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第14章 花簪 四季姫 夏日向

今回は宗助出ません。

花簪四姉妹の向日葵のお話。

清条国の隣の国 汐永国(せきえいこく)

この国は清条国と同じく栄えた国であるこの国に嫁いだ姫君 黄奈(きな)姫はいつも不安そうにしていた。


なぜなら嫁いだ夫が出来すぎる人間だったのだ。



近郷家次期当主 近郷 久延(こんごう ひさのぶ)

文武両道、穏やかな人柄、見た目もよろしいとあり、黄奈姫はなんでこの人は自分との結婚を了承したのかといつも疑問に思いつつも国のための政略結婚ならこの人もするかと考え直す。


そしてそんなすごい人と自分は釣り合わないはずなのだと顔を暗くさせていた。

そんな考えを持つ黄奈姫の性格は元より卑屈な性格ではない。

真逆の明るい性格でその性格を映し出すように彼女の笑顔はまるで太陽のようだと称されるほどに明るい性格だったのだ。


しかしそんな彼女も完璧な性格、見た目、そして武功も上げるこの超人のような旦那には負けてしまい、霞んでいくように明るさは消えてしまった。

そんなことを知らない汐永国の人間は久延の嫁は暗い女であると口々に言い、さらには出来た夫の影のような嫁という影口をきいてしまった黄奈姫はさらに落ち込んだ。


だが意外なことに久延との仲は悪くなく、良好な関係であった。

いつも優しく黄奈姫を包み込むように抱きしめ、お前が傍にいればいい俺はそれだけで満足だ、黄奈がいるから俺は政務を頑張れるといつも口にする。


その愛の言葉は黄奈姫は嬉しく思うが自分が暗いままではその愛が消えるのではと不安でもあった。




「なぜそこまで不安なのですか?あんなに愛をくれているのに…」


彼女の専属の女中であり、長年共におり、この国にもついてきてくれた心からの友であるお花に心のうちを告げるもお花は少々呆れたように言われた。しかし黄奈姫は首を横に振り顔を曇らせる。


その様子に今度はお花も顔を曇らせた。

彼女は昔の太陽のように笑う黄奈姫を知る故に今の影のような黄奈姫にどうしてそうなってしまったのかと聞く。


「姫様…前はあんなに明るかったのに…」

「…お母上が嫁いだらあんなにはしゃいで笑うのははしたないから駄目だって、それに久延様みたいな素敵な人はすぐに側室を取られて…そちらに夢中になるわ」

「姫様…なんでそんな暗いお考えに…」


以前の黄奈姫ならば考えなかったであろう事にお花は嘆き、天を仰ぐ。

その様子を見た黄奈姫は目を床にやり、顔を伏せた。



そのやりとりが幾度の数か続いたある日の事であった。

ある人物から黄奈姫の元へ贈り物が届くのであった。その人物の名を聞き黄奈姫は久々に笑みを浮かべた。


「小春?小春からなのね!」


彼女の姫として交友しつつも、古くからの友…清条国の小春姫からの贈り物であった。

姫友の小春姫からの贈り物を喜んで受け取った黄奈姫は早速封をしていた紐を解き、手の大きさはある木箱を開けて目を見開かせた。



なぜならその箱の中にはもう過ぎたはずの夏が入っていた。

黄色い花びらで咲く小さな太陽 一輪の美しい向日葵が黄奈姫の前にあったのだ。


「綺麗…」


思わず出た言葉は彼女の心からの感想。黄奈姫は恐る恐る向日葵に触れる。

布の感触に本物ではないと気づくがそれでも彼女の目にはまるでそこに咲いているように見えるほどに美しく幻覚なのか花の香りがしたように思えた。


美しい向日葵は手に取ると簪であったことがわかり、お花は黄奈姫の手から優しく簪を抜き取ると手早く黄奈姫の髪を結って向日葵の簪を差した。

向日葵は大輪の花であるのに主張しすぎずに黄奈姫の髪を彩り、彼女の可愛らしい顔を引き立てていた。


その姿はお花が感嘆の息をつくほどで、どうかしらと少し頬を赤らめて微笑む黄奈姫に心の底から似合っていると言葉で伝えた。


「ありがとう、嬉しいわ」


お花の言葉ににこりと笑って返した黄奈姫。

その顔をみたお花は眩い物を見たように目を細める。


「姫様の顔がまばゆく見えます」

「うふふっ、大げさねぇ…でも本当に華やかな簪…こんな素敵な簪初めてみたわ」

「本当に美しい向日葵です」


たった一輪。されどその華やかさは一輪で十分な程に存在感がありつつも派手すぎない。

上品さもあるその向日葵を友からの贈り物という事を除いても黄奈姫は気に入った。


お花の提案もあり向日葵をつけて外を歩くことにした黄奈姫は何だか世界が明るく見えるような気がして久々に楽しい気分になれた。

少し遠くまで歩いてみたくなり城の庭にも足を進めるとそこには義母の竹代が先におり、黄奈姫はお花と共に頭を下げる。


竹代も久延同様に彼女には優しいお人であり、性格も名の竹の様に真っすぐで肝っ玉母さんの様にこの国の母として見守るこの国にとって大事な人であるのだ。

そんな竹代は黄奈姫の頭に咲いた向日葵に笑顔を見せた。


「まぁ!なんて綺麗な向日葵!何だか昔のあなたみたい!よく似合うわぁ~!」

「お義母上様…」

「んふふ、懐かしい…黄奈ちゃんは覚えてないかもしれないけれども昔黄奈ちゃんの故郷の国で久延と遊んでたのですよ」


あの頃の黄奈ちゃん本当にこの向日葵みたいだったと笑う義母の竹代に黄奈姫が久延と昔会っていた事があるのかと聞き返すと竹代は朗らかに笑いながら頷いた。

その竹代の隣にいる久延の乳母も微笑みながら頷きどうやら彼女も黄奈姫の国に行ったようでお懐かしいですねぇと零した。



「昔、黄奈姫様のいた城の庭で若様が迷子になってしまい、その若様を見つけてきたのが黄奈姫様だったのですよ」

「そうそう、それから黄奈ちゃんにべったりで!でも黄奈ちゃんずっと笑ってたの!それが可愛かったの~!」


そんな話は初めて聞いたと黄奈姫もお花も驚いていれば竹代と久延の乳母の二人はかなり昔のことですからねぇと見合って笑いながら懐かしいと話に花を咲かせた。


「そうでしたねぇ、それでずっと笑顔でいた黄奈姫様を竹代様がうちの子に嫁がせたい!と言ってこの婚姻が始まったんでしたねぇ」

「「えっ!?」」

「そうだったわぁ!…もしかしてこの話聞いてないかしら?」


聞いてません!と黄奈姫様もお花も首を横に振れば今度は竹代と乳母が驚いた顔をした。

どうやら婚姻は政略結婚ではあるが少し違っていたらしい。


「数年前から決まってたことなのに…それにうちの子も黄奈ちゃん大好きで嫁には黄奈ちゃんがなるからいらないって今まで縁談を全部断っていたのよ?」

「えぇっ!?ほ、本当なんですかその話!?」

「…縁談の最終決定は久延が強く願ったからってのも聞いてない?」


こくこくと頷く黄奈姫に竹代は眉を顰め、どういうことなのかと乳母と顔を見合わせる中でお花が一度頭を下げて口を開く。


「…恐れながら姫様に代わりお答えします竹代様、姫様と私、それとここに来た我が国の者達は政略結婚であり、この国が我が国の和平の証になる代わりに姫様を嫁がせたと聞いているのです」

「…つまり、黄奈ちゃんはこの国には道具として嫁いだことになってたと思ってたのね?」

「…はい」

「なんてことなの…」


竹代は思わず天を仰ぎ、ふらりと体が傾くが乳母が受け止めた。

しかし、その乳母はハッ!と何かに気付き、確認するようにお花に顔を向ける。


「もしや、黄奈姫様が笑わなくなったのは…それが要因で?」

「…一つはそれでございます」

「もう!(がん)ちゃんね!!雁ちゃんが原因なのね!!」


もおーー!!と拳を高くつき上げ小さく振り回す竹代。

その竹代を落ち着かせつつも他の要因はと聞く乳母にお花は久延が凄すぎて黄奈姫様が萎縮していることや釣り合わぬのではという不安。

そして側室を持てばそちらに目がいき、捨てられるのではと暗い考えがあるということ。

そして黄奈姫の母から明るかったあの頃の黄奈姫ははしたないからと咎められてしまった事をすべて伝えた。


「やっぱり雁ちゃんじゃない!!黄奈ちゃんの笑顔はお天道様みたいな笑顔ですごい魅力なのよ!!」


竹代が先ほどから言う雁ちゃんとは黄奈姫の実の母親の雁佐紀(がさき)の事であり、竹代の遠く離れた友人である。

のだが、彼女は生真面目で教育には厳しい一面を持っており黄奈姫は嫁先が決まるまでは彼女の教育は長男に集中していたため放任されていたが近郷家へ嫁ぐと決まってからは黄奈姫の教育にも雁佐紀は目を向けるようになったのだ。


教育内容は武家の妻として奥ゆかしくおしとやかにするように矯正し、以前の黄奈姫の笑顔は武家の妻としてふさわしくないとやめさせた。

その教育によりいつも明るかった黄奈姫の笑顔は消え、今のネガティブ思考な黄奈姫が出来てしまったのだ。


「なんてことを…」

「黄奈ちゃん!ここでは違うの!笑っていいの!私は貴方の笑顔が好きなのよ!」

「義母上様…」


黄奈姫の肩を掴みそう語る竹代の顔は真剣であるが目は泣きそうになっており潤んでいた。

今彼女はどうして今まで気づけなかったのか、どうして話をしなかったのか、疑問に思いつつも行動しなかった自分を責めていた。

少し踏み出せばわかったことであったのに、と。


「俺もだよ」


突然女性ではない声に全員が振り向けばそこには家臣達を連れた久延がおり、その横には沈痛な面持ちで見ている近郷家当主でありこの国の領主 近郷 靖和(やすかず)がいた。

久延はゆっくりと黄奈姫を歩み寄る。


「…久延様」

「黄奈、覚えてないだろうが俺が迷子になったあの時を覚えてるんだ…あの庭で自分がどこにいるのかわからなくてどうしようもなくて不安で仕方なかった時…君が俺を見つけてくれた」


『ここにいたのね!みんな探していたわ!』

久延の中で強く、深く残る記憶。

子供ならば入れる大きさの木の洞の中にいた自分に、幼い黄奈姫が手を差し出してまさに太陽のように笑う彼女の笑顔だった。


「その時から俺は君を忘れたことはなかった、ずっと君を覚えていた」

「久延様…私は…」

「不安にならなくていい、君は君でいればいい…何も心配するな、黄奈」


大丈夫、大丈夫と黄奈姫を優しく抱きしめ、彼女の頭を撫でると黄奈姫の目から涙がこぼれた。

それをみていた竹代と靖和は久延と静かに涙を流す黄奈姫を二人で包み込むように抱きしめて二人も黄奈姫へ言葉をかけた。


優しく包み込まれた黄奈姫はこの日、こんなにも優しい人達に自分は愛されていたのだと漸く分かった。

それを彼女の頭の上から見守る向日葵はどこか嬉しそうに咲いていたとお花は後に語る。



そういえば話のきっかけは向日葵だったとお花は一人気づくが今は黙っておくことにした。



------------------------


あれから数日後、…黄奈姫は自室で笑顔の練習をしていた。

が、お花は鏡を持ちながら首を横に振り彼女の顔に触れては口角を上げさせるが中々うまくいかなかった。


「難しいわ…」

「姫様、そう急がなくても大丈夫ですよ」

「分かってはいるのだけど…笑顔が好きだって久延様もお義母上も言っておられたもの…」


あの日から黄奈姫は変わろうとしていた。

人から見れば重い久延の愛を受けてその受けた愛を返そうとまずは彼が好きだと言っていた笑顔を出来る様にと練習を始めてみたが…昔の幼い自分、しかも無意識にしていたものをやろうとするが難しいものだった。

しかし、頑張って不器用に笑う黄奈姫をそれでも愛らしいと久延は愛でるのでお花はいつまでもお熱くやっていてくれと内心思いつつも彼女も黄奈姫の笑顔は好きだったので手伝う。


そんな黄奈姫の頑張りを城の者も応援し、前まで陰口をたたいていたものは逆に周りに叱られ、事情を知りまた応援するものが増えていく。

それを知り黄奈姫はもっと頑張ろうと練習に励むのであった。



「でも、前より頬が上がってますよ…地味な成果でもちゃんと効果は出ています」

「ありがとう、お花」

「何年姫様といるとお思いですか、…それよりも何だか今日はやけに外が暗いですね」


外を見るお花に言われ黄奈姫も外を見れば昼の刻の雲一つない快晴の天気のはずなのに外はうす暗く、どんどんくらくなっていくように感じた。

黄奈姫は灯りの準備をさせると外に出て空を見上げる…そこで異変に気が付いた。


「日が…弱くなってる?」


手で日輪の光を遮りつつもその光がどんどん薄くなっていることに気付いた。

暖かい日のぬくもりも徐々に消えていくことに気付き黄奈姫は嫌な予感がした。









今、汐永国は大混乱であった。

なぜなら日が消えてしまったのだから。


それは日食が日を食べてから動きは止まり、数刻経っても一向に日が出てこないのである。

この異常事態に緊急会議が開かれ研究を行い、学に通じる者も読んだが謎は謎のままであった。


「おかしい、日食は少しの間だけですぐに日が見えるはずです…」

「では、なぜ日は出ぬのだ!今、民はこの現象に大混乱となっておるぞ!」

「そ、そういわれましても…」


男達の会議を他所に女中達は灯りを手に走りまわり、食品は無事か、家族は無事かと確認していく。

黄奈姫も竹代と共に城の天守閣から城下町を見て、皆が安全か確認の指示を出す。


「まったく…お天道様を隠すなんてひどい空ね…」

「お義母上様…何だか怖いです…」

「駄目よ黄奈ちゃん!怖がっていたらあの日食の思う壺!笑って跳ね飛ばすくらいでいないと、ね!」

「お義母上様、本当にお強いわ…」


にっと笑う竹代の強さに黄奈姫も見習ねばと誓う中で靖和の命により周辺の民達は城内に避難させているようで二人も手伝いにいった。


民達は不安そうにしているが竹代の姿を見て少し笑みを零した。

民達にとっても彼女は頼りになる人なのだ。


「竹代様…これはいつまで続くのでしょうか…」

「お母ちゃん、怖い…」

「大丈夫よ、またお天道様は出るわ…でる、わよね?」


それでも天変地異な出来事は怖い。

一人が不安の言葉が出ればみんなにもその不安は広がるものでざわざわと不安の声が出てくる。


それに竹代は手を大きく打って音を鳴らすと駄目駄目!と声に出した。


「暗い顔はますます皆を暗くさせるわ!こういう時は笑顔よ!笑顔!ほらっ、笑って怖い気持ちは吹き飛ばしましょう!」

「え、がお…」


にこり。とぎこちなさげに笑う民達。

それはまだ怖いのだ。

いつ現れるかわからない太陽、いつまでも続く闇。


竹代は強くても、民達はわかっていても笑えない。

黄奈姫も頑張って笑おうとするが同じように笑えない。


「(あぁ、太陽が、太陽が出ればみんな笑えるのに…)」


太陽があれば、みんなが安心して笑えるのに。

そう強く願った時だった。



≪ならあなたが太陽になればいいじゃない≫



「え?」



声が聞こえた。

知らない声、でもすぐ近くで聞こえた声に黄奈姫は周りを見るも皆ぎこちなく笑うだけであった。

それでも声は聞こえてくる。


≪黄奈姫様、貴方の笑顔はみんなを照らせるわ≫

≪私が手伝ってあげましょう≫


そう謎の声が聞こえた瞬間に黄奈姫は黄色い花弁に包まれた。


「なにっ!?なんなの?!」

「黄奈ちゃん!?」

「た、大変だ!姫さんが花弁に!!」


騒然とする周囲の中で花弁の中にいた黄奈姫は頬を優しく撫でられ閉じていた目を開けると美しい女がそこにいた。

茶色の髪に向日葵のあしらわれた黄色い着物の美しい女は黄奈姫の両頬を両手で優しく包むと目を細めて笑った。


≪さぁ向日葵のように華やかに、太陽の様に輝き、皆を照らしましょう≫


そう言った女が黄奈姫の額に優しく口付くと黄奈姫の服が向日葵をあしらった黄色い着物へ変わり、髪も結われて向日葵の簪が差しなおされる。

華やかさがありつつも派手すぎない色の化粧を施されると花弁は弾ける様に散ると美しく着飾られた黄奈姫の姿がそこにあった。


まるで向日葵が咲いたような姿は竹代も民も魅いらせ、騒ぎを聞きつけてきた久延も姿が変わった黄奈姫を見て目を大きく見開いた。


「黄奈?」

「…久延様?私何があったの?」

「花弁が君を包んで、消えたらとても華やかな着物を着ているよ」

「え、あ、本当…着物が変わってる…」


皆の視線が気になり少し恥ずかしそうにする黄奈姫の姿は美しくなったこともあり画になりそうなほどに美しく見えて周りの者達は感嘆の息を思わず零した。


そんな中で一枚の黄色い花弁が彼女の耳を擽り声をかける。


≪お気に召していただけたかしら?さぁそろそろ闇を払いましょう≫


楽し気な声に続くように黄色い花弁は黄奈姫の周りをまるで一緒に踊ろうと誘うように舞う。

花弁が当たる擽ったさと自身の周りを舞う花弁にだんだんと楽しくなってきた黄奈姫は思わず声を上げて笑ってしまう。



「うふふっ、あははっ!」


黄奈姫が笑った瞬間、黄奈姫の周囲に小さな向日葵が咲いていく。

彼女が笑う度に咲いていく向日葵は城の庭を埋め尽くした。


向日葵の明るい花びらが地面が明るくみえて暗かった周囲が少し明るくなったと子供達は少し柔らかい笑みを浮かべて花弁と踊る黄奈姫を見ていた。


≪そう、あなたのその笑顔が力になるのです≫

≪さぁ黄奈姫様、その笑顔を皆にも広げましょう≫


黄奈姫は花弁と踊っている。でも黄奈姫の目には美しい女が手を取り共に踊っているのだ。

黄奈姫は何故か共に踊る彼女のいう通りにするべきなんだと心から信じられて、みていた子供達に手を伸ばした。


「おいで、一緒に踊ろう」


黄奈姫に誘われた子供達は一瞬驚くが黄奈姫の向日葵のような笑顔に暗闇の不安は消し飛んでしまい、花が咲くように笑って黄奈姫の元へ走っていく。

近づいた子供達の周りを舞う花弁はまるで手を取り、踊りに混ぜるように動いていく。


それを見ていた周囲は次第に笑顔があふれ笑い声が出てくる。

もう日食の恐怖はそこにはなかった。


小さな太陽のように輝く笑顔の黄奈姫がいる。

まるで闇を打ち消すように明るい笑顔がそこにはあった。


この光景に見舞っていた蘭学に精通した学者は涙を流していた。

南蛮の本には他国の神のこと以外にも不思議な隣人のことが書かれている。

その中に自然の中で生きる不思議な生き物のことも書かれていたことを思い出した。


その内容を思い出しながら向日葵の花の中で踊る黄奈姫を見て学者は自然と手を組んで祈りの構えをとっていた。


「あぁ…あれが花の妖精…!」


天に祈るように空を見た彼は光が天からも来ていることに気付いた。

日の光だと。

彼は歓喜の声を上げて周囲に知らせる。


「皆さん!!空を!!日輪が…戻ってきます!」



空を見て戻りゆく日輪に歓喜する民達、ほっと安堵の息を漏らす武士達。

その中で黄奈姫は笑っていた。

歓喜の声の中で黄色い花弁が彼女が笑う度にさらに花弁は増えていき、空へ舞う。


その花弁は汐永国の空を天高く舞い上がり…花弁は“日食を起こしていたもの”を打ち払った。

汐永国の遠い遠い空の上で日を遮っていた黒い影は悲鳴を上げて逃げるが花弁は逃がさないと取り囲み、黒い影を包み込むと消滅させてしまった。



≪この国だけ日食させるなんて…なんて恐ろしいことするのかしら…まぁ造作もない虫でしたので祓えましたが≫

≪でもどういう意図かは知りませんが、私の主に手を出すものは許しません…次も来たなら容赦しないわよ≫


城の庭に誰にも見えない向日葵の着物を着た女は扇で払うように影の残り滓を花弁で消すと民達の中央で笑う黄奈姫を眺めた。

その目は優しく母のように慈愛がこもっている。


≪黄奈姫様に巣食っていた影も私の力で消し飛びましたし、もう大丈夫ですわね≫

≪あとは黄奈姫様の頑張り処ですから、これからも全力で支えていきますとも≫


さぁ頑張るわよーと勝気に笑う向日葵の着物を着た女は彼女の元へもどっていった。









その数日後。

あの日食の日以来黄奈姫の笑顔は戻った、いや、それ以上に太陽のような明るい笑顔になった。

そして子供達に大人気になった。


「黄奈姫様ー!」

「黄奈姫様、またあそぼー!」

「今日は踊りたーい!」


こっちこっちと手を引かれる黄奈姫はそれでも笑顔であり、傍にいるお花も笑顔でついていく。

それを見守る大人は心配そうにしながらも黄奈姫と共によく笑うようになった子供たちに嬉しそうに見守っていた。


あの日食の後、人数に制限はあるが城を民達にも入れるようにした。

それは子供達の黄奈姫に会いたいという声が多くの嘆願書と共にやってきたことや黄奈姫の笑顔は見ると力が湧いてくるともう一度見たいと多くの声が届いたからだ。


黄奈姫も民達との交流を願い、警備対策を考えた上で城の門は開かれた。

そして多くの民達が自由に出入りできるこの城には多くの名物ができた。


黄奈姫の頭に咲く美しい向日葵。

冬なのに庭に咲く美しい多くの大小の向日葵。

向日葵を思わせる黄色の飾りがたくさん使われて華やかに飾られた町。

門が開かれた城へと続く道にできた多くの出店。

黄奈姫の太陽のような明るい笑顔。


そして黄奈姫の笑顔にでれでれな顔をした久延の顔である。


「今日も俺の黄奈が可愛い」

「若!そのお顔はおやめください!」

「民に示しがつきませぬ!」


元より重い愛を持っていた久延は最初は皆を魅いらせてしまう黄奈姫の笑顔に嫉妬に狂いそうになったのだが黄奈姫から満面の笑顔を向けられてその気持ちは嫉妬から尊みに変わり、今やきりっとした顔が多かった久延の顔は彼女が笑えばふにゃふにゃとした顔に変わるようになってしまった。


これには竹代も靖和も大笑いだったが家臣達は民に示しがつかない!と慌てるもその顔が久延と黄奈姫の良好な仲を表すのでなんと好評であった。


「笑顔が一番!」


これが今やこの国の代名詞である。




そんな笑顔あふれる国を、向日葵を贈った小春姫が訪問した際に太陽のような笑顔の黄奈姫に涙を流して喜んだという。

そしてある言葉を零した。


「本当に向日葵の簪は笑顔を戻してくれた」

「義晴のお気に入りは友を助けてくれた」


詳しく聞いた黄奈姫に小春姫は多くのことを伝えた。

向日葵の簪は天野宗助という職人の手により作られたこと。

その職人の作品は不思議な力を持ち、必ず何かが起きること。

多くの人が変わったきっかけを与えたこと。


黄奈姫はこの向日葵の簪には桜、竜胆、梅の花の簪の姉妹がいる事を聞き自分の笑顔を取り戻させてくれた職人に感謝とまだ見ぬ向日葵の姉妹に思いを馳せた。

そしていつか簪の持ち主と語り合いたいと。


「きっと向日葵のようにその姉妹達は素敵なことをたくさんしてくれたのでしょう、それを聞いてみたいわ」


そう願いを口にして向日葵の簪に顔を寄せる黄奈姫は美しかったと久延は書に書き残すが彼の残した書には黄奈姫に関することがほとんどなのでその中の一部としてそのことは埋もれることになる。


そして小春姫は黄奈姫との時間を楽しみ、清条国に戻るのだが彼女の胸には大事な友人を救ってくれた職人 天野宗助に絶対褒美を与えるのだと強い決意をみなぎらせていたという。

その決意の強引さに天野宗助職人は唖然とさせるのだとはこの時誰も知らなかった。



冬の終わりに黄奈姫は小春姫からの誘いで清条国を訪れ彼女の希望で向日葵の簪が売られていた店へ出向くのだが…そこでかけがえのない三人の姉妹が出来るのであった。


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Wiki 天野宗助 作品



四季姫 夏日向。

現在 陽花(ようはな)神社が所有し保管している。


花簪 四季姫の系統の一つ。布で大輪の向日葵が咲く様を象られた簪。

この簪には太陽の気が込められているとされ様々なものを浄化する簪と言われている。


汐永国の近郷久延の妻 黄奈姫が清条国の小春姫から贈られたという簪で、黄奈姫を取り巻く邪なものを払い笑顔を取り戻させ、日食が起きた際には向日葵の力で黄奈姫を笑わせ日を喚んだといわれている。

また厄災からも国を守ったとされ魔除けの逸話が多い。


黄奈姫は夏日向を所持した当初は少し不思議な綺麗な簪であると思っていたのだが他の簪の姉妹達と出会い、すごい簪であると認識したのだという。

そう思うのは夏日向が目立つ見た目に反して性格は思慮深く、謙虚な性格であるからそう見えてしまったのかもしれないと書に残している。


夏日向の逸話から汐永国(現 汐永)では向日葵は特別な花であり今でも大事な花として扱われる。

年に一度夏日向をつける日向(ひゅうが)美人を決めるのだが、神社境内にある向日葵が向いた女性が選定されるという特殊な方法で選ばれる。(※これは曇りや雨の日には黄奈姫の自室の方へ汐永城の庭に咲く向日葵が向いていたという逸話から始まった選定方法とされている)


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