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緑簾に息吹く幽の影  作者: こたつ
帝の門出
6/11

麗人

「なにか、ここ半年の間で変わった事はなかったか?」

 燦黯は先程磨ノ守に問いかけたのと同じ言葉を投げる。

投げた相手は美しい顔の男で、二人目の袖を引かれて助かった者だ。

「変わった事……。」

 男が思案気に天色(あまいろ)の瞳を伏せると、隣からため息をつく音聞こえてくる。

燦黯の隣に立っている珱子のものだ。

珱子は仮にも妃である。

美しい物も人もある程度は見慣れているであろう人間が思わずため息をつく程、男の顔は美しい。

 先刻の磨ノ守も随分と整った顔立ちをしていたが、それに比べても圧倒的な迫力を持っているように感じる程、男の造形は優れていた。

しかし、均整のとれた体も程よく手入れされている髪も、さりげない瞳と同じ色の服の紐飾りも、全てが男の存在感をどこか曖昧にし、不思議と華々しい雰囲気はない。

ただ、飾らぬ美しさが鎮座しているだけであった。

 男はしばらく俯いて考え込んでいるように見えたが、やがて顔を上げて高忠の方を向く。

「どうした、玉静(ギョクセイ)。」

「変わった事に心当たりはあるのですが、あまりに荒唐無稽(こうとうむけい)な話になります故、皆様方のお耳汚しになるのでは無いか、と。」

「どんな話でもかまわぬ。話してみよ。」

 今燦黯達が探っているにはまさに荒唐無稽な怪そのものの正体だ。

そう言った話こそ真剣に聞かなければならない。

 それを聞いた玉静は、部屋の最奥に座る斗綺の方を伺った後、表情の乏しい顔で語り始めた。

「三月程前でしょうか。一時期、妙な夢を見るようになりました。その夢には、亡き母の様な人が出てきます。毎夜毎夜、さめざめと泣き、どうして、どうしてと嘆いておりました。その度に私の袖を弱々しく引き、その顔はいつも霧にでも覆われているかの様に不鮮明で、場所はいつも私が母と共に過ごした場所でした。」

「今もまだその夢は続いておるか?」

「いいえ。ある夜から突然、私の袖を強く引き始め、あまりの強さにその手を振り払って以降、その夢はぱたりと見なくなりました。」

 そこまで話し終わると、玉静は沈黙し、何かを考え込む様にまた俯いてしまった。

「手を振り払えば、袖を引く手を払う事ができるのか?」

 ぽつりと独り言を漏らすと、どこからか視線を感じた燦黯は、思わず隣を見ると、珱子が鋭い瞳で燦黯を射抜いていた。

「夢は見ていないのですか?」

 おそらく玉静がいるからだろう、珱子は丁寧な言葉を使ったが、その表情は確実に苛立ちが混ざっている。

 燦黯が故人の夢を見ていないと、嘘をついていると思っているのだろう。

燦黯はどうしようかと自らの腹心、高忠を見る。

「どうかなさいましたか。」

 燦黯の視線に気がついた高忠は、どこか慌てた様に反応を示した。

しかし、珱子と燦黯の会話は聞こえていなかったらしく、ばつの悪そうな顔をしている。

「いや、なんでもない。」

 高忠にはそれだけ言い、燦黯は珱子の方へと向き直る。

「私はその様な夢は見ていない。」

 はっきりとそう告げると、珱子はそうですか、とだけ言って顔を逸らしてしまった。

少し動揺した事を悟られたらしい燦黯は、心ここに在らずと言った様子の高忠を気にしながら玉静に問う。

「其方は、その夢を見ている間、どんな心地だった?」

 燦黯は、袖を引かれていた者達を思い出しながら問うた。

皆一様に幸せそうな顔をして死んでいった者達を。

 玉静は、燦黯の言葉に少し驚いた様だったが、すぐに取り繕い答えた。

「……まるで泥沼に引き摺り込まれる様な心地でした。」

 なんの表情も浮かんでいない、人形の様だった顔に、明らかな嫌悪が滲みでる。

「二度と、あの様な夢を見ずに済むのならば、私はなんだってできましょう。」

 二言目を言い切る頃には、人形の様な端正な表情に戻っていたが、玉静の言葉はまるで呪詛の様に思えた。

「そうか。心地の悪い事を聞いただろう。すまぬな。」

「いえ、お気になさらず。」

「他には何か妙な事は無いか?」

「………いいえ、何もございません。」

「そうか……。時間をとらせてすまぬ。もう下がって良い。」

 それだけの短い会話をして話を終わらせ、玉静を帰らせる。

部屋は沈黙で満ちていた。

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