帝の門出
「おめでとうございます。」
「やはり、時期帝は貴方様だと思っておりました!」
新しい帝の誕生に、宮中は沸いていた。
今日は祭りだと、男も女も美しい衣を身に纏い、酒やご馳走が至る所に並ぶ。
燦黯はそんな光景を見ながら、五日前のあの日を思い出していた。
「して、御史大夫よ。一つ聞きたいことがあるのだが、良いか?」
高忠に少し外を歩いてくるよう指示してから、燦黯は斗綺と向かい合っていた。
袖を引く手の怪を解決し終わり、本格的に帝選抜について斗綺に聞けるようになったからだ。
「なんでしょうか。」
斗綺は落ち着き払った声で燦黯の向かいに座っている。
珱子は変わらずに斗綺の背後に立ったままだ。
「其方は、誰を推薦するつもりなのだ?」
妙な駆け引きはせず、率直に問う。
斗綺相手に駆け引きをしても無駄な気がしていたし、高忠が助かった今、燦黯の帝になろうと言う燃えるような思いは少し薄れていた。
燻輝が昼間に訪れ、既に斗綺を懐柔していると思っていた事もあり、半ば諦めていたのもあった。
しかし、斗綺の口から出てきたのは予想だにもしない答えだった。
「貴方です。」
短く言われた言葉に、燦黯は耳を疑う。
てっきり、燻輝か推薦しないかのどちらかだと思っていた。
そんな燦黯の驚きをよそに、珱子が口を挟む。
「まぁ、あの春宮よりずぅっと良いわね。」
「燻輝がどうかしたのか?」
珱子のいいように燦黯が問うと、珱子は不機嫌そうに顔を歪ませた。
「あの人、咲ノ守さまに対して失礼なのよ。咲ノ守さまが顔を隠しているのを、醜いからだと決めつけて馬鹿にして!挙げ句の果てにその顔を公衆の面前で晒されたく無かったら推薦しろと言い出したのよ!!信じられない!」
「失礼ですよ。しかし、彼女は帝には向きませんね。感情的になりすぎる上に、思い通りに行かぬことがあれば癇癪を起こす。」
珱子とは異なり、冷静に燻輝を分析する斗綺の言葉に、燦黯は再び耳を疑った。
燻輝は、確かに少し感情的で自分勝手なところがあるが、それにしても癇癪を起こす事など無かった。
まして、酷い思い込みで他人を脅すなどということを、姉がするとは燦黯には俄かに信じがたい。
「燻輝は、今現在最も帝に近いと言われているのだがな……。」
「あんなのが帝になれば、政は崩れますわ!」
「優秀な方ですし、あそこまでの癇癪を起こされたのは私が無条件に彼女の推薦はしないと言ったからです。私は、最初から推薦の第一候補は貴方でしたから。」
「何故、私なのだ。」
「さて、何故でしょう。そんなことよりも、そろそろ戻られては?私が推薦するからと言って選ばれるとは限りませんよ。」
そう言って天壇を追い出され、そこからの五日間は必死だった。
滞っていた官僚達への根回し也挨拶回りなどを行い、西へ東へと奔走した。
その間、燻輝を含む皇位継承権を持つ者には一度も会わなかった。
そうして迎えた今日、めでたくも帝に選ばれたのは________
「さぁ、乾杯いたしましょうぞ!燦黯様!いえ、帝!」
「帝、今後の政の方針を___」
「現在代理の役職の者達を新しく任命し___」
燦黯は、斗綺を始めとする高官達からの票、磨ノ守を始めとする男方の票の多くを得て、帝となった。
しかし、これにうかうかと喜んでいられるほど呑気なことは言っていられない。
半年間不在だった帝の仕事は溜まりに溜まっている。
その上、引く手の怪以降、物怪と呼ぶべき怪に遭遇する回数も増えていた。
これからは、さらに忙しくなる。
そして、燦黯の物語はここから始まる。




