第1章 5 『再評価と次なる挑戦』
リハビリが始まってから一週間が経った。
俺の体は少しずつだが確実に変わり始めている。左半身のこわばりはかなり改善され、歩くことや手を動かすことに少しずつ自信がついてきた。
しかし、まだ完全には程遠い。
それでも、俺はカナタ先生とリーネのサポートを受けながら、毎日コツコツとトレーニングを続けていた。
今日のクリニックは、いつもより少し静かな雰囲気だった。
カナタ先生が俺を待っている診察室に入ると、彼はすでに準備を整えていた。リーネも隣でメモを取る準備をしている。
「おはようございます、シグルトさん。今日は再評価の日です。一週間のリハビリの成果を確認しましょう。」
カナタ先生の声に、俺は少し緊張した。
「再評価」という言葉に、今までの努力がどれほど実を結んでいるのかを試されるような気がしたからだ。
「おはよう、カナタ先生。正直、少し緊張してるよ。でも、やるしかないよな。」
カナタ先生は笑みを浮かべて頷いた。
「大丈夫ですよ、シグルトさん。あなたはよく頑張ってきました。この一週間で体がどれだけ変わったか、一緒に見ていきましょう。」
カナタ先生はその後、俺の体に集中し始めた。俺の火のエレメントの流れを確認しているのだろう。カナタ先生の目が淡い光を放ち、俺の体を見つめるその様子に、少し緊張感が走った。
「エレメントの流れはかなり良くなっていますね。こわばりが解消されて、動きやすくなっているのが分かります。」
カナタ先生の言葉に、俺は少し安堵した。リーネも満足そうに頷いている。
「それでは、いくつかのテストを行いましょう。まずは握力の再評価からです。」
カナタ先生が握力計を差し出し、俺は左手に力を入れて握りしめた。以前に比べると、握力計の針が大きく動くのを感じた。確実に力が戻ってきている。
「素晴らしいです、シグルトさん。握力は確実に改善していますね。では、次の再評価に移りますね。」
カナタ先生の指示に従い、俺は両腕を前方に水平に持ち上げ、目を閉じた状態でその位置を保持した。以前は左手がゆっくりと下がってしまったが、今日はしっかりとその位置を保つことができた。
「腕の兆候は…ばっちりです。次に足を確認しましょう。」
次に俺はうつ伏せになり、両膝を直角に曲げたまま保持するように指示された。以前は左足が自然に下がってしまったが、今回はしっかりとその位置を保つことができた。
「足も下がることはないですね。これは良い兆候です、シグルトさん。」
その言葉に、俺は少しずつ自信が戻ってくるのを感じた。
「よし、次のステップに進みましょう。シグルトさん、これから少し難易度の高い動作訓練を行います。門番としての動きを再現し、実践的な訓練を行うことで、さらに回復を促進します。」
カナタ先生が次の訓練の内容を説明し始めた。それは、実際の門番としての動きを想定したトレーニングだった。盾を持つ動作、戦闘時の体勢の取り方、そして敵の攻撃をかわすための動きなど、かつて俺が何度も行ってきた動作だ。
「大丈夫でしょうか?この訓練はかなり体に負担がかかりますが、シグルトさんならできるはずです。」
カナタ先生の言葉に、俺は一瞬迷いを感じた。しかし、これを乗り越えなければ、元の職務に戻ることはできない。俺は深呼吸をして、決意を固めた。
「やってみるよ。ここまで来たんだ、後には引けないからな。」
カナタ先生は頷き、訓練を開始した。まずは軽い動きから始め、次第に難易度を上げていく。盾を持つ動作はまだぎこちないが、何とか持ち上げることができた。
戦闘時の体勢を取るのも、かつてのようにスムーズではないが、カナタ先生の指導のもと、少しずつ感覚を取り戻していった。
「いいですね、その調子です。シグルトさん、焦らずに、自分の体と相談しながら進めてください。」
リーネが横でサポートしながら、体力の回復を手伝ってくれているおかげで、体の動きが次第に軽くなっていく。俺は集中して、何度も同じ動作を繰り返した。
しかし、次第に体力が限界に近づいていくのを感じた。呼吸が荒くなり、筋肉が悲鳴を上げ始める。
それでも、俺は止まるわけにはいかなかった。
「もう少しです、頑張って!」
カナタ先生の声が遠くに聞こえる。
俺は最後の力を振り絞って、盾を持ち上げ、敵の攻撃をかわす動作を繰り返した。そして、限界に達した瞬間、俺はついに床に崩れ落ちた。
「シグルトさん!」
カナタ先生がすぐに駆け寄り、俺を支えてくれた。
体中が痛みに包まれ、意識が遠のきそうになる。
それでも、俺は何かを感じていた。
それは…達成感だ。
限界まで自分を追い込んだ結果、何かが変わったような気がした。
「よく頑張りました、シグルトさん。今日はここまでにしましょう。」
カナタ先生の声がどこか優しく響く。リーネも心配そうに見つめながら、俺の手を取ってくれた。
「すごいです、シグルトさん。これだけの動きができるなんて、努力の賜物ですよ。」
俺は息を整えながら、彼らに感謝の気持ちを伝えた。体は限界だったが、心は前よりも強くなった気がした。
「ありがとう。まだまだだけど、少しずつ前に進めてる気がするよ。」
その言葉に、カナタ先生とリーネは頷いてくれた。
しかし、心の中に一抹の不安が残っていることに気づいた。これだけ頑張っているのに、まだ完全に元の体には戻れないという事実が、俺の胸を締め付けていた。
「先生…このまま続けて、本当に元のように戻れるんだろうか。まだ不安が消えないんだ。」
俺の言葉にカナタ先生は少し考え込み、そして静かに話し始めた。
「シグルトさん、以前お伝えしたことを覚えていますか?『マジカ・ピラミディアは改善はしても完全に治る病気ではない』ということ。これはあなたにとって厳しい現実かもしれません。しかし、リハビリを通じてできることは、新しい自分を見つけ、受け入れていくことなんです。焦る気持ちは理解できますが、今は目の前の一歩一歩を大切にしてください。リハビリを続けることで、あなたはこれまでの自分とは違う、新しい強さを見つけることができるはずです。」
カナタ先生の言葉は、俺の心に深く響いた。今の自分を受け入れ、焦らずに前進することが大切なのかもしれない。
「わかったよ…先生。俺、これからも頑張ってみるよ。新しい自分を見つけるために。」
その言葉にカナタ先生とリーネは微笑み、俺は今日のトレーニングで得た感覚を大切にしながら、次に進むべき道を見つけた気がした。
患者名:シグルト
記載者:カナタ
S)
「先生…このまま続けて、本当に元のように戻れるんだろうか。まだ不安が消えないんだ。」
・シグルトは左半身のこわばりがかなり改善され、歩行や手の動作に自信がついてきたと感じている。
・しかし、完全に元の状態に戻れるかどうかについての不安が依然として残っており、そのことを吐露している。
O)
・エレメント・サイト:エレメントの流れの改善傾向がみられる。
・握力再評価: 左手の握力は以前に比べて大きく改善し、握力計の針が大きく動いた。
・上肢のバレー兆候再評価: 陰性
・下肢のバレー兆候再評価: 陰性
・歩行テスト: シグルトの歩行は、最初は少し不安定だったが、次第にスムーズに歩行が可能になり、改善が確認された。
・職業動作評価:門番としての実践的な動作評価の実施。シグルトは盾を持ち上げるなどの動作を再現できるようになっているが、訓練の終盤には体力が限界に達し、疲労困憊の状態に陥った。
・心理的状態: シグルトはリハビリの効果を実感しているが、完全に元の体に戻れるかどうかについての不安が強く、不安を吐露する様子もみられる。
A)
・シグルトの左半身の機能はリハビリによってさらに改善され、体の動きが明らかに向上している。
・しかし、心理的にはリハビリの進捗に対する不安が依然として強く、これが彼のモチベーションに影響を与える可能性がある。
・身体的な回復と並行して、精神的なサポートが引き続き必要である。
P)
・握力トレーニング: 自主訓練も含めた指導に移行していく
・動作訓練: 実践的な動作訓練を継続し、特に門番としての動きを再現することで、シグルトの身体機能をさらに高める。訓練の負荷を適宜調整しながら進める。
・エレメント・イメージング: カナタによるエレメント・サイトを活用した魔力の流れの調整を継続し、シグルトの体内のエレメントのバランスを最適化する。
・認知行動療法(CBT): レインのサポートの下、認知行動療法を導入検討。シグルトの不安を軽減し、リハビリに対する前向きな姿勢を維持するための心理的サポートを提供する。シグルトの価値観の変容を促し、新たな目標に向けた前向きな思考を育てる。