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第8章 花簪 四季姫 桜吹雪 前

長くなったので前、後で分けます。


夏も終わり秋に入ったある日、俺の家に新しい人がやってきた。

それは村長に連れられてやってきた人で以前に鏡を贈った隣村の村長の娘さんがいる店から来たらしいその人は商人だそうだ。恐らく村長が連れてきたのなら怪しい人ではないのだろう。


太郎とおゆきが俺の後ろで心配そうに見る中でその商人は明るく声をかけてきた


「今日はお会いして頂きありがとうございます!私常和の花衣屋から来ました邦吾(ほうご)といいます!」


話し方が関西弁訛りのその人はにこにこと俺を見ながら話していたが・・・狐顔で雰囲気がこう、少々胡散臭い。

後ろの二人もそう思ってるのかむっとしている気配がする。


「「胡散臭い」」


あ、正直に言ったや。二人とも素直だからなぁ。

俺も思わず頷いてしまい村長がコラァ!!と怒るが邦吾さんは慣れてるのか苦笑していた。


「よく言われます…でも正面から私にいうた子初めてだぁ…」

「すみません…」

「「ごめんなさい」」

「気にしてないよ」


笑顔でこちらを許した邦吾さんは村長にこの子ら良い子ですねぇとのんびりとした口調で話す。

…もしかしていい人?

と思っている中で村長が今日来た用件を教えてくれた。


「宗助、前から簪を売り物用に作っとっただろう?その話を世間話でしたら隣村の村長からあの鏡の娘さんに話がいったそうでな、是非花衣屋にお前の簪を卸して欲しいそうだ」

「お咲の姐さんのあの鏡を作ったお人の簪となると大旦那様は是非店に置きたいと…一応私が確認も兼ねてお願いに参った、という次第です」



確かに前から売り物に出来るかと簪は作っていたしいいところがあれば教えて欲しいと頼んではいたが…。まさかこんなに早くしかも話を聞く限りその店は中々の繁盛する店だ。嬉しいが俺の簪がうれるかどうか…しかも一部遊んで派手なのもあるんだよなぁ。

そう俺が悩んでいると後ろにいた太郎がそっと覗き込んできた。


「どうした宗助?前々から売ってくれそうな店を探してたなら今邦吾さんに見てもらったほうがいいんじゃないのか?かなり量もあるんだろ?」

「確かに売り物用は結構あるが…その派手なのがあってなぁ」

「派手?」


派手と聞き邦吾さんは少し首を傾げる。

実は遊びで派手な簪も作ってしまったと伝えると邦吾さんは細い目を爛々と輝かせ楽しそうに笑った。


「そいつは是非見たいですねぇ、宗助さんの遊んだもの…きっとすごいものでしょうから」

「期待されると困るんですけど…」

「宗助ちゃん私も気になるわ」

「俺も」


邦吾さんだけではなく太郎とおゆきのお願いに俺はまぁ売れるかどうかは邦吾さんの判断だしととりあえず作った簪を持ってくることにした。

俺は種類毎に箱に入れた簪の箱を邦吾さんの前に出すとその多さから驚かれるが、俺は気にせずまずは一本簪の箱達から開けた。


「これは…なんと美しいっ!」


シンプルな玉簪は蜻蛉玉で様々な模様の種類を作り、房簪には花をモチーフにしたものを多く作った。

平打ち簪は蝶や花、猫等のシルエットを透かし彫りで表現した。

またこれらに現代風に飾りの玉や房をつなげ、揺れると華やかになるものもある。


「この玉簪はまるで夜明けの空のようで、これは黄昏の空!この房簪はなんと美しい藤の花なんでしょう!この猫の簪も可愛いらしい…!!それにこの華やかな簪!これは見たことない趣向のものですが揺れる音が心地良く髪が映えること間違いない!!」

「やっぱり宗ちゃんのつくる簪はかわいいわね!」

「おゆきはどの簪が好きなんだ?」


興奮するように簪を見比べ、手に取る邦吾さんの隣で太郎がふとおゆきに聞く。…ほほう?それは是非聞きたいな。いつかのために用意しないといけない。

おゆきはニコニコと今自身がつけている以前あげた簪を指さした。


「これが一番好きよ」


雪月花を布でつまみ細工で作ったもので白く美しいがシンプルなものだ。

おゆきは相当気に入っているのかここに遊びに来るときはいつもつけてくる。

そうかおゆきはそういうのが好きか、なるほどな。おい村長ニヤニヤするんじゃねぇ。


あ、そうだ。いい機会だから聞いてみよう。


「そうだ邦吾さん」

「あぁ、これもすばらし…あ、は、すみません、なんでしょう?」

「この玉簪もう少し華やかにしたほうがいいですか?すこし単調な気がして…」

「え、これで!?…いえ、このままでいいでしょう!さらに飾りを追加してしまうと少し値段が上がってしまうのです…この玉簪ならば庶民的で使い勝手がよく、低くめの値段で売ることが出来るので需要は高いかと…あ、他のが売れないって言ってるんじゃないですよ!?」


そうか確かに飾りが多いと値段が少しあがってしまう…どうせなら多くの人につけてほしいし、この玉簪も房等の飾りもあまりつけないほうが色んな着物に合うかもしれないな。

プロの意見は素直に聞くべきだ。


「ならこのままにして…これが二本足と櫛型になります」


俺はこの二種類の簪の蓋を開ければ邦吾さんとおゆきは歓声をあげた。

村長と太郎はパチパチと目を瞬かせている。


「これまたすごい!」

「素敵!すごくかわいい!」


二本足の簪は華やかな大輪の花を咲かせたものが多く、これで飾ると髪もかなり華やかになるだろうがそこまで主張しすぎないものにしている。

櫛型は木製で蒔絵風なもので統一した。本当は現代のようにコーム型も作りたかったが材料的に難しい、作れることは作れるが鉄で作るので頭が重くなってしまいつける娘が可哀想だ。


…さて問題のあれらを出すか。


「あぁすごい!これは姐さんが気合入れて売り出すぞ!!こんなに華やかな簪、町の娘達は欲しがるにちがいない!この櫛型は武家の娘だけでなく奥方も殺到するやつだ!」

「…で、これがその…派手なやつで」

「これは豊作すぎ…こほん、その箱のものですか?」


売り物用の簪の箱とは別に少し小分けにした箱がある。

そうこの中に俺が遊びで作った派手なのが入っているのだ。

いざ、と全員が俺が手にした一つの箱に視線が集中する。


俺がその中の一つを開けようとした瞬間にドタドタと大きな音が近づき戸が吹き飛ぶのではないかと思うほど勢いよく開いた。


「宗助!!」

「間に合ったか!」


戸を開けたのはいつもの義晴様で後ろには三九郎さんがいた。

驚いて動かない俺に義晴様は距離を詰め、肩をつかむ。


「宗助!商人の相談をするときに何故俺を呼ばない!無暗に作品を卸してないよな!契約はしてないか!?変な店のものではないよなぁ!?」

「よ、義晴様…!?なぜ、ここに…」


村長をギッと睨む義晴様は俺の肩をつかんだまま噛みつくように村長に応えた。

そもそもアンタは俺の保護者か?保護者は村長なんだが。…いや、最近は義晴様のほうが保護者っぽいかもしれない。


「部下の忍びから連絡が来てな!宗助が作ったものを商人が見に来てると!」

「急いで駆け付けたというわけだ…間に合って良かった」


三九郎さんは先ほど見た簪の箱を見て、おぉこれはすごいと感嘆の声をあげながら太郎達の横に座り楽し気に眺め始めた。

…あの義晴様は放置ですか?これは俺が相手しろってこと?


そんな義晴様は俺の横にバッチリとおり、三九郎さん同様に多くの簪に目を輝かせるがすぐに見定めるように邦吾さんを見ていた。

邦吾さんは何が起きたのか分からないのかキョロキョロとしていたがすぐに理解したのかなんとも言えない顔でこちらを見ている。


「宗助さんすごい人に好かれてますなぁ…」

「ははは…本当に」

「で?こいつ信用できるのか?胡散臭いぞ」

「…この人も同じ性質の人やったかぁ」


力抜けるわぁ…と狐顔がフニャと先ほどより柔らかくなる。

多分邦吾さんは商人モードに入ってたのか関西弁の訛りはあれど方言を消していたみたいだけど、この空気に商人モードを壊されたのか恐らく素はこのフニャリとした顔で方言も出る人なのだろう。

先ほどから素なのか訛りが出ているし。


「あ、すいません生まれの喋りでてしまいました」

「いえ、元々訛りもあったんで気にしてないですよ」

「!、私の生まれの話し言葉をご存じで?」

「堺のある地方の話し方ですよね?昔の知り合いですが堺の人いたからわかりますよ」


邦吾さんは一瞬キョトンとしたが、ならば久しぶりにこっちで話しますわと嬉しそうに笑った。

生まれの事を知る人がいるのが嬉しいんだろうな。そういえば昔に話せるようになりたいとオランダのこと勉強して、大学で留学に来てたオランダ人のアントンに聞きに行ったら話せたこともだが国の事を色々知ってくれようとしてることが嬉しいとそこから仲良くなったんだっけ…もう会えないけどどうしてるかなぁ。


「もういいか?宗助も何考えてるか知らないが戻ってこい」

「あ、すいません」

「ほんまおもろい人やなぁ宗助さん」


クスクス笑う邦吾さんに義晴様がジトッとした目で見てる。

多分まだ怪しいんでるんだろうか…。


「心配せんでも私らはこのお人の作品をしっかりとしたお値段で売りますよ」

「…お前、その法被は花衣屋のものだな」

「小春姫様には目をかけてもらってますわ、また新作見に来てくださいとお伝えいただけると嬉しいです」

「俺に言伝を頼むと?中々いい度胸だな」

「いえ、小春姫からもし店のものが月ヶ原義晴様にどこかで会って、その時店に新作やらが出る時期だったら言伝を頼んででも必ず伝えさせるようにと依頼を受けてるんです」

「あいつめ…」


小春姫?と首を傾げていれば太郎がそっと義晴様の従妹にあたる方と教えてくれた。

中々の食わせ者で城の家臣達全員で束になっても叶わぬ程将棋の腕がいいらしい。

なるほど智将タイプな姫様か。しかも義晴様を足に使うくらいの胆の据わったお方らしい。


「まぁ、花衣屋なら心配はいらないか…」

「おやよろしいので?」

「噂もそうだが、元々候補の中にあったからな」


…何の候補?

俺の考え等お見通しなのか俺の頭を鷲掴みぐりぐりと回される。首がとれそうだ、やめて欲しい。


「お前の品の卸先だ、信頼出来る店を紹介するつもりだった」

「宗助さんは本当に義晴様に好かれてるんですなぁ」


ふふふと笑った邦吾さんは柔らかく笑ってた顔を先ほどの商人の顔に戻した。


「さて宗助さん、そろそろあなたが派手いうたやつ、見せてくれまへん?さっきから気になって気になって」

「あ、すみません!…どうぞ」


俺は箱の一つを開ける。

そこには白い布で出来た大輪の桜が幾度にも重なり咲く花簪が入っていた。

持ち上げれば簪についている同じ色の紐と玉飾りが揺れる。

少し季節は違うが春につければとても目立ち桜も美しいだろう。


「こいつは…なんて美しい桜や」

「季節外れですけどね」

「いや、そんなん関係ないほどに綺麗な桜です…これをつけて外歩けばみんな振り返りますわ」

「大げさだなぁ…」


そんなことない!と邦吾さんはいう中で俺は次の箱を開ける。

こちらにはこちらも同じく布で出来た大輪に咲いた向日葵の花簪だ。

こちらは特に飾りはつけずシンプルだが向日葵自体が派手なのでいらないのだ。


俺は続けて残りの二つも箱から出した。


一つは竜胆の花簪。

布で出来ており四輪の花が咲いているがぎゅうぎゅうに詰めたような咲き方ではなく少し間を開けて咲く竜胆の花達は薄紫色で美しく、少し葉もついており、垂れている同色の二本の紐もいいアクセントになったと俺は思う。


一つは梅の花簪。

布で出来ており、つまみ細工でつくられた小さな梅は赤と白の花が咲く。ひしめくように咲いているが互いを崩さず支えるようになっている。

鹿子の絞りの長い紐の飾りが揺れると美しいだろう。



この花達でわかるだろうが俺は四季の花で簪を作ったのだ。

しかしどうせ四季の花を作るならもっと派手にしようと遊んでしまい、この時代の簪にしてはすごく派手なものになってしまったのだった。

え?秋の花は秋桜だろって?この時代の日本には秋桜は咲いてないはずだからな。売りに出すのならこの時代にも咲いている竜胆にしたのさ。


この派手な簪達に邦吾さんは唖然としてるのか何も言わず、こちらを見ている。

やはり売り物にならないか…。


と思っていたのだが、正気を取り戻した邦吾さんは是非店に卸してください!と頭を下げ、俺と契約を結ぶことになった。ちなみに契約は破格で簪の売り上げの半分をもらうのだが俺はお金をあまり使わない、なので俺が欲しい原材料や資材を支払われる分のお金から用意をしてもらうことにした。


例えば100万の売り上げがあり、50万が俺に入る、その50万から俺が希望する木材を用意してもらい、用意された木材と余ったお金を俺はもらうのだ。


正直俺はこうして貰えるとすごく有難い、何故なら山でとれるものにも限界があるのだ。

例えば布等の既製品はほぼ手に入らない、今回は前に義晴様からもらった布を使って作ったものだしな。

他にも気候的に手に入らないものもあるので是非お願いしたい。


とりあえず売れ行きを見るため一度簪と契約した書簡を持ち帰るそうなのだが、先に店への納品代をいただいた、のだが…。


「え、多くないですか…」

「いいえ!正当な値段です!!」


だって3貫はおかしいでしょ!1貫=約15万くらいの値段だからね!?

簪の数が約50本くらいでも多すぎなのわかるからな!


「いや間違えてないぞ宗助、お前の作品ならそれくらい値がつく」

「あぁ、それにお前が派手といったやつ…恐らく後々値段が吊り上がるだろうからそいつ逆に得してるんだからな」

「そんなわけないでしょう」


ないないと手を横に振っていれば全員がはぁと大きく息をついた。

なんだ、もしかして簪って高いのか?


「この人いつもこんなんです?」

「…あぁ」

「月ヶ原様苦労されていたんですねぇ…」



あ?なんだ?なんかコソコソ話してる…。

太郎がほら茶を片付けようなぁというので片付けるけど…なんだろう、なんかあるのだろうか?


この数日後、沢山の人を連れて邦吾さんは家にまた訪れ、契約通りに俺の売り上げから引いて用意したらしい作品の元になる布やら木材、鉱石、あと引いた分の残ったお金(といってもかなり多い)を持ってきた。そして完売しました!また作品を作りましたら是非御贔屓に!と嬉しそうに言ったのだった。


そういえば邦吾さんの隣にいた美人さんの頭にあの桜の簪があったけど、よく似合ってたなぁ。

邦吾さんの言う通り綺麗なものに季節外れなんて関係なかったや。勉強になった。



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邦吾は堺の生まれで、この清条国には両親が死んでしまい親戚が清条国にいたことからやってきた。

そして子供の時から花衣屋で世話になっていた邦吾はそのまま店に丁稚として働くが目利きが良く愛想のいい邦吾を大旦那は気に入り重宝し、そこそこいい仕事も任される程の信頼を得ていた。


そんな邦吾は次男に嫁いだ元農民のお咲を彼は最初は可哀想にと思いながら傍観して見ていたのだがある日突然中身が変わったかのように美しくなり始め、この店一番の稼ぎ頭にまで上り詰めたお咲に驚きながらも彼は心から尊敬の念を抱いていた。


己の力で美しさも人の信頼も名誉も手に入れた言わば誰もが憧れる女であるお咲、それを見ていたからこそであり、元々この店の大旦那に恩義を感じていた彼は自分はこんないい人達の傍で働けることがすごく幸せなのだを感じていた。

しかし、彼は幸せはこれだけじゃなかったのだ。自分はなんて恵まれた人間なのだと後に己は語る。


尊敬し姐さんと呼び慕うお咲の持つ鏡、この鏡を持ってからお咲は自分を変えることの出来たというほど美しく不思議な鏡を作った人が最近作った簪を売りたいと店を探しているとお咲の父親から情報が入ったのだ。

お咲と大旦那、次男の菊太郎はその情報に喜んで飛びついた。


是非うちに置きたい!とお咲はすでに信頼しているのか手鏡を手に嬉しそうにする中で大旦那もお咲の鏡の美しさや不思議な力を知っているためにわくわくとした表情でお咲の父から聞いた話を邦吾にした、その際に邦吾に鏡の作者 天野宗助に是非花衣屋に納品をしてくれないかと依頼することと事前にその簪がどのようなものか見てくるように頼んだ。


邦吾はこれは面白いことになったと快諾し天野宗助の住む村へ行くが天野宗助に会う前にお咲の父に伝手を頼み、楚那村の村長に挨拶をすることとなるのだが…。


「なんやこの村、普通の村やない・・・」


まず畑が彼の知る中で大きくもないのに豊作で、家の構造が他所の農民の家とは全く違う。

そして農民なのに何人かが根付をつけているのだがその根付はどこかの職人が作ったのだろう精巧で美しい造形であった。

金持ちの村?いや、それやったら農民なんてしてないはずだと邦吾はすぐに考えを打ち切って今は村長に会いに行くべきだと足を進めた。


楚那村の村長 虎八須に挨拶し、用件はすでにお咲の父親から伝わっていたためすぐに話は理解してもらえたのだが…。

ううむと唸られてしまい邦吾はどうしたのか聞けば応えづらそうに彼は口を開いた。


「心配事があってなぁ」

「心配事?」

「宗助の作品は何かが起きるんだよ、お前さんの店に嫁いだお咲ちゃんにやった鏡もなんかしたろ?」

「えぇ、そのおかげでお咲の姐さんは店一番の稼ぎ頭です」

「…あの月ヶ原義晴様が宗助の作品にご執心でな、恐らく持ち主の所在の管理されるぞ」

「え」


月ヶ原義晴様って、あの月ヶ原義晴様のことかと邦吾が確認すれば虎八須は宗助の作ったある刀がかのお方を魅入らせたらしくその刀を献上して以降もよくこの村に来るらしい。

そして天野宗助の作った作品をいつも楽しみにしているという。


「だから恐らくアンタの店に月ヶ原義晴様の監視が入っちまうぜ」

「…それはもうすでに行われているのではないですかねぇ、小春姫様が花衣屋のご常連になられてますので」

「あぁ、鏡の時点でか…」


邦吾は一応これも検討材料に入れないと、と頭の片隅に置いておくことにし早速用件の人である天野宗助の元へ行くこととなった。

山道を登ることに邦吾は驚いたが意外と苦もなく登れた道であったため今日以降来ても、荷物を持っていても登れそうだと判断する。


登った後に見えた一軒家に驚くが内装の構造や日用品は邦吾も見たことのないものばかりであった。

本当にここに住んでいるのは人なのだろうか。そんなことを思う程に邦吾にとってこの家は不思議な家であった。

が、すぐにその考えは変わる。


「えと、はじめまして、天野宗助です」


実際に会った天野宗助は邦吾の想像よりも大変若く普通な青年であった。

村長曰くどうやら戦の世を嫌って山に籠っているとは聞いたがこんな若者が山に籠ってしまうなんて余程の目に遭ったのだろうと考えたが、自分は商人であると思考を切り替えた。



その後、商談はうまくいきそうだと邦吾は安心し問題は簪の出来と実際に簪を見せてもらったのだが。

派手なのもあると不安そうにしているがまずは出来次第で一度店にて検討をと考えていた。


しかし宗助が簪の箱を開けた瞬間、邦吾はこの考えを一瞬で遥か彼方に放り投げた。


目に入るのは美しい簪。

単調なものでも美しい色合いと美しい絵。

透かし彫りも可愛らしいものもあれば艶やかなものまであり、房簪も己の店で並んだことのない飾りや色に目を奪われた。

何より見たことのない飾りの使い方。

玉の飾りが連なり、鎖や紐でつながれた先には玉や花の飾りが揺れる。

これをつけた女の髪は美しく華やかになり、男だけでなく女の視線を奪うだろう。


これは必ず店に持ち帰らねばならない。

検討等いう時間などない。すぐに店に並べねばならぬと彼の中の長年鍛えられた商人の勘と経験は激しく彼を突き動かしていた。


この時点ですぐに商談をまとめよう、言い値を出すと決めていた邦吾に宗助は単調な簪にもう少し飾りを増やすべきかと問うた。

これには邦吾は驚いた、ここまで素晴らしいものを作りながらもこちらに意見を聞こうという姿勢があり、より良くしようとしていると。

腕のある職人は誇りがあり、店が出す要望を聞かぬ時があるのだがこの素晴らしい腕の職人は聞いてくれるのかと。


邦吾はすぐに相談された簪を手に取るが首を横に振り、このままでいいと頼んだ。

飾りを増やす分値段が上がるのもあるがこの美しい簪を自分の感性で壊すなんてしたくなかったのだ。


宗助は納得すると次の箱から簪を取り出す。これも素晴らしい出来と美しさに邦吾はこんないいもの見れるなんて来てよかったと思っていた。

そしてこの職人の作品に魅入られた月ヶ原義晴に同意してしまう。これは一度魅入られたら抜け出せないだろうと。


その後にその月ヶ原義晴が乱入してくることに驚いたり、生まれ故郷の堺を知ってるらしいという少しうれしい話題が出たが、邦吾はそれよりも宗助が遊んで派手にしてしまったという作品を見たかった。

あの素晴らしい出来の簪達を差し置いて派手と称したものはどんな作品なんだろうか。


ワクワクと心待ちにする中で宗助がついに件の箱の一つを開けた。






箱を宗助が開けた瞬間、邦吾は桜の匂いと花弁に包まれた。

ハッと一瞬気を失うような感覚になり辺りを見回せば、前にあるのは箱に入った桜の簪。

その美しさに思わず邦吾の呼吸が止まる。布で出来ているのにまるで本物の桜のような錯覚に陥ったが宗助が持ち上げたことでさらりと簪から垂れる飾り紐が揺れ、カランと玉同士が打つ音に現実に引き戻された。


「こいつは…なんて美しい桜なんや」


ようやく絞りだしたその声は宗助の耳に入っており、季節外れだというがそんなこと全く関係のない程に美しかった。

何故なら己が今、この桜に魅入られているのだから。


そして次々と箱から出される花簪。

箱から出るたびに模られた花の匂いと花弁が邦吾を包みこむ、邦吾はふと周りをみれば周りも魅入られているのか声も出せず只々簪を見ていた。


そんな中だったまた桜の匂いと花弁に包まれ、桜の花びらが集まったと思えばそこから白魚のような手が現れ、邦吾の頬を撫でた。


《私と妹達をちゃんといい人に売って頂戴ね?》


桜の中から現れた桜の美しい着物を着たとても美しい黒髪の女は優しく邦吾の頬を撫でると正に桜のように小さく美しい微笑みを浮かべ消えていった。


暫く呆けてしまったが邦吾は意識を取り戻した後に宗助と契約を結び、簪を全て持って店に戻ったのであった。




「若、よかったんですか?」

「あぁ、あの簪はあの店に行きたかってたみたいだしな…しかし、なんで宗助はあれが見えないのか…すごい光景だったな」


邦吾はあの桜の黒髪の女しか見えてなかったが、二人の目にはあの場には多くの女がおり、全員が宗助を囲んでいたのが見えていた。

しかもそれぞれが様々な美しさを持つ美女だ。


「まるで宗助が遊郭の女に囲まれ侍らせているようでしたね、恐らく簪だとは思いますが…あいつと腕を組んだり背に寄りかかっていたり、髪を撫でつけているのもいましたねぇ…」

「しかも全員別嬪とくれば、並みの男なら大喜びしそうな光景ではあったな…」


まさにハーレムの状態であったが宗助は全く見えなかったようで動じず邦吾に応対していた。

しかし周りにいた美女達はそれを気にせず、宗助の傍にいれるのが嬉しいのか彼に甘えるように顔や体に触れたり、笑顔で彼の顔を覗き込んでいたりとしていた。その中で宗助の傍にいながらもじっと邦吾を見ていた四人がいたのである。

この四人は特に美しく、別格と言わざるを得ないほどであった。


「特に美しかったあの四人は恐らく…」

「最後の花簪達だな、間違いなく」


それぞれが模られた花の着物を着ていたこともそうだが圧倒的な存在感と振る舞い、座っているだけでそこらの男どころか女も近づけぬほどの美しさが宗助の傍にいたのである。

その中で桜の服を着た美女は邦吾を気に入ったのか顔に触れていたのでそこで義晴はこの簪達はこの店の男に任せることにしたのである。

しかしこの花簪だけは必ず後の所有者を特定しておかないといけないと判断したのではあるが。


「今回は何をしてくれるのか楽しみだ」



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Wiki 天野宗助 作品


簪 銘 不明

天野宗助が商売として作ったといわれる多くの簪。

豊富な種類ではあったが全てに美しい装飾がされており、商人達は一目で彼の作品とわかるほどに美しかったという。当時の花衣屋の中でも売れ筋の商品であったという。


目立った逸話はなく銘もないが、彼が作った簪は当時の女性達の間では幸運を呼ぶ簪と呼ばれた。

それはこの簪を髪に差していると失せものが見つかったり、いい縁と結ばれることが多かったという。


また簪の特徴によっては不思議な力もあったようで、猫の簪をつけると猫が寄ってきたり、蝶の簪だと蝶が髪に止まる等、動物を引き寄せたり。

花の簪をつけているとその匂いがしたという。

また持ち主の身代わりとなり壊れたものもあるという話が残されている。



天野宗助が村の幼馴染であるおゆきと太郎に語ったとされる記録には売り物でも簪を差した女性が美しくなるようにと願っていたとあり、簪はその思いを強く受けているのではと月ヶ原義晴は考え、一部の簪を除き簪に対しては記録を取らずに好きに作らせたという。





実は一話で投稿しようとしていたのですが前話よりかなり長くなりました。

話を書く度に長くなり驚いています。


ある程度の話数書いたら登場人物や作品の一覧のまとめみたいなのを作ろうかと思います。

ゲストキャラみたいなのがちらほらとこの先出そうなのでどの話に出てきたか等も書いていくつもりです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 毎回楽しみにしています。
[一言] 宗助にもこの付喪神みたいなものが見えたら良いのにねぇ……
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