表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

第二話 異世界より



 翌日は晴天。冬の終わりを告げるような、温暖な気候である。

 悠真の通う華原学園中等部は、この度、めでたく卒業式を迎える事になった。


 以前は四月に満開となった桜の木々は、今では三月に花を咲かせる。温暖化の悪影響で開花する時期が大いにズレたのだが、これは気温の上昇が功を奏した数少ない事例である。


 卒業の季節を迎えると、桜花繚乱、桜色の吹雪が空を覆う中、白い戦艦が異界からやって来る。


 桜吹雪の中、白い船舶が上空を漂い、護衛艦が周りを囲っている。

 雲海の中に紛れて浮遊する巨大な浮島。そちらは異界から移動した航空戦艦だ。チャフのようにばら撒かれる紙吹雪と、降下する際生じる風圧で舞い散る桜吹雪の中、無数の船舶は地上へワイヤーを下ろす。


 彼らの目的は、本日行われる式典に参加する事。

 政府倒壊後、新たに建立された異界連邦政府の八周年を記念する、年に一度の賑わい。国道全てを封鎖し、来賓客の為に道を開け、道路脇には人が集う。


 あれから八年。悠真の住む日本は、随分様変わりした。


 異界からの支援を元手に再び経済国へとのし上がり、数百年前の大戦後と同様、著しい発展を遂げた結果、西欧や欧米と比肩する大国の座を勝ち取った。無論それは他国同様、異世界の力添えがあってこその現在であるわけであって、自慢できるような事ではない。

 それでもこの国の重鎮は自力で勝ち取ったと言わんばかりの厚顔ぶり。端から見れば、度し難い話である。


 しかし涙ぐましい努力の甲斐あって、住まう者には住み良い場所となった。


 その陰で、どれだけの者が、明日の糧すら確保出来ない苦難の生活を送っているのだろう。


 文明が衰退した分、星も窺えない環境砂漠な町々は、次第に緑豊かな住み良い場所へ姿を変えた。

 過度なまでに発達した高度な文明は、反面、星に過大な悪影響を及ぼす、というのは、地球人も身をもって味わったのは記憶に新しい。


 近代化が進められていた悠真の故郷などは、宅地開発が中途半端なままで凍結していた。

 人口激減も無関係ではないだろう。


 戦争に身を投じた御老体であれば、以前はもっと色々な物が充実していた、と懐古し胸を痛めるかもしれない。だが異界政府と各国首脳陣が癒着している今、人々は安定した生活を送れてはいるものの、制限という見えない鎖に束縛された、一種の不自由な生活を甘んじる必要があった。

 それが、今の世界の有り様である。


 閑話休題。


 三月中旬。華原学園中等部卒業式は、晴天の下、滞りなく行われる運びとなった。


 先日の発言通り、悠真は卒業式をサボタージュする気だった。が、


「なんでわざわざ出席しなければならないんだ……」


 舌打ち交じりに呟く。


 出席する必要があったのは、単に授業をサボりすぎた為、出席日数が不足しているから明日の卒業式は絶対参加せよと委員長からお達しがあったからだ。

 こんな事なら出席日数の確認を怠るのではなかった。そう思うが、今更後悔しても詮無い話である。


 しかし、証書も通知表も昨日廃棄したとはいえ既にもらっている。何が悲しくて校長の無駄に長い演説に耳を傾け、一時間以上も延々と長話を聞き流さねばならないのか。

 思えば今朝の時点で委員長と顔合わせし教師の出席確認を終えたところで、目的は果たしたようなものだ。一応、参勤交代宜しく桜並木の下を堂々行進する儀式が式典の後に控えているものの、大名の一人や二人消えたところでさして問題あるまい。時代は下克上である。


 というわけで、悠真は卒業式に参加せず、他の式典を見に行く事にした。


 式典というのは、東京湾で行われる遠征調査隊の帰還を祝う席だ。


 東京湾に浮かぶ広大な敷地をほこる飛行場、新東京臨海空港。そこには一大イベントとばかりに人という人が所狭しと集まっている。地球温暖化により水位が上昇し、途中で廃棄せざるを得なかった中央防波堤埋立処分場を改装。東京国際空港の眼と鼻の先に建設された、異世界人専用の新施設。

 一般開放されているため、悠真のような民間人の自由である。


 東京ゲートブリッジを渡り、滑走路付近にまで辿り着く。そこは、人でごった返っていた。異界から珍客が来訪する為、一目でもと人々が押し寄せたからである。

 人の波の向こうには、地球人と思しき警備隊が配置に着いている。誰もが期待を胸に秘めたような表情を浮かべている。異界の軍隊の来訪を快く迎え入れる者も少なからずいる、という事実をつくづく思い知らされる光景だった。

 被害が甚大であれば快諾など有り得なかっただろうが、彼らはこの世界をより良い方へ導く為、彼らなりに改革を邁進している。その結果が周囲の人々の活気に満ち溢れた顔だ。それが犠牲の上に成り立っていると誰も気付きもしない。


 たとえ気付いたところで、必要最低限の犠牲、と切り捨てられるのがオチだろうが。

 分け隔てなく接する異界人のリベラルな思想は、地球人には好ましいものだった。


 見ていて居た堪れない気分になる悠真。英雄の如く歓迎される異界の者達に、拍手喝采を送るこの世界の住人たち。遠征に赴き、成果を上げた騎士を迎える平民のような構図だ。

 彼らは英雄ではなく侵略者なのだと認識していないのか。以前学園にいた頃クラスの者に説いた事があったが、途中で徒労に終わると確信したので諦めた。彼らの眼には、自分達の世界を救った人々としか映っていない。怒りどころか呆れすら通り越して二の句が継げなかった。それは悠真だけのようであり、クラスの中で異界の存在を拒絶するのは悠真だけだった。

 うだつが上がらないよりかはマシ、という意見が大半なのが現状である。頑なに拒絶し続けた悠真の姿勢こそが彼を孤立に追いやった一因なのだが、終ぞ気付く事は無かった。


 次第に順化していく人々を眺めていると、視線に憐憫の念が籠もってしまう。


 と、そんな時、歓声が一際大きなものとなった。

「おい、来るぞ!」と誰かが叫ぶと同時、大気が震動する。

 辺りが緊張する最中、鼓動するように空の一部が揺れる。


 そして、砕けた。


 空間を引き裂き、時空を超越し、その全貌を民衆に見せ付けるのは、黒鉄の航空戦艦。


 前方に大きく伸びた三本の主砲、翼を想起させる八つの飛翔装置。尾翼で白雲を引き伸ばして、推進の動力たる青い光を放つそれは、戦艦というより巨大な銃器を連想させた。唸るような降下音と軋むような浮動機関の操作音が、吹き降ろす風に運ばれ、すぅ、と耳元を撫でる。

 黒々とした機影が地上に迫るにつれ、見守る人々が沸き立とうとする。


 それを遮るように、新たな機影が白雲の尾を引きながら、旋風と共に参上する。

 黒鉄の戦艦ほどではないにしろ、それは人々の目を移行するに値するだけのインパクトを与えた。

 戦艦を銃器と例えるなら、それは戦闘機に近い形状をしていた。全身を白色で統一した流線型のフォルムも、後部から青い光を放ち続ける推進加速装置、それを覆うように左右後方へ展開する尾翼と両翼。音速を超過する驚異の速度で周囲の空域を支配する、空の番人達。

 異界連邦政府から独立した、自由組織達の護衛団。


 例えるならば、小回りの利く軽機関銃が護衛団で、破壊性に優れた重機関銃が戦艦か。


「あれが、ミルザム……」


 さしもの悠真ですら、幾百の護衛団を取り巻きとして従える戦艦ミルザムの威容には、息を呑む他無い。

 今の心情は、まさに圧巻の一言に尽きた。


 地表まで伸びるアンカーで位置を固定し、主に後ろへ展開していた翼を前方へ向かって変形する。轟々と青い光を放っていた推進加速の装置は次第に光を失い、やがて浮動機関だけが光を放つようになる。全長一キロ、左右両翼を含め幅三百メートル強、最大射程数十万メートルの光学系三連重砲を抱える破壊兵器を人様の土地に置くには少々物騒な話であるし、そもそも戦艦を地表に下ろせるだけの土地は無いのである。

 母艦の着陸を確認すると、周辺を飛び回る戦闘機の群れは高度を下げる。間も無く全機は広い国道へと舞い降りる事だろう。


 降下を終えたミルザムは、既にハッチを開いている。歓声が上がる中、異界から訪れた人間達が、次々と姿を現す。


 そして、大多数の人間が、見慣れぬモノを目にして再び息を呑む。

 彼らが持つ、未知の瞳の色彩に。


 異世界人は容姿が少々異なる。瞳の色が時折有り得ない色彩をしており、黒や青が主の地球人に対し、異世界人は赤や翡翠、またオッドアイが大多数を占めている。降り注ぐ陽光の中で彼らの瞳は、宝石の輝きよりもなお美しく揺れる。

 また、異世界人の頭髪には必ずメッシュがある。遺伝的なものらしく、人波の中でも際立つ派手なものばかりだった。

 軍事関係者や政府重鎮ばかりがミルザムから姿を現すが、御老体の茶髪の中で、積み重ねた年齢を表すように白い髪が風に踊ってる。


 続いて地表へ降り立ったのは、白銀の戦闘機を操舵していた者達。


 その中で、白い軍服を着た者達がいた。黒い軍服を纏う軍人の中で、一際目立つ色だ。

 彼らこそが、自由組織の筆頭、大聖連合。現在護衛組織として機能している組織の面々だ。


 白の戦闘服を着込む彼らは正式な軍隊ではなく、大部分が志願兵によって構成された、言わば雇われ遊撃隊。八年前の戦争での功績が称えられ、異界政府公認の自由組織として、現在護衛・運輸・交通などの幾多の仕事を請け負っている。何でも屋、という方がしっくりくるかもしれない。


 元々は戦闘集団であったため、政府の重鎮来訪の折、護衛役として配置についている。


 そして異界船舶の中でも白眉と言える、白銀の戦艦・シリウス。


 ミルザムほどではないが、圧倒的質量を誇る不落の戦艦。それが大聖連合の象徴である。

 轟、と強い風を吹かし、鋼鉄の船舶は大空へ舞い上がっていく。武装を解除した状態と言えども、あれだけの巨影が間近にあっては不要な圧迫感を与える。待機高度まで静かに浮上すると、やがて全ての船は停止する。

 障害物の無い空が船団の停留所、というわけだ。


 鼻息を一つ。横を見れば、感嘆とも、或いは心酔ともとれる表情が、そこかしこにある。

 見ているだけで、胃がムカムカしてきた。


 ……お前らは一体何を考えているんだ?

 ……あの連中は、俺たちの世界を『奪い』に来たんだぞ。


 かつては何度も何度も、周囲の者たちに投げ続けていた台詞。

 今更口に出す気もせず、今はただただ怒り狂ったように暴れるどす黒い感情に翻弄されぬよう、内側で押し留めるする。


 いいさ、と悠真はかぶりを振った。誰にも頼ることはできない。これからは一人で成し遂げるべきことだ。

 もう、子供でいられる時間は終わった。辛い現実に耐えるだけの時は過ぎ去った。

 今まで味わった苦痛を、あの連中に叩き返してやる。

 そのためだけに、生きてきたのだから。


 感傷もそれまでにしておこう。

 そろそろ戻ろうか、と考えた。今頃委員長はカンカンだろう。教師に説教されるだろうが、もう慣れっこだ。

 いつも被害を被るのは悠真ではなく、他の連中だ。気にすることじゃない。


 一体いつになったら、この空を美しいと思いながら、仰げるようになるのだろうか。そう思いつつ、恐らく、それは一生無理なのかもしれないと否定する。

 不純だらけの世界の汚い空など、到底見れたものではない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ