1話 日常の崩壊
あなたの記憶の本棚に、ぜひ私の作品を入れさせて頂けませんか?
鳥のさえずり、コーヒーの香り、そして部屋に射し込む朝日に照らされ、夏休みが終わったばかりの憂鬱な朝、1人の男子高校生が身支度をしていた。
彼の名前は永生 想護、東京都立魔術高等学校に通う平凡な高校1年生だ。
先ほどの高校の名前の通り、彼が通う高校は魔術を専門的に教えており、国内トップレベルの施設が整っている。
『近年注目されている都立魔術継承高校では、ライバル校である都立魔術高校への牽制が...』
「さてと、そろそろ行くかな」
ニュースを垂れ流しにしていたテレビを消し、玄関の扉を開けると、そこには彼の親友である千輝 元気と望月 夏希がいた。
元気と夏希は昔からの幼馴染みで、いつも想護と一緒に登校している。
楽しそうに話す2人は恋仲であり、想護は2人の笑顔を見ると、いつも心が癒されていた。
「なあ想護、最近の調子はどうよ?魔法使えた?」
「いや、全然だな。相変わらず何の成果もないし、そもそも魔力すら感じないよ」
「まあ気を落としちゃ駄目だよ?想護って身体能力に関してはすごいんだから」
この会話の通り、想護は魔法が使えない人間だ。 この世界のほとんどの人間が魔法を扱えて、想護だけを除く全ての生物は魔力を持っている。
そんな彼は魔法を専門的に学ぶ都立魔術高校のみならず、世界で浮いている存在であり、ただただ異質なのだ。
だが、それでも想護は魔法を諦めていないし、鍛錬を怠らない。
どれだけ悪目立ちしようが、いつか魔法を使えるようになる為に想護は魔法を専門的に学ぶ都立魔術高校に通っているのだ。
◇◇◇
「おっ、今日も落ちこぼれがのこのことやって来たな〜?」
想護達が教室に着くと、いつもの恒例行事が始まった。
このクラスだけでなく学校中でも高い実戦での成績を修める荒山 豪炎を筆頭に、ほとんどのクラスメイトによる想護に対する虐めだ。
「やめろよ荒山。俺、想護に関わるなって言わなかったか?」
「あぁ?千輝、お前いつから俺に指図出来る立場になったんだ?ボコされたいのか、お前?」
元気と荒山の間に火花が走る。
荒山も確かに実力者だが、元気も彼に負けない程の実力者であり、知識に関しては彼を凌駕する。
そんな2人が睨み合うと、当然周りは少しざわついてしまう。
「荒山、私達の想護に手を出したら許さないよ?」
「ちっ、いつか痛い目見るぞ、お前ら」
夏希が加わった事で、元気と荒山の睨み合いは終わった。
荒山は主に火の魔法を扱うのに対して、夏希は水の魔法を扱う。
それだけで荒山が不利なのに加わり、雷の魔法を扱う元気と夏希のコンビネーションには流石の荒山でもお手上げなのだ。
「ありがと、2人とも」
想護はそう一言だけ言って自分の席に静かに座る。
彼は人のいる場所では、なるべく2人に迷惑をかけないように行動している。
実力主義であるこの学校では、魔法の扱えない想護は落ちこぼれだ。
そんな想護と一緒に行動していたら、元気と夏希まで変な奴だと蔑まされてしまう。
想護がいくら人に罵倒されることに慣れていようが、大切な人が自分と同じような目にあうことは耐えられないのだ。
「おっはよ〜!みんなのスター大和先生だよ〜!」
テンション高く教室に入ってきた男がいた。
彼はこのクラスの担任である風嵐 大和。
名前のまんま風の魔法の使い手であり、さっきの言動の通りに気さくな教師だ。
だが、そんな彼も今日に関してはいつもより一段とテンションが高い様子だった。
「今日はね、なんと編入生を紹介します!それも2人!この時期に、それもこの学校に珍しいよ〜!」
彼の言葉に教室はざわつく。
この実力主義の学校に編入生が入ってくることは非常に珍しく、今までの者はみな相当な実力者だった。
しかも今回は2人、どんな人が来るのか誰もが注目していた。
「じゃあ、2人とも入って来ちゃって〜!」
大和のその一言の合図で、扉が開かれる。
そしてその扉から白髪の美少女と、白髪の美青年が教室に足を踏み入れた。
「よし、それじゃあ順番に自己紹介をよろしくね!まずは麗明から!」
「はい」
白髪の美少女は、黒板に綺麗な字で名前を書き、姿勢を正す。
その所作から、彼女の育ちの良さが見て分かった。おそらくお嬢様か何かなのだろう。
「グリモアから来ました、麗明 光凛です。これからよろしくお願いします」
彼女の一言に、この教室中が一気にざわついた。
グリモア、それはより強力な魔法の使い手になるべく優秀な魔術師が集まる魔術養成所の名前であり、魔法学の最高峰の施設だ。
彼女はそのグリモアから卒業して、編入学という形でこの高校に来た。これはかなり稀なケースであり、高校一年生......つまり16歳という事も相まって、彼女がどれだけ特別な存在かは想像に難くない。
彼女は14歳という若さにしてグリモアへの入学を特別に許可され、たったの2年間で卒業した今、この都立魔術高等学校で青春を送ろうというのだ。
これ程までに特別な存在は、この世で彼女1人だけだろう。
「あははっ、君すごいね。後から喋る僕のハードルが上がっちゃうよ〜」
「気にしなくても大丈夫だと思いますよ?あなたもかなり強そうですし」
「そう?それは嬉しいな〜」
そう言って、白髪の美青年が黒板に名前を書く。
所作や言動からして彼女ほど育ちは良くなさそうだが、彼はそれでも彼女に劣らない程の存在感を放っている。
「僕の名前はアイク・アダムス。生まれはイギリスで、魔術継承高等学校から編入してきたんだ。どうぞよろしく」
彼の存在感とイギリス生まれ、そしてライバル校である魔術継承高校から来たという情報で、彼もまた注目を浴びた。
今までの編入生とは明らかに違う2人は、これからは注目の的になるだろう。
「じゃあ、アイクは彼の左の席、麗明は彼の右ね。あっ、ちなみに彼の名前は永生 想護くん!かなりクールな男の子だよ〜!」
そんな2人が注目されている間、想護ばずっと嫌な予感を感じていた。
彼の両サイドの席は元々いた人が想護の隣は嫌だと別の空いている場所に移動してしまった為、空席だったのだ。
そこで編入生の2人がそれぞれ1人ずつ来てしまったこの状況で、その2人が想護の隣に来るのはもはや必然の事であった。
彼が軽く絶望している中、麗明とアイクは静かに着席し、想護を含む3人に視線が集まる。
と言っても、麗明とアイクは好奇な眼差しなのに対して、想護に対する眼差しはただの妬みだ。
しかも、なぜか麗明とアイクは彼に対して笑顔を向けていたのだ。
「よろしくね、永生くん」
「よろしくね、想護」
麗明の笑顔は淑女の笑顔だとしても、アイクの笑顔はなぜかにっこにこの笑顔だ。想護にとって、これ以上の最悪な事はそうそうないだろう。
魔力のない落ちこぼれである永生 想護の普段通りの日常は、たった今崩れ去ったのだ。
あなたの記憶の本棚に、このお話は入れたでしょうか?
もし記憶に残っていただけたらと思っていただけていたらすごく嬉しいです!
ぜひ、これからも応援よろしくお願いいたします!