洋菓子屋の店長は今日も救わない
『なんだよ、離せよ! 絶対に殺す! 殺してやる!』
とある洋菓子店のバックヤードで、白いパーカー姿の男がソファに寝転がりながらテレビを眺めていた。
散らかった机。
転がる工具。
飲みかけのコーラ。
ワイドショーから流れる怒号に、男は気だるげにつぶやく。
「あらら、それはダメだって言ったのに……」
その時。
――カランカラン。
店のベルが鳴った。
「いらっしゃいませ〜!」
表では、チャイナ服に限りなく近いメイド服を着た少女が、明るい声を上げていた。
入ってきたのは、学生服姿の男。
どう見ても洋菓子に興味がなさそうな彼は、落ち着かない様子で店内を見回している。
「あ、あの……すみません」
「はいは〜い。ご注文ですか? ちなみに新作のコンポタクッキーが」
「いや、店長さんっていますか?」
その瞬間、少女の目がぱっと輝いた。
「少々お待ちください!」
彼女は勢いよくバックヤードへ駆け込んでいく。
数秒後。
肩にコーラのシミを作った白パーカーの男が、露骨に不機嫌そうな顔で現れた。
「なにー? 今いいとこだったんだけど。君のせいで肩びしょびしょなんだけど?」
「はじめまして! あの、助けてください!!」
「んあ? 無理。知らない人にいきなり助け求められても困るし。じゃ、そういうことで」
「えぇ!? 待ってください!」
必死な声で客人は叫んだ。
「この洋菓子店の店長に会えば助けてくれるって、メッセージカードに書いてあって……!」
その言葉に、男はぴたりと止まった。
そして、目を泳がせている店員を見て、深いため息を吐く。
「はぁ……。1000万。払える?」
「払えます!」
即答だった。
だが次の瞬間、客人は自分で何かに引っかかったように眉をひそめる。
「……なんで、俺」
「おー、気前いいねぇ。ほら、入りなよ少年?」
店長は気にした様子もなく、奥の客間へ案内した。
***
「それで? なにして欲しいの?」
テーブルを挟み、店長は頬杖をつきながら尋ねる。
「祖母が……末期癌なんです」
客人は震える声で続けた。
「認知症もあって、治療も拒み続けてて……。もっと早ければ助かったらしいんです。でも今はもう……」
自嘲気味に笑う。
「タイムマシンとかでもあれば、って思ったんですけど……そんなのあるわけないですよね」
「あるよ?」
「あるんですか!?」
「でも意味ない」
店長はあっさり言った。
「一応ルールがあってさ。過去に戻って深く関わった人間の記憶は消されるんだよね」
「え……」
「未来変えちゃダメですよ〜ってやつ。下手すりゃ未来の時間警察に捕まるし、罰もある。ま、過去の人の記憶消えるから救いっちゃ救いだけど?」
客人は青ざめた。
「そんな……」
「だから僕には無理。ごめんね。はい、おしまい」
あまりにも冷たい口調だった。
店員が、帰るよう促すため客人の肩にそっと触れる。
客人は今にも倒れそうな顔で立ち上がった。
「……失礼します」
「あ、待った」
店長が声をかける。
「ひとつだけ。どうやってこの店知ったの?」
「祖母が……この店のクッキー好きだったんです」
客人は振り返った。
「半年前、癌が見つかってから認知症も進んで……。それでも体が動くうちは、ひとりでここに来てて」
店員が、ぴくりと肩を揺らす。
「ある日、一緒にクッキー食べてたら、メッセージカードの裏に『店長に会ってください。貴方を助けてくれます』って子供みたいな字で書いてあって……」
店長はじろりと店員を見る。
「やっぱりねぇ……」
露骨に視線を逸らした。
「ありがとう」
店長はそう言って、客人へ笑いかける。
「代わりに、ひとつだけ良いこと教えてあげる」
――その言葉を聞いた瞬間。
客人の顔から血の気が引いた。
まるで現実を拒絶するような顔のまま、彼は店を飛び出していく。
***
「店長、タイムマシンなんてないですよね?」
「あるよー」
店長は軽く答える。
「ていうかさ、僕が助けるとか書かないでよ。改良が必要なのかなぁ」
「いえ!!私は壊れてません!大丈夫ですっ!」
焦った様子の店員に対して店長は呆れるようにため息をついた。
「はいはい」
「あのですね。この目はとても高性能なんです。きみえさんの腰痛にも気づきました。だから声をかけたら、『もう長くないのよね』って……」
店員は悲しそうな顔で俯いた。
「息子さんのことを心配していました。だから、少しでも希望になればって……」
店長は小さく笑った。
「おバカ。不確定な希望ほど残酷なものないんだよ」
「ですが博士の開発したもので、腰痛を軽減できればと……」
「腰痛であそこまで悩まないでしょ」
店長はソファへ倒れ込む。
「それにさ。ただの客に対してなんでそんなに親切にするの? 僕が優先じゃない?」
「…店長こそ心の修理が必要だと思います」
「ロボットにそんなこと言われるなんてね」
店長はくすくす笑う。
「でもさ、ちゃんと助言はしたよ。あとは彼次第」
「助言?」
「普通に考えて、半年前に末期癌で治療もしなかったおばあさんが、今さら急変するかな?」
店員は首を傾げる。
「それに、学生服の彼が1000万を即答した」
「……あ」
「認知症なのも、多分おばあさんじゃない」
店員の目が見開かれる。
「休日なのに学生服。ずれた記憶。寝癖。匂い。年齢の違和感」
店長は淡々と続けた。
「おばあさん、もう亡くなってるんじゃない?」
静かな沈黙が落ちた。
――カランカラン。
再びベルが鳴る。
これは、とある洋菓子店の店長と店員の話。




