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scream of  作者: PePe
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01. In The Rose Garden



軍人用の寮は汚く狭いというイメージを持つものだ。

だが、それは階級にもよって異なる。


つい先日、准将の地位を獲得した若き将校に与えられた自室は、王宮の広い一室をイメージしたかのような高級感のある部屋であって。広い自室に備え付けのバスルーム、大きな窓からは明るい陽射しだけが許可なく入ってくる。

そんな自室を無関心に使用するのが、戦うことしか能のない軍人であるというのも事実で。


軍人寮は、王宮と庭を挟んだ南側に建てられていて、軍人寮の北側であるダンテの自室からは、庭師に毎日手入れされている綺麗な庭と、史上最大級と謳われる美しいロザード城の心臓部、王宮が見えている。

ロザード帝国の中心であるこの城での勤務は、軍人の間ではいつの時代も憧れである。地方からこの城へと呼ばれる軍人は、出世確定のエリートである。高級感漂うカーテンを仏頂面で開けるこの男も、准将と言う出世を約束された地位に属するエリートで。

容姿端麗で目つきこそ悪いが、ずば抜けて頭のよい彼に揃ってないものなどない。昨日一日で貴族の間でそんな噂をされていたことなど知らず、窓の外の庭を見つめるダンテ。

迷路のように薔薇や木々を植え付けられ整理された庭を、面白げに見つめる。緑色の中に赤やピンクがぽつりぽつりと咲いている中で、彼のアレキサンドライトの瞳は一つの光を見つける。


「…なんだ、あれは……」


目を凝らし、庭の中の不自然な光を見つめる。だが、ここから見るにはあまりにも遠すぎる。

どちらかというと王宮に近い場所でその光は光っており、ここからでは良く見えない。きらきらと輝かしい装飾をした貴族が茶会でもしているのかと考えるが、貴族は王宮を挟んで北側の塔で生活をしているため、打ち消される。では何なのだろうか。庭師か?あんなに光るほど綺麗に磨かれたハサミを使っている庭師など、いるのだろうか。


胸ポケットに入っている銀時計を確認する。

まだ朝早く、出勤の時間ではない。


時計をしまい、ダンテは興味のままに少し小走りで部屋から飛び出した。





上から見るとあんなに綺麗な模様だった庭は、下りてみると迷いの庭でしかない。もし上から眺めてなければきっと迷子になっていただろう。

上から見た通りの道順で整えられた木々の間を進んでいく。薔薇の花のアーチを潜り、見える一個目の噴水を左へと進む。最悪、迷ってしまえば魔法を使えばなんとかなると考えたダンテは、その保険を使わずに光の在り処へとたどり着く。


「(この辺りだったはずだが…)」


明らかに何もない、そこには一本だけ孤立した鮮やかな花のアーチがあった。

非常に不自然で、だがわざとらしく馴染まされているそのアーチへと手を伸ばす。左利きのダンテの革の手袋が何もない空間に触れると、アーチの中は波紋のようなものが波打つ。


「魔法か。」


拒むように波打つ空間に、ダンテの好奇心は擽られる。

こういったタイプの空間魔法は特殊な能力者にしか作れない。

そう、自分みたいな能力者にしか。

そして、その能力をよく知っているからこそ、この類の術は『合言葉』がなければ中の空間には入れないのを知っていた。


だが、生憎ダンテはその合言葉を解く鍵など何一つ持ち得てはいない。

ただ一つだけ分かるのは、ここを作った人物がこの空間をこの城の中で作っても悪く思われない能力者であるということだけ。


ダンテは耳を澄ましながら、そっと目を閉じた。


そして、静かに口を開く。


「            」



暖かな風が吹き、木々がざわめく中、呪いのように呪文を唱える。

全く知らない言葉を、頭に浮かぶがままに発する。これを、草木が合言葉を教えてくれた、などと馬鹿みたいな言い方をする訳ではないが。


許されたダンテは不思議なアーチを潜る。完全に外から見た庭とは違う庭が表れる。




そこは、人の手で綺麗にされた庭とは全く違い、誰のでも掛けられていない自然の森の中の様だった。鳥たちが自由に啼き、優しい風がざわざわと木々を揺らす。穏やかな森の中には、誰かが持ち込んだのであろう洒落たテーブルとイスが1つずつ並んでいて。テーブルには分厚い魔法書であろう本が2、3冊開いたまま置かれていて。


ダンテは音を立てずに一歩一歩歩き出す。


一体ここは誰の空間なのだろうか。人が作り出した空間にしては大きすぎる。どこか実際にある別の場所と繋いでいるのだろうか。だとしても、かなりの魔法の使い手であるに違いない。

慎重に森の中を歩くと、すぐそこに人影が見えた。気配を消しているダンテには気づいてはいない様子で、こちらに背を向けて唸っている…綺麗な長い黒髪をした女がいた。

眠っているであろう大きな熊のような生き物に鏡を立てて、真剣に自分の顔を覗き込む。なんとも不思議な女だ。後ろ姿でも分かるほど、彼女の身なりはしっかりしていて。きっと貴族の女なのだろう。

それにしても、すやすやと眠る熊の横で一体何をしているのだろうか。恐ろしくはないのだろうか…それ以前に、彼女は一体何をしようとしているのだろうか。「よし!」と自分の髪を手櫛で梳き、高級そうなハサミを手に取る。


彼女は熊のお腹に鏡を立てて、自分の髪を切ろうとしているのか?


信じがたいが、そうとしか言いようのない光景を唖然として見つめる。この城にきてからこんなに驚く出来事なんてなかったが故に、呆気で気が抜けてしまう。


すると、ダンテの気配を察した熊が急に目を覚ます。

女の立てた鏡を地面に落とし、起き上がった熊は威嚇をするように唸り、こちらを見つめる。その視線に気づき、女もダンテの方を見る。


「だ、だれっ!?」


怯えるように放たれた言葉と、震えながらも戦おうとハサミをこちらへ向ける女は、意外にも若くて美しい少女だった。

彼女の声を聴いた森の生き物が一斉にこちらを見る。こんなことがあり得るのだろうか。なんてメルヘンで恐ろしい空間なのだろう。


今にも襲い掛かろうと構える熊に、ダンテも負けじと鋭い目で熊を睨む。

まるで飼い主に怒られた犬のように、勢いをなくす熊に、少女は驚く。

動揺を隠せない彼女の目を見て、ダンテは優しい瞳で彼女を見つめ、両手を挙げて害がないことを示めす。

そして、少しずつ熊と彼女へと近づく。


「すまない、驚かせた…。」


優しく熊を撫でれば、怯えた熊はダンテへと寄ってくる。熊がダンテを受け入れたのを見て、少女も安心したように力が抜けて座り込む。


「軍人さん?」


ダンテの身なりを見て、彼女はそう訊ねた。「ああ。」と頷き、座り込む彼女の横へとしゃがむ。力の抜けた彼女が落とした、裁ちばさみのように大きなハサミをダンテは拾い上げる。


「髪、切ってしまうのか?」


勿体ない。そう直感的に感じた。普段ならそう興味を惹くものではない女性の髪だが、彼女の綺麗に手入れされた癖のある黒髪は何故だか少し勿体ないと感じた。

初めて会った少女だが、彼女は意外とはっきりした性格らしい。数分前まで怯えていた男の目を、今はしっかりと見ていられる。

深い綺麗なエメラルド色の瞳は、その少女の身分が高いことを示していて。先ほどまで切ろうとしていた髪の毛を手で遊びだす。


「ええ、これしか面白いことが思いつかなかったの。」


きっと今度の社交パーティでみんな吃驚するんだから。と無邪気な笑顔を見せる少女に、呆気にとられる。それだけのために、女の命とまで言われる長い髪を切るのか。まあ、世の女性にとっては大切なものでも、目の前にいる彼女にとってはどうでも良いものなのかもしれない。

彼女の緩く波打つ黒髪を、無意識のうちに左手で掬い上げる。


「せっかく綺麗な黒髪なのに、勿体ないな。」

「そ、そう?」


ざわざわと、風に揺れる木が音を鳴らす。

少し恥ずかしげに、でも嬉しそうに髪を掬う手を見つめる少女に、自然と笑みが浮かぶ。もう随分とこんな気持ちを感じたことはなかった。彼女は一体何者なのだろうか。

大事に育てられた、まるでこの世の汚れを知らない真っ白な純白の様で。でも、どこか、重たい現実と向き合っているような眼差しを時に見せる。


「この庭に入ってきたのは、あなたが初めてよ。」

「そうだろうと思った。」

「ふふ。あなた、凄く面白い人ね。」

「美容師も呼ばずに自分で髪を切ろうとする女の方が、俺は面白いと思うが?」


それでも彼女は貴族の娘なのかと疑うほど。

上品さなんて掛け備えていない無垢な笑顔が、もう無垢には笑うことのできないダンテの心にじんわりと侵食していく。

喋れば喋るほど、可笑しな少女だと思う。だが、自分には欠けている何かを、彼女はひたすら輝かせている。不思議な感覚だった。


空を見上げ、太陽の位置を確認した彼女は慌てて立ち上がる。


「あら、もうこんな時間!大変!シドルが起こしに来ちゃう!」


シドル、とは使用人の名前なのだろうか。かなりまずそうな顔をする彼女は、慌てて持ち込んだのであろう鏡とハサミを拾う。そして、座り込んでいたため土のついたワンピースをパンパンと手で払うと、ニコリと笑って見せた。


「軍人さん、私は先にお暇するわ。またここでお喋りしましょう。」


そして、来た道にあったアーチを抜けて元の空間へと帰っていった。

もうここには何の用もないダンテも、続いてアーチを抜けて元来た城へと戻った。






ダンテ・ロベルトに与えられた執務室には書類が山積みになっていた。ため息を吐いたのは、今日の出勤時間丁度だった。

詰まらないディスクワークは得意ではない。特に内容の変わらない資料を10枚も20枚も渡されて、ひたすら名前ばかりを書かされるこの時間は退屈以外の何でもない。豪すぎるということは、時に苦痛でもあるのだとダンテはいつも思う。


「ビビ、昨日頼んだ資料は」

「…全く初日から扱き使ってくれますね。私はあなたの秘書じゃありません。」

「優秀な部下に変わりはない。」

「良く言う。」


ドサッと、100枚は超えるであろう試料が、また目の前に積まれる。気分転換にと思い楽しみにしていた資料に対しても、やる気が失せていく。


「准将が面白そうだと目を付けるであろう人物は、こっちにまとめておきました。」

「仕事の早い部下がいて助かるよ。」

「そりゃどうも。」


自分の部下は本当にどこまでも優秀だ、と感謝しつつ、ビビアンがまとめた薄い方の資料を読む。

彼女は長年、自分の下で働くが故に、自分好みのまとめ方をしてくれている。

執務そっちのけで今後の体制を考え出したダンテは、もはや執務をやる気配などない。順番を間違えたと気づいたビビアンは、植木に水をやりながらため息を吐く。


「ところで准将。」

「なんだ。」

「大好きなディスクワークが山ほど残っています。これが片付かなければ、現場の仕事はできかねませんが。」

「俺には優秀な部下がいる。」

「そんな者はいません。自分でやってください。閣下。」


にっこりと笑ったビビアンは、手に握った植木鉢を片手で握り潰した。その光景に何とも言えなくなるダンテは、資料を置き、筆を執る。

彼女はこの国では珍しい、体術に特化した逸材。他にはいない重要な特攻隊長なのである。良く言えばそうだが、悪く言えば…


「怪力女め。」

「なにか言いましたか?」

「いや。」


世の女性が恐ろしいのは、色恋沙汰に狂った時だと聞くが。

彼女はそういう訳ではない様だ。

ため息すら押し殺し、ひたすらダンテは執務を続けた。




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