act2‐1 魔術の可能性は無限です
光源は遮光カーテンの木漏れ日とスタンドライトの光だけの薄暗い部屋の中、机にはカツ丼が置かれた状態で俺は取り調べを受けることになった。
悪魔に憑代とされた少女は、保健室に運んで校医に任せた。その時、校医が見せた呆れ混じりの溜め息は、少女が気を失った経緯を知っているからだろう。
「あの、こうする必要あるんですか?」
「こういうのは雰囲気が大事なんだよ!」
伊嶋先輩は悪戯をするときのような小悪魔的笑顔を浮かべると、目の前のカツ丼を食べ始めた。
因みにここは生徒会室で、カツ丼は伊嶋先輩の昼食だ。なんでも、色々と仕事をしているうちに昼食を取り忘れたのだとか。
この高校の食堂では席の満員対策として、簡易弁当箱での販売も行っていて、昼休みが終わるギリギリの時間になんとか入手したものだ。
取り調べをする前に午後の授業は始まってしまったのだが、風紀委員の権限でサボっても問題ないように計らってもらった。
「で、キミはいったい何なの?」
***
俺は言葉足らずなところがありながらも、今日起きた出来事を簡潔に述べた。
クレゼールさんとの約束もあり、俺が死霊術師であることや、半ゾンビであること、それから契約したのが魔女であることは黙っておいた。
***
「なるほどねぇ。なかなか粋な1日をおくっているのかー」
伊嶋先輩は目を細めながら、ごちそう様と呟き、割りばしとカツ丼の容器をゴミ箱に捨てた。
「俺って、祓魔師の討伐対象になりませんよね?」
ずっと気になっていることを聞いてみる。逃げ場がないところで聞いたことに後悔を覚えた。
「まあ、大丈夫だよ。・・・たぶん。あっ、でも、少なくとも私はしないよ。見ての通り、頭は固くないもん」
こんな子供っぽい性格の人が改革を起こした風紀委員長であるとは、実際に見ない人は信じがたいことだろう。
「それに」
伊嶋先輩は続ける。
「キミには、風紀委員か生徒会に入ってもらいたいもん」
「はい?」
すると、立ち上がった伊嶋先輩はカーテンを開け、引き出しの中から書類を取り出して見せてきた。それは2枚あり、1枚は風紀委員への入会届。もう1枚は名前を書く欄が空白の生徒会への推薦状だった。
この高校のシステムとして生徒会役員になるためには、年に一度の生徒会役員選挙で当選するか、風紀委員の推薦状を生徒会に提出し、吟味されて書類が通り、役員となる2パターンがある。他の委員会は各ホームルームで基礎メンバーとして選出するか、各委員長から入会届を貰い、それを提出すればなることができる。
どちらも後者の選択肢が俺に与えられたのだ。
「今、優秀な魔術師が不足してるの。この高校って、なんでか知らないけど、悪魔に狙われやすいから、対策メンバー確保したいんだよね」
「でも、俺は浄化の方法なんて知らないし、まともに魔術なんて使えませんよ?」
そう言った瞬間、とても不思議そうな顔をされた。
「えっと、知らないで悪魔に挑んだの?」
「結果的には」
空気が凍りつく。先ほどみたいな物理的なものじゃなくて精神的に。
「浄化は、魔力だけで憑代を気絶させるだけだよ?」
「そうなんですか!?」
だから、全員が普通に魔術でひたすら攻撃していたのか。と、内心1人で納得する。
「魔術書って、使いたい魔術ページに代償をつぎ込むだけだよ?」
「へ? そんなに簡単なんですか?」
確かに今でも、契約の魔法陣が載っているページには鼻血が付着していたっけ。
「やっぱり生徒会への推薦状は返して!」
伊嶋先輩は俺が持っていた推薦状を引っ手繰ると、元の引き出しの中に戻した。
「その代り、私が直々に魔術を教えてあげる。今、ここで書いてね」
「わ、わかりました」
気迫と勢いに負け、不本意ながらも風紀委員に入会してしまった。
***
「で、風紀委員に入った。と」
「まあね」
あの後、休み時間になってから教室に戻った俺は、事の顛末を明人に話した。秀一とクレゼールさんも授業に顔を出していないらしく、今も帰ってきてはいない。
「しかし、まさかあの伊嶋智晶が祓魔師だったとはな」
浄化方法を教えてくれなかったことをまず謝罪してほしかった気持ちがあり、若干の苛立ちを覚えたけど、それだと話が進まないので我慢する。
「その、祓魔師って具体的にどんなの?」
「その質問は大雑把すぎるな」
「職業というか肩書きというか・・・、なにを持って祓魔師って呼ぶの?」
悪魔を倒した時に得る称号ならば、わざわざ名乗るものでもないだろう。本当は本人に聞けば良かったんだけど、いつの間にかに聞きそびれてしまった。
「そうだなー。一言で言えば、地球に住む人間を悪魔から救済する団体のことだ。でも、悪魔の定義が曖昧で、祓魔師にも色々と在るんだよ」
「曖昧?」
珍しく煮え切らない科白に思わず聞き返してしまった。
「そう。今回みたいに魔界に住む魔力生命体だったり、宗教上の偶像だったり、解離性同一性障害が生み出す虚像だったり、心の闇が生み出す実像だったり。兎に角、悪魔の意味は1つじゃないし、祓魔師もその数だけあるんだよ」
「それって、精神科医も祓魔師ってこと?」
「そういうこと。『頑張れ』とか『大丈夫だよ』みたいな励ましも魔術の1つだからな。使う魔力は、一般人から見ても、象から見たミジンコ並みだから誰も魔力を使っているなんてわからないけどな」
それはつまり、スポーツ選手やアイドルのコンサートで『皆さんのおかげでここまで来ることができました』って言葉はあながち間違いではないってことなのだろう。
「じゃあ、俺が聞きたかった祓魔師は?」
「有志団体みたいなものだな。なにせ、オカルトを信じてない昨今の世界政府が異世界なんてファンタジーじみたものを信じるわけないし」
「な、なるほど」
なんともあっさりした説明だった。前置きが長かったから余計にそう感じてしまう。
「キミ、その情報は古いよぉ。ホントはね、もう警察権を得てるんだよ。騙されないでね、陽奈君」
ソプラノ調の声の持ち主、伊嶋先輩が乱入してきた。
「え? はっ! 伊嶋先輩!?」
「「「「伊嶋先輩!?」」」」
明人の驚嘆に、クラスメイトが木霊する。それほど伊嶋先輩の名前は伝説的になっているのだ。
「ヤホー」
クラスの歓声に笑顔で返していく。教室に入ってきたときは誰も気づかなかったのだろうか?
「じゃ、陽奈君借りていくね」
「あ、あの!」
俺は襟の後ろ側を掴まれてズルズルと引きずられていく。
明人を含めたクラスメイトは呆然とその光景を眺めていることしかできなかった。
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