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緑簾に息吹く幽の影  作者: こたつ
帝の門出
4/11

会議

「では、まずは袖を引く手が見えている者に話を聞きましょう。どなたの袖が引かれているの?そもそも、袖を引かれているって誰にどうやって引かれているの?」

「いきなり質問が多いな。」

 珱子に御史大夫の天壇に案内された翌日、燦黯は昨日と同じように布やら衝立やら雑多な天壇の三階、咲ノ守の執務室にいた。

昨日と同じように珱子と御史大夫、高忠と燦黯の四人が向かい合い袖を引く手についての対策を考えているのだ。

昨日と異なるのは、四人で座るのに十分な大きさの机と椅子が用意されており、普段は護衛として背後に立っている高忠も席について会議に参加している事だろう。

 御史大夫だけは会議に参加する事なく成り行きを見守っていたが。

「質問が多いのは当たり前じゃ無い。あたしには何も見えないんだから。」

「……先日は話を聞く相手は袖を引かれても助かった者だったはずだが?」

「よく考えたら原因さえ掴めば咲ノ守さまがどうにかしてくださるのだから助かった者の情報は後でも構わないわ。」

 確かに、御史大夫は物怪について調べろとは言ったが、自力で解決までしろとは言わなかった。

それならば話を聞くのは袖を引かれている最中の人間だけも問題ないのかもしれないと言う考えは燦黯にも納得ができる。

「………手を引く者の姿は見えたり見えなかったりするが、大抵は霧に包まれておるように霞んでおる。顔も見えぬ。ただ、その青白い手だけは生者の袖をしっかりと掴んで離さぬ。」

「死者が袖を引いて道連れにしようとしているのかしら。」

 そう言って珱子が気の強そうな瞳を閉じて何やら思考を始めた。

その時、会話に加わらずに居心地の悪そうな顔をしていた高忠が小さく口を開いた。

「死者がこの世に留まることなどありません。」

「まるで死者が見えるみたいね。」

 目を閉じていた珱子が目を開けて片方の眉だけを器用に上げて答える。

その声には嘲るようなものは無かったが、代わりに一抹の不機嫌さが滲んでいた。

「いえ、死者が見えないからそう思うのね。死者どころか生きている物怪ですら見えないでしょうけれど。」

「やはりあれは死者なのか…?」

 珱子の言葉に、死者の存在を感じ取った燦黯は真剣にその可能性を検討する。

もしも燦黯に見えるあれらが死者であったのなら、と。

 燦黯のその呟きに、珱子は顔を少しだけ綻ばせ、反対に高忠は苦い顔をした。

そしてそれを見かねた御史大夫は、布面越しに呟いた。

「死者は待ってはくれませんよ。」

 その言葉に、過剰に反応したのは果たして珱子であったのか高忠であったのか、燦黯には分からなかった。

ただ、二人の顔色が先程の真反対になっただけの事。

 それを見たはずの御史大夫は、それでも気にせずに言葉を続ける。

「人間を模倣する物怪は沢山いますし、死者しか模倣できない、しない物怪なぞ珍しくはありません。ですから、そこに救いを求めるのは危険ですよ。」

 霞に縋るのと同じですから、と言い切った御史大夫の顔は相変わらず見えないが、燦黯には珱子が静かに唇を噛むのが見えた。

 燦黯はどこか暗い気持ちでその姿を眺めていた。

おそらく珱子にはもう一度会いたい『誰か』がいるのだろうと、容易に想像がついたからだ。

そして御史大夫はその願いを追いたいがあまり現実を歪めないようにと釘を刺したのだろう。

 それよりも燦黯が気になっていたのは自らの腹心の事であった。

「高忠。其方は死者はこの世に留まらぬというたな?なぜそう思った?」

 御史大夫の言葉を聞いて表情を和らげた高忠に、燦黯は問う。

燦黯が知る限り、高忠は燦黯が見ているような物怪の類は見えない。

それにもかかわらず死者について話すなんて、真面目で現実主義的な彼らしくないと思ったのだ。

「………死者や幽鬼の類を私は見たことがありません。見たことが無いものは存在しないのと同じことです。」

「じゃあ自分の主人が見ていると言うものまで否定するの?」

 高忠の言葉を聞いた珱子は反発するように言う。

高忠は一瞬口を開けなかったが、すぐに澄ました顔で言い返した。

「私にとっては存在しないだけであり、東宮さまにとってはそうで無いだけだ。」

 そっけなく言うとまた口を閉じてしまった高忠の姿を、燦黯は腕を組んで見ていた。

珱子はまだ不機嫌そうな雰囲気を残していて気が付いてはいないが、燦黯には自身の部下の嘘に気が付いていた。

 高忠が言い淀んだのは、珱子に痛いところをつかれたからでは無い。

燦黯に嘘を吐こうとしていたからだ。

 つまり、高忠は死者、もしくはそれに近い何かを‘見た’。

にも関わらずその事を伏せ、さらには死者、つまりは幽霊を否定するような事を言った御史大夫の言葉を聞いて顔を僅かに綻ばせたのだ。

 燦黯はそれに気づいたが、特に追求はせずに珱子に声をかける。

「そなた、今袖を引かれておるのは誰かと申したな?今現在袖を引かれているのは一人だけだ。」

 燦黯はこの半年間で幾人かの袖が引かれているのを見ていたが、その総数は決して多くはない。

少なければ月に一人、多くとも週に一度見るか否か。

 そもそもそこまで多くの年寄りでもない貴族が亡くなっていれば、もっと大事となるはずなのだ。

「つまり、春の宮様だけ、か。袖が引かれるようになってから何か変わりは?」

「………特には。」

「手がかりなし……。だったら、当初の予定通り引かれなくなった者の話を聞く方が良いかもしれないわね。」

 すぐに考えを修正した珱子は、燦黯に最も最近で袖を引かれなくなった者について聞き始めた。

「私は宮中内全員を把握しておるわけではない。覚えておるのは二人だけだ。」

 実際はもう少しいるかもしれないが、半年の間で燦黯が覚えているのは二人きりだった。

「じゃあ、その人達から当たりましょう。」

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