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プロローグ

「こんにちは~♡」


 とある平日の午後。俺は近所のコンビニへ買い物に行く途中、学校帰りとみられる見知らぬ女の子から唐突に声をかけられた。


 陽の光を浴びて銀色に輝くさらさらの長い髪に、透き通るような白い肌。日本人とは思えないような目鼻立ちの整った顔に、俺は思わず目を見張る。


 それと同時に、俺はこんな時間帯に外出してしまったことを後悔した。


 最近の学校では、登下校などの道端で不審な人物を見かけたら、相手の機先を制するため積極的に挨拶することを指導しているらしい。

 

 つまりこうして挨拶をされた俺は、この女の子によって不審者認定されたということになる。

 

 ま、まぁ確かに、平日のこんな時間帯に40過ぎのいい歳こいたおっさんがうろうろとしていたら、誰だって怪しく思うことだろう。

 

 しかも近頃は、氷河期世代強制排除法とかいう物騒な法律もあり、俺みたいな無職童貞引きこもりおじさんにとってはさらに肩身が狭い。


「ねぇねぇ、おじさん、聞こえてる~?♡ こんにちは~♡」


 目の前の女の子が再び挨拶をしてきた。


 女の子は笑顔でいるものの、その赤色に光る瞳はどこか侮蔑を含んだようにも見て取れる。

 

 何だ、心の奥底から湧き起こってくるこのざわざわっとした感覚は……。

 

 だが、それよりもだ。今の俺は危機的な状況にあり、ある重要な決断を迫られている。

 

 それはこの女の子の挨拶に対して、どういうリアクションを取ればいいかということだ。

 

 例えばこの女の子に、「こんにちは」と挨拶を返したとしよう。挨拶をされたら挨拶を返すというのは大人として、というより、人として当たり前のことだ。


 だがそれを、たまたま周囲の第三者が見ていた場合どうなるか。どう見ても、不審なおっさんによる声かけ事案発生と思うことだろう。

 

 かといって、このまま挨拶を返さなければ、それはそれで挨拶もしない大人、つまり不審者ということになってしまう。

 

 結局のところ、どっちに転んでも俺は不審者にされてしまうのだ。

 

 まぁ挨拶をされている時点で、もうすでに不審者認定されているわけなのだが。

 

 この社会の何と理不尽なことよ。おっさんには人権がないということなのか……。


「ねぇねぇ、おじさん♡ あたしが挨拶してんのに、挨拶もしないって人としてどうなの~?♡」


 気づくとすぐそばまでやってきた女の子が、見上げるようにしてそんなことを言ってきた。さっきよりも瞳に浮かぶ侮蔑の色が濃くなっている。


「あ~、おじさんって見たところ氷河期そうだし、しかも~、平日のこんな時間にうろうろしてるって無職なんでしょ~?♡ それなら挨拶できないのもしょうがないか~♡」


 な、何だこのガキ。い、いや、待てよ。この口調、この煽り方はメスガキと言うべきか。


「ぐぬぬ……」

「どうしたのおじさん、顔真っ赤だよ?♡ ほらほら~、挨拶してみなよ~♡」


 女の子はさらに煽りながら距離を詰めてきた。

 

 マスい。この状況を誰かに見られでもしたら、完全にこちらから女の子に近寄っていると思われて即通報されてしまう。

 

「あはは♡ きょどってるよ、おじさん♡」

「……くっ」


 俺は込み上げてくる怒りを押さえて、くるりと踵を返すと全力ダッシュした。


「あっ、逃げた♡」


 引きこもりの氷河期おじさんである俺に全力ダッシュはキツいが、ここは逃げるが勝ちというやつだ。


 走りながら振り返ると、女の子はその場に立ったままで追いかけてくる気配がない。

 

 しかも女の子は、慌てるでもなく笑みを浮かべてこちらを見ていた。


 その笑顔に何か不気味なものを感じたが、俺はそのまま全力で走り続けた。

 

 よし、そこの交差点を曲がって女の子の視界から消えてしまえば俺の勝ちだ!


 どうだ、メスガキ! 俺を不審者扱いして弄ろうったってそうはいくか! ふはははははは! ……はっ!?


 ドグシャアアアアアアアアアア!!

 

 交差点を曲がろうとしたところで、俺は横から来たトラックに勢いよくはねられた。


「あ~あ、おじさんぐっちゃぐちゃ♡ あたしから逃げられるとでも思ってたの~?♡ ざ~こ♡」


 薄れていく意識の中で、女の子のそんな声が聞こえた。


 このメスガキ、いつか絶対わからせてやる……。

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