花は持ち主至上主義です。
お鶴の状況は掛け軸の『渓谷の窓』の持ち主であるお由利と似た状況ではあったのですが違う終わりになったのは、梅花が主人>主人の大事なお人>越えられない壁>一般人>主人に害するものであるため今回お鶴と義両親には庇護下においているため恩恵を受けましたが、倭ノ助がお鶴に対しての言動から彼に対しては何もしていませんし、フォローも一切していないからです。
『渓谷の窓』の彼は主人のためと周辺も変えようとしますが、梅花は主人が幸せならそれでいいという性格のため違いが出ました。
もし倭ノ助が変わらなければ彼はバッドエンドを迎えていました。
梅花が彼に関する感情や記憶を梅の実を育てる糧にして消してしまっていたからです。
つまり彼は運がよかったのです。




