第2話 猫を巡って、鼠と蛇が大喧嘩
十二支と神鼠は猫に「こい」
第Ⅰ章(人生の 最後のページで 見えるもの):https://ncode.syosetu.com/n5418ls/
第Ⅱ章(禁忌の竜):https://ncode.syosetu.com/n3802lt/
※本話は第Ⅰ章ep.2(https://syosetu.com/usernoveldatamanage/top/ncode/3045114/noveldataid/28062832/)とつながっています
そのとき、猛然と扉が開いて、
青い光の波を、かき分けながらやって来た者がいる。
「リティがいなくなったってほんまか!!!」
テオだ。
「天下の大王様がついていながら、なんやこの体たらくは!!」
テオは僕の襟元を掴み上げた。
「自分、リティ一人守れんのか!!!
こんな迷惑なもんも垂れ流しよって!!!!!
あ?このクソガキ!!!!!!」
「なぜここにいる…お前が連れ去ったのか?」
「アホ言うな、クソ鼠!!!
様子がおかしいから戻って来たんや!!!」
テオは僕の襟元を激しく揺する。
「自分のドブネズミ使て、はよ見つけろや!!!
見つけてくれたら、自分はもうお役御免や!俺が行く。」
「何を言っている?」
「俺が助けに行く言うてんねん!
自分は大王様の平常運転しとき!!」
僕はテオの襟元を掴み返した。
「リヒトさんは、僕が助けに行く。
邪魔をするな。」
「ハァー???
俺はまともなこと言ってるで?
アナタには大王様のお仕事があるやろが。
リティは俺が助ける。」
「リティってなんだ?
リヒトさんをそんな呼び方…」
「あ?羨ましい?
そりゃ残念やったなァ!
俺はちょい前にオッケーしてもらってんで。
リティって呼んでええってな。」
「なんだと、貴様!!!!!」
僕は、片足を上げてテオの胸を蹴り飛ばした。
テオは後ろに倒れ込みながら鼻先で笑った。
「あ~、おもろ。
もうええやん、呼び方一つで差がついてるんやし。
なあ、ドブネズミからの報告はまだ?」
僕の胸の辺りを、氷のつららが貫いている。
「おい、まだ?聞いてるんやけど!
まさか、リティが俺のこと好きやったら、
探すのやめるん?」
僕はテオを睨みつけた。
僕が常に体内に貯留している神通力が抑えきれずにあふれ出してくる。
何だ、僕の、この男への、この感情は!!!
リヒトさんの涙を拭くスマートな手、
リヒトさんと共に去る男らしい後ろ姿、
リヒトさんにプロポーズする行動力、
リティと呼ぶことを許される魅力…
僕はこの男よりも6つも年下で、
馬鹿シリウスで…
追いつけない…絶対に…
僕は、この男が、テオが…
その瞬間、僕の脳裏に、フレドリックのどす黒い紫の揺らぎが蘇った。
そうか…
恨み、
妬み、
憎む。
自分を正当化しながら、闇雲に。
でも、それは、違う。
リヒトさんがテオを選んだとしたら、
それは、僕が馬鹿シリウスだったからだ。
それだけだ。
僕は、リヒトさんのことが好きだ。
大事にしたくて、
嫌われたくなくて、
どうしていいか分からなくて、
馬鹿シリウスになるほど、
リヒトさんのことが好きだ。
ずっと、リヒトさんに「恋」しているんだ。
テオとの結婚なんか絶対に祝いたくないこと
…それは認める。
正直、リヒトさんに絡むテオが嫌いなこと
…それも認める。
テオが「リティ」と言うと虫唾が走ること
…もちろん認める。
でも、それも当然だろう。
リヒトさんに「恋」しているんだから。
こうして考えて行けば、
僕が、恨み、妬み、憎しみの感情に囚われる必要はどこにもない。
リヒトさんが命懸けで取り戻してくれた感情を…
あの女性が与え、守ってくれた全ての感情を…
僕は…
…全て受け入れて、正しく、逞しく使っていくんだ!!!
*************
僕は、リヒトさんのロケットを握って額の刻印に当て、印を結んで集中した。
「神路開放 神通力【全方位絹絃】!!!!!」
足元に十二支の方位陣が、輝きながら浮かび上がる。
僕はシルクのように滑らかな、
針一本通さない探索の布を広げていく。
垂れ流れていた膨大な神通力が、
僕の身体に戻って来て、
開放された神路から流入した神通力と共に、
淀みなく使われる。
僕は、必死に踏みとどまる。
ここで、神通力に押し流されれば、
僕は「鼠」そのものに堕ちていく。
僕はただ、リヒトさんを想った。
猛然と襲い掛かる姿、
真っ黒で、つややかで、いつもボサボサな髪、
憎々し気に僕を見つめる猫のような瞳、
僕を「シリウス」「君」と呼ぶ声、
どこか寂しそうな表情、
ほっそりとして壊れそうな身体、
すぐに真っ赤になる頬、
妙に色気のあるうなじの刻印、
僕に噛みつく牙、
血を舐めまわす舌、
まだ聞いていない三年前の答え、
照れるとうつむいてしまう目線、
ドレスのときに見たくっきりした鎖骨、
怒ったときの一番星のような目、
骨ばってペンだこのある指、
オロオロと握りしめる手、
僕の首に回される腕、
思いがけず弾力のある胸、
吸い取れそうな耳たぶ、
蕩けるような唇、
陶器のように青白い肌、
悶えるような喘ぎ声、
遠慮がちに寄せる肩、
いたずらっぽい微笑み、
知性が潜む目の奥、
しなやかな手足、
僕のために叫ぶ声、
僕のために流してくれる涙、
すぐにどこかにいなくなりそうな横顔…
リヒトさん…
大丈夫…
リヒトさん…
必ず見つけるから…!!!!!
その時、ある場所、ある地点に、
小さな存在を、
小さな、小さな感触を得た。握りしめたロケットからピリリと痛みを感じる。
その隣の黒点のような違和感も。
僕の目の前に、目を閉じて横たわるリヒトさんが一瞬竜巻のように広がった。
次の瞬間、一挙に術が解けた。
青い光が一瞬で風に溶けて消え去る。
僕はゼエゼエと肩で息をしながら、
歯噛みした。
そうだ…どうして、これを思いつかなかったのか。
ゴテスベルクは神の山だ。
しかし、同時に何の場所だったか?
…そう、猫族の怨霊の棲み処だ。




