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第15章 宗助のある日の出来事。


常和から帰ってから二日目。

俺が保護した蜥蜴はまだ生きているがつらそうだ。

蜥蜴は惨いことに手足を切られていて、体をうねうねと蛇のように動かすしか出来ないからこいつには固定しても布がずれたり、外れてしまう。しかしだからといって外させないようにと固定させて動けなくさせるのも可哀そうだからこまめに塗薬を塗ってやったり、薬をしみこませた布を巻いて傷が化膿しないようにしてやるしか俺には思いつかなかった。


俺はこの日、丁度いいタイミングで様子を見に来たという三九郎さんに相談したが首を横に振られて流石にその状態の蜥蜴の処置法はわからないと言われてしまった。

それよりもそんなことをしたやつがまだ山にいるかもしれないのに何ですぐに言わないことやここから避難しないのかと怒られた。


俺はその指摘に確かにそうだと、共に聞いていた太郎とおゆきにもすぐに村へ避難するように言われ俺も流石に避難することにした。

亀太郎と鳥次郎、作りかけの作品や盗られてしまうと困る物を太郎とおゆきの知らせにより運ぶのを手伝いに来てくれた村の衆と一緒に物を持って山を下りた。



村長が先におゆきから事情を聞いてすぐに村長の家の部屋の一室を開けてくれたので俺達はそこへ避難となった。


荷物を運び終え、座布団の上に件の蜥蜴を降ろしてやると村人達や村長は痛ましそうに顔をゆがめた。

そんな蜥蜴は大きく体を動かして息をしており苦しそうに息をしながらこちらを見ている。


「…こんな最低な事をする奴がいるなんて」

「あぁ、可哀そうに…息も苦しそうにしてるわ…」

「ひどい…足が無くなって蛇みたいになってるじゃないか…」


流石にこの惨い姿は顔をしかめて怒るやつもいる。

ということはやはりこの村のやつじゃないのは明らかだな。


連れてきた亀太郎と鳥次郎は座布団の近くから蜥蜴を見ておりずっと傍にいた。

そういえばこいつらとの出会いもひどい怪我してたからだもんな。境遇が似ていて心配になるのだろう。


しかしこれで三回目か。

…まさか同一犯じゃねぇだろうな。


「まさかこれもか…?」

「?、どうした?」

「いや、こうやって怪我したやつ拾うのは三回目だ、もしかしたら…同じ奴があの山に捨ててんじゃねぇかって」


そう考えを口にすると太郎は顔をこわばらせた。

この顔はいつもの怖がってるからじゃなく怒りでの表情でこういう時にこいつの優しい所が出るんだ。


「だとしたら繰り返しこんな命を粗末にする様なひどい事する屑がいるのかよ、胸糞悪いぜ」

「もしかしたらの話だ、それに本当にそうだとしてもこの村のもんじゃないのはわかる」

「おら達も宗助達がこんな小さいのをいじめる馬鹿はしねぇのわかってるよ、でも気をつけろよ宗助ぇ…」


おう、と村の者に返事をする中でいつの間にか亀太郎と鳥次郎は座布団の上へあがり蜥蜴を挟むように体をくっつけて寝始めた。

蜥蜴は一度両側をキョロキョロと目を動かして二匹を見たがすぐに安心したように目を閉じて寝始めた。

え、可愛い。もう二匹には心を許したみたいだ。



「なにこれ可愛い」

「優しい子達ね、二匹共」

「この蜥蜴も気にしてないのか寝たな」


とりあえず先にこの蜥蜴が療養できるようにしてやろう。

今の所座布団の上で寝てるからここに置いてやるのがいいだろう。時たま巻いてる布を変えてやるくらいが適切かもしれない。


俺が勿論世話をするがおゆきと太郎には俺が作品の制作中はそれに集中してることもあり、細目にしてやれないかもなので世話を頼んでおく。

ちなみにおゆきは蜥蜴は平気だ。それどころか手掴みで森に投げて逃がすなんてことも出来る。

まぁこの村のもんはみんな蜥蜴や蛇は平気なんだがな、俺も含めて。


とりあえずここで簪や今制作中のものを作り終えよう。


「しかし、最近は物騒な事が多いな…京でもいい話は聞かないらしいし」

「この国はまだ月ヶ原様達のおかげでまだ静かですものね」

「まぁ今回のはひどい事件だけどな…この後にも何も起こらないといいが」

「ちょっとおやめよ、縁起でもない」


…そうだ、魔除けになりそうなものを作るのもいいな。

どうせなら木彫りで動物作りたい。


魔除けにいいものねぇ…、こいつらよくみれば亀に鳥に爬虫類で…ここに虎がいれば四神みたいだ。よし四神モチーフで作ってみようかな。

いつの時代の作品でも四神は聖なる神様だ。

少しはご利益あるかもしれないな。


「そういえば、夏に見つけたあれ…あの後、誰も取りにこないし…誰もいらないなら、使っちゃおうかな」

「「?」」


あれも一緒に持ってきたことを思い出して俺は木像の構想を練る、やはり最初はあれから作りたいな。




ここに避難してから五日。

義晴様と花衣屋さんの邦吾さんが事件を聞きつけたそうできてくれた。

…邦吾さんに至っては俺が怪我したという話を聞いたらしく薬やら薬草やらをたんまりともっていたが。


俺は誤解を解き、蜥蜴が怪我をしていてまだ生きていることやもしかしたら犯人がうろついてるかもしれないので危ないから村長の家に避難したと伝えた。

二人とも俺が怪我無く、村長の家に避難でいると聞いて安心したらしく座り込んだ。


「ご心配おかけしました…」

「いいんやで、宗助さんが怪我なくてほんまによかったぁ…あ、この薬草よかったらその蜥蜴くんに使ってください」


よかった、よかったと邦吾さんが笑うのでなんだか申し訳なく感じてきた。

薬草はお言葉に甘えて蜥蜴に使わせてもらおう。お詫びになるかわからないが完成した簪達を帰る際に渡そう。


「しかし、蜥蜴とはいえ四股を切るなんざ…胸糞悪い話だ、手足は尻尾じゃないんだから生えるわけねぇだろうが」

「蜥蜴は亀太郎と鳥次郎が傍にいてくれてるので二匹に心を許しているみたいでずっと座布団にいます…最初は苦しそうでしたが今は首を少し上げたりと少し体力が回復したみたいです」

「そうか」


義晴様は今も座布団の上に寝ている蜥蜴と傍で同じく寝ている二匹に目を向けると俺の頭を掴んだ。

え、頭つぶされるの?あ、違う撫でてる。

心配かけさせやがって的なやつかな。


「まぁ俺もお前が無事ならいい…三九郎には山の捜索は依頼している…もし下手人がいてもすぐ捕まるだろうし、何もいないなら数日で帰れるはずだ」

「お手数をおかけします…」

「遠慮するな、さて太郎はどこだ?あの星の槍ができたと聞いていたが…」



あぁ、槍を見たいのか。

なら太郎を呼んでこようとしたら丁度よく、太郎が槍を持って外の戸から現れた。片手にはイノシシであったものがいたので狩りをしてきたようだ。


「宗助、猪仕留めたからわけに…よ、義晴様!?」

「太郎丁度いい時に来たな、お前の槍が見たいそうだ」

「お前、その槍で…狩りにいったのか…いや、お前の槍だからいいんだが…」


うーん、と太郎をみてう唸る義晴様。

太郎は言いたいことが分かったのか少し申し訳なさそうにしている。

あぁそうか、義晴様の刀とは同じ隕石使ってるから兄弟刀だもんなぁ…一応気にはするか。


「申し訳ありません、この槍はすごく使いやすいんです…」

「俺が太郎の狩猟用に作った槍なんです、だから俺が普段で使えって言いました」

「いや、俺は怒っているんじゃないぞ…少し複雑だが…」


ちがうちがうと首を横に振る義晴様は怒ってはいないらしい。

刃をみたいという義晴様に太郎は鞘を抜けば、星を使った刀に出るきらきらとした刃。

使った隕石がいいのか星海も流星もこの槍もいい感じにきらきらしてくれているからいつみてもきれいだよなぁ。


「こいつも美しいな」

「えぇ、本当に…宗助さんの作るものは本当に美しい…」

「あぁ、…そういえばお前木屑がついてるが何か作っていたのか?」


おや、まだ木屑がついていたのか。つけたまま人前に出るとは失礼したぜ。

俺は軽くはたいて木屑を落としつつ、今は木像を作っている最中だと伝えた。


「木像か、河童以来の作品だな」

「河童?」

「あぁ、前にこの村で相撲大会が開かれた時に回しをつけた河童の像を作って置いていたんです、その日に義晴様と来ていた家臣の方がその河童の像を気に入られた買われたんですよ」

「あれは買ったというよりも物々交換だな…まぁそのおかげで掛け軸ができたんだが」


義晴様がそういえば邦吾さんは掛け軸は邦吾さんも知ってるから玄三郎さんのおかげで掛け軸が出来たと言えばそれはいい交換だと笑っていた。

俺はその河童像は大事にされていると聞いてるのでうれしい。


「玄三郎さんの所で大事にされてるみたいなんでいい取引でしたよ」

「まぁ…大事にしてるな…(河原家の守り神になってるが…)」


うん?なんだか含みがあったような、と義晴様を見るがまだ俺の服に木屑がついていたのか足の方を軽く叩かれる。

そして期待するような目に俺はみたいのかとすぐに分かった。


「まだ作ってる最中ですよ…」

「構わん、何を作ってるのかを知りたい」

「…こっちですよー」


太郎に蜥蜴を頼んで俺は今避難している部屋に案内する。

そこには木の屑と道具、そして制作中の木像がある。木像を見た義晴様は大きく目を見開いた。


「亀…いや、まさか玄武か?」


そう、俺が作ってるのは四神の一匹であり蛇の尾をもつ亀の神、玄武だ。

しっかりとした四本の脚で大地を踏みしめ、顔を上げて尾の蛇と見合うように顔を向かせ合った姿。


これは亀太郎をモデルに作ったのだが何故か尾の蛇もすぐにイメージ出来て一日足らずで構想が練れた。

後は細かく模様や目の部分を掘ったり腐食を防ぐ薬を塗るなどがあるが大体は出来ている。

…まぁそれでも完成してから見せたかったんだがな。


また大きな特徴としては甲羅の部分に夏に亀太郎と見つけた水晶を使ったことだろう。

木の中にはあるのは、これは二つの像を組み合わせて、中に埋めんだ一つの像のように見せている。


一応簡単にばらけないように像の部分を水晶に沿わしてくるりと回して合体させるペットボトルの蓋みたいなタイプにしたから落とした位じゃ外れないし、メンテナンスする時にも手間がそうかからないようにした。

組み合わせた跡が見えないよう鑢をかけたりもしたけどこの像は見栄えはかなりいいと思う。


「水晶、でしょうか?甲羅にありますね」

「どうやったんだこれ、いやそれよりもこの水晶はまさか、夏に見つけたやつか」

「はい、家の裏にある泉にあったやつです。…だれも取りに来ないので俺が使っちゃいました」

「いいと思うぞ」


義晴様は誰のものであってもこう使われては文句はないと言ってくれた。

邦吾さんもうんうんと頷いてくれているので水晶は大丈夫と思っておこう。


「亀太郎も気に入ったんやねぇ、足元でじっと見てはるわ」

「え?…いつの間に来てたんだ亀太郎」

『(宗助を見上げて口を開けている)』


俺が亀太郎を抱き上げてやれば肩に鳥次郎が止まり、少し後に蜥蜴が乗った座布団を水平に持ちながら来た太郎も部屋に入ってきた。

少しすまなさそうにしているが気にするな。多分亀太郎の脱走だ。


「すまん、宗助…いつの間にか亀太郎がいなくて探してたんだ」

「俺についてきてたみたいだ、蜥蜴も一緒か」

「任されたからな」


俺はそれにまじめなやつだなと返して、手の中の亀太郎を見れば何だか機嫌がよさそうに頭を揺らしている。

鳥次郎はそれを見ながらぴいぴいと亀太郎に向けて鳴いているが気にしていないらしい。

連れてこられた蜥蜴は座布団の上からじっと玄武の像を見ていた。気になるのだろうか。


「まぁ今はこんな感じです…後、簪もいくつか作ったので良ければですが納品してもいいですか?」

「もちろんです!今回の簪も楽しみやわぁ!」


喜ぶ邦吾さんを見ながら俺は亀太郎を降ろして出来た簪の入った箱を部屋の奥から取りに行く。

鳥次郎はそのまま肩にいて、俺の髪に嘴を突っ込んで毛繕いをするように遊び始めた。


最近こうやって俺で遊んでる時が増えたのでもしかしたら元々は甘えん坊な性格なのかもしれないな。

亀太郎も俺が座ってると足に頭を擦り付けて来ることが増えたし。



この時そんな宗助の姿を蜥蜴が信じられないような目で見ていたとは亀太郎のみが知る事であった。





邦吾さんに簪を納品した後に、俺は簪を作る時に使う木が少ないことに気付いて山にある俺の家に材料があったことを思い出して取りにいこうかと考えていると太郎が槍を持ってこちらにやってきた。


「あの家に戻るんならついていくぞ」

「なんで出かけるってわかるんだ」

「宗助はいつもなんか作ってるからそろそろ材料が切れるだろうなとは思ってたぞ、おゆきもそろそろだとは言ってたし」


いつでも行けるように準備はしてたぞという太郎。恐るべし太郎とおゆき…俺の事を完全に把握している…。


でもまだ危ないだろうし行くか悩んでいると告げれば太郎は一度義晴様に聞いてみようと言った。

三九郎さんに周辺はどうだったか聞いているだろうし意見を聞いてからにしたらどうだとのことだ。


早速義晴様に聞いてみれば村の周辺にはいないがまだ調査しているからあの家に行くのは危ないと意見を頂いた。村から近道があるといえ俺の家は山の上の方にあるしなぁ。

ならば家には行かず、村はずれの所で木を切ってくるか。


「太朗、村長に斧借りてくる」

「ん?何処行くんだ?」

「この村から近い森で木を切ってこようかと思いまして…あそこにも簪に使ってる木と同じやつが生えてたはずなので」

「ならば俺も行こう、太郎だけでもいいが念のためにな」


ここの若様連れていくだと?そんな顔をしてたからか義晴様にゴツっと拳骨された。

すごく痛い、頭が割れそうに痛い。


「なめるなよ、これでも武士だから自分の身は自分で守れる」

「アイ」

「太郎も腕があるから心配いらんぞ」


そこは信頼してる。

なにせそこらの熊よりも強いし、猪を狩ってるし。

とりあえず俺も護身用に作った短刀持って山に三人で向かった。



村の外れとはいえ近くには村人はいて時たまこちらを気にかけてくれているから安心だ。


「しかしここは本当に穏やかな村だな…いや、今は少し事件のせいで騒がしいか」

「亀太郎も鳥次郎も元々怪我してたのを保護してますからね…何度もされると流石に警戒はします」

「村の猟師達も近辺の捜索をしてますがそれらしい人影はないそうですし…三九郎さん達忍びならば何か見つけるかもしれませんけども…」


相変わらず怖いらしく少し不安そうな太郎の背を叩き喝を入れつつも俺達は目的の森までやってきた。

うん、そこそこの大きさの木が多いが簪で使う分には十分あるな。

俺は斧で木を伐採を始めるので少し離れてほしいと二人に頼めば二人は五歩位後ろに下がって俺の作業を見ていた。


さてこっからは俺が頑張らないとな。


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景気のいい音をさせながら木に斧をぶつける宗助を少し遠くから見ながら隣にたつ太郎を見ていれば先ほど宗助に背を叩かれる程不安そうにしていたのが嘘のように目を鋭くさせて辺りを警戒している。

まるで狼が縄張りを守るようで相変わらず普段との差が激しい男だ。

いや、先程のは違うな。


「その槍はどうだ?使い心地がいいと聞いたが」

「…不思議とこの槍を持っていると力が湧きます、不安になることはないと」

「やはり先程のは演技か」


俺が宗助に聞こえぬ声で言えば目の鋭さは消えて太郎はいつもの困り顔でこちらをみた。

その顔は普段の顔で、今度は自然の顔だ。


「いきなり性格が変われば流石に宗助も気づきますから」

「隠すのか?」

「宗助の作品達は隠したがっているみたいですからね…俺もこの槍の持ち主になったからには同じことをしないといけません」

「くくっ、なるほどな…だが、あいつの力は日に日に強くなっているようだぞ」


太郎はどういうことかとこちらを向いたので先日隣国であったことを伝えてやる。

奇怪な現象をあいつの作品である向日葵の簪が解決したこととある根付がとんでもない騒ぎを京の近くにある集落で引き起こしたことを。


太郎は目を見開き驚くがこれは本当の事だ。

少ししたら太郎は何かを思い出したかのように口を開いた。


「そういうことか…そうだ、あの、宗助が小春姫様にお呼ばれしているのですがその後は何か聞いていますか?俺も護衛で来るように言われているのですが」

「……………………は?」


おい、聞いてないが?今小春姫って言ったか?

あいつが宗助を?どういうことだと今度は俺が聞き返せば太郎は目を幾度か瞬かせると穏やかに答えた。


「先日常盤の花衣屋さんまで宗助と屏風の納品に行った際に小春姫様が店まで来られまして…友の笑顔を取り戻してくれたお礼に城に招き宗助に馳走をふるまいたいと、その際に義晴様にも話をすると言っていたのですが…」

「いつだ?いつこの村から出た?それは聞いていない!!」

「え、と…ほんの数日前の事です…」


あの腹黒女~~!!!俺に直前まで黙ってるつもりだったのか~~!!

しかも俺の忍びに手まで回したなぁ!!しかも宗助が村を出ていただと!?おいおいおいそれは騒動を引き起こしたんじゃあるまいな!?


『おほほほほっ!あら?知らなかったのです?まあ随分とのほほんとしていたのですわねぇ~』


なんでかあいつの高笑いが聞こえた気がして腹が立つが俺は宗助に気付かれるわけにいかないのでなんとか頭を冷やす。


「…宗助が花衣屋まで行ったことを知らなかったのですか?」

「あぁ、だから詳しく話せ」

「は、はい、先日見たあの狼の屏風を花衣屋まで俺と持って行きまして…これまでの納品の事もあったので花衣屋の方々と店の奥で話をしていたら小春姫様が突然来られたのです」


そこから太郎は向日葵の簪が小春の友である黄奈姫の笑顔を取り戻してくれたことやその礼を小春がしたがっていたこと、宗助が礼を断ろうとしたが城に招いて馳走をすること約束させられてしまったと話した。

その際に太郎も護衛として行くことになったと話し、また二人の御召も用意する事になったらしい。


「ほぉ二人の御召ねぇ、そいつは楽しみだな」

「今は花衣屋さんに仕立てをお願いしております」

「あそこなら質はいいから問題ねぇし、何より宗助のってなったら気合いれてるだろ」


あの邦吾が宗助の物となるなら手を抜くはずはなく、何よりあの花衣屋は宗助の作品達の恩恵を第一に受けているのだから特別だろう。

太郎の物はこいつが恰幅がいいから様になるだろうし…小春の件は後で本人に問い詰めるとして、宗助を城に呼ぶのは俺個人としてはいいことだし、二人の御召姿は見たい。


それに河原家のもそうだが沢野木の爺さんも轟山家のせがれも宗助の作品を持ち、彼らに関わりのある者はあいつに好意的だが一部の奴はまだ警戒して色々言ってくる。が黄十郎の流星の刀の錆にされたくないから口を閉じている状態だ。


黄十郎は宗助の事を恩人ってのもあるみたいだがかなり可愛いがってるからな…。


俺に気に入られるために宗助を無理矢理連れてきて専門の刀鍛冶にさせようと企んだ奴が黄十郎に企みを知られて流星宗助を持って追いかけられてたな。

最後の方は騒ぎを聞いた宗助の作品持ってる奴らが全員で追い回してたし。


「…そう思うとあいつの作品持ってるやつ多いな」

「?」


そうだ、娘が宗助の簪を持ってる奴もいるからそこから宗助に恩を感じているやつも少なくはない。

聞いた話じゃあ辻切りに会った娘の命を救い、簪が代わりに壊れたという話もある。


娘は涙を流しながら簪を手に帰ってきたらしく今だに壊れた簪を大事に持っているそうだ。その娘に新しく買いなおしてやろうと言っても怒って拒絶し、ひたすら謝ったという。

…あいつにも知らせてやるか、もし会えたら簪を直せるか聞きたいと言っているそうだし。



「まぁ迎えは黄十郎にさせるか、あいつなら喜んで迎えに行くだろう」

「…想像は出来ます、それに宗助も黄十郎さんを慕ってるので喜びます」

「宗助にとって初めて武で尊敬する男だからなぁ…それに戦でも活躍していたし」


()というと太郎の目が変わる。

一度宗助の方を見て俺達の話が聞こえていない事を確認した後に俺を横目で見る姿はどうも非難するもので、やはり戦のことを宗助に隠していたようだ。


思えば宗助から戦という言葉が出ないのも太郎だけでなく村の者が皆で隠していたようで戦から宗助を遠ざけているのを感じていたが思った通り太郎とおゆきが一番に遠ざけさせているんだな。


「随分過保護だな、戦の情報を宗助に知らせないようにしていたのか」

「あいつは戦の世を憂いています、戦に巻き込まれるのを嫌い山に一人で住み始めました…おそらく幼い頃の宗助はその戦禍を浴びてしまったんです、だからこれ以上あいつに戦禍が降りかかるのを俺もおゆきもさせたくない」


前々からだが太郎とおゆきは宗助に対して過保護だ。まるで幼い子供を守るように二人で守ろうとする様に動く。

俺が護衛の事を頼んだ際にもその片鱗はあったが日に日にそれは強くなっているように見えるな。


「あなたは知らないだろうが、宗助がこの村に来た際にあいつは血まみれのおかしな服を着て、およだの爺さんに手を引かれるままに来たんです…俺とおゆきはそれを見てました」

「…調査報告で聞いた、それがあったのか幼い頃から一人で山に暮らそうとしていたこともな」

「それだけじゃない、村に来て間もない頃の宗助は時たまに意識を遠くにやることがあったんです」


どういうことだと俺が今度は見れば太郎は宗助に聞こえないよう抑えた声で教えてくれた。


「あいつ、今は無いですけど…川や森を見てぼうっとしてたんです…しかも足がつかない川の深い所や薄暗い森見ていて表情や目に光がなくて…まるで、死に場所を探していたように俺は見えたんです」


太郎から告げられる昔の宗助の様子は子供の太郎やおゆきから見ても正気とは言えぬものだったようでどこかおびえながら俺にその後の事も教えられたが俺は言葉が出なかった。


太郎のいうことにそんな馬鹿なと言いたかった。だが太郎の震えや、太郎の過保護な執着の理由。

推測でもそれはおかしい事ではないと考えは出たからだ。


戦の戦禍に巻き込まれたならば血だらけな事や人から離れた場所に暮らそうとすることも筋は通るのだ。

しかし宗助の今の姿は宗助が恐れる何かを克服した、というよりもこの世に少し慣れたというような感じで少し違和感がある。

そう、何処か浮世離れしているのだ、あいつは。


「お前の気持ちは理解した、しかし前にも言ったがあいつの力を狙うものはいずれ現れるぞ…そうなれば嫌でもあいつに戦の影が覆う」

「っ、それは…」

「まぁ今の俺達…月ヶ原家はそう戦で負けはない…だからと言ってこのまま穏やかに過ごせるかといえば断言出来ないがな」


莫呑の事があるからな。

あの国はどうもおかしい。日に日に力をつけてきているがその力のつけ方が異常だ。

黄十郎の故郷の件もあり調査を進めているが…未だにその強さの秘密の一片も握れないのはおかしいのだ。


俺達が宗助に隠れてそんな話をしていれば宗助が木から離れて俺達へ叫びながら駆けてくる。

後ろの木は俺達のいる方向とは逆に倒れていくので俺らは逃げないが。


「たーおーれーるーぞー!」

「お前呑気だな、その掛け声」

「あいつはいっつも木を倒す時ああ言うんです」


こいつといると戦国の世である事をたまに忘れるよ。


木が倒れ、細かな枝を取っていく宗助と太郎。

それを後ろから眺めていれば三九郎の報告用の矢羽根が聞こえたので近くの木に背を持たれると上からまた矢羽根が聞こえ、宗助達に見えない様にしているのか木の上から報告することにしたようだ。


「(結果はどうだ?下手人はいたか?)」

「(…いいえ、残念ながら何も痕跡はありませんでした)」

「(…何だと?)」


三九郎の報告を聞けば蜥蜴がいただろう血だまりから隣山の近辺まで痕跡らしいものはなかったという。

まさか村の者かと調べたがそちらもなかったという。

となると考えられるのが宗助の自演になるが…蜥蜴の様子からそれはあり得ない。


「(宗助が嘘をつくはずも蜥蜴を虐めるはずもないからな)」

「(勿論俺もそう思ってますし、宗助は太郎と常和の町から戻ってきた日にちからも出来ません)」

「(となると、蜥蜴がどっから自分で逃げてきた可能性がある…が逃げた跡や山に来るまでの血痕がないから違うか)」


どうもこの件は不可思議な事が起きているようだ。いくら考えてもこれだというものが出ない。

しかし亀太郎や鳥次郎の件も似たような感じではあったし同一犯な気はするのだがな。


「(調査はもういい、今は再犯されないように警備を固めろ)」

「(よろしいので?)」

「(このままでは宗助も窮屈だろうしな、それに山の方が安心かもしれない)」


村は人目につきやすく見つかりやすいからな。

もし宗助を探られてもこの山には俺の家の忍び達もいるしまだ守れる。


村にいる太郎は護衛にしては腕のいいが、あいつは元々猟師だ。

経験やそもそもの生き方からいざというとき流石に守れないだろう。


「とりあえず帰ってもいいと伝えるか、三九郎もご苦労だっ「若!!お下がり下さい!!!」なにっ!?」


三九郎が俺を木の後ろへ引っ張り何かから守るように動く。

俺は三九郎ごしに見たのは見知らぬ鎧の侍達がこちらへ銃をや刀を構えてやってくる姿で俺はすぐに宗助を逃がさねばと太郎へ命令しようとした。


のだが出来なかった。

太郎は既に動いていた。自慢の怪力で片手で宗助をこちらへ放り投げ、傍らにあった槍を掴んでいたのだ。


「宗助を!!」


こちらへ向かい投げられ、何が起こっているのかわけもわからず唖然とする宗助を受け止めてやれば太郎は一切の迷い無く、怯えも恐怖もなく敵へ突っ込んでいった。


「太郎っ無茶だ!!そいつらは莫呑の兵士だ!!」

「なんだと!?太郎を守っ…」


莫呑だと!?化け物染みた噂と力の話から太郎が敵うはずない!!

俺は宗助を懐の中にしまうように抱え、三九郎にすぐに守れと指示はを出すがその指示は俺の口から途切れた。


俺と三九郎の視線の先には鬼がいた。槍を持った鬼が。

鬼は槍を振り回して刀を持つ莫呑の兵を案山子を切り倒すかのように薙ぎ払っていき、太郎を認識し、銃を構える兵士に木々の間を潜り抜けて近づきまた槍で薙ぎ払い倒していく。


何故か薄暗くなった森の中で太郎の持つ槍の刃がまるで星のようにきらめくがその星は莫呑の兵の鎧を貫く。

俺の『星海』とも黄十郎の『流星』とも違う星の輝きは美しくも恐ろしい。


太郎に対する莫呑の兵は一閃で邪魔な木を倒しており見るからに驚異的な力を持つのだが、太郎はそんな兵も恐れを抱かず槍で突く。恐るべき力の兵を相手に太郎が優勢を保っているのだ。

森の中で木々が槍を振るうには邪魔になるはずなのに全く苦ではなく、自在に勇猛果敢に槍を振るう太郎の姿を誰が猟師の若者と思うだろうか。


「なんてことだ…あの莫吞の兵を…」

「ここまでとは…」


歴戦の武将と名乗ってもおかしくない力。それをよくも今まで隠せたものだと俺は思いながらも村の気弱な若者とだけしか思わなかった自分の目はまだ未熟であると思い知らされる。

こんな原石を今まで素質はあると知りながらもあいつは村の若者で猟師であるという決めつけから少し磨かせていただけなのだから。


太郎の強さに驚く俺を…ではなくこの光景を見せない様に俺に守られる宗助を見つけたのだろう兵士がこちらへ足を向けるのに気づき三九郎は前に立つがその瞬間、俺と三九郎はその兵士の後ろに槍を持つ鬼が立ったのを見た。



「おい」


恐ろしい獣のような声に莫呑の兵は恐怖に顔を染め、後ろを振り向くがすぐに腰を抜かすように地面へ尻をつけてへたり込む。見てしまったのだ、間近で鬼の顔を。

槍を振りかぶる太郎に普段の面影はない。まさに敵を屠る鬼だ。




「太郎?」


死を覚悟したのであろう兵が震える中で槍を振り下ろさんとした太郎の動きは止まり、こちらへ目を向ける。

太郎の目の前にいる兵は既に戦意を喪失して気絶したので太郎は襲われることはない。


俺の懐の中でもぞもぞと動く宗助を頭を出さぬようにと押さえるが宗助は未だに太郎の安否を気にしているのか何度か名を呼んだ。

すると鬼の顔は消え、いつもの頼りない顔の太郎の顔が現れる。塞いでいた宗助の耳からそっと手を放してやればまた名を呼んだ。


「どうした宗助?俺はここだぞ」


にへっとした太郎の顔と声。

今、敵に向かいかけていた声とは全く違う。幼子に語り掛けるような優しい声だ。


「なんか義晴様が耳塞いでたからわからないけど俺を投げたり、…なんか血の匂いがする、猪でも出たのか?」

「んー、まぁ猪だなぁ、でももう逃げたから大丈夫だぞー」


こいつは…随分と過保護なこってぇ…。

太郎はですよね?と俺と三九郎に笑いかけるが三九郎はすぐに太郎が望む事を理解し、駆けつけた部下に指示して倒れている兵士達をどこかへ運んでいった。


俺は未だ懐で大人しくする宗助の頭に顎を置いて動かない様にしてやりつつも三九郎達が遠くに行くのを待つ。

太郎がまるで肥溜めに落ちた下郎を見るような目でそれを見送りつつ槍についた血を振り払いながら俺と宗助の元へ歩いてくる。



「義晴様、もう宗助離して大丈夫ですよ」

「そうか、ほれもういいぞ…というかよく大人しくされるがままになってたな」

「太郎が昔からこうする時は大人しくするようにと…村長も同じこと言ってましたので俺は大人しくすることにしてます」


昔から同じようにしてたってことか。

まぁ詳しいことはいい、とりあえずあの莫呑の兵は捕まえたから話も聞くし、まさかこんなお宝が生まれていたことも分かったから今回の件はよしとしよう。


俺達その後、中断する事となった木の伐採を終えて村へ帰るのだが…。



「寒いな」

「ですねぇ…こんなに冷えてましたっけ?」

「いや、そんなことはないが…」


村が異様に寒いのだ。

村人も寒そうにしてるが何だか言いづらそうに宗助を見ている…いや違う、宗助の動向を見てるんだ、何かを隠してるな。


「宗助ちゃん、寒いから白湯つくったんじゃよ、家で飲んでおいき」

「太郎、悪いがその木を村長の所まで運んでやっておくれ、宗助の体が冷えてるから温まらせるべ」

「え?俺はそんなに冷えてないぞ」


宗助が村の爺さん婆さん達に腕を引かれる姿を見て太郎は一瞬目を細めて訝しむが、すぐに普段の穏やかな顔にすると宗助の背を押した。

なるほど村ぐるみで隠してるらしい。


「おう、先行っててくれ、後からいくな」

「あ、おい…ば、婆さん達、分かった、行くから!そんなに引っ張るなって!」


宗助が引っ張られて俺らから離れると太郎は近くの村の者に先ほどの伐採した木を渡すし、槍を担ぎなおして場所は?とその者に聞けば村長の家から少し離れた家を指した。

俺は冷たい目をした太郎の後に続いていくが件の家の方から雪山にいるような冷気を感じ太郎に声をかけるが太郎はその原因を知るようで歩みを止めずに答えた。


「大丈夫ですよ、義晴様もよく知ってますから」

「…おい、まさかこの寒さは」


まさかあいつなのか?と聞くがその前に太郎が目的の家の戸を開ける。

開かれた戸から吹雪が吹き俺はここは雪山かと錯覚しそうな程の寒さの中で家の中に太郎と入ればそこに寒さの根源は確かにいた。


腕をさする村長と、顔を青くさせた三九郎、そして氷漬けにされた先程俺達を襲った莫呑の兵の前に立つ一人の若い()


普段着ている質素な着物は美しい白雪の色に白縹の糸で雪の模様の施された着物に変わり、村娘にしては手入れされた髪を雪月花の簪でとめた女はこの村にいる三人の若者の一人で紅一点な娘。

そう、おゆきだ。


莫吞の兵を前におゆきの顔は表情はなく、見下ろす目はこの吹雪の寒さの様に冷たい目をしていた。

もし今のおゆきを村人以外の者が見れば雪女と間違えるだろう。


太郎はそんなおゆきに動じることなく槍を手に隣に並ぶ。

そうかお前知ってたのか。


「太郎、この男達が、宗助ちゃんを襲ったのよね?」

「あぁ、でも大丈夫だ、俺が刺した」

「えぇ、分かってる…でも駄目なの、雪月花が教えてくれたもの…宗助ちゃんを一度でも狙ったって!!」


おゆきの言葉に加勢するように吹雪は荒れ、寒さが増す。

おゆきの怒りが氷へ変わり、莫吞の兵だけでなく彼女の周りの床も凍り付かせる。


「お、おゆき!落ち着くんじゃ」

「村長、宗助ちゃんを狙ったのよ?落ち着けると思うの?私が?」

「気持ちはわかる、しかしこの者達をこのままにしておけば義晴様達が尋問出来んじゃろう?」


尋問?とおゆきの目がこちらを向く。正直に言えば怖い。寒さの矛先は莫呑の兵のままなのだが俺にも吹雪が向いてる気がする。

俺はそれでも月ヶ原の次期当主としておゆきの前に立ち、一国をいずれ担うものとして示さねばならない。


いわば男の意地だ。


「そいつらが何をねらったか、そしてどうやってこの国に来たかを吐かせる…他にも聞きたいことがあるから口は聞ける様にしてほしい」

「…そう、わかりましたわ」


おゆきはそう言うと怒りを鎮めたのか吹雪はやんだ。

太郎はそれを見つつ槍の刃を鞘に納めた。こいつ恐らくおゆきが暴れるなら便乗する気だったな。



俺はその後三九郎に指示を出し、宗助に見つからない様に莫呑の兵士を城の尋問場まで運ばせた。

途中で意識を取り戻した兵士がいたのだが太郎とおゆきを見ると顔を見た途端に失神したという一騒動もあったが無事終えたのでよしとする。


…どうやらあの二人はとてつもない恐怖を植え付けたようだ。




ちなみにあの後宗助はどうやら眠ったらしい。

連れて行った爺さん曰く温かい白湯を飲ませて少ししたらいつの間にか座布団(宗助作)の上で丸まって寝てたらしい。


呑気な奴めと思っていたのだが先ほどまで鬼と雪女になっていた二人…太郎はにこにことしながら宗助を抱えて村長の家まで送るというし、おゆきも風邪ひいちゃうわと厚めの布でくるんだりとしてあの恐ろしく怒りに歪ませていた顔の面影は一切なく完全に穏やかな親のような顔をしていた。


完全に宗助を息子みたいに接してるなこいつら。



「お前ら宗助の親か」


三九郎も同じ事を思ってたらしい。



とりあえず今は俺のやるべきことをしよう。

そうしないとおゆきに凍らされそうだ。



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村が大寒波にあったかのように寒くなった日の夜のこと。

村長の部屋の一室にて二匹が眠る宗助を見下ろしていた。

その一匹は布団から出た宗助の手の先、指に触れて小さく唸った。


『ぬぅ、随分と体が冷えておる…手指の先が冷水につけたみたいに冷たいなぁ』

『あの冬の花の簪のせいだな…これでは眠りにくかろう』


宗助を見下ろしていたもう一匹…鳥はそう言えば体を人よりも大きくさせてふさふさと生える羽毛で包む、顔だけを呼吸しやすいように出させてまるで卵を温めるような姿に指に触れた一匹…亀はからかうように笑う。

 

『まるで宗助殿が卵のようだな』

『ふんっ、これが一番温めるのにいいのだ』

『お前の羽だから暖かいだろう、宗助殿も少し顔色が戻ってきたぞ』


亀の言葉を聞き宗助の顔を覗いた鳥は顔色が先ほどよりも良く、寒さが消えてきたのだと分かりうんうんと機嫌よさそうに頷きつつその顔を見続ける。

亀も宗助の傍に腰を下ろし朗らかに笑った。


『随分と献身的だな、人間にそこまで世話を焼くとは』


二匹の中で和やかに流れた空気に別の声が入る。

その声の主は座布団の上に寝かせられた蜥蜴で今は怪我をしているので少し辛そうに首を上げた。


『お前達の怪我がその人間のおかげで癒えたのは聞いたがそこまで入れ込む程なのか?どうだ、玄武、朱雀』


問われた二匹はふんっと鼻をならすと蜥蜴に顔を向けつつも目を細めて笑う。


『今は亀太郎とよべ、青龍』

『拙も鳥次郎と』


蜥蜴…青龍はその返答にやれやれと首を振るが今は世話になっている身なのでそれ以上は言わなかった。

守護獣としてどうなのだ?と思ったがそれも口には出さないでいようと青龍は決めた。


『明日にはあの家に戻るそうだし、お前の療養に丁度いい泉が家の裏にあるから連れて行ってやろう』

『だが昼間は宗助殿が心配するから夜にするのだぞ、あの方は青龍の怪我を心から心配しているのだ』


拙が掴んで飛んで行ってやろうと胸を張る鳥次郎に亀太郎は窘める様に言えば鳥次郎は分かっておるわとぷいっと顔をそむけた。


『それは分かる、この若者は心優しい若者だ…しかし、何者なのだ?』


そう青龍が言えば二匹の空気が変わる。

それは青龍への警戒を意味していた。


『あの槍やこの寒さの大本である簪を見れば分かるがあれは人智を超えたもの…それにあの玄武の木像は玄…いや亀太郎の力を以前よりも大きく強くさせた、しかもあれで完成はしていないというじゃないか…本当に危険はないのか?』

『お前も宗助殿といれば彼のお人柄は分かる…それとな青龍』


亀太郎は信じられんかもしれんがと前置きを言うように一言言うと更に続けた。


『宗助殿はこの力を理解していないし、認知していない』

『…何?』

『正しくは己の作る物の特異さを感知出来ぬようなのだ、あの玄武の像の水晶の色お前には何色に見えた?』

『黒だ、美しい漆黒だった』


鳥次郎はそう、お前やあの義晴という人間にはそう見えると告げた。

青龍はまさかとその言葉から理解し、確認する様に亀太郎を見るが亀太郎は静かに宗助を見ながら口を開いた。


『宗助殿には透明な水晶としてしか見えていない』

『なんだと!?そんな馬鹿な!…おい、他のはどうなのだ!?』

『お前は簪を見たから知るだろうが簪の傍には美しい人間の女や獣がいるだろう、彼らが納品される際に別れの挨拶を宗助殿にくっついてしているのも宗助殿は感じぬし、義晴という人間の持つ二つの刀の特異性もわかっておらん』


青龍はあんなにおかしいのにか!?と言葉を荒げるが二匹は動じず宗助を見続ける。


『恐らく宗助殿の特異な力は何かが外から干渉した故に目覚めた力なのじゃろう、しかし元からそんな力はなかったのだろうか、宗助殿の体にその力を感知出来ず、その力は制御されずに物を作る際に注ぎ込まる様に使われたのじゃろう』

『じゃろうって、何を呑気な事を…それではこの若者は制御を知らぬままに異常な力を持つ物を作り続けることになるぞ!』


それは危ないだろうと青龍は言うが二匹は顔を一度見合わせるとそれはないなぁと互いに首を振った。

そんな二匹に青龍はなぜだと聞けば二匹は優しい顔で宗助を見た。


『このお方に作られたものは皆誰かの運命を変えた、それもいいものに…それを千里眼で眺めていると分かるんじゃよ、宗助殿が作った物が誰かに絡む悪い縁を切り、美しいものに変え、未来を生きる切っ掛けを与えているのが』



玄武として、地を守護するものとして遠くから宗助の作りし物がどうなったのかを見ていた。

最初は不思議な気を持つものに警戒し、怪我をしながらも人が知れぬ、入れぬ場所から見ていた。

その際に宗助が作った星で出来た刀を見た。


玄武はその刀の美しさに思わず息をのんだ。地を守護する玄武が天から降ってきた星の刀に魅了されたのだ。

それ見た玄武は彼がどんな人物なのかを知りたくなり傍で見てみることにした。

そして玄武は亀太郎と名を変えて天野宗助という男の傍にいて男が作りし物が与える多くの美しい変化を遠くから見た。


ある鏡は村娘だった少女を美しい商人へ変えただけでなく多くの良い縁を結ばせた。


ある簪は不遇な娘を救い春を与え、又は闇を晴らして大輪の花を咲かせ、又は渦巻いていた闇を明かして正義を見せ、又は狭く小さかった娘の道を広くし振るやかに彩った。


ある木の像はまだ人を変えたわけではない、しかしその木像は家の守り神となり今も尚力を振るい遺憾なく発揮している。


亀太郎はその変化にも魅了され宗助の行末を見たくなった。

何よりも彼が作りし家は人ならざるものにとっては居心地の良い聖域になっていたこともあり、傍に居続けることにしたのである。




『それを拙も見てきた、それに拙がここに来たのも宗助殿のおかげだ』

『…人間が龍を生み出したと言っていたな』


青龍は鳥次郎から宗助の家に来た経緯は聞いてはいた。

その際に宗助が作った壺から水龍が現れ、狂乱し人に害する存在になっていた自分を正気に戻したことも。


『このお方がいなければ拙は今も天の帝から与えられし役目、守護の獣からかけ離れたものとなっていた…』


始まりは恩だった。

陰のものに襲われ狂わされた朱雀は水を枯らし、人を滅ぼすものになっていたが不思議な因果により宗助の作った壺から現れた水龍の牙によって怪我を負い、存在が消えかけたことで正気を取り戻した。


そしてその壺を作ったものを水龍の縁から探し出して力尽きていた所を宗助に救われたことでまたも恩が出来た。


『そしてここで亀太郎とみてきて知った…彼が作りし物は陰を払うことも』

『なんだと!?』

『ある花の簪は日輪の如き力で天に燻っていた陰の力を払った、それだけではない…昨今の奇妙な事件の影にいた陰の力も宗助殿の作品が関わると全て払われた』


その言葉を聞き青龍は体を大きくさせ、鱗が美しい姿だが手足が無く、所々に痛々しい傷が残る姿になると眠る宗助を見つめた。その目は青く光らせており何かの力で宗助を見ているのが明らかに分かる。

二匹はそんな青龍に眉間にしわが寄せ顔を見た。


『おい、ここはそう広くないのに大きくなるな』

『そうだ、拙は宗助殿を温める為に大きくなったからいいのだぞ』

『ええい、やかましい!黙っていろ!』


青龍は暫しじっと見つめていれば目を大きく見開かせた。

二匹もそれは分かっているのかまぁそうなるなという青龍の心情を察する顔をしつつも早く小さくなれと文句を言う。


『なんだ、これは…?多くの力が渦巻いて、いや違う、詰め込まれたのか?』

『お主の水の目もそう見るか、拙らも宗助殿を見たが同じであった』

『地と火の目でもか…』

『これ青龍、早く小さくなれ、狭いじゃろうが』


青龍が亀太郎に急かされたので渋々小さくなれば器用に座布団の上にその身を乗せた。

青龍は大きくなった鳥次郎を見れば鳥次郎も亀太郎と同じだと返した。


『亀太郎が先程宗助殿の体には外部から何かが力を与えたと言っただろう、宗助殿の中で不思議なことに混ざり合う力から複数の何かが宗助殿の体に干渉したようだと考える』

『…何かとは?』

『そこは不明じゃ、しかし()()の匂いがする…つまりは東の国のものが宗助殿に力は与えておる』


蟠桃。

桃は東の国、東の海を越えた先の国において吉兆の果物とされ、また桃は邪気を払う果物であるとされているが蟠桃はさらに徳の高いものとされている。

斉天大聖や楊貴妃をも虜にしたという甘さもあるがこの桃を元々育てたのは仙人である西王母とされそのため桃の中でも吉兆としての力が強い桃なのである。



その蟠桃の匂いが宗助からするという事は食したと考えるが本来東の海を越えねば食せぬだろう果物の匂いをこの国のものである宗助が海を渡って帰ってくるには彼の年齢や経歴から難しく、又こちらへ取り寄せるのは腐りが早いことからも不可能なため蟠桃を食した訳ではないと亀太郎は判断した。


『宗助殿の中にある力から祝福や良いものを感じるものが多い故に恐らく東の国の吉兆の力を持つものが複数宗助殿に力を入れたと考える』

『拙も同様に考える、しかし西王母も関与していると思われるぞ、蟠桃の匂いも強いからな』

『…いや、それだけじゃない、鉄の匂いや酒の匂いも混じっている…だがこれはどちらも加護のようなものか?』


青龍はううむと唸るが亀太郎は日が登る気配を感じ話はここまでにしようと一言告げると欠伸をした。

鳥次郎は引き続き宗助の暖を取る事にしたのかそのままで宗助の様子を伺いながら外の警戒をしている。

そして青龍は今の己には療養がすべきことかと考えたのか亀太郎と同じく欠伸を一つ零すと眠る態勢になった。


『宗助殿の傍に居る事にするならば小動物らしく振舞うんじゃよ』

『…媚びれと?我がか?』

『拙らは自然にいって居るから青龍もいずれ自分から行くと思うぞ』

『戯け、そうなるもんか』



翌日青龍は宗助が具合を確認するために顎の下を撫でた際にその撫での心地良さから無意識に顔を擦り付けてしまい鳥次郎に尾をかまれ、亀太郎には頭突きされたという。




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天野宗助のwikiにある文。


天野宗助は動物にかなり好かれやすく多くのペットを飼っていた。

その中の多くは怪我した動物であり、天野宗助が山で拾ってきては治してやっていたのだがほどんどの動物は彼に懐きそのまま棲みついてしまうことが多かったという。


その中でも亀、鳥、蜥蜴、猫は宗助に特に懐いていたために可愛がられ、ある作品のモデルにしたとされる。




また馬に乗って宗助が城に遊びに来る事が多かったのだが一度牛で来たときは門をぶち破られるのではないかと心配したという。※1。



※1 諸説あるが天野宗助が飼育していた牛はかなり体格がよく角が立派であり、天野宗助と楚那村の者以外に懐くことはなかったという。


今回二つの作品が登場してますがまた後の話でメインで活躍するため名前がサブ代に出てないです。

また後の展開に関することが少し出てますがいつもの如く後々出た際にあぁこの話で先に出てたやつかと思ってください。

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