表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/27

第15話 心の傷 人生の一部品 貴女が与えてくれたもの 口づけの嵐

追記+イラスト差替えver.

挿絵(By みてみん)





「…あの2年のことは全て覚えています。

僕は記憶を司る神鼠ですから、基本的に物事を忘れません。

僕自身に神通力をかけて忘れることはできますが、

絶対に思い出せなくなります。


あの誘拐戦争と独立運動は大きな動きです。

あの2年の中に、重要な出来事や証拠がある可能性がある。

だから、意図的に忘れることはできない。」


リヒトさんは、繋いだ手に力を込める。


「感情を失っていた間は、あの出来事は、僕にとって、ただの事実でした。

よく自分が苦しむ悪夢を見ましたが、

目覚めれば『夢を見た』と思うだけです。」


リヒトさんは黙っている。


「でも、その代わり、僕の日常は、

何も書いていない白紙のページを一枚一枚めくるような日々でした。


そのときに、貴女が来た。」


リヒトさんの手がピクリと動いた。


「貴女が心配しているように、

感情が戻って来ると同時に、例の2年の記憶は、ただの事実ではなくて、

不快な記憶として蘇りました。


でも、貴女によって再生されたものは、それだけじゃない。」


僕たちは人通りのない狭い路地に入った。


坂になっている路地の突き当りには、日光が広がって、猫が昼寝をしている。


「お腹はすくし、食べ物はおいしい。

難しい問題の解を見つけて興奮する。

風呂に入ったときは気持ちいい。

ぐっすり眠って晴れた朝には伸びをする。


そういう、当たり前の感覚が、感情を伴って戻って来たんです。」


僕は、坂道を上りながら、リヒトさんの手をしっかり握った。


「貴女が大暴れして、皆が大慌てするのはおかしかった。

貴女に会う時間が来るとき、ソワソワする。

貴女が僕を見ると、もっと見てほしいと思う。

貴女の顔を見たら心が浮き立って、

貴女に会えなかったらがっかりして、

次に会える予定をそっと確認する。」


リヒトさんは立ち止まってそっとつないだ手を離した。

肩を震わして、顔を覆っている。


僕は、路地の突き当りまで数歩進んで日光を浴びると、

リヒトさんを振り返った。


「リヒトさん。

貴女が再生(リザレクション)してくれた感情は、数えきれない。

僕の人生のページは、

貴女が僕に襲い掛かったあの日から、

たくさんの色彩で溢れている。


あの2年は、今はもう、僕という人間の、一つの部品に過ぎないんです。」


リヒトさんは顔を上げて、僕が浴びる日光を眩しそうにした。


「もちろん…貴女に触れようと思うたび、

こんな穢れている自分でいいのかと考えます。

貴女への触れ方が、あの連中の動きをなぞっている気がするのは、

特に僕を苦しめる。」


リヒトさんは顔を歪めて、小さく顔を横に振ってくれる。


「もしかすると一生逃れられないのかもしれない。

でも、それでも、色とりどりの僕のページの一部品なんだ。


僕は、貴女が僕に命懸けで与えてくれた感情を、

その一部品だけで無駄にしたりしない。

絶対に!」


リヒトさんの夕日色の瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。


「だから、リヒトさん…気持ちはとても嬉しいけど、

あなたがそんな…

自分の身を売ってまで、僕とフェアになろうとする必要は、もうないんだ。」


僕はリヒトさんに手を差し伸べた。


「こっちに来てください。」


リヒトさんは鼻をすすりながら涙を拭っている。


「こっちに来て?」


リヒトさんはうつむいている。

きっと考えているのだ。


僕は、リヒトさんの後ろから、こちらに向かって来る猫を見つけると、

思いついて、そっと呼び掛けた。


「リヒトさん、猫さん、こっちに「こい」…」


リヒトさんは、自分を通り越していく猫にハッと目をやると、

その猫と同じように、ソロソロと滑らかに僕の方に向かってきた。


僕は膝をついて手を広げた。


リヒトさんは崩れ落ちるように僕に抱きついて、

何かを言おうと、僕の顔を見上げたが、

僕は、その震える唇に、思い切り僕の唇を押し当てた。


「フェア計画は絶対にしないと、僕に誓ってください。」


僕は、唇をつけたままリヒトさんに言う。


「し…ない…」


リヒトさんは少し喘ぎながら言う。

僕も息を荒くしながら、それでも唇は離さないまま、話し続ける。


「もっとはっきり…僕に誓ってください…リヒトさん…」


「絶対に…しま…せん…」


リヒトさんの言葉に、僕はもう一度、今度はもっと長く唇を押し当てる。


呼吸が苦しくなるほど押し当てて、そっと唇を離すと、

リヒトさんが、耳まで真っ赤にしながら、目を逸らして(ささや)いた。


「馬鹿リヒトだ、私…」


僕は大きく首を横に振った。


「これを言ってくれたから、

僕は、心のしこりになっていた虐待に向き合って、

さっきの言葉を言うことができました。」


僕はリヒトさんに口づけを繰り返す。


「貴女の優しいフェア計画は、僕の人生の(いろどり)になりました。


今度は僕の番だ。

リヒトさんがロベルトのことで苦しむときは、いつでも僕がフェア計画を立てます。」


リヒトさんは、僕の唇から逃れて、


「エェ?嫌だよ、君が身売りするなんて…」


と言いかけたが、賢いリヒトさんは、ちょっと自分を指差してクスリと笑う。

「君の気持が分かった」と言うように。


そんなリヒトさんを見て、僕は勇気を出して、ちょっと咳払いしてから話し始めた。


「リ、リヒトさん…前からずっと聞きたかったんですけど、

リヒトさんは、僕のことを…」


【グ―――――ッッ】


リヒトさんはパッと自分のお腹を押さえて、「私だ…」と照れ笑いする。


「乾パンとソーセージ半分しか食べてないから…」


「そうでした…僕が食べちゃいましたから。

お祭りに戻って、たくさん食べましょう。」


僕はリヒトさんを抱き上げて、坂道を下り始めた。


路地の先に、いよいよ賑わう祭りが垣間見えた。

十二支と神鼠は猫に「こい」


第Ⅰ章(人生の 最後のページで 見えるもの):https://ncode.syosetu.com/n5418ls/

第Ⅱ章(禁忌の竜):https://ncode.syosetu.com/n3802lt/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ