プロローグ 2〇〇〇年 天野宗助展 開催
2〇〇〇年 某月 東京のある博物館にて
そこそこ大きく、そこそこ人の入る博物館。
その博物館の会議室にて、複数人の男女が集まり机を囲い会議をしていた。
彼らは博物館で働く者達であり、その会議は来年の特別展示を決める大事な会議である。
「やはりここは西洋の画家の物を…」
「いや、ここは中国文化のですな」
「それは二年前にやりましたぞ、もう少し新しいものを…」
「しかし、話題に上がる展示がいいでしょう」
「と、いいましてもなぁ…」
あれやこれやと案を出すも会議は難航。
どの展示もいまいちしっくりこないと悩む博物館の役人達。
今回も会議は長丁場になると覚悟をした館員達を救ったのは、会議を経験をするためと入れられた一人の若き青年の案であった。
「あの…!」
今年、入った新人である彼は顔を緊張から引きつり、耐えるように震えながらもまっすぐと手を上げていた。
一斉に視線を向けられたじろぐ若者だが、隣にいた高齢な役人が安心させるように背を撫でて落ち着かせる。その役人だけでなく他の役人の目も優しく若者を見ていた。
「いいんだよ、何か思いついたのだろう?言ってごらん」
「そうよ、今私達は全然思いつかないもの、若いあなたの意見を聞きたいわ」
普段あまり話さない若者が自ら手を上げたのだ、是非聞きたいと彼を知る者達は思い、優しく声をかける。
周りから言ってごらん、大丈夫だよと声をかけられるも緊張で固まる若者に館長も優しく声をかけた。
「君が勇気を出して手を上げてくれたんだ、是非聞きたいなぁ」
優しく、心からの館長の言葉に若者は緊張した面持ちで席を立ちあがる。
発言をしようとする若者を優しく受けいれた先輩役人達はその若者の意見に耳を傾けようと静まり返った。
その様子を確認した若者は一度息を整えると少し裏返った声で案を発表した。
「あの、あ、天野宗助氏の作品を展示するのはいかがでしょうか!」
若者から出た案に一瞬しんと静まり返るも、広報担当の男からがははと豪快な笑いが会議室に響く。
この反応に若者はやめておけばよかったと、泣きそうな顔を真っ赤にして必死にこらえた。
広報担当の男は笑い終えると立ち上がり、くしゃりと泣きそうな顔をする若者の傍まで歩むと、若者の頭を豪快な笑い同様な手つきで撫でた。
「お前!随分渋い趣味してんだなぁ!天野宗助が出るなんてなぁ!」
「驚いたなぁ、まさか若い子から天野宗助の名前がでるなんて・・・でもいいかもしれない!ちょうど展示予定の年は彼の没後〇50年になるじゃないか!」
若者の提案を聞いた役人達はおおっと声を上げ、頷きあう。
そして頭の中で構想が練り上がっていった彼らは意気揚々と提案した若者の頭や肩を撫でる。
その先輩たちからの反応にポカンとした若者は今度は恥ずかしさから顔を真っ赤に染めた。
「よくやった!すごくいい案じゃないか!」
「その、今、歴史物のゲームが人気で天野宗助氏も知られています・・・!関心度は高いかと思いまして・・・!」
「あぁ、話には聞いたけどゲームの・・・うん、確かに話題性もあるね」
「それに天野宗助の作品はどれも逸話を多く持ちます、歴史好きにはたまりませんぞ!」
「なんせ現存しているほとんどの作品が国宝・名品ばかり!見る価値も高いですよ!」
水を得た魚のように意気揚々とあぁしよう、こうしようと案を出す館員達に、はさまれた若者はオロオロと辺りを見回している。意見を出して褒められたものの、話の会話の速度から全く追いつけていなかったのだ。
パンッ!パンッ!
「はい、お静かに」
興奮気味に話し騒がしくなる会議室と、発案者の若者が置いてきぼりになっていることに気付いた館長が見るに見かねて、手を叩き静かにさせると、役人たちは慌てて自分の席へと戻った。
その様子を見守っていた館長は最後の一人が席に着くとにっこりと笑顔を浮かべる。
「さて、決まりましたね。次回の特別展示は天野宗助の没後〇50年記念の特別展示とします。反対意見は…ありませんね。では準備を始めますよ。」
「「「「「はい!」」」」」
その展示会の情報は博物館が発表するとはすぐにニュースになった。
「ねぇ知ってる!?〇〇博物館で天野宗助の作品が展示されるんだって!」
「マジ!?じゃあ、星海宗助を見れるの!?」
「やばい!流星宗助もいるのかなぁ!?」
「昴も来るのかなぁ~!」
「ひゃあ~、天野宗助の作品展示とかやばいなぁ…!あの名品、名画を一気にとかすげぇ・・・!」
「見ろよ!作品展示まだ交渉中のもあるけど!ここの展示確定欄に白百合の薙刀に、清条の名茶器の星呑みがあるぞ!山狼の屏風とか、海断ちの脇差とかでねぇかなぁ!!・・・まぁ、さすがに四神像は無理だろうけど」
歴史好き、刀好きの者達に広まり、
「ほぉ!天野宗助展か!」
「まぁ、確か歴史に名高い職人さんでしたねぇ」
「うちのご先祖様がお世話になったそうじゃよ、…婆さん、展示する博物館は市内じゃし、デートで行ってみるか」
「えぇ、勿論。お爺さんとならどこへでも行きますよ」
「儂も婆さんとならどこでも行けるよ、おぉ!そういえばうちにも家宝の一つに天野宗助の作品があったなぁ!良ければ展示をしてもらおう!」
「あら!すてきですねぇ!」
ある作品を持つ、老夫婦にも広がり
「杉野大臣、新聞です」
「あぁ、ありがとう…ほう、天野宗助展か」
「えぇ、名品・国宝を一堂に集めるとか…あ、そういえば…我々の庁には天野宗助の作品が引き継がれていましたよね、確か…風鈴でしたか?」
「あぁ、そうだ…そうか天野宗助展か、夏ではないし…特別展示で貸してみるか」
「では、連絡を致します」
「頼む…きっと喜ぶだろうなぁ…」
ある環境庁の大臣の目にまでもその展示の話は広がった。
そして時は流れて展示会当日…。
報道、歴史ファン達が殺到し、数多くの人が開館を待つ姿は博物館の敷地外まで列をつくっていた。
「ひえええ…!!すごい人だぁ…!!」
「これはすごいな、ゲームの影響もあるんだろうが…ご年配も大勢いるぞ」
「そりゃあ天野宗助の作品は大河でもよく出てるもの…それが多く見れるなんて知ったら、一度は見たいと思うわよ」
この展示のために博物館はすべての天野宗助の作品を所蔵する博物館、個人で所有する家に電話と交渉を重ね、一部を除いた作品が博物館に集まった。
また、展示の事を知った一部の所有者から展示希望を頂いたこともあり、数多くの作品を展示することが出来たのである。
そして、博物館の広報課は話題を集めるため有名ゲームにて天野宗助を演じた声優による音声案内や、作品の擬人化した作品のキャラが描かれた看板やクリアファイルの配布などを宣伝したり等をした。
その結果、多くの人が集まったのである。
「広報が頑張ったから女の人もおおいけど…やっぱり天野宗助の作品ですもの、報道も歴史好きも集めるわよねぇ…」
「そりゃあそうだろう、あの天下人 月ヶ原 義晴を虜にした作品達だ…それに海外からわざわざ予約している人もいるんだぞ、とんでもない人気だよ」
「…まぁ、すごい数の予約があるわ…特にオランダから」
チケット、団体予約の表を見た館員の女性は様々な国からの予約に目を丸くしながらもオランダからの予約の多さについ数を数える。
それを後ろから見た男はその多さに納得するように肩をおろした。
「向こうでは『神が遣わした鍛冶職人』として有名だしなぁ…なにより『海導の首飾り』が今回特別に展示される、あのアラン提督の一番の宝だからな……今回、よくオランダ政府から展示許可貰えたもんだ」
「それは向こうの方々が天野宗助の大型展示だっていうと喜んで貸し出し許可をくれたんだ…まぁ、簡単に貸し出しはまずいから色々出来る範囲での厳しい条件付けて、だけどね…」
オランダのある有名な提督が所持する首飾り、それが天野宗助作であることを日本が知ったのは実は近年の事であった。天野宗助の作品、関連の品、生涯等を展示した博物館にオランダからの観光客が押し寄せるように沢山やってきただけでなく、学校の団体予約が毎年入ることからあるテレビ局が調べ、オランダで有名な提督と天野宗助の繋がりが明らかとなったのだ。
「条件の中にオランダ王族と首相がこの展示を必ず見れる様に手配する事も含まれてますし…本当に向こうでは有名で好かれてる偉人だよ、天野宗助殿は」
「…天皇陛下も拝観予定、なのよねぇ」
「当たり前だろ、写しとはいえ、御物の刀である『金獅子』を展示するのだから」
「…まぁ、帝ともご関係あったし、陛下でなくても見たいよな」
第〇代天皇 聖宋天皇の手記から天野宗助との親交があったことが分かり、一時期歴史研究家、歴史好きの中で話題になり、大河ドラマでもよく彼との繋がりを利用したいという悪いやつが出る程有名になった。
一部では彼は影武者であったのでは?実は没落した血族では?等の推測も立てられるが未だ正確なことは判明していない。
しかし、両者は大変良好な仲であったことから今も子孫同士の交友は続いている。
「こらこら、お客さんの多さにびっくりしてないで配置について…開館の時間だよ」
「「「「はい!」」」」
慌てて配置へと急ぐ館員達を見て、声をかけた館長が見送る。
見送ったあと、マスコミへの対応のため入口に向かいながら窓から見える展示を見ようと殺到する人達を見て感慨深げに息を一つついた。
「…昔も今も、天野宗助の作品は人を惹きつけ、魅了するんだねぇ」
展示室を通り抜けた館長が立ち去った後、展示品達がカタカタと動いたことは、誰も知らない。