act1‐3 チートと言っても死なないだけです
場所は体育館の裏。
人気はなく、居るのは俺と彼女だけ。
傍から見れば、桃色の展開であると勘違いできなくもない。
外見だけならば。
内側も見てみよう。
狩るものと狩られるもの。お互いに相手への好意がない。赤の他人。そして何よりゾンビと悪魔。
手の施しようもないほど青春にはこぎつけられない関係だ。
「ふーん。あなた1人なんてなめられたものね」
悪魔は自分の勝利を確信していた。
俺はその慢心な部分を逆手に取りたいところだが、何をしたらいいかがわからない。
「ただの時間稼ぎだから」
来てくれるかどうかは分からないけど、隙を見せないように黙っとく。
俺は魔術書を開き、使えそうな魔術を探す。
「へぇ、魔術書持ってるんだ。それ、私にくれたら見逃してあげるわよ」
「・・・」
今は相手にかまっている暇はない。速読の如くページをめくる。
幸い、書いてあることはある程度理解することができた。これも魔女との契約の特典だ。
「無視?」
「・・・」
どれもこれも難しい魔術ばっかりだ。少なくとも今の俺に制御するのは無理なものが多い。
・・・あれ?
「あの、魔力ってどう扱うの?」
「はい?」
思わず敵に聞いてみたけど、我ながらアホな質問だ。それでも、魔女との契約に魔力の扱い方なんて特典はない。
何故なら、契約した時点で普通は魔力の扱い方を知っているはずだから。
「ま、いっか」
「馬鹿ね。魔術も禄に使えないで悪魔に挑むなんて」
悪魔が手を振りかざすと、足の先から凍えるよう冷気が襲ってきた。
思わず自分の足元に目線を向けると、つま先から足首に掛けて氷の結晶に覆われていた。しかも、徐々に体を侵食するように成長している。
「くっ!」
動こうにも、地面に張り付いていて、バランスが崩れるだけ。皮膚は一瞬で凍傷を癒すので、痛みはないけど、極寒の地で裸でいるよりも辛い寒さが襲ってくる。
但し、もがいているときに凍り始めた皮膚が裂けるので、その分の痛みと出血が発生する。そして、血液が付着しているため、氷の所々が赤く濁っている。
もっと、ファンタジー風に青い氷になって欲しかった。
「安心して。あなたを殺しはしないわ。私のものにしてあげる」
悪魔は妖艶な笑みを浮かべると、浸食の速度を上げ、両手も凍りつき始める。
春の強風が熱く感じるのは気のせいではないだろう。いや、春風と言うよりは、自分が異様な冷気の中心に居るから、風を生み出しているのは俺かもしれない。
「まだ意識があるんだ? 魔術抵抗が大きい人間なんて珍しいわね。容姿も悪くないし、大事なコレクションとして扱ってあげるわ」
肘まで凍った。肩すらまともに動かない。
ドライアイスの様に冷たすぎて火傷をする現象を全身に浴びている。痛くはない。痛みを感じる前に傷が修復されるからだ。
刻一刻と浸食する氷に、何もすることができない自分に、流されるままの状況に、無力さだけが胸の奥底に溜まっていった。
魔術書に血液を垂らせば、もう一度、契約の魔法陣が発動するのでは? と、考えたときにはすでに魔術書を持つ右手は動かせなくなっていた。
「そろそろかしら?」
悪魔はこちらに向けて歩を進めてきた。
エメラルドグリーンの光が地面を走る。見た瞬間に魔法陣が描かれていることがわかる。
円の中心は俺で間違いなく、今朝とは違った六芒星の紋様。
氷は首から上を残して浸食を止めた。
ゆっくりと近づいてきた悪魔は、アイアンクローをするかのように手を伸ばし、頭を掴んだ。
ボソボソと呟く言葉は聞いたことがない言語だけど、状況から判断すると、儀式用の科白かなにかと思われる。
そして、緊急時にもかかわらず、またもや冷静な自分に落胆する。
やがて悪魔は言葉を発することを止めて驚愕の表情を作る。
「あなた、すでに誰かの支配下にあるわね? しかも、血肉を使うほど強い支配」
かろうじて動く首でゆっくりと頷く。
「あなたの主人の真名を言いなさい」
悪魔は恐怖を植え付けることが成功したと確信したのか、脅すような口調で言い放った。
それが滑稽に思えて、思わず頬が吊り上ってしまった。
「言うと思う? だいたい、魔術抵抗だっけ? それがいくら大きくても、普通の人間だったら体温が低下しすぎて意識なくなっていると思うよ」
朝から血を流してばっかりだった為か、立ち眩みの様な貧血感に襲われつつも掠れた声で言った。
「ざんね・・・」
悪魔が1歩引いた瞬間、衝撃で視界が弾けた。視界だけではなく、こめかみの辺りに激痛が走る。
「チェッ、外しちゃった」
ソプラノ調の女子の声がした。
「あら、仲間がいたの?」
「そんなんじゃないよ。強いて言うなら通りすがりの祓魔師かな」
悪魔は声のした方へ向き直ると、臨戦態勢を取る。
やはり血液が足りないらしく、視界が霞む。
凍りかけて動きにくくなっている首を動かし、新参者の姿を確認する。
どこかで見たことがある女子生徒だった。幼さが覗える顔立ちにブラウンのツインテール。150センチ前後と思しき身長。両手には白い拳銃を1丁ずつ持っている。
「あれ? 浄化に失敗した!? ウソ!」
その女子は俺が動いたことにショックを受け、銃口をこちらに向けてトリガーを何回か引いた。
カタッ、カタッ、という玩具の様な音と共に、青い塊が放たれる。速度も玩具並みのためかかろうじて視界にとらえることができた。
凍った体と高速移動体に対する恐怖で回避することなんてできない。
複数の激痛と衝撃を受けつつも気力で意識を失うことを堪える。
そして、衝撃を受けたのは俺だけでなく、首から上を除く全身を覆った氷もまた然り。パリンと子気味良い音をたてて氷が割れ、体が自由になった。
ヒロインのキャラが脳内で不安定です。今後の変化は気にしないで下さい。あと2~3話はストーリーに参加しませんけど・・・。