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彼と彼女

今目の前にいる人物、雪風冬子。コイツと俺の関係は何なのか。冬子曰く王子様とお姫様でお姫様と王子様。俺曰く…被害者と加害者…なのかと思う。自分自身も冬子との関係を表す言葉が浮かんでこないのが現状だ。


記憶が定かではないが、冬子曰く幼い頃から一緒に遊んでいたらしく、気がついたら常に側にいる関係になっている。


ある日、冬子に尋ねたことがある。「なんで、いつも一緒にいるの?」すると冬子はこう答えた「約束だから」とね。


約束とは何か。小さい頃に冬子と交わした約束。正直な話、その様な約束など何一つ覚えていないし、これから先、ご都合主義のように思い出すコトも無いだろう。まあ、何かの主人公のようにピンチになって死に掛けて、走馬灯のように思い出す何てことも在るまい……無いよなそんな事。


約束、約束である。小さい頃に交わした約束。俺が忘れた約束。冬子が覚えている約束。俺の青春を奪っていった約束。冬子が俺の側にいる切っ掛けになった約束。俺と冬子のたった一つの約束である。その約束の内容を俺はまだ教えてもらっていない。


約束の内容は何か。冬子にまたまたある日、天気のいい雲ひとつ無い快晴の青空の下で尋ねたことがある。


「なあ、冬子。その約束の内容って何なんだ?」


「あら、春は忘れてしまったの?アノ約束を、たった一つの約束を、私と春が交わした、大切な、大切な約束を忘れてしまったというの?」


「あぁ…………その…悪い……」


「そうね、悪いわよね。アノ約束を忘れるなんて。でも本当に悪いと思ってるの?アノ約束を忘れて悪いと、春は本当に思っているの?私にはその様には見えないけど」


「………その……すまない」


「ふふ、そんな顔されたら許したくなるじゃない。いいわよ、忘れたことに対してはね。けどね、約束の内容については教えないわよ。アノ約束は私の全てだから。私が私である為の大切なモノだから。私と春の大切な絆だから。だから、約束の内容は春自身が思い出して」


「わかった……」


「そう、それじゃあコレは忘れたことに対しての罰と思い出せるようにする、おまじない」


冬子は俺に近づくと左頬に口付けをした。


「思い出したら今度は口にしてあげるわ」


ニッコリ笑いながら人差し指を俺の唇に押し付けながら言う冬子に、ほんの少しドキドキしてしまう。


何というか、普段は氷のような冷たい人間なのにこのような態度を取られると、カワイイと思ってしまう。


そんな、天気のいい雲ひとつ無い快晴の青空の下で冬子と俺が話したある日の話である。


まぁ、冬子のコトを好きになる筈はないな。




「なあ、冬子……その…怒っているのか?」


俺は顔を床に向け冬子に尋ねた。


「えぇ、怒っているわ」


矢継ぎ早に返される返事。冬子の顔を見るのが正直怖い。


やっぱり藍子の事だよな、そうだよな…怒るよな…普段から他の女子と一緒にいるだけで機嫌が悪くなるのに、今回は告白だからな。冬子が藍子に何かしなければいいが。


俺は精一杯の勇気を振り絞って、冬子の顔を見上げた。


冬子の目はいつもの冷たい目だが顔は笑っているのか口が三日月のように描かれ、俺を侮蔑しているのか、愛しい愚か者を見ているような顔に思えた。


「えぇと……その……告白のことだよな。藍子…じゃなくて、小川さんの」


「あら、藍子って呼ばないの?」


「それは……その」


「別に構わないわよ、藍子って呼んだって。そのことで怒っているのではないから。それにね、私は寧ろ小川さんのこと好きよ」


好きって、藍子のことを?だったら、あの時の藍子との言い合いはなんだ。爪が手のひらを刺さらんばかりに握り締めていたのは何だったのだ。明らかにアレは藍子に対する怒りだろ。


「春、私は小川さんのああいう思春期にいる少女のように恋に恋して、周りが見えていない乙女な所、嫌いじゃない寧ろ好ましいとすら思っている。『好き』という言葉を好きな相手に躊躇なく言えることはとても素晴らしい事よ。春、私がどうして怒っているのかわからないかしら?」


それは…藍子と二人きりになったことと、告白をされてしまったことなのか?だけど、告白の返事は断ったはずだろ。そうだ、告白の返事は断ったんだ。だったら、二人きりになったこと事態に対して怒っているのか?


「二人きりになって、告白されたことに対してか……?」


「違うわ」


わからない、冬子がなぜ俺に怒っているのかわからない。二人きりになったことでもなく、告白をされたことでもないなら何に怒っているのだ。


「春、アナタ小川さんの告白の返事になんて答えたの?」


「好きな人がいるから無理だって」


「本当はいないのに?」


「それは……」


「小川さんは何て?」


「好きな相手は冬子かって聞かれて、俺は…ちが…違うって答えて」


「それで?」


「俺の手を握ってきて、いつか振り向かせてみせるから、その時は良い返事を聞かせてくれって」


「それから?」


「あぁ……って」


「……わかった?私が怒っている理由?」


告白に対する返事のことか?でもそれは断っているよな。


「分かっていないみたいね春。アナタは小川さんに『良い返事を聞かせる』と言ったのよ。それは近い将来……いえ、小川さんの中ではすでに付き合うことが前提になっているのよ」


そんな、俺は断ったはずだ。


「春は断ったと思っていても、小川さんはそうは思っていないはずよきっと。ねぇ…春、どうして好きな人もいないのにいると言ったの?どうしてそういう風に断ったの?どうして小川さんにハッキリと、アナタのことが好きではないと、恋愛感情が持てないと言わなかったの?」


それは、今後の藍子との関係が気まずくなるからだ。もちろん、告白されたことに対しては嬉しい。こんな俺みたいな奴を好きになってくれて、告白までされて嬉しいにきまっている。けど、藍子のことを好きなわけではないんだ。だから告白は断ったし、あの返事に対してもああいう風に答えた方が今後気まずくならないし、何より藍子に……。


「小川さんに嫌われたくない、と、そんな事を思っていたのでしょ? 」


冬子の言葉に俺は大きく目を見開いた。


「『どうしてわかる?』って顔をしているわね、分かるはそれぐらい。何年一緒にいるとおもっているの? 春のことは全部分かるわよ。私が怒っているのは小川さんに曖昧な返事をしてしまった事。あの時、春はハッキリと断るべきだった。それが小川さんの為でもあったのに、春は自分の為にああいう思わせぶりな返事をしてしまった。もう一度小川さんが告白をしてきた時、春は責任を取れるのかしら?」


責任も何もないだろ。俺は断ったし、あの時、曖昧な返事をしてしまったのは小川のあの濁った目に戸惑っただけで、自分の為になどとは思っていない。


それに、もう一度小川からの告白なんてある筈がないだろ。もしあったとしても、その時はその時に考えればいい。


「人に嫌われたくない、自分を好きでいてほしい、例え自分が嫌いな人であっても。春、アナタはこんな風に常日頃、人と接するとき考えているのではないかしら?だから小川さんに曖昧な、思わせぶりな返事をしてしまった。違う? そんなんだから春は人を――――」


「違う、そんなこと俺は考えていない」


違う違うそんなこと考えていない考えていない。俺はそんなことは考えていない。そんな……コトは……考えていない筈だ。


いや、考えているのか? 冬子の言った様に俺はそんなことを無意識のうちに考えているのか?そんな身勝手な考えを俺は。違う、考えていないそんなことは考えていない、考えない、俺はそんな身勝手なコトを考えない。


「ハァ……そうね、それ以前の問題よね。この話はまたにしましょう。ただし春、さっき言った責任については良く考えておきなさい。いつか後悔する日が来るかもしれないわよ。じゃあ、帰りましょうか」


冬子はそのまま教室を出て行いくのを俺は声を掛けることも出来ずに見送った。


責任か……藍子に曖昧に答えた返事の責任。曖昧に答えたことに後悔する日が来ると冬子は言った。そんな日が来るのだろうか。もしその日が来たら俺はどうすればいいのだろうか。藍子にどんな責任を取ればいいのだろうか。わからない、わからない、わかる訳がない。そんな日が来ていないのに、来るかもわからないのに。


「春、早く来なさい。帰るわよ」


冬子の声が聞こえる。


そうだな、その日が来たら考えよう。大丈夫、そんなにたいしたことではない。そもそもそんな日が来るはずがない。でも、ほんの少しだけ考えてみよう。それよりも今は一刻も早く冬子の所へ行こう。


「ごめん、今行くよ」


鞄を持ち教室から廊下に出ると窓から夕日が差し込んでいるせいか廊下一面オレンジ色に染まっていた。その空間の中、冬子は廊下の窓からじっとオレンジ色に染まった空を見上げていた。


「遅いわよ、何しているの」


綺麗だと思った。ただただ単純に綺麗だと思った。それが一時の気の迷いかもしれないけど、夕日に照らされて頬を唇をアノ深い闇のような瞳をオレンジ色に染め上げている冬子の顔はとても綺麗だった。


「行きましょうか。今日は春の家で夕食をつくるから」


「家で? 」


「えぇ、芽衣さん今日は仕事で遅くなるのでしょ? 」


「叔母さんは遅くなるって言っていたけど、雪音がいるからなぁ」


「妹さん? 大丈夫よ、さっき連絡しといたから。さぁ、早く行きましょう」


冬子はそう言うと夕日に照らされた空を見るのをやめて階段を下りていき、俺も続いて階段を下りていった。


そういえば、夕日に照らされている冬子を見て思い出したが、昔似たような光景があったような気がする。あの時は廊下じゃなくて公園で年ももっと幼くてその時の相手は冬子……じゃなかったような気がするが。でも、その子は綺麗で夕日に照らされて染まったその幼い女の子はとっても綺麗で美しくて、守ってあげたくて、守る約束をした大切な人だったと思う。


「夕食はカレーにしましょうか? 」


「何でもいいよ」


ただ、今思うことは冬子はいつかの幼い女の子と違って、守ってあげるよりも守られている関係のような気がする。


いつか、約束を交わした幼い女の子に会える日が来るのだろうか? その時彼女は俺を見て何を思うのだろうか? 俺はどうするのだろうか? そんな日は来ないと思うけど。


俺は昔の思い出と、冬子に言われた藍子に対しての責任を少しだけ考えながら夕日に染まった校門を通り抜けた。


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