3話 ありふれた物
あなたの記憶の本棚に、ぜひ私の作品を入れさせて頂けませんか?
授業が終わり、部活に行く者もいれば、そのまま帰路に着く者もいる。魔法も使えず、異能力もない落ちこぼれである想護は、いつも通り帰路に着いていた。
「じゃあな想護!また明日な!」
「ああ、また明日」
想護はいつも一緒に帰っている夏希や元気と分かれた後、一人で自分の住むマンションに向かう訳でもなく、振り返って学校へと向かう。
これは彼の日課であり、彼自身の目標の為に必ずしなければいけない事をする為だ。
◇◇◇
「......さて、やるか」
学校に到着し地下にある訓練室に来た想護は、魔物のダミーをホログラムで写し出し、そして戦う。
想護が今戦っている魔物は中級という位に分類される魔物であり、同じく中級の魔術師が一人で戦ってやっとな程度の強さであり、中級は六段階ある等級の中では下から二番目の等級だ。
魔法も使えず異能力もない彼ならば本来は敵うはずのない相手だが、彼はそれを相手にして善戦することが出来た。
「これで、終わりだっ!」
想護がダミーの隙を狙ってとどめを刺そうとするが、魔物の尻尾が彼に当たり、吹っ飛ばされる。
それと同時に終了の合図が鳴り、ダミーが消えた。
「くそっ、ギリギリのところでやられた......」
「お疲れ様、永生くん」
仰向けに倒れている想護を覗き込むように、光凛が彼に声をかける。
想護はそれに戸惑う訳でもなく、そのまま身体を起こして、水を飲んだ。そして彼は、なぜかこの場にいる彼女に声をかける。
「なんでここに?もしかして麗明さんも訓練とかするの?」
「ううん、ただ永生くんが地下に向かうのが見えたから、何をしに行くんだろうなって」
「じゃあごめんけど帰ってくれないか?一人で集中したいんだ」
想護は彼女を突き放すようにそう言うが、彼女はそんな彼の態度を気にせずに訓練室のパネルを操作し出す。
そして、想護が戦っていたのよりも強い上級のダミーを出現させた。
「ちょっと、久しぶりにやってみようかな〜」
いきなり身勝手な行動を起こす光凛の邪魔にならないように、想護は離れて彼女の戦闘を見守ることにした。
迷惑だと分かっていながらも想護の邪魔をする彼女に何か言ってやってもいいのだが、彼自身にとっても彼女の戦闘がどんなものなのかは気になるのだ。
「それじゃ早速、リュミエール・レイン!」
数十本の光の槍が出現し、ダミーへ降り注ぐ。彼女が扱うその魔法は、間違いなく光属性の魔法だった。
この世界には、炎、水、風、氷、岩、雷、光、影の八つの属性が存在する。それら以外にも"ユニーク"と呼ばれる特殊な属性もあったりする。
その中でも光の魔法は他の属性よりも扱いがはるかに難しく、その使い手は極端に少ない。ただその威力や効果は絶大で、光の魔法はどの属性に対しても有効であり、対象を癒す力も持っている。ゆえに光の魔法は最強格の属性とされている。
だが流石は上級の魔物、あの槍は一本が大樹を貫通する程の威力だというのに、あのダミーはその無数の槍を受けてもまだ動いている。
そして煙の中から出てきたダミーは光凛に攻撃するが、彼女はそれを容易く避け、空中に浮きながらまた光の槍を飛ばす。
「うん、いいね。じゃあ、これならどう?」
光の槍がダミーの四肢を貫き、一時的に動きが制限される。
魔物は傷を瞬時に治す力を持つ種がいる、このダミーもその種族の魔物に設定されているようで、魔物の隙は一瞬しかない。だが、その短い時間で、光凛はより強力な魔法を構築してみせた。
「敵を穿て!リュミエール・コメット!」
光り輝く彗星が出現し、ダミーに降り注ぐ。その彗星がダミーに直撃すると、凄まじい轟音と共に室内が光で包まれた。
光に包まれた訓練室の視界が開けると、そこには身体の中心に大きな穴の空いたダミーが倒れていた。そして、それと同時に終了の合図が鳴り、ダミーは消える。
つまり、魔法の天才である彼女はたった一人で上級の魔物に勝ったのだ。本来ならば中級魔術師が約十名、または上級魔術師が一人でようやく倒せる程の強さなのだが、それを一人で倒したとなれば、彼女の強さは本物だという十分な証明になるだろう。
「やっぱり凄いね、麗明さんは」
「......ねぇ、さっきから不満そうな顔だけど、私何かしたかな?」
圧倒的な才能を目の前にして、想護は自分の才能のなさを改めて自覚した。
だけど彼は自分を責める事も、人を妬む事もしない。彼にとってはただただ上を目指して突き進むしかないのだから。
「永生くんは私なんかより強いよ。だって、私だったらすぐ諦めて誰かに八つ当たりしてると思うし」
「褒めても何も出ないけど?」
「あっははっ、やっぱり尖ってるな〜!そんなに嫌い?私のこと」
「いや、別にどうも......」
黙々と武具の手入れをする想護の隣に光凛が座り、彼の横顔を見つめる。そして彼女がふと彼の短剣に視線を落とすと、彼女の目にとても希少な物が映った。
彼が手入れをしているその短剣には魔力の塊が篭っており、その塊は彼が長年使い続けたがゆえに篭ったもので、それは彼の執念の結晶だ。
そんな短剣に、光凛は指先を当てた。
「何してるの?危ないよ?」
「ねぇ、永生くん。この短剣をよく感じてみて」
彼女はそう言って、目を閉じる。
想護はその言葉の意味は理解できないが、真剣な様子の彼女を横目で見ながら自分の手にある短剣に視線を向けた。
すると、目を閉じているはずの彼女が彼の今の状態を分かっているかのように喋りだす。
「そうじゃなくて、目を閉じてみて。ただ見るだけじゃ駄目、この短剣の魂を見るの。分かるはずだよ、この短剣には......君の努力が詰まってる」
「短剣の、魂......」
想護は目を閉じ、目ではなく心でそのナイフを見る。
すると何も見えないはずの暗闇に、光る何かが見えた。想護はそれを短剣の魂なのだろうかと思ったが、直感で違うと分かった。
それはこの世界ではありふれた物だけど、想護の身体には無い物。彼の執念が結晶となり、変化した物。
想護がそれをはっきりと認識した時、彼の身体に新たな力が生まれた。その力は、この世界ではありふれた物であり、今まで彼には存在しなかったものだ。
「これは......?」
それが彼の中に生まれた時、彼の視界に映るあらゆるものが変わった。
パッと見では今までと何も変わらないが、集中してみると光り輝く粒子が見える。そして彼の隣に座る彼女からは、より多くの粒子を感じた。
「おめでとう、永生くん。君の中にあって、君の周りにもあるそれが、私も、みんなも持つ魔力だよ。この世界ではありふれた物だけど、それは君が自分で手に入れた特別な力なんだよ」
「っ!これが、魔力......?この僕に?」
「うん!君だけの、君の魔力だよ」
想護は涙が零れそうになるのをぐっと堪え、自分の中の魔力を感じる。
そんな時、彼はある事に気づいた。自分の魔力には、周囲の魔力と比べて色が無いのだ。
「多分だけど君の魔力では魔法は使えないと思う。どうやら、属性がないみたいだからね。だけど落ち込む必要はないかな?だって、君はもう十分強いんだから」
彼女の言葉を聞き、想護は訓練室のパネルを操作する。
そして中級のダミーを出現させると同時に、自分の持っている短剣に魔力を込めた。
物に魔力を込めるという行為は、魔術師であれば大して難しい事ではない。だが、今さっき魔力を使えるようになった人間が一瞬で出来るような事ではなかった。
「さあ、さっきは負けちゃってたけど、どうなるかな?」
そして魔物のダミーが想護に襲いかかると同時に、彼は短剣をダミーの腹に突き立て、そのままダミーの背後まで切り開く。その動きの速さと力強さは以前の比ではない。
その切り口は完全にあのダミーを仕留め、終了の合図が鳴る。
中級の魔物は中級魔術師一人で倒せる程の強さだ。それを倒しただけでもすごいのに、まさかの瞬殺だ。
それはつまり、彼の力が中級魔術師と大差ない事...いや、中級魔術師を超えることを意味する。
この時彼は、真の意味で落ちこぼれではなくなったのだ。
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