第1章 Spring Triangle~おとめ座の穂先~
「あっ、まだ書いていたの」とは思わないでください。
約11ヵ月ぶりの最新話投稿です。
気付けば、窓から日光が差し込んでいた。寝起きで視界が霞む中、時計を見ると俺は戦慄した。――――遅刻だ!
1時間目の世界史が終わった後、誰かに後ろから肩を突かれた。犯人はおおよそ特定できている。
「よっ、遅刻部のエース!」
帰宅部のエースの次は遅刻部のエース、あと遅刻部ってなんだよとツッコミたいところは色々とあったが、俺はドージンに質問した。
「夜に河原を歩いていて、そこに女が座っていたらどうする?」
「俺は紳士だから、そっと手を差し伸べるな」
また、ツッコミどころが増えたが俺は構わずに次の質問をぶつけた。
「その女がいきなり、星の説明とか始めたらどうする?」
「その子が可愛かったら聞いてあげる、可愛くなかったら逃げるに限るな。」
「お前、紳士じゃなかったのかよ」と言いたい気持ちを抑えて俺は天井を仰いだ。ドージンの不思議そうな顔が視界に入り込んできた。
「どうしたんだ、いきなりそんな事を聞いて?」
「それが、俺の遅刻の原因だ。」
ドージンの不思議がっていた顔がニヤついた顔に変わった。こいつは、女が絡む話になるとニヤニヤする癖がある。
「その女の子、可愛かった?」
やはり、こいつは現実離れした出来事よりも女の子のビジュアルが気になるらしい。俺は昨日出会った光の顔を思い出してみる。髪は肩まで伸びていて、体つきは華奢、顔は……思い出せない。街灯も消えていた時間だからか、顔ははっきりと覚えていなかった。それに、光の顔よりも夜空を見ていた時間の方が長かった。
「多分、可愛かったと思うよ……」
「そんな曖昧な答えじゃ信用できないな、自分の目で確かめなければ……」
俺は今まで溜めていたツッコミたい気持ちを解放しようとしたが、タイミング悪く2時間目の始まりを知らせるチャイムが鳴った。
先生の口から放たれる数学の公式が子守唄のように流れてくる。正直、この公式がこれから何の役に立つのか分からないので、教科書を盾にして眠ることにした。
すべての声が遮断された世界で、俺は一人で河原を歩いている。向こうを見ると、やはり光が座っていた。昨日と同じ光景だが、違った点といえば月光が昨日よりも明るかったことだ。光に近付くとその顔が月光に照らされ、はっきりと表情が分かった。夜空を見ている光の表情は、優しくそして儚いように思えた。夢の中で俺は、光が言っていた「こんな名前、皮肉だよね」という言葉を思い出した。光に話しかけようとした時、先生のゲンコツが俺を現実世界に引き戻した。
「それで、その女の子は足早に帰って行ったわけ?」
昼食のおにぎりを口一杯に頬張っているドージンが、さっきの話の続きと夢の話を吹っ掛けてきた。
「そういうことだな。でも、あんな真剣に星の説明をされたら普通は引くけどな……」
「どんな子か見てみたいけど、顔が分からないとなるとな……」
光に興味津々(きょうみしんしん)なドージンは2つ目のおにぎりに手をつけようとしたところで手を止めた。何か、アイデアが浮かんだらしい。
「今日も夜中に散歩したら、会えるかもしれないぞ?」
「俺はあいつに会いたいとは、思ってないのだが。」
「いや、正夢ってこともあるかもしれないだろう。もし、会うことが出来たら俺にどんな顔だったか教えてくれよ。」
女に飢えているこいつは、どうやら出会いを求めようとしているらしい。食べ終えたパンの袋を弄っていた俺はあることに気付いた。
「お前は直接、会いに行かないのかよ。」
「俺はテニスで忙しいから夜は寝てなきゃいけないんだ。その代わり、帰宅部のエースである翔夜が行って彼女に俺を紹介……」
ドージンの顔面に右ストレートを喰らわせて、俺は午後にある体育の準備を始めた。復活の早いドージンは、頬に手を当ててばつの悪い顔をしている。
「夢と言えばさ、翔夜は進路決めたの?」
一番、聞かれたくない質問だ。進路と言われても、興味のあることが学べる大学なんてないし、そもそも何に対しても興味が湧かない。就職という手もあるが、まだ働きたい気分でもない。
「まだ、はっきりとは決めてないな……」
「決めてないって、進路希望の用紙は来週までに提出だぞ?」
「そう言われても、何にもやりたいことが無いんだよなぁ……」
体操着に着替え終わると、俺は先生に呼ばれているからと言って、ドージンを置き去りにして体育館に向かった。あの質問から早く逃げ出したかったのが本音だ。
今日も眠れない。授業中にたっぷりと寝たからだと納得しながら、携帯を見ると昨日と同じ午前3時と表示されていた。窓の外からは月光が降り注いでいる。夢で感じた月光と同じだと直感し、俺は家を抜け出した。
川の流れる音が耳元を泳ぎ、涼しい風が髪をわずかに揺らしている。なぜ、家を飛び出して河原へ来たのかは自分でも分からない。光に会う理由があるとするならば、正夢が本当なのかを確かめるため、それに「皮肉」の意味を聞くためだ。しばらく歩いていると、夢の中と同じ泣いている光の姿があった。光は俺が来たことに気付くと、慌てて涙を袖で拭った。月光に照らされたその表情は、やはり優しくそして儚いものだった。
「また、来たんだ……」
光は、濡れた左の袖を右手で隠して夜空に顔を向けた。今日も空には無数の星が散りばめられている。その中に昨日、光が教えてくれた春の大三角形が一際輝いていた。
「あの三角形を見ると、なんでか分からないけど心が少し落ち着くんだ。」
「たしか、デネボラとスピカそれとアル……」
「アルクトゥルス、あのオレンジ色の」
光は俺が名前を思い出せなかった星を指差した。そして、大三角形をなぞると
「デネボラはしし座の尻尾、スピカはおとめ座の穂先、アルクトゥルスはうしかい座の膝の部分」
「いや、尻尾とか膝って言われても分からないんだけど……」
困惑している俺を見て、光は申し訳なさそうに顔を地面に向けた。夜空を見ている時より、活き活きとした感じが無くなってしまったので、春の大三角形について詳しく教えてほしいと頼んだ。
それからは、俺と光の夜空の授業が始まった。授業といっても不思議と眠たくなる気はしない。今日の数学でたっぷりと眠ったからだろうか、そう考えると子守唄のような公式も少しは役に立つと思った。
「スピカとアルクトゥルスは夫婦星と呼ばれているの、オレンジ色と白色の光が夫婦みたいだからなんだって。それと、5万年後にはその2つが接近してもっと強く輝くの、これって凄いと思わない?」
「5万年後って、俺達には見ることが出来ないじゃん」
「翔夜くんは現実的だね。たしかに私達には見ることは出来ないけど、長い時間を掛けて2つの距離が縮まるんだよ。」
いつの間にか、涙で濡れていた左袖は乾いている。俺は、昨日から気になっていたあの言葉について光に聞いた。
「昨日、光っていう名前は皮肉って言ってたけど……」
「それは、答えられないんだ……」
まだ、言い終えていないうちに光は俺の質問を断ち切った。光は立ち上がり、手に付いた砂利を払うと
「それじゃあ、また……」と言って、昨日と同じように足早に駆けて行った。俺は聞かれたくない質問だということを悟り、光に背を向けて家へ戻ることにした。
いま思えば、俺と光はアルクトゥルスとスピカのような関係だったのかもしれない。
頭の中に「君の知らない物語」が流れている人は、正常です。
私も、書いてる途中で「内容似てるじゃん」と気付きましたから(笑)




