第1章 6 『価値観の変容』
リハビリが始まってから二週間が経過した。俺の体は確実に回復している。左半身のこわばりはほとんど消え、動作もスムーズになってきた。握力も戻り、歩行も安定してきた。
それでも、まだ完全ではない。
しかし、俺の中には焦りや不安よりも、少しずつ前進しているという自信が芽生えていた。
今日もいつものように、テルマ・クリニックに足を運ぶ。カナタ先生とレインが笑顔で迎えてくれた。彼女たちは、俺のリハビリを支えてくれる大切な存在だ。
「おはようございます、シグルトさん。今日もリハビリを進めていきましょう。」
カナタ先生の声はいつもながら穏やかで、それが不思議と俺の心を落ち着かせてくれる。
「おはよう、カナタ先生。今日もよろしく頼む。」
俺はいつものように挨拶を返し、診察室に入った。リハビリを進めるための準備がすでに整っている。
カナタ先生が説明を始める。
「今日は、これまでのリハビリの成果を活かして、さらに進んだ動作訓練を行います。しかし、その前に少しだけ、あなたに伝えたいことがあります。」
俺は少し驚いた。カナタ先生がこうして話を切り出すときは、何か重要なことがあるに違いない。
「シグルトさん、あなたは門番としての役割を全うすることに非常に強い責任感を持っています。それは素晴らしいことですし、その誇りを大切にすることも重要です。ただ、リハビリを続ける中で、もう一つ考えていただきたいことがあります。それは、自分自身を大切にするということです。」
「自分を大切にする…?」
俺はカナタ先生の言葉を反芻した。
今まで、門番としての職務に全力を尽くすことが最優先だと思ってきたが、自分を大切にすることはあまり考えてこなかった。
「そうです」とカナタ先生は続けた。
「リハビリを続けることで体の回復を目指すのはもちろんですが、それだけではありません。自分自身を大切にし、無理をしないこと、そしてその中で最大限の力を発揮することが、最終的にはより大きな成果につながるのです。」
そのとき、レインが柔らかな声で言葉を重ねた。
「シグルトさん、リハビリを通じて感じていることがあるはずです。体が回復する過程で、心も一緒に癒されているのを感じていませんか?」
俺は目を閉じて思い返した。
確かに、リハビリを続ける中で、俺の心は少しずつ軽くなっていくのを感じていた。焦りや不安が少しずつ消えていく代わりに、新しい希望が芽生えていた。
そのとき、レインがさらに一歩近づき、優しく手を差し伸べてきた。彼女の声が柔らかく響き渡り、その言葉がまるで森の中で風がささやくように、俺の心に静かに染み込んでいく。
まるで精霊が語りかけてくるかのようなその声は、俺の心に深い安らぎをもたらした。
「シグルトさん、あなたが今抱えている不安や焦りは、自然なものです。でも、その感情を否定する必要はありません。それもまた、あなたの一部なのです。大切なのは、その不安をどう受け止め、どう乗り越えていくかです。」
レインの言葉は、どこか神秘的で、俺の心の中にある苦しみを和らげてくれる力があった。彼女が語るたびに、俺の胸の奥にあった重い雲が少しずつ晴れていくような感覚があった。
「リハビリは体を治すだけでなく、心を強くするためのプロセスでもあります」とカナタ先生が続けた。
「あなたが門番として戻るためには、まず自分自身を大切にし、無理をせず、一歩ずつ進んでいくことが大切です。そうすることで、本当の意味での強さを手に入れることができると私は信じています。」
カナタ先生の言葉に、俺は胸が熱くなるのを感じた。
リハビリを通じて俺は多くのことを学んだ。
焦りや不安に押しつぶされそうになりながらも、一歩ずつ前に進むことが大切だということ。そして、自分自身を大切にしなければ、他の誰かを守ることもできないということ。
「カナタ先生、レイン…俺はずっと、自分の職務を全うすることだけを考えてきた。でも、それだけじゃだめなんだな。自分を大切にしなければ、誰も守れないってことを、今、ようやく理解したよ。」
カナタ先生は優しく頷き、レインも微笑んでいた。
「その通りです、シグルトさん。あなたがこのリハビリを通じて得たものは、体の回復だけではありません。新たな価値観を手に入れたことで、これからのあなたはさらに強くなれるはずです。」カナタが言うと、レインも続けた。
「シグルトさん、自分を大切にすることで、もっと多くの人を守れるようになると思います。それがあなたの本当の強さだと思います。」
俺はその言葉を聞いて、心の中で何かが解放されるのを感じた。今までの俺は、自分の役割に囚われすぎていた。しかし、これからは自分を大切にしながら、職務を全うしていくことができる。俺は新たな一歩を踏み出したのだ。
「ありがとう、カナタ先生、レイン。これからも自分を大切にしながら、リハビリを続けていくよ。そして、もう一度門番としての職務に戻れる日が来るまで、諦めない。」
カナタ先生とレインは満足そうに頷き、次のリハビリ計画を説明し始めた。俺はこれからの自分に対して、以前よりもずっと前向きな気持ちで向き合えるようになった。
患者名:シグルト
記載者:カナタ
S)
「自分を大切にしなければ、誰も守れないってことを、今、ようやく理解したよ。」
・シグルトは左半身のこわばりがほとんど消え、動作がスムーズになってきたと実感している。
・握力も戻り、歩行も安定してきたが、まだ完全には回復していないことを自覚している。
・レインのサポートに感謝しつつも、自分を大切にすることの重要性を再認識している。
O)
・握力: 左手の握力が以前に比べて明らかに向上している。握力計の数値も着実に改善。
・歩行: 歩行時の安定性が向上し、スムーズな動作が確認される。
・心理的状態: シグルトはリハビリの進展を実感しているが、完全な回復に対する不安も依然として残っている。指導により、自分を大切にすることの重要性を理解し始めている。
A)
・シグルトの身体機能はリハビリを通じて順調に回復しており、心理的にも前向きな変化が見られる。
・しかし、今後のリハビリをより効果的に進めるためには、自主訓練を導入し、日常生活でのリハビリの継続を促進することが重要である。
・また、完全な回復が難しい現実を受け入れる価値観の変容が進んでいるため、これをさらに強化する必要がある。
P)
・自主訓練の導入: 日常生活において自主訓練を取り入れ、シグルトが自分の生活のなかにリハビリ要素を入れるように指導する。具体的な自主訓練、生活動作プランを提供し、進捗状況を定期的に確認する。
・エレメント・サイトの活用: エレメント・サイトを活用した魔力の流れの調整を継続し、シグルトの身体機能のさらなる向上を図る。
・心理的サポート: レインによる精神的サポートを継続し、シグルトの焦りや不安を軽減する。価値観の変容をサポートし、新たな自己認識を促進する。
・リハビリの進捗確認: リハビリの成果を定期的に再評価し、必要に応じてリハビリ内容の調整を行う。