彼女と彼女
小川は一瞬、目を大きく開き怒りに満ちた顔をしたが、さっきまで俺に見せた笑顔になっていた。しかし目は笑っていない。
「あれ、雪風さん教室に何か忘れ物?それとも、さっきまでの私達の会話でも盗み聞きしてた?」
「最初に言いますけど小川さん、私は盗み聞きなどしてないわ。教室に忘れ物を取りにきたらあなた達の話し声が聞こえてきたから、空気を読んで終わるまで待っていただけよ」
冬子は小川に対して笑顔で答えた。
「へー、空気を読んでわざわざ待っていた、ね。」
「えぇ、わざわざ、待っていたわ」
お互いとも、笑顔のまま相手と話しをしているが目は一切笑っていない。特に冬子、アイツのアノ顔はヤバイ。長年付き合っている俺だから分かるが、アイツのあの一見ニコニコと愛らしく笑っている顔は本気で怒っている顔だ。その証拠に、鞄を持っている左手は強く握られ、爪が今にも手のひらに突き刺さろうとしている。
「じゃあさ、忘れ物っていったい何を忘れたの?成績優秀で忘れ物なんか普段絶対にしない雪風さんは何を教室に忘れたの?」
「そんなの彼に決まっているじゃない」
そう言って冬子は俺の方を見つめた。
「冬木君のこと?ねぇ、雪風さん。冬木君は物じゃないわ。私、前々から思っていたの。アナタ、冬木君に辛く当たりすぎじゃないかしら。毎回毎回、コトあるごとに。それに、冬木君アナタと付き合っているって噂になっているのよ。そのせいで、どれだけ冬木君に迷惑がかかっているか考えたことあるの?」
迷惑か…確かに、一部の女子男子を除いて距離を置かれている。
「クラスの皆から、いえ学校中の殆どの人から冬木君は避けられているのよ。冬木君に関わると何かとアナタも関わってくる。皆に避けられているアナタが関わってくるから、冬木君まで避けられているのよ。それくらい成績優秀なアナタなら分かっているんじゃないの?雪風さん」
終始笑顔で冬子にそう語りかけると、小川は俺の方に振り返って「冬木君もそう思うでしょ?」と言ってきた。
「フフフ」
「何が可笑しいのかしら、雪風さん」
「だって、ねぇ…彼が、春が、いつ迷惑だなんて思ったのかしら。いつ小川さんに迷惑だ何て言ったのかしら。それとも春、アナタは小川さんに迷惑だ何て言ったのかしら?言ってないわよね、言うはずないわよね。いいえ、そもそも迷惑だ何て思ってすらないものね。だってアナタ私がいないと一人ぼっちだものね」
俺は冬子に対して答えることができなかった。アノ目で冷たく暗い目で俺の心を全て明け透けに見る目で、俺の目をただただひたすら見つめ続けてきた。
「そんなことない。冬木君、冬木君は一人ぼっちじゃないよ。だって私がいるもの。雪風さんの言っているコトが本当だったとしても、私が要るから私は冬木君のそばにいるから。そもそも雪風さんのコト、迷惑だって思っているんでしょ、冬木君?雪風さんが恐くて言えないだけでそう思っているんでしょ」
小川は俺の手を握り、目を見つめながら言ってきた。
「小川さん、春が困っているわ。その手を離してあげて」
その言葉に小川は冬子の方を振り向き、目を細くして冬子を睨んだ。
「ねぇ小川さん。さっき春は物じゃないって言ったじゃない?春はね、私の物よ。そして、私は春の物。春は私の所有物で、私は春の所有物。春は私の奴隷で主人。持ちつ持たれつもたれつつ。そんな関係なのよ、私と春は。だから、何も知らないアナタが、春の本当の心を知らないアナタが、軽々しく『好き』だ何て言わないで」
次は遅くなると思う