第12話 僕と僕の奥様の 休日
挿絵を差し替えて再掲
シリウスは、私を軽々と抱き上げて宿屋を出た。
宿屋を出る前から、そして、出た瞬間から、周囲が大いにざわめいている。
私は縮こまれるだけ縮こまってマントをかぶり、足もネグリジェに引っ込めているが、
「ちょっと、見て!すごい美青年!」
「神様?天使?」
「なんてこと!こんな男性がいるの!?」
「目が宝石のよう!」
という声が沸き上がっている。
大王であるシリウスの顔を、実際に知っている者は町ではいないだろうから、
単純に、長身の絶世の美男子が、何か荷物を抱えて歩いている、という状況だ。
シリウスは動じる風もなく、宿屋で教えてもらった洋品店にズンズン向かっている。
途中で、あれこれ声を掛けられても気にしていない。
洋品店に着いたらしく、
「失礼、Madam、この女性の服を見繕っていただけますか?」
と私のマントをハラリと開けた。
そのMadamは「喜んで、Sir.」とゆっくりと微笑みながら、近くの者に何かをささやく。
すると、奥から、パリッとした老紳士がやって来て、シリウスに丁重に挨拶をする。
その間に、店の者が、来店中の客を丁重に外に追い出し、そそくさと閉店している。
シリウスが大王であることを知っている、という雰囲気ではないが、
ボロボロの服でもただならぬオーラを出しているシリウスに、何かを察したのだろう。
ソファを勧められて、シリウスがそっと私を座らせる。
汚れたネグリジェを着た、裸足の女…
恥ずかしいなんてものではない…
一体、なんと思われているか…
「ご安心ください。心を込めてお洋服をお選びいたします。」
フカフカのスリッパ、お茶や菓子が即座に準備される。
どれがよろしいかしら…とMadamやお針子が私に何着もの服をあてがい、
シリウスにも「お気に召したものがあればお声がけを」と言う。
私は必死に「できるだけ、地味なものを…」と主張する。
シリウスはアクアマリンの瞳を煌めかせて、じっと私を見ている。
恥ずかしい…ひたすらに…
「どれもお似合いだと存じますよ。例えば、このピンクのお服…」
「あ、ピンクは駄目です…私はピンクを着られない運命なんです…」
「少しお時間を頂ければ、髪と瞳のお色に合わせたリボンやレースをあしらいますわ。
そうすれば、いっそう馴染みます。」
「こちらのレースをあしらったディープグリーンなども、上品でお似合いです。」
「レースも縁遠い人生…あ、猫生なんです…」
苦手だ。本当に…
どんなにおべんちゃらを言われたって、
こんな黒い髪で、オレンジの瞳の、ガリガリの、バストも貧弱な、普通の顔面の人間に、
お姫様みたいな服は似合わないことくらい、分かっている。
こんな茶番をシリウスに見られるなんて、
かえって、お上品な品が似合わないことがバレて、
嫌われる気すらする。
ふと、マリア様を思い出す。
どの服もきっと似合っただろう…
ふいに老紳士が、Madamに話しかける。
「テレーズ、君が前にデザインした、あのラピス・ラズリは?
似合う女性がいないと言って、もう片付けている…」
「ああ!そうですわ!」
急にMadamが部屋を出て、顔を輝かせて、すぐに戻ってきた。
「さあ、奥様!こちらです。」
艶やかなラピス・ラズリの服を私にあてがうと
「おお!!!」
とお店の方々が声を上げる。Madamは
「旦那様、こちら、一度お召しいただきますから、少々お待ちください。」
と言って、私を連れて別室に行く。
「ああ、この服を着ていただける方が見つかるなんて!」
Madamがにこやかに言いながら、手際よく着替えを手伝ってくれる。
「ほっそりしていらっしゃるから、お腰は詰めないと、ですわね。
でも、まずは、お召しになったところを、旦那様に見ていただきましょう。」
『旦那様』
…嬉しさと同時に、痛みが針のように胸を刺す。
こんな茶番以外で、そんな風に呼べる日は…
…呼べる日は…
「さあ、旦那様、ご覧くださいませ。」
シリウスは、私を目にすると、即座に近づいてきた。
「リヒトさん…すごく似合っています。女神様みたいです…」
シリウス、距離が…距離が近い!!!
「この服が素晴らしいのよ…」
恥ずかしくて、思わず顔をそむける。
「さあさあ、旦那様。
見惚れるのはもう少しお待ちください。
すぐにサイズを調整しまして、もう一度、奥様にお召し代えいただきましょう。
せっかくですから、お化粧や御髪もいたしますわ。」
「ぜひお願いします。」
私はMadamたちにグイグイと引っ張られて行った。
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僕は、ラピス・ラズリの服を着たリヒトさんを見た瞬間、
ただただ、見惚れてしまった。
早く人目のないところに行って、僕一人がリヒトさんを見つめていたい。
この服を着たリヒトさんがもじもじしたり、
あの時みたいに、大人の女性の表情をしたり…
僕が顔中上気しているのを感じていると、
「とても素敵な奥様ですね?」
オーナーらしい老紳士に話しかけられた。
「そうでしょう?」
『奥様』と言ってもらえただけで、くすぐったさと嬉しさが込み上げる。
こんな茶番なら、一生が茶番でいい。
「先ほどいくつか見せていただいた服も、全て買います。
より、彼女になじむようなあしらいも全てお願いします。
服に合う装飾や靴も、全て頂きましょう。」
「お任せくださいませ。全力で対応いたします。」
僕は布袋から金貨を掴みだして、机に静かに置いた。
「まずは前払いです。
言い値で結構です。」
オーナーはギョッとしたように僕を見たが、「承知いたしました。」と礼をする。
店の者が金貨を下げていくときに、オーナーは僕に言った。
「旦那様のお服は、いかがなさいますか?」
確かに、僕の服は、薄汚れて汗まみれだ。
「ありがとう、買います。
僕はシンプルなものを。」
僕は嬉しさと切なさを同時に感じながら、服を見繕っているオーナーに言った。
「今日は、僕と、僕の奥様の休日なんです。
今日だけは、二人で、楽しくお祭りに行きたいんです。」




