プロローグ
少女は少年を愛していた。
それは、一度も面と向かって話したことのない相手であり、一度もお互いに面識を持たない関係だった。
少女は未だ鮮明に覚えている。少年の一喜一憂する横顔を、普段の仏頂面が吹き飛ぶくらいの輝かしい笑顔を。
それは夢の中であり、これから十年も未来の話である。
妄想だと言われても仕方がないし、信じてもらえないのは分かりきっている。
誰かに話したところで、子供の他愛ない妄想だと一笑に付すだろう。常識的に考えて、ありえないと。
けれども少女は忘れなかった。
一度きりの夢で見た光景を、何度も何度も思い返した。思い返しては、思慕の念を募らせていった。
同じ夢を見ることは終ぞ叶わなかった。しかしそれでも構わないと思った。二度三度と会わずとも少年のことは思い出せるし、何を話したかだって、きちんと覚えている。
一度きりの出会いでも十分だった。会えない時間が心の想いを増幅させる、なんて話だってあるのだ。
話したいことも、聞きたいこともある。けどそれは、会ってからでも遅くはない。
だって、―――その未来は今、間近にまで迫っているのだから。
紫電の瞬く音がし、少女は静かに目を開く。
真っ暗だった窓の外の視界が晴れ、眩い光が差し込んだ。
目を細めて、やがて慣れてきた頃に身を乗り出すようにして窓の近くに近寄る。
さんさんと降り注ぐ太陽の光、陽光を照らし返す青い海。大海原が地平線の彼方まで広がっており、水面を白い水飛沫が生き物のように飛び散っている。
生まれて初めて見る潮の流れに、少なからず感動を抱いていると、上の方で白い影が見えた。海鳥たちが美しい白い翼を羽ばたかせ、船の周囲を気持ち良さそうに飛んでいる。
長旅で疲れていた少女は、久しぶりに見る色のある景色に心が安らぎ、初めて訪れる新天地に心を躍らせた。遊びに来たわけじゃないと分かっていても、幼い身体は浮足立ち、心は今か今かと到着を待ち望んで騒がしい。
とうとう来た。
ここに、会いたい人がいる。
十年も待ったのだ、あと数時間で望みは叶う。
早く早くと、じれったそうに外を見つめる。
「ここが、地球かぁ……」
感慨深げな呟きに応えるよう、船の汽笛が鳴り響く。
遠路はるばる赴いた大型の船―――航空戦艦は、地上の誘導灯に吸い込まれるよう、身を沈めていく。
広い湾の中に浮かぶ長い滑走路を目指して。
間もなく、旧都東京。
二十三世紀。
地球は、異世界人によって支配されていた。