第1章 Spring Triangle~しし座の尻尾~
本格的にスタートです!
いつものように放課後のチャイムが校内に鳴り響く。
「来週までに進路希望の用紙を提出するように、2年生になったばかりだが将来を見据えることは大事だぞ。はい、今日はここまで」
そう言って担任の河口先生は足早に教室を出て行った。おじさんの割には素早い動きをする。
木曜日の授業が終わりクラス中、いや学校中の疲れがピークに達しているであろう頃、俺は誰よりも疲れている顔をしていた。
「翔夜、帰らないのか?」
いきなり視界に現れた友人、神保道人は俺に問いかけた。ちなみに俺はこいつのことをドージンと呼んでいる。
「なんか、帰るのもダルい。とにかく、ダルい」
机に突っ伏し欠伸をしながら俺はいつもと変わらない返事をした。
「そんなんじゃ、帰宅部のエースは務まらないぞ」
軽く帰宅部であることを馬鹿にしながら、ドージンは右手に持ったテニスラケットを振りかざしてこう続けた。
「じゃ、部活あるから!」
ドージンは良い友達だが元気がありすぎて困る、テニス部ではレギュラーとして活躍していて大学へはスポーツ推薦で進学すると決めているらしい。
一方、俺は帰宅部という家へ素早く帰ることをモットーとしている高校生だ。別に家が大好きというわけではない、部活だと上下関係やらが全てを占めているのでそれが苦手なだけだ。それよりも、最大の要因は入りたい部活が無いということ。
最近、何も関心を示さなくなった気がする。そう自分のことを振り返っているうちに放課後のチャイムから15分が経過していた。もう家に帰ろうと、重い腰を持ち上げた。
閑静な道を歩いていく。途中で通りすがるのは遊び疲れた小学生ぐらいだ。
俺の住んでいる桐並市はとにかく何も無い。コンビニは2軒しかないし、娯楽施設はボーリング場ぐらいしかない。環境に優しいエコ&クリーンな素晴らしい市を目指しているらしいが、若者には苦痛と感じるだろう。取り柄は何かと聞かれたら星が綺麗に見えるとしか答えようが無い。そんな俺は星が出ている間は爆睡中なのだが。
家に帰っても誰も迎えてくれないのは日常茶飯事だ。親父は仕事が忙しく会社で寝泊りするのがほとんどだし、母さんは俺が5歳の時に病気で死んだ。まだ物心がつく前だったから何も覚えていないが、親戚や母さんの友達が言っていたことは覚えている。
「天国でずっと見ているからね……」
昔はその言葉を信じて、母さんが天国で笑ってくれるならと勉強や運動など色々なことを頑張ってきた。でも、歳月が経つにつれて頑張りが報われないことが多くなってきた。
だから、あの言葉は以前よりもずっと奥の場所に仕舞った。夕飯のカレーを食べている途中、親父から今日も帰れないという連絡があった。そんなことは分かっていた、昔から仕事一筋で家族のことを想っていないのだから。とりあえず、今日は見たい番組も無いし風呂に入ってさっさと寝よう。
ベッドに入ってからというものの寝付けない。携帯で時間を確認すると午前3時だった。この時間まで眠れないのは俺にとっては珍しいことだから何をしていいか分からなかったが、しばらく悩んだ末に気晴らしに散歩へ行くことにした。
夜の世界は川の流れる音しか聞こえず、風も涼しくて心地良い。灯りもほとんど無い道を当てもなく歩いていくと、いつの間にか河原に辿り着いた。
俺の視線の先には暗がりの奥に1つの人影がぽつんと座っている。こんな時間に人が居るのは珍しいと思い恐る恐る、人影に近付いて正体を確認してみると同い年ぐらいの女が空を見上げていた。髪は肩の辺りまで伸びていて華奢な体をしている。
「君、星とか宇宙は好き?」
不意に聞かれ、俺の心拍数は早くなった。深呼吸をして心を落ち着かせた後、しどろもどろに返事をした。
「いや……あまり、興味は無いかな」
「そんなのじゃ、夜空の奇跡を見逃しちゃうよ」
夜空の奇跡ってなんだ? と思いつつ俺も空を見上げてみると星が一面に広がっていた。じっと目を凝らしてみると、それぞれの大きさや色も違っていた。
夜空の風景に新鮮さを感じていると彼女は空を指差して星の説明を始めた。
「あのデネボラ……しし座の尻尾のところに位置する青白い星」
尻尾って言われたって、しし座がどこにあるのかさえ分からない。俺がデネボラを探している途中に彼女はデネボラから指を動かして説明を続けている。
「次はスピカ、おとめ座が持っている穂先のところ」
おとめ座もしし座同様にどこにあるのか分からない。デネボラ探しをやめてスピカを見つけようとしたが、もう遅かった。
「最後にアルクトゥルス、うしかい座にあるオレンジ色の星」
マイナーな星座が出てきた。しし座やおとめ座は星座占いで聞いたことがあるからまだいいが、うしかい座に至っては全く知らない。そして、困惑している俺を置いて彼女は指で三角形をなぞった。
「この3つの星を結ぶと綺麗な三角形が出来るの。春の大三角形って言うんだよ」
彼女に何度も教えてもらい、青白い星とオレンジ色の星をようやく見つけて残りのスピカを見つけると俺の目の前にも三角形が浮かび上がった。なるほど、角度もほぼ同じの正三角形のようだ。
「君にも見えた? 春にしか見ることが出来ない夜空の奇跡」
「うん、たまには星を見るのもいいな……」
「ところで、君の名前は?」
彼女が不意に聞いてくる。初対面なので答えようかどうか迷ったが、大三角形を見せてくれたお礼に答えることにした。
「俺は尾上翔夜……君は?」
「私は光、天野光……こんな名前、皮肉だよね」
『皮肉』という気になる言葉が出てきた。
「皮肉ってどういう意味?」
あまり人に興味を持たない性分だが、その言葉について聞いてみた。そうすると、光は少しばかり俯いてしまった。
「……じゃあ、もう遅いから。じゃあね、翔夜!」
俺の質問を一方的に無視して、光は小走りで帰っていった。どうやら、あまり聞かれたくない質問だったようだ。俺もそろそろ眠たくなってきたので春の大三角形をもう一度だけ見て帰ることにした。
疲れました。感想があればください!




