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洋菓子屋の店長は今日も救わない

作者: 名日田ひな
掲載日:2026/05/07




『なんだよ、離せよ! 絶対に殺す! 殺してやる!』



とある洋菓子店のバックヤードで、白いパーカー姿の男がソファに寝転がりながらテレビを眺めていた。



散らかった机。

転がる工具。

飲みかけのコーラ。



ワイドショーから流れる怒号に、男は気だるげにつぶやく。



「あらら、それはダメだって言ったのに……」




その時。


――カランカラン。


店のベルが鳴った。




「いらっしゃいませ〜!」


表では、チャイナ服に限りなく近いメイド服を着た少女が、明るい声を上げていた。



入ってきたのは、学生服姿の男。



どう見ても洋菓子に興味がなさそうな彼は、落ち着かない様子で店内を見回している。



「あ、あの……すみません」


「はいは〜い。ご注文ですか? ちなみに新作のコンポタクッキーが」



「いや、店長さんっていますか?」



その瞬間、少女の目がぱっと輝いた。



「少々お待ちください!」



彼女は勢いよくバックヤードへ駆け込んでいく。



数秒後。



肩にコーラのシミを作った白パーカーの男が、露骨に不機嫌そうな顔で現れた。



「なにー? 今いいとこだったんだけど。君のせいで肩びしょびしょなんだけど?」


「はじめまして! あの、助けてください!!」



「んあ? 無理。知らない人にいきなり助け求められても困るし。じゃ、そういうことで」


「えぇ!? 待ってください!」



必死な声で客人は叫んだ。



「この洋菓子店の店長に会えば助けてくれるって、メッセージカードに書いてあって……!」



その言葉に、男はぴたりと止まった。


そして、目を泳がせている店員を見て、深いため息を吐く。




「はぁ……。1000万。払える?」


「払えます!」



即答だった。


だが次の瞬間、客人は自分で何かに引っかかったように眉をひそめる。



「……なんで、俺」



「おー、気前いいねぇ。ほら、入りなよ少年?」




店長は気にした様子もなく、奥の客間へ案内した。




***




「それで? なにして欲しいの?」



テーブルを挟み、店長は頬杖をつきながら尋ねる。



「祖母が……末期癌なんです」



客人は震える声で続けた。



「認知症もあって、治療も拒み続けてて……。もっと早ければ助かったらしいんです。でも今はもう……」



自嘲気味に笑う。


「タイムマシンとかでもあれば、って思ったんですけど……そんなのあるわけないですよね」



「あるよ?」


「あるんですか!?」


「でも意味ない」


店長はあっさり言った。



「一応ルールがあってさ。過去に戻って深く関わった人間の記憶は消されるんだよね」


「え……」


「未来変えちゃダメですよ〜ってやつ。下手すりゃ未来の時間警察に捕まるし、罰もある。ま、過去の人の記憶消えるから救いっちゃ救いだけど?」



客人は青ざめた。



「そんな……」



「だから僕には無理。ごめんね。はい、おしまい」




あまりにも冷たい口調だった。


店員が、帰るよう促すため客人の肩にそっと触れる。


客人は今にも倒れそうな顔で立ち上がった。



「……失礼します」


「あ、待った」



店長が声をかける。



「ひとつだけ。どうやってこの店知ったの?」


「祖母が……この店のクッキー好きだったんです」



客人は振り返った。



「半年前、癌が見つかってから認知症も進んで……。それでも体が動くうちは、ひとりでここに来てて」



店員が、ぴくりと肩を揺らす。



「ある日、一緒にクッキー食べてたら、メッセージカードの裏に『店長に会ってください。貴方を助けてくれます』って子供みたいな字で書いてあって……」



店長はじろりと店員を見る。



「やっぱりねぇ……」



露骨に視線を逸らした。



「ありがとう」



店長はそう言って、客人へ笑いかける。




「代わりに、ひとつだけ良いこと教えてあげる」




――その言葉を聞いた瞬間。



客人の顔から血の気が引いた。



まるで現実を拒絶するような顔のまま、彼は店を飛び出していく。






***




「店長、タイムマシンなんてないですよね?」


「あるよー」


店長は軽く答える。



「ていうかさ、僕が助けるとか書かないでよ。改良が必要なのかなぁ」


「いえ!!私は壊れてません!大丈夫ですっ!」



焦った様子の店員に対して店長は呆れるようにため息をついた。



「はいはい」


「あのですね。この目はとても高性能なんです。きみえさんの腰痛にも気づきました。だから声をかけたら、『もう長くないのよね』って……」



店員は悲しそうな顔で俯いた。




「息子さんのことを心配していました。だから、少しでも希望になればって……」




店長は小さく笑った。




「おバカ。不確定な希望ほど残酷なものないんだよ」


「ですが博士の開発したもので、腰痛を軽減できればと……」


「腰痛であそこまで悩まないでしょ」




店長はソファへ倒れ込む。




「それにさ。ただの客に対してなんでそんなに親切にするの? 僕が優先じゃない?」


「…店長こそ心の修理が必要だと思います」


「ロボットにそんなこと言われるなんてね」



店長はくすくす笑う。



「でもさ、ちゃんと助言はしたよ。あとは彼次第」


「助言?」


「普通に考えて、半年前に末期癌で治療もしなかったおばあさんが、今さら急変するかな?」




店員は首を傾げる。




「それに、学生服の彼が1000万を即答した」


「……あ」


「認知症なのも、多分おばあさんじゃない」




店員の目が見開かれる。




「休日なのに学生服。ずれた記憶。寝癖。匂い。年齢の違和感」



店長は淡々と続けた。



「おばあさん、もう亡くなってるんじゃない?」



静かな沈黙が落ちた。




――カランカラン。


再びベルが鳴る。


これは、とある洋菓子店の店長と店員の話。

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