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第13章 天野宗助、街に行く

いつもお待たせしてしまい申し訳ございません。

半年も経っていた事に気づき、ヒェッと声に出てしまいました。


空気や風の冷たさが肌に刺さるように感じて冬が本格的に来たなと感じる今日この頃、俺は山を降りて村の入り口にいた。

あの屏風を花衣屋に納品しに行く日なのだ。


「気を付けていくのよ」

「わかってるよ、土産楽しみにしてな」


俺と太郎、それと迎えに来てくれた花衣屋さんのお店の人の三人で店のある常和に向かうのだがおゆきと俺が村の外に出ると聞いて村人達も見送りに来てくれたが…なんでそこまでされるんだ。


「土産よりも無事な姿がいいわ」

「お前は俺の母親か?」

「心配なのよ…太郎、しっかり守るのよ」

「あぁ任せろ」


あ、そうそう。太郎には優勝祝いの槍は今日渡した。

最近はこいつ一本に集中してたから制作期間は早く終わったのもあるけどこの小さなお使いで何が起こるかわからねぇから身を守るためにもいいだろうしな。

ちなみに太郎はすげぇ喜んだが立派すぎると泣きそうな声で言われてしまった。…派手じゃねぇんだからいいじゃねぇか。


「太郎が持ってるのが相撲の優勝祝いの槍かぁ」

「え!?もう出来たのか!?」

「立派なのもらえたねぇ」


村人達は太郎が槍を持っている事に驚いたが俺作といえばすぐに理解してくれた。

太郎は屏風を背にくくりつけ、片手に槍を誇らしげに持っている。…俺でも少し重い槍は太郎には軽々だった。


この前黄十郎さんが倒した熊の毛皮の鞘に太郎に合わせて長めの持ち手、刃は狩猟用であるため針のように真っすぐな形状だが丸くなく三角形だ。これは獲物を刺した時に刃先を折れたり曲がりにくくするためのものだ。

さらに刃先に焼きをいれることで丈夫にしている。


本来は重さがあれば振る時に遠心力があっていいのだがこいつは狩猟に使える刺すタイプなので重さよりも丈夫さと鋭さを特化しているが…軽すぎるようならば刃の根元に重しを考えるか。


「使ってみてなんか不満あれば言えよ、改良するから」

「不満なんてないぞ…不思議とこの槍はまるで長年使ってるみたいに手に馴染むんだ」

「…ねぇ宗助ちゃん、もしかしてこの槍ってあの星を使ってる?」


義晴様の刀みたいにきらきらしてるわと言われやはりわかるのかと俺はうなずいた。

それにおゆきはやっぱりと項垂れた。なんだよ悪いのか。


「おう、あの二振りの弟槍だな」

「え”…おま、え…それって…」

「なんだよお前まで、太郎の馬鹿力を考えて丈夫にしたんだぜ?」

「義晴様は知ってるの?」

「おう、この前来た時に言ったら納得してた」


二人は黄十郎さんのあの怪力を知っているし、その力で振るわれた流星宗助と名付けられた大太刀の威力により真っ二つになった熊の姿を見ているから確かに丈夫ではありそうだと納得はしたみたいだ。


「太郎、粗末にしたら許さないわよ」

「わ、分かってる…!!」

「いや、お前が全力で使ってもいいようにしてるからそんなに大事にしなくていい」

「ひぃ、宗助が無茶をいう…!!」


情けない声を出す太郎の背をしっかりしろと叩けばやめてぇとか細く泣かれた。

お前な…図体がでかいのに本当に弱気だなぁ。槍持てば頼もしく見えるのに何でだよぉ。

ほら後ろで待ってくれてる花衣屋さんが苦笑してるじゃねぇか。


「ほらそろそろ行くぞ、待たせてるし」

「うぅ、何もありませんように…この槍を使うことありませんように…」

「太郎、槍も大事だけど一番は宗助ちゃんよ…もし怪我させたら分かってるわよね?」

「向かい来る敵はこの槍で薙ぎ払う」


おい太郎。さっきと言ってること違うぞ。

そしておゆきもだ、いつから本当に俺の母親みたいになったんだよ。村人達も温かい目で見守るな。

…それにしてもなんか急に寒さが強くなったか?おゆきはにっこり笑っているけどなんか見てると寒くなるのはなんでだ?


「じゃあ行ってくるな」

「いってらっしゃい」



------------------------------

清条国 常和の街 花衣屋にて。


ついにあの天野宗助がこの店に来ると知らせがあり店の者はいつもと違い落ち着かない様子で働いていた。

特にお咲とその旦那の菊太郎、大旦那は緊張の面持ちで店先に座っていた。


「い、いよいよ来られるのね…!」

「えぇ、この日に納品と挨拶にくると…」

「き、緊張してきましたわ…」

「お咲もかい?私もだよ…」


店の者もその緊張が移ってしまうがあのお咲の持つ鏡やお澪の桜の簪の作者が来ると知らされているため店の入り口をちらちらとみてしまうのだ。

特にお咲は自分を変えた切っ掛けのお人に会うのだからと緊張し何度も深呼吸をして手元にある手鏡を弄る。


≪お咲、そう緊張するでない…お父上は怖いお人でないぞ≫

「葵…」

≪でも久しぶりのお父上…わらわも会うのが楽しみなのじゃ≫


楽し気な声を鏡から聞いていた時、ついに待ち人が到着したと知らせがきた。

その知らせに店の中が人も人でないものもそわりと店の入り口を見る。

じっと皆が見ていれば三人の人の足が店の前で止まるのが見えた。


「天野殿、ここが我らが店、花衣屋です」

「大きな店とは聞いてたがここまで大きいとは…こんなすごい所に簪を卸していたのか…」

「ふふっ、貴方の簪はいつも満員御礼!即完売の人気商品ですよ!…さぁどうぞ中へ、大旦那様達がお待ちです」


花衣屋の法被の袖がのれんを押し上げ、一人の若い男を中へ招き入れた。

お咲はその人を見た瞬間にこのお人だ、このお人が天野宗助という職人だと分かった。

どこか素朴な青年であるが彼から森のような海のような空のようなこの世のものとは違う何かをお咲は感じたのだ。


珍しそうに店の中を見回す男の後ろから大きな背丈の槍を手にした男が入る。

その男の大きさと槍の大きさに驚くがその男が背負うものが件の屏風であると大旦那は察す。


「宗助さん、いらっしゃいませ」

「邦吾さん、今日は無理を言って申し訳ない」

「いいえ、こちらこそ大きな屏風を持って来てもらいましたから…太郎さんもしかしてその槍は?」

「はい、宗助の作です…前に相撲大会で優勝したので」


返ってきた答えに邦吾は目を輝かせて少し跳ねる。

なぜなら彼が手に持つのは天野宗助作の槍、つまり新しい作品なのだ。

つまり普通の槍じゃないということだ。


「おぉ!これが!!…あとで拝見してもええです?」

「はい構いませんよ」

「楽しみやわぁ」


店の中で楽し気に素で話す邦吾に珍しいと店の者は思うがそれほどにまで邦吾にとってこの二人は心許せる仲なのだと大旦那は知ることが出来、よかったなぁと優しい目で眺めた。


「宗助さん、このお方がここの店の取締の大旦那様や、お隣にいるのがお咲さんやで」

「お咲、あぁ隣村の村長の娘さんか…以前鏡を贈りましたね」

「はい!あなたのおかげで私は変われました!本当にお礼を何度言っても足りません…!」

「俺の力ではないですよ、お咲さんがよい人生を送れていると思うのならばそれは貴女がご自身の力で変わって掴み取ったものですから」


だからお礼を言われることじゃない。

そう告げた天野宗助にお咲はなんて素晴らしいお人だと感動した。

こんなにも人を救っているのに慢心もないなんて!と感動しているお咲に大旦那はさぁあの村から歩いて来られたならばお疲れでしょうと店の奥へ招きいれた。



その時店にいた者は見た。高貴な姫を思わせる十二単衣の美しい女と桜を美しく着物に咲かせた黒髪のこちらも美しい女性が天野宗助の腕に自身の腕を絡ませて彼に甘えるように身を寄せながら歩くのを。

天野宗助は気にせずというより姿が見えていないのか気づかず中に入っていった。



「すごい光景だな…」

「?、何がですか?」


突然言われたことに首を傾げる天野宗助に邦吾は何でもないですよーと言いながら案内しながら大旦那に耳打ちする。彼の目には作品である彼女達の姿は見えていないと。

その耳打ちに大旦那はそれは惜しいなぁと男ならば大変羨ましいだろうことをされているのにと微笑んだ。


美しい美女に囲まれている光景もだが後ろにて控える共に来た太郎という名の大きな青年、その隣に同じくらいの大きさの爽やかさを感じる容姿端麗な顔に熊の毛皮と鎧を身にまとう青年が座っている。

高く結い上げた銀髪は人でないことを表すがとても美しい。


そんな美しい人達が見えていないという天野宗助にこれが見えないのは惜しいなぁと心から思ったのである。


「いつも天野殿には簪を卸して頂き感謝しております、店に出せばすぐに町の娘さん達が飛びこんでくる程に人気ですよ」

「それはよかった、変わったのもあったので売り残って邪魔になってないなら安心だ」

「その変わったのは特に人気ですよ、それに簪だけではありません…以前の掛け軸も素晴らしかった」


でもこれには一つ言いたいことがある。

それは店の者の全員の言葉だった。


「本当にあんな安い値段でよかったんですか?あの出来ならば三倍、いや五倍は軽く超えてましたのに」

「俺は職人としても絵描きとしても新参者です、こんな店で取り扱ってくれるなんて奇跡なんですよ…ですから新参者の値段で始めないとその道を究めようと精進する方達に唾を吐くようなものです」


本当は簪ももう少し安く卸したかったと言われ邦吾は初めて会ったときにしっかり説得しておいてよかったぁ…と内心冷や汗をかいた。

その心中を察し妻のお澪が背を撫でる中で、では早速屏風を拝見しましょうと大旦那が声をかければ太郎が守るように前に置いていた大きな屏風の入った風呂敷を解き立てかける。


大きな屏風は立てられて、太郎と宗助が屏風が開くと白い狼が中から飛び出してきた。


「きゃあ!?」

「なっ」


突然現れた狼にお咲と大旦那は小さく悲鳴を上げ、邦吾は後ろに下がるが宗助がどうしたのかと聞いたのでいつものかと気づき邦吾はなんでもないですよと告げて何事もなかったと笑顔を見せた。

しかし慣れていない周りはそうもいかない、屏風から飛び出した狼はすんすんと部屋のにおいを嗅いでおり、歩きまわっているのだから刺激しないように固まっている。


≪お咲、落ち着くのじゃ≫


完全に怯えるお咲に宗助の片腕に甘えるように垂れかかっていた十二単衣の女性が声をかければその声にお咲は少し怯えが消えた。

いつも聞いてる声にお咲はこの美しい姫君が自身の持つ鏡だと気づいた。その気品のある姿に私の鏡はやはり美しいものだったと分かり一人静かに感激する。


≪あれは我が姉妹の子じゃ、怯えなくてよい≫

「皆さんどうしましたか?…やはり大きかったか」


宗助はやはり狼が見えていないために皆が屏風の大きさに驚いたのかと思っていたのだが実際は屏風から飛び出した狼に驚いている等分からないだろう。

狼は臭いを嗅ぎまわり気が済んだのか宗助の前に寝そべり膝に頭をのせて甘えている。


その姿に桜を身にまとう女はまぁかわいらしいと笑い、宗助の腕に引っ付いたまま手を伸ばし狼の頭を撫でれば狼は寝そべったまま尻尾を小さく振った。


「にしてもすごい迫力の狼ですねぇ、前に見たときよりも狼が増えています」

「えぇ、この真ん中の狼は母親で左右にいる狼が子供です」


そう宗助が言ったとき屏風からぬっと今いる狼よりも大きな狼が屏風から現れた。

二畳の畳よりも大きい狼に周りは固まるが恐怖ではなく白い美しい毛並みに見とれていた、大きな狼は何もせず宗助の後ろで丸まり様子を見ている。

その目は優しく宗助と子の狼を見ており大旦那はこの狼は母親だと気づいた。


「美しい狼です」

「白い動物は神の使いとして言い伝えもありますから神々しさも感じられますな」

「よかった、狼なんで敬遠されるかもと思いました」


こんな美しい屏風を敬遠するものか!と大旦那並びにお咲や邦吾は内心そう思うが宗助の手前抑えた。

そんなことはつゆ知らず宗助は実はもし屏風が駄目そうなら簪だけでも納品出来るようにと新作も持ってきたと背負っていた小さな箱を差し出した。


これに大旦那は喜びで早速こちらも拝見したいと笑いながら奉公人に屏風を早速店に並べてくれと頼んで運ばせる。

宗助は運ばれる前に屏風をやさしく撫でた。


「いい人の元へ行ってくれよ」


そう告げられた言葉に狼達は別れの挨拶をするように宗助の体に頭を擦り付けると屏風の中へ戻っていった。

この光景に大旦那とお咲は神聖なものを見たような気持ちになり、手を自然と合わせて拝む。

狼が白い毛並みで神の使いのようであったからか、宗助の目が優しく慈愛にみちているかのように見えたからかはわからないが二人はそう思った。



邦吾は作品を納品する際に宗助が必ずやることだ、故にこれが初めて見る事ではないので目を細めて笑みを浮かべる。

彼が職人だから自身が作った作品を案じるのははわかる。しかし邦吾にとっては宗助の作品を手にした人達が幸せになるのだからこれが始まりの儀式なのだと思っている。

そのため邦吾はこの宗助がする送りの習慣が好きだった。


何故なら宗助の願いはしっかり叶えられお咲やお澪を始め多くの人達が作品達を大事にし、愛されているのだから。


いつも納品される簪もそうだった。

身に着けた女性達は皆がその後は簪をいつもつけており、美しさがあがるだけでなく皆が笑顔が増えたのだ。


柚子通りにある旅籠の娘さんのお葉は以前から明るい性格故によく笑うのだったが蜜柑の簪をつけてからさらに笑いまるで彼女を中心に伝染するように周囲にその笑顔を広げてるのだという。

その笑みに惚れたある大きな商店の家の三男が彼女の家である旅籠屋に婿入りしてきたことも有名だ。


そんな簪がまた増えたと邦吾は喜びながら新しい屏風はどんな人の元へいくのかと楽しそうに笑みを浮かべていたのである。


「今回も素敵なものばかりです」

「そういえばあの月のお茶屋さんの看板娘の子も天野殿の簪をつけてましたなぁ」

「あぁ、あの赤い猫の簪の子だねぇ、あの子は気配り上手だが…そうかもしかしたらあの子も」


お茶屋と聞き宗助は帰りに寄っておゆきの土産は甘いものにするかと後ろにいた太郎に声をかければ太郎は賛成だと笑みを返した。

邦吾はすかさず後で案内しますよと名乗りあげ、どうせならいつも繁盛させてもらってるお返しに団子やぜんざいでも奢らせてほしいと考えた。二人とも甘いものは好きだしお土産もおゆきは喜ぶだろうと自身が年上であるため可愛がっている年下の子を喜ばせてやりたいとも思った故である。



そんな和やかな時が流れている客室に奉公人の一人が慌てて駆け込んできた。

慌ただしく客である宗助がいるのは承知だと襖の外から声をかける様子に邦吾は何事かと聞くとなんとこの店の常連客の一人である月ヶ原家の姫 小春姫が来店したのだと告げた。


お咲はすぐに接客に行くと答えたのだが、奉公人は言葉を濁した。

それは…小春姫が今回は別の人を所望していたのだ。


「天野殿とお会いしたいと申しておられまして…」

「なんだって?いつ天野殿のことを知ったのだ!?」

「大旦那、宗助さんは月ヶ原義晴様のお気に入りですので…」

「!、そうか忍か…」


天を仰ぐ大旦那を他所に宗助は少し首を傾げており後ろから太郎が耳打ちして教えていた。

耳打ちされた宗助は手を叩き思い出したと声を上げる。そう二人にとっては以前話の話題になったのだ。


「あぁ!あの中々食わせ者だっていう姫様か、義晴様が前に言ってた人だな」

「あの男がどういう風に私を言っていたか気になりますわね」


突然の女の声に宗助以外は大きく肩を震わせる。

その中で太郎は宗助の素早く腕を掴んで引っ張り己の腕の中にしまうように宗助を隠し、片手は槍を手にしていた。

その姿に普段の彼を知る邦吾はあの太郎がこんな行動をすることに驚き、大旦那は農民とは思えぬ動きに驚いた。


すっと開けられた襖から現れたのは目元が涼やかであるがが凛とした美しさのある高価な着物をまとう女性であった。

彼女を知る花衣屋は小春姫様と声をあげ、今日初めて会った二人はぱちくりと目を瞬かせた。


「ふふっ、どうやら天野宗助殿には中々にいい護衛がいるようですね…初めまして天野宗助殿、私は月ヶ原家が娘の小春と申す…突然のことで驚かせてしまいましたね」

「あ、天野宗助と申します、月ヶ原家の方々…義晴様にはご懇意にして頂いております…」


太郎の腕を軽く叩いて自身を離させると天野宗助は深々と小春姫へ頭を下げる。

その姿に礼儀がある男だと小春姫が目を細める中で彼女は宗助の頭を上げさせた。


「そう固くならずともよいのです、此度は礼をしに来たのですから」

「礼…ですか?」

「向日葵の簪、私が以前この店で買い友人の姫に贈ったのです…そしてその簪は素晴らしい成果をあげました」


宗助は向日葵と聞き自分の作品の思い出しまさかあの簪がどこかの姫様の元にあるなんてと驚くが花衣屋の面々は購入の際の事情を知っているためまさかと小春姫を見る。

その視線に応えるように頷いた。


「宗助殿のおかげで私の友人は笑顔を取り戻した…いいえ、まるで太陽のように輝いています」

「…事情はわからないですが、人の役に立てたならよかった」

「友人の笑顔を取り戻してくれた貴方に礼をしたい、何か欲しいものはありますか?」


お金の方がいいかしら?と聞く小春姫に宗助は首を横に振り何もいらないと返した。


「礼なんていりません、俺は簪を作っただけです…もし簪がきっかけになったとしてもその姫様自身が綺麗な向日葵の様なお人だったのでしょう」


宗助の目には忖度も邪なものもない、純粋な目で心からそう思っていること、そしてお咲と義晴から宗助の人柄を聞いていたこともありやはりそうなるかと小春姫はふっと笑って目を細めた。


「義晴とお咲から聞いていた通り欲のない変わったお方ですのね…ではこうしましょう、後日に城にて貴方に馳走を振舞わせて頂戴、これは嫌とは言わせないわ」

「え」

「天野殿の作品は貴方が思うよりも多くの者が気に入っているのです、我が月ヶ原家だけでなくね…そうだわ義晴もこれにまぜましょう」


義晴の名を聞いた太郎、邦吾の二人の脳裏には嬉々として宗助を担ぎ連れていく月ヶ原義晴の姿を容易に想像し、これは逃げられないと宗助を憐れむ眼差しで見つめた。

宗助も義晴が笑顔で来るだろうとなんとなく察しこれは断れないと観念し項垂れながらも了承の返事を返した。


「その時はそこの護衛も来るのですよ」

「えっ」


太郎は宗助を城にやるのは心配だなと少し思っていたらお前も来いと言われ顔を青ざめた。

その姿に先ほどの戦人のような鋭さはなくまるで小鹿や兎のようで小春姫は吹き出しそうになるのを耐えた。


「三九郎ではあの義晴を押さえられるわけないでしょう?それに天野宗助殿一人で城に来させるなんて言ったら義晴に怒られるわ」


ではまた忍に文を届けさせるのでお願いしますね。

そう言って小春姫は用は済んだと足早に部屋を出る、その際にお咲にはまた来るわねと美しい笑みを見せ、お咲が頭を下げると小春姫は去っていった。

宗助の答えを聞かずに了承させた姫君の勢いに完全に宗助と太郎は圧倒されるがあの義晴が食わせ者という姫君は中々に強引な方だったのかと宗助は認識を改めた。


「まるで嵐が来たようだった…」

「珍しく強引だったな、姫様…」


唖然と小春姫が出た後を見ていた邦吾の袖が軽く引っ張られる。

引っ張った人物に邦吾が目をやれば宗助が袖を引っ張っていてその顔は困った顔で眉を下げており、太郎も困った顔をしていた。


「邦吾さん…簪の売り上げで今回は服を見繕って貰っていいですか…その、流石に城に着ていく服はなくて…太郎のも頼みます」

「すぐに用意しましょう」



その後、急ぎ邦吾により着物は用意してもらう事となったのだが…邦吾は採寸の際に眉間に皺を寄せた。

それは宗助が細すぎたのだ。思わず邦吾は両手でその細い腹を掴んでしまうが筋肉の固い感触はあまりなかったため口元を引くつかせた。


「よくこんな細い体で…刀やあんな屏風を作りましたね」

「あー…俺あんまり肉つかなくて」

「隣にいる奉公人は君より年は下だけど太いよ…それにくらべて太郎はすごい筋肉だ、随分鍛えたんだね…」

「…俺も最近やること出来ましたので体は作ってますよ、それに農作業で力はつきますから」


太郎は近隣の村の中でも一番相撲が強いと宗助が誇らしげに伝えれば太郎はこそばゆいからやめろと宗助の背を軽く叩いて止めた。

その様子を微笑ましく見守る邦吾の顔に妻のお澪はこの二人を相当可愛いがっているのだと彼女も微笑ましいと笑みを作り、これは気合いれて選ばねばと夫のためにもと気合を入れて布を宗助の体に当てる。


「宗助さん、これなんていいんじゃないです?紺色で色も整ってますし中の着物を白い模様柄にすれば派手じゃなくていい、で、羽織は無地にして…うん!よくお似合いですよ!」

「太郎殿は茶色がいいんじゃないかしら、羽織を抑えめな柄のものにして…あらあら!大きいお人だからすごい立派なお姿ね!」


宗助の紺色の御召に選んだ布は袴は無地だが中の着物は薄く市松柄があるが目立つものではない。上から既存の黒の羽織と白い帯を当てて組み合わせる。


太郎の布は茶色で宗助とは違い着物と袴が無地であり、少し濃い茶色の羽織が鱗模様にした。


店の試着用に作られた同じ色の御召を試しに着せて髪を試しに整えてやるとかなり身なりが良くなった二人に邦吾とお澪は満足したと息をついた。

姿を見に来た大旦那とお咲からも評判がよく二人は喜んだが何よりも嬉しいのは宗助の作品の化身だろう二人の姫君が頬を赤らめながら御召を身にまとう宗助にくっつき誇らしげに笑っている姿を見たからだった。

特にお澪は桜の簪が喜ぶ姿に恩人の喜ぶ姿を見れたことが何より嬉しいと笑みを浮かべ、そんなお澪の喜びを表すように桜が舞う。


太郎はぎょっとした目で桜を見るが宗助は相変わらず自身にくっつく美女も桜も見えないので自身の姿に見慣れないのか着物をまじまじと見ていた。


「ではこれでお願いします」

「じゃあ元の着物に着替えたら甘味を食べに行きましょうか、そうだこれをおゆきちゃんに渡してください」

「これ、反物じゃないですか…しかも立派なやつ、いくらですか?」


邦吾と大旦那は首を横に振り、宗助を見つめた。


「これらの着物の代金はいりません」

「あなたにはいつも代金以上の物を貰っています、その着物は我々からのほんの些細なお返しです」

「こんな高価なものを貰えませんよ…俺の売り上げから引いてください」


邦吾は首をまた横に振り頑なに断る。

その後ろで大旦那もお咲も首を横に振っていた。


「宗助さん、うちらからのお礼を受け取って欲しい…これはこの店の沽券にも関わることやって言うてもあかんか?」


訛りを使い少し圧をかけるように宗助を見る邦吾に宗助はうっと呻く。

そして観念するようにがくりと項垂れた。邦吾はその姿に勝った!と内心で勝鬨を上げる。


「…断りづらいこと言うなぁ邦吾さん」

「ふふふっ、宗助さんは少し脅すくらいせんと動かせへんことを学びましたからなぁ」


くっくっと笑う邦吾とじとっとした目で彼を見る宗助と苦笑しながら見守る太郎に親しみのある関係を築くことが出来ていることや邦吾がこんなにも他人に自身を見せることは珍しいため本心や自分を見せる事が出来るような相手に出会えた事をもう一度大旦那は心から喜んだ。


「(あの邦吾がこんなにも楽しそうにしている…宗助殿、あなたはお澪ちゃんやお咲だけでなく邦吾の事も変えてくれたのか…)」


彼から見えない位置で大旦那は手を合わせて感謝した。

宗助に感謝を、彼と邦吾達を結んでくれた神や仏に感謝したのであった。






いつもの着物に着替えて選んだ反物を着物へ仕立ててもらえる様に店へ依頼した後に邦吾に連れられ宗助と太郎は店を出た。

見送りの際に名残惜しげにくっつく店にいる作品達を見て邦吾は行きづらいと思ったが宗助が作品達を良い所にお願いすると店への願いを口にすると聞いた作品の化身達はすぐに離れて棚や持ち主の元に戻って行った。

物の役目を果たすために戻って行ったのだ。


それを見届けた邦吾は二人を話題の月ノ茶屋に案内するため向かうのだが…その道中も宗助が作った簪達の化身達が宗助の姿を見て彼にくっついたり、顔や肩を撫でたり、胸にすり寄っては離れていく。

簪の持ち主達はそれを見て目を丸くするがすぐに宗助に向けてたが彼に見られないように深々と頭を下げたり、彼へ手を合わせたりとして去っていった。


きっと彼女達も天野宗助の作品に助けられた人達なのだろう。

邦吾はその切っ掛けを作られる事が誇らしかった。


「邦吾さん何だか機嫌いいですね」

「うん、宗助さんのおかげかな」

「俺の?」


邦吾は目を細めて笑うが宗助は首を傾げたが気にしなくていいと邦吾に言われてしまい宗助は深く追及するのをやめた。

こういう時は話してくれないと今までの付き合いからわかっているからだ。


「ほらあれがお茶屋さんだよ」


そこは兎の看板が掲げられ、人が多く並ぶ茶店であった。



------------------------


少し時が遡り宗助が店に向かう少し前の事。

店の看板娘であるお銀が雇い先である月ノ茶屋に駆け込んできた。


「お、女将さん!店主さん!大変です!!」

「お銀ちゃん、どうしたのそんなに慌てて」


店主である菊二とその女将であるお椋の二人は慌てて店の奥にお銀を入れて何があったのかと聞く、店の物を買いに行ってもらっていたので荷物を机の上に置かせると椅子に座らせて水を飲ませた。

お銀は水を少し飲んで落ち着くと思いきや「いや休んでる時間はないんです!」と言って立ち上がった。


「今、花衣屋さんにあの天野職人が来てるそうなんですよ!!」

「え、天野職人ってまさか兎達を描いたあの天野宗助職人?」

「その天野宗助職人です!しかもここにこの後来るらしいんですよ!!」

「「ここに来る!?」」


なんだって!?と驚く店主夫妻の後ろからドスン!と大きな音がして振り向けば二羽の兎がぺったんぺったんと餅をついていた。

あの掛け軸の兎夫婦である。


「お、落ち着いて師匠!」

≪落ち着けねぇよぉ!親父殿が店に来るんだろう!上手い餅や団子を作らねぇと!!≫

紅葉(もみじ)!あの二人にも伝えてきて頂戴!急ぎよ!≫


ミカと呼ばれる雌兎がお銀の方へ顔を向けて言えばお銀の後ろから赤い毛並みの猫がぬっと現れた。

紅葉とお銀が呼べば目を細めて笑うような顔を彼女に見せた。


≪やれやれ俺が持ってきた情報なんだぜ?もう他の兄弟達に頼んでるよ≫

≪仕事が早いのね≫

≪猫は身軽なもんで≫


にしししと笑う紅葉と呼ばれた猫は耳を立てるとお銀に店先に向かうこと伝えた。

え?と固まるお銀に紅葉が兎のお客さんだと伝えると彼女は慌てて店先へ向かう、その店先には若い男女の夫婦と青年が立っていた。


「突然すまない、その、猫からここに急ぎこの店に向かう様にと伝言を受けて来たのだが…」

「私達も同じく…」


≪そのお人達は俺らの弟達の主人だ!中に入れておくれ!≫

「わ、わかった師匠!」


菊二に案内されて店の奥に入れられた三人は兎が餅つきする光景に目を丸くするが突然彼らのよく知る老婆と青年が現れて皿を出したり手伝ったりとあくせくと働きだしたのにも三人は驚いた。


「青葉!何しているの!?」

「お婆様!どうしたのですいきなり!」


突然彼らの掛け軸達が現れたのにも驚いたがいきなり兎の手伝いをしていれば驚くのも無理はない。

混乱する三人の言葉が聞こえないのか二人と二羽は団子や餅、餡子等を作っているので団子屋夫婦は状況を伝えた。


「あ、天野宗助職人が、ここに来られるですって!?」

「青葉を描いたお人…それがここに」

「それでうちの師匠…掛け軸の兎達が慌てて準備してるんです」

「お婆様を描いたお人が…」



三人は突然の知らせに驚きながら店の奥から店内を覗き見るが繁盛している様子を見れどまだ天野宗助は来ていない。

急ぎ準備する掛け軸達はせかせかと動き、看板娘であるお銀は紅葉と共に店に出て接客しながら来店を待っていた。

団子屋夫婦もいつも通り営業しながら様子を伺いつつ掛け軸達の進捗も見る。


そんな彼らが緊張の面持ちで待っていればついにその時はやってきた。


≪来た!親父だ!!親父が来るぞ!!≫


店先にいた紅葉がお銀の元へ戻ってきてぴょんぴょんとお銀の足元で跳ねながら言うので彼女は急ぎ店の前に立つ。

それを見ていた掛け軸の持ち主達がじっと店先をみれば三人の男がいた。


男の一人は掛け軸を買ってからのその後の様子を聞きに来たので顔を知る花衣屋の邦吾という男。

一人は大変体格のいい男で槍を肩に担いだ男。

そしてもう一人は細身な男だが何故か持ち主達はこの男が天野宗助職人であると確信した。


天野宗助は列に並びながら邦吾から店について何かを聞いているのか大きな男と共に客や店の中を覗き込んで様子を見ていた。

掛け軸達はどうやら準備が出来たようで店の奥から父の様子を見て珍しくはしゃいでいる。


≪久々の親父だ!≫

≪よかったぁお元気そうで、今日は太郎殿も一緒なのか≫

≪何を頼んでもいいように準備したけれど何を食べてくれるのかしら≫

≪おぉ!あの太郎殿の持つ槍!あれは我らが新しい兄弟ではないか!立派な槍になったなぁ!≫

≪あの槍の子から大太刀のお兄様と同じ星の気を感じる…だからかしら、綺麗な銀の髪だわ≫


わいわいと話す掛け軸達に持ち主達は天野宗助と話題に出た槍を見た。

大きく立派な槍に彼らの周囲に並ぶ客達も感嘆の息を漏らしながら見ており、刃が見えずとも鞘や柄等の部分から美しくも強さを感じた。


しかし下賤な考えを持つ者は何処にでもいるもので槍を見て奪おうと近づき、難癖をつけている者が見えた老婆の掛け軸の持ち主である導十郎は店の奥から飛び出して難癖をつける男の腕を掴む。


「おい、その人から離れろ」

「あぁ!?なんだてめぇ!?こんな農民みたいなのがこんな槍をもつなんておかしいから盗んだと考えるだろうが!農民に不相応なんだからよぉ!それにそこのひょろ長いのも一緒に農民の癖に商人に集ってここに来てるんだろうが!怪しんで当然だろ!」


導十郎はなんてことを言うのかと眉間に皺が寄るがいつの間にか店の奥から他の者には見えないが兎と老婆、貴族な服装の男が出てきており今導十郎が腕を掴んでいる男を睨みつけている事に気づく。

いや、彼らだけではない。周りにいた()の作品であり子供と呼べるもの達が集まり始め男を睨んでいたのだ。


人に動物、河童等の妖怪のような姿のものが男を囲み睨みつけていたのである。

これに導十郎はあーあ、怒らせたと冷めた思いが出たのか顔に出てしまう。

何故なら彼らの父の友人だけでなくその父も愚弄したのだから。


「おい兄さん」


天野宗助が一言声をかけた時、難癖をつけていた男の足はまるで地面に縫い付けられたように動けなくなった。

声をかけた方を見た男はひょろ長いと称した男の後ろの影がゆらゆらと動き亀と蛇と鳥のような形になる、それぞれの顔の形をした箇所の影からぎょろりと目が現れて男を睨みつけるのを見た。


「その槍は俺が作った槍だ、盗んじゃいない」


男は口を開こうにも縛り付けられるように、上から押さえつけられるように圧を感じ、口も縫われたかのように動かない。まるでかろうじて息を許されるように鼻だけは手を離されているようだった。


「立派な槍だと褒めてくれるのはうれしいがこの槍はこいつ専用だ、槍が欲しいなら悪いが他をあたってくれ」


宗助の言葉に激昂し声を荒げそうになった男だが後ろの影が目を細めて威嚇するだけでなく、隣に立ち今まで静かに聞いていた槍の持ち主である太郎が手に持つ槍を地面にどおんと大きな音をさせてついた。

表情は男の背が高い故によくわからかなったが目は完全に座っており、佇まいが先ほどと違いまるで武人のように堂々と槍を携えて立っていた。


男が完全に萎縮されたのを見た邦吾はやれやれと首や腕を大きく動かしてわざとらしく呆れたというように動くと冷たい目で男を見た。


「あんさんがひょろ長いと称したこのお人はなぁ、今大人気の簪や商品を作ってくれる職人なんや…いつも花衣屋のお世話になってる職人さんであり私個人で可愛がらせてもらってる職人さんとお団子食べたらあかんのか?」


どうなんや、なんとか言うてみいと詰める邦吾は珍しく怒ってると彼の店での穏やかな対応を知る者は目を見開く中で騒ぎを聞きつけて同心達が集まってきた。

男は騒ごうにも声が出せず、邦吾や周りの並んでいた客や店にいた客、そして何より導十郎の証言により男が連れていかれることとなった。


漸く動けるようになった男は宗助に向かい化け物やら恐ろしいやらと叫びそれを聞いた太郎がもう許さんと動こうとするが邦吾と宗助に止められた。

そう()()は。


≪我が主の太郎殿だけでなく父上も愚弄するとは…もう許さん≫


太郎の傍に控えていた銀髪の美男な男が手に持っていた槍で男を突き男の体から丸い何かを取り出した。導十郎は突然の事で驚き声が出せなかったのだが近くまで来ていた老婆が大丈夫と導十郎に声をかければ槍は男から抜かれる。


≪ふん、小さい器よな≫


槍を抜かれた男の体には傷は一切ない。

が、それを見ていた彼の兄と姉であるもの達は「あ」と声を上げ止めようとするがその前に銀髪の男が丸い何かを槍の刃先から取り外すと握り潰してしまった。


≪あらまぁ…≫

≪あーあやっちまった…≫

≪もうあの男に縁は無いわね…≫


丸い何かだったものはさらさらと砂になって消えてしまい、それを彼の兄姉達は見てあーあと声を揃えたがあまり同情しているようには導十郎の目には見えなかった。

あれは何なのだと考える導十郎の疑問を察した老婆が邦吾に教える。


≪導十郎、あれは人が色んな縁を繋げる要になるもの、それを弟が壊してしまったわ≫

「縁?」

≪人や物との縁…そうねぇ、いい人やいいものに出会えたりするのは縁が結ばれるから出会えるのだけど…それを結ぶ為の要になるものを壊されたからもうあの人には縁は結ばれないのよ、いい縁も悪い縁もね≫


導十郎はそれはあの男にはこれからは人にも物にもいい縁も悪い縁にも結ばれない、つまりは何も出会えないということで途轍もなく寂しい人生を歩むことではと考えた。

少しやりすぎな罰だなと零した導十郎に老婆も頷くが他の若い兄弟達はそう思っていないようでざまぁみろと男の背中を見ていたのであった。



「あの、助けて頂きありがとうございました」


導十郎は連れていかれる男の背中を見ていたが天野宗助に声をかけられ驚くように目を彼に向けた。

そこには導十郎よりも小さな背に線が細い男がおり老婆がお父様と嬉し気に微笑まなければ職人とは分からないだろう。


導十郎は自分は何もしていない、無事で何よりだと彼も微笑み、貴方には恩があると伝えた。


「恩?」

「はい、とても大きな恩です」


首を傾げる天野宗助に導十郎は微笑みながら席が空いたから案内したそうに立つお銀を見て茶を飲みながら話しがしたいと共に来た連れと相席はいいだろうかと聞いた。

天野宗助は突然の誘いに驚くが確認するように邦吾を見て、邦吾が頷いたことから誘いを受けることにした。


宗助達は席へ案内されるがそこにはすでに二人の男女 お由利と卯景が座っており、宗助に頭を下げ、宗助と太郎は相席をするのでと互いに頭をさげた。

導十郎に椅子に座るように言われ座るとすぐさまお銀とは違う店員の男性と女性 菊二とお椋が宗助達の席にやってきた。



「お待ちしておりました天野殿」

「え、なんで名前を…」

「えと、この店にある掛け軸は貴方の作品なのです、我々のお気に入りなので…」

「あー…俺が宗助さんの事を言うたんですわ、店に来ることもー…そうですよね?」


話の流れを見た邦吾が自分が切っ掛けと宗助に伝えると宗助はなるほどと頷くが太郎はじっと怪しむ様に見ると店員の後ろから二羽の兎が見え、そういうことかと理解し、邦吾の補助に回ることにし黙った。

俺もこういった対応に慣れてきたなと邦吾は内心笑うがその心は作品である掛け軸の面々にのみ察せられ、またミカと呼ばれる雌兎は主人の元へ導いてくれたお礼も込めてにヨモギの餅を彼らの注文の品に添えようと決めた。


「宗助、まずは何を食べるか決めよう、店の人もそれを聞きに来たのだろうし」

「ん、そうだな…でも全部おいしそうだし…そうだ、土産も欲しいのですがおすすめはあるでしょうか?」


品物名が書かれた板を眺めた宗助は決められなかったのか菊二にそう聞くとおすすめはみたらし団子、土産にするならこの中では日持ちする饅頭がいいと言われ宗助はみたらし団子と饅頭を二人前を土産で頼んだ。

太郎も同じ物を頼む中で邦吾が追加でぜんざいを三人前頼み、二人が一人で食べるのかとぎょっとして見る中ですぐに二人の分と伝える。

菊二はそれを聞くと笑顔で注文承りましたと厨へ戻っていった。


「可愛いがってる二人に奢りたいねん」

「…邦吾さん最近よく素を見せるようになりましたね」

「おゆきちゃん含めて君らは可愛い弟妹みたいなもんやもの、勿論職人としても信頼はあるけどね」


太郎は俺も?と驚くが体格が大きくても邦吾にとっては太郎も弟分なのだ。

そんなやりとりを見ていた掛け軸の持ち主達はこんな幼さが残る青年があの掛け軸を描いたのかと驚きつつもこの恩人といえる職人を見ながら団子を楽しんだ。


ちらりとどう切り出すかと伺う彼らに邦吾はそういえばとわかりやすく話を切り出した。


「そういえば相席されている方々も掛け軸の持ち主ですね」

「え?ってことは老婆と渓谷の…」

「えぇその掛け軸ですよ…掛け軸の持ち主同士で交流があったんですねぇ」


でしょ?と目で話を合わせろと語る邦吾に掛け軸の持ち主達は皆首を縦に振り頷いた。

そんな持ち主達の後ろから所有している掛け軸達が宗助が自分達を感知出来ないことや自身が作る物が起こした事は知らないとそっと耳打ちすると持ち主達はなんてことだ…と驚くが知られてはならぬことなのだろうと黙っておくことが暗黙の掟なのだと察したことや太郎の後ろにいる槍の化身といえる銀髪の男が指を口に当てて黙っていてくれという仕草からもこれは我々の秘密なのだと口を閉じた。


でもこれだけは言いたかった。

今までにない人生を歩めるようになったきっかけの職人にこれだけは言いたかった。


「天野殿、素敵な掛け軸を描いてくれてありがとう」

「貴方の掛け軸は我々の家を明るくしてくれたのです」

「我々は貴方のお陰で笑顔で過ごせるようになりました」


「「「「本当にありがとうございます」」」」



彼が月と兎を描かなければ店はすたれており美味なものが自身や他者に与える幸福を知らずにいただろう。

彼が老婆を描かなければ男は今でも心を閉ざして氷のような顔でいただろう。

彼が緑あふれる渓谷を描かなければ女は心を壊し、男は愛に気付けず失っていただろう。


人生を変えてくれた掛け軸を生み出したこの職人に感謝を言いたかったのだ。



「え…と」

「宗助さん、貴方の描いた掛け軸は幸福を運んでくれたんですよ…だからこの感謝は受け取らないといけません」

「宗助、お前にとっては只の掛け軸だったかもしれないがこの人達にとっては大事な掛け軸になったんだぞ」


だから喜ぶんだ、と優しい笑みで語る太郎に宗助も大事にしてくれる人に作品が出会ったのだと喜ぶことにした。

姿勢を正すと宗助は四人に微笑むと頭を下げた。


「俺の子供達を末永くよろしくお願いします」

「「「「はい!」」」」


その言葉に応えるように持ち主達の背や腕に寄り添い幸せそうに笑う掛け軸の化身が見えて太郎と邦吾はきっとこれからもいい関係でいられるだろうとまばゆそうに眼を細めて笑みを浮かべた。


「ところでもう一ついいたかったのですが…」

「はい?」


お由利が顔を持ち主達と見合わせると彼らは頷きぐっと宗助へ前のめりになる。

宗助は思わず後ろへのけぞれば息を合わせたかのように同時に口を開く。


「「「「なんで掛け軸をあんなに安くしたのですか!!」」」」

「えぇっ!?」


その心からの問いに邦吾はそれは自分も思ったと賛同し、太郎は納得の声をあげ、当の掛け軸達は大きく声を上げて笑うのであった。


宗助は掛け軸をお店に卸した時は絵師として新参者であるため最低価格からするのが筋だと伝えたが理由を聞いても四人は理解はするが納得いかない!という顔をしており、それに困り顔をしていた宗助に手助けをした…のではなく四人の気持ちが大変よくわかる邦吾がいい案があると口を開いた。


「ならば後日皆さんが納得する品をこちらで宗助さんの家に届けましょうか、それなら皆さんも納得のいくものを選べますよ」


その案に宗助は困惑の顔をするが四人は少し考えるとまぁそれならと納得した。


「えぇ…」

「(まぁ宗助さんにお礼したい言う人はいっぱいいるんやけどなぁ…私らもやけど小春姫様もそうなんやろうし)」


邦吾はあの小春姫の突然の来訪には驚いたが少し時間をおき、冷静になり考えてみるときっと小春姫様は友である黄奈姫様を助けてくれた簪を作った天野宗助という職人に礼をしたいとずっと考えており、そんな中で城のお足元であるこの町に偶然にも品物を卸しにきた宗助の事を知って、必ず捕まえる為に店に急いできたのではと推測していた。


あの頭の回るあのお人にしてはかなり強引だったなぁとまた思う中でお銀が注文の団子を運んできたので受け取り宗助達に今は美味しい団子を味わいなさいとみたらし団子が積まれた皿を差し出した。

皿を受け取った宗助は美味しそうなみたらし団子に笑みをこぼし太郎の皿にも取り分けると二人は団子を食し美味な団子に顔を緩ませ表情から美味しいと語る。


それに二羽の兎はよしっ!と飛び跳ねて喜び老婆と美しい顔をした青年は顔を見合わせて微笑みあった。

一本食した後に茶を飲んだ宗助は驚いた顔をして目をぱちぱちと少し瞬かせると微笑んで美味い茶だと一言零しお茶を入れたお椋は嬉しいと喜ぶ中で太郎はちらりと宗助を見ながらお前の茶もうまいよと告げた。


「お前の茶を義晴様も褒めてたじゃねぇか」

「俺は茶の師匠がいたからな、その人の茶が美味くて俺も淹れたいと弟子入りしたんだ」

「…天野殿は茶をたてられるのですか?」

「道具があれば人並みには出来ますよ」


宗助はそういえば自分様にと小さい茶畑を昔に作ったが抹茶をたてる用の道具を作ってなかった事を思い出し、道具だけでなく茶器作りにも取り掛かろうと頭の中で決めた。

どうせならいろんな色の茶器作りたいと構想する宗助の思考を読み、脇を太郎が小突いて思考をこちらに戻させた。


「…お前なぁ、それは自分の家でやれって」

「また思考が作品作りに行ってたんですなぁ…今度は何作りたいんですか?」

「茶器」

「!、ぜひうちにも卸してくださいね!」


わくわくと微笑む邦吾に商魂たくましいと皆が思う中で作品達は新たな兄弟の誕生を心待ちにする。


今度はどんな弟妹が生まれるのだろうか。

美しいのだろうか、可愛いらしいのだろうか、どんな願いを込められるのだろうか。

その茶器はどんな人間と縁が結ばれるのだろうかと。


きっとその新しく生まれる物達もまた人のために頑張るだろうと信じていた。

何故なら自分達がそうであるのだから。

そうあれと願われたのだから。




ぜんざいも美味しく食べた宗助と太郎は奢ってくれた邦吾に礼をして、そろそろ村へ帰らねばと帰宅の意を伝える。


おゆきのお土産に饅頭と宗助は街で作品の素材にと購入した少量の素材を布でくるんで背負うと太郎と共に楚那村へと帰って行った。

その姿を見送っていた邦吾はまたこの街に来てくれる事を祈りつつ二人の背が遠くなると店へと戻って行った。


「何だか大変な一日やったなぁ、でもしばらくは大きい催しはないやろ」


そう零す邦吾だったが、それから数日後に花衣屋に清条国の隣国に嫁いだ姫君が大輪の花を髪に差してやってくる等知りもしなかった。


その来訪によりこの街が大騒ぎになることも。




……………………


翌日、楚那村へ帰宅し土産をおゆきに渡した宗助は自宅である家へと山道を登っていたのだが血の匂いに気付き足を止めた。

匂いが宗助の近くであると気づき足を向けると血だまりの中に倒れるものがいた。

まだ生きているのかそれは苦しそうに身動いでいる。


「…蛇?」


宗助は蛇が血だまりの中にいるが見たことがない蛇だと鱗の色から考えていたのだが…よく見るとそれは蛇ではなかった。

なんと四股が切断されており、それは蛇ではなく蜥蜴であると宗助は気づく。

あまりのむごい姿に吐き気がしながら蜥蜴を優しく抱えると急いで家へと駆けた。



蜥蜴は少し身動ぐも抵抗する力はないのかその身を宗助に預けて彼を見上げていたのであった。



次は番外編になります。

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[一言] 楽しみにしていました 次も楽しみにしています
[一言] ほんと何で制作者にだけ見えないやら笑
[一言] 待ってました。更新ありがとうございます。
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