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緑簾に息吹く幽の影  作者: こたつ
帝の門出
5/11

磨ノ守

「では、此処半年で特におかしな事はなかったと?」

「なかったな。」

「本当か?些細な事でもかまわぬから、何かないのか?」

「ないな。」

「幽霊を見たとか、妙な影を見たとか、ありませんか?」

「ないゆーとるじゃろ!」

 燦黯と珱子に詰め寄られている男は、鋭い三白眼をさらに鋭くしながら答える。

 燦黯と珱子は会議が終わった後、すぐに袖を引かれなくなった者二人に話を聞くため、様々な根回しをした。

その根回しには御史大夫の力添えもあり、会議から三刻とせぬうちに二人のうちの一人に話を聞くことができた……のだが。

「本当に、本当に変わりはないのだな?」

「じゃからないと………なぁ、斗綺(とき)さん、俺が嘘ついてないって言ってやってくれ。」

 男は呆れたように息を吐きながら斗綺____御史大夫の方を見る。

視線を向けられた斗綺は相変わらず布面をしていて顔は見えない。

「嘘はついていないでしょうねぇ、嘘は。」

「その言い方じゃと俺がなんか隠してるみたいなるじゃろうが。」

「本当に、本当に何もないのですか?」

 珱子が再度確認するが、男の答えは変わらない。

「ない。というか、俺一応仕事抜けてきとるんじゃけぇ、そんな疑わんでもええじゃろ。」

 鶯色(うぐいすいろ)の三白眼を伏せながら気だるそうに言う男は、本当にこれ以上言う事はないと言わんばかりに両手をあげている。

「確かに、磨ノ守(モーシュ)を長時間拘束しておくわけにはいかぬな。」

「別にそこぁかまわねぇけど、俺は。」

 そう言いながらも退屈そうに三白眼を光らせて高忠が立つ方、つまりは天壇の外へとつながる階段を見ている。

 比較的背が低く鋭い瞳と整った顔を持つ男は磨ノ(モーシュ)と呼ばれ、咲ノ守と対をなす男方の長。

女方の役職である咲ノ守と異なり、男方の磨ノ守は燦黯にも馴染み深い役職であった。

 ただ、半年前に前任の磨ノ守は亡くなっている為、燦黯は今目の前にいる男の事はほとんど知らない。

唯一分かるのは、見た目からして若い男が男方の最高位、磨ノ守に就任できるほどに優秀でである事程度だ。

「俺は()()()じゃけぇ、新しい帝が決まったらお役御免じゃ。別に大した仕事はしとらん。」

「磨ノ守は、帝の(ジュウ)家から出る。そなたは猋家の者ではないのか?」

 猋家とは、代々皇家に仕える大臣家(だいじんけ)の一族で、王族の血が入った者には必ず猋家から一名つけられる。

基本的には主人と同性の者がつき、主人が帝になった場合には磨ノ守の役に就く事になるのだ。

 その為、前任の磨ノ守は父である前帝付きの猋家が勤めていた。

燦黯付きの猋家は高忠である為、燦黯が帝になった場合には高忠が磨ノ守を務めることになる。

「俺はそんな良いとこの出じゃねぇよ。」

清華家(せいがけ)が何を仰るのだか。」

 呆れたように斗綺が言った。

 清華家とは、上から二番目の位を持つ家のことだ。

一番上が五摂家(ごせっけ)、三番目が大臣家となる。

「随分と良い家の出ではないか。」

「家がよけりゃ良いっちゅうもんじゃない。」

 磨ノ守の言葉に、なぜか珱子が深く頷いていた。

燦黯がそれを不思議に思うよりも早く、磨ノ守が口を開く。

「確かに俺は清華家じゃが、猋家や(ヒュウ)家のように代々同じ役職を受け継いでいく大臣家の方がよっぽど重宝されとる。生まれた地位だけで成り上がるような奴より余程権力も強かろうて。」

 そういって斗綺と高忠の方を見て言う。

確かに、家格の高い家程教育の質は良いが、中には自分の身分を笠に着て威張り散らすような人間もいる。

燦黯はそういった輩を腐るほどよく見てきている。

 それは宮城に住む者ならば皆、一度は通る道だ。

「そんな輩は、さっさと官位でも家格でも剥奪すべきです。」

「それができたら苦労せんじゃろ。」

 珱子が苦々しげに言うのに、磨ノ守は乾いた笑みを返して立ち上がる。

「じゃあ、話は終わったようだし帰るとするかの。斗綺さん、また何かあったら呼んでくれ。」

 そういって斗綺にも挨拶をして、垂れ下がる布を片手で持ち上げて階段へ移動しようとした時、ふと動きを止めた磨ノ守は燦黯と珱子を見た。

「死者は待ってはくれん。じゃが、その未練や思いはこびりついてまうもんじゃけぇ、気ぃつける事じゃな。」

「待て。」

 燦黯の声が聞こえていたのかいないのか、磨ノ守は言うだけ言うとすぐに行ってしまった。


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