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【9】HERO失脚 (短編自伝小説)



誰にでも、黒歴史と云うモノはある。


それが小学生時代の黒歴史だったらば、最低限、中学になるまでには周囲の耳覚えが良い憎らしくも賢き隣人全ての存在をきっちりと粛清しきらねばなるまいと必死になり、羞恥に真夜中に悶えて吠えるだろう。


そして、中学時代にやらかした黒歴史ならば、もぉ、その黒歴史を覚えている同じ中学の同期が決して受験しないような高校を受験して過去を経つ、呪われた過去を注連縄(しめなわ)と無数の御札にて厳重に封じる。しかし、それは中学時代の同期の、姉や兄、弟やら妹が同じ高校に居る場合、家族間の情報の伝達により、『恥の漏洩(ろうえい)』の危機と常に隣り合わせであろう。厳重に封じた注連縄(しめなわ)やら御札から、尚も怨霊が脱出するリスクを常に抱え持っている。キューバに置かれたアメリカ向けの核ミサイルの如き、危うきダモクレスの剣の上に乗った曲芸状態である。


それが高校時代にやらかした黒歴史だったらば、市街の大学に進学するかまたは、遠方の職場を見付けるか、とにかく『過去には触れたくはないんだ…』とまるで凄惨な過去を背負いし悲劇の主人公の如く、『寄る辺無き悲しき旅人』を演じて、一切過去の話を周囲に漏らさなければ良いだろう。




けだし、黒歴史の封鎖には困難を究めると言わざるを得ず、黒歴史はまた、熱い使命感に駆られた笑いの神に遣えたる語り部『伝道師』達の数やそのクオリティーにより、黒歴史を作った人物への直接的なダメージの量は変化してゆく。


大体はいじられキャラや、目立つ人物やなんかは、知名度が高い故にそれに比例してダメージ量も増えてゆく。

ましてやその学年に、熱心なる『伝道師』が居た場合、これはもう、悲劇と呼ぶより他はなく、大変にお気の毒ではあるのだが、そのダメージ量たるや、推して知るべしであろう。


兎に角、学園生活と言うのは、日々、似たような繰り返し繰り返しの反復であり、学生達は常として、娯楽に飢えているのは間違いないだろう。


故に、他人の黒歴史やなんかは、それはもう、蜜の甘露を通り越して、伝説の霊薬アンブロシアを手に入れた類稀(たぐいまれ)なる幸運(フォーチュン)に身を打ち震わせつつ、有難がって高く捧げた後に、思う様に味わい尽くしたいだろう。


よろしい、今から私は自身の中学時代の黒歴史の一つを、此処に暴露してみよう。





当時は新しい音楽の世界がしきりに雨季の孟宗竹の如く数多に勃興し、そして去ってゆく、そんな時代であり、学生達はそれぞれに、各々が贔屓にしている、音楽シーンで活躍するアーチスト達の名前を、毎日の通学に用いる学校指定の鞄の、太いベルトの部分等に、ポスターカラーや、修正液等を使って飾り文字にて描き込んでいたりしたものである。


思えばそれは、思春期の目覚めなのやも知れない。

自分が好きなアーチストを主張することによる、些細な自己主張、『私はこのアーチストが好きだから私なの』的な、そんなささやかな淡い自己主張である。


私も周囲の、何かその様な、小学生時代とはなんかちょっと今までとは様子が違う、友人達のそんな大人を目指し始めた態度を見て無意識に焦っていたのかも知れない。



『バスに乗り遅れたくはない。』

『乗るしかない、このビッグウェーヴに!』



その様な面持ちを反映させて、矢張り私も、学校指定の鞄の、あの、太いベルトに好きなアーチスト名を修正液にて飾り立てて、


『ふっ!これで私も皆に遅れて落伍などはしてはいない。彼等と私は同一のラインに立っているのだから…』


などと、大変に危うくアホく、なんかそんな感じの、


『周囲が個性を主張する様子を見て不安になり追従物真似(エピゴーネン)するバカな没個性』


大人になった今に、冷静に分析したらば、つまりはこんなバカな方向に当時の自分は、己自身の方向性と選択の余地の舵を切ってしまっていたのである。


まぁ、周りにも似たような物真似没個性アホは数多に居たのだから、自分ばかりがその様な、追従モンキーだった訳でもない事が、その事自体がまさに、その事実に気が付かないと言うなんかもう、無限蟻地獄の罠みたいな何とも度し難い状態にハマっていたのであろう。


当時、私は小学校から続けていた野球を部活として選択していた、中学一年生になったばかりの春である。


ローマ字を覚えたてで、覚束無い、だが、しかし、色気付き始めたそんなバカである。


余談ではあるのだが、私は夜尿症(おねしょ)が完治したのが中2の夏であったのだから、つまりはこの頃はわりとおねしょしていたのである。


そんなおねしょ小僧がまた、色気づいてあれやらこれやらの動きをやるものだから、私は何時でもこの当時の私を回想するにつけ、過去のコイツをグーでぶっ叩きたくなってくるのである。あまりの羞恥に!


ハァハァ…

話が逸れた。

すまない。

もう大丈夫だ。

続けようか…


さて、ローマ字を覚え立て、学校指定の鞄の太いベルトには修正液にて、好きなアーチスト名を飾り立てている、つまりその様なレベルのバカが、部屋に戻ってベッドに寝転んだ視界にうっそりと入ってきた野球の軟式グローブを見て瞬間に(ひらめ)く思い付き…


思えば今語ろうとしている、この黒歴史の悲劇は、全てがこの思い付きという『点』から端を発する。この点が後に取り返しの付かない底抜けなバカの爆発力により、一気に学年全体へと広がって行くのであるからして、この(ひらめ)きの原点はさしずめ、『バカの特異点』とも言えるのだろうか? この閃きが(もたら)す破局を、この時点での彼は一切、知り得ずに、時間軸を(さかのぼ)ってこうして彼、幼き時代の自分を客観的に観察している、この時間軸の違う未来の私のみぞ知る事実である。






「グローブに自分の名前、ローマ字で書いたらなんかカッコよくない!?」






偶然にも、目の前には新品の油性マジックペンが目に入り。


そして当時の私はその作業に没頭するのである。新品の、極めてインクが豊かに滲み出す油性マジックペン、それを使って、乾いたのを見ては更に上書きして、都合三回にわたり、私は私の下の名前をローマ字でグローブに油性マジックでそれはもうキッチリと書き記したのである。


思春期自己主張第二弾、自分の名前をローマ字で書いたグローブの完成!


私は何度も、その自らが作業した完璧な仕事ぶりの成果を眺めやり、やや陶酔し、そして、陶酔のままに眠りの国へと旅立ち、その日を終えたのだった。


翌日に、私は普段の通りに通学し、そして無難なる学業をこなし、放課後の野球部の部活動に参加した。


一年生は球拾い。

等間隔に外野に広がり、グローブを持つだけの退屈な部活動である。その部活動中、しきりに隣に居る同じ一年生のやつが、何かやたらと此方を、俺のグローブに目を向けている事に気が付く。



『ふっ!見たか!?俺はお前より先んじているのだぜ、思春期の、その階段を!キミはそのままで良いのですかなっ?』



そんな優越感をチラリと匂わせた、やや陶酔しきった気持ちの悪い視線で()って、私は彼を一瞥するのであった。


やがて、部活動が終わり、着替えの時に、先程、私のグローブのローマ字で書かれていた名前をしげしげと見つめてきた(くだん)の部活の学友。そいつがこう尋ねて来たのである。



「なぁ、○○(私の名字)…その、グローブに書いてあるさぁ…」



ふっ!

これはあれか?

貴族社会だと、物珍しい品を相手が羨ましがり、俺はこのグローブに書かれた自分の名前のローマ字を盛大に自慢してやる、そんなパターンの展開か?



「おやおや、○○伯は大変に慧眼(けいがん)でありますな、これは最近我が領地にて編み出された…」



的なやりとりを。

当時の私は疑いもせずに予測していた。

何処までも、当時の私はバカである、

その癖に鼻持ちならぬ自慢野郎であり、

私は当時の私自身をしばしば、

88mm高射砲の水平射撃で爆散させてやりたいのだ!


かくて、この、(おご)れる馬鹿に、(やや)呆れ返った感じのある神の裁きの鉄槌が、次の瞬間に下される。















































「その、グローブにローマ字で書いてある、『へロケ』って、何のことだ!?」










































!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!



かくして、この馬鹿に青天の霹靂(へきれき)が、神の裁きたる雷鳴が、一気に十字火線(クロスファイヤー)気味に炸裂した、それは当時の自分にとっては、とてもその事実を受け入れ難い、受け入れる事が不可能な、涙すべき瞬間であった。




私の今後の中学校生活を左右されかねない、

洗礼名(あだな)が神から提示された瞬間である。




そ…そんなっ…

馬鹿なっ!?

完璧な作業であった筈である!




さて、告白しよう。

私の本名は「ひろき」である。

当時の彼は、ローマ字で「ひろき」と書こうとして…


「ひぃーーーってずっと言ってたら『いー(E)』になるから『ひ』はHEだ!」


「ろぉーーーってずっと言ってたら『おー(O)』ってなるから『ろ』はROだ!」


「きぃーーーってずっと言ってたら『いー(E)』になるから『き』はKEだ!」


と。

そうやってローマ字を書いていたのである。


色気づいて。

おねしょもまだ治ってないのに。

そして学友に勘違いの優越感を向けて。


自己に陶酔していた。

あまりのバカな所業の数々に。


神は裁きの雷を下して、

そのついでに笑いの神様の熱烈(ねつれつ)なる使徒(しと)である、抜群の話術及び人脈及びトーク力を持った『伝道師』までおまけ付きで(もたら)(たも)うのである。




「○○、お、お前、自分の下の名前をローマ字で書こうとして間違えた? あ、その『やらかした』って顔は…そうかそうか。うっすらと、まさかそんなバカをやるはずは無いと思ってんだけども、その顔は図星だな! ガッハッハッハッハッ! オーイ、みんな、聞いてくれっ…クッハッハッハッハ、こ、コイツさぁ…ぐっはっはっはっはっ 駄目だ、バカだコイツ、まるっきり可笑しすぎる! こ、こいつさぁ…」




突っ込みを入れてきたこの、グローブを凝視していた学友は、次の瞬間にはもう、その事実を彼は割り出し、そして狂った果実の如くに笑い狂い、そして、当然ながら着替えていた野球部の学友全てに(またた)く間にその事実は『伝道師』たる使命にかられた彼の口から伝播(でんぱん)されてゆくのであった。


そうやって、その日の野球部の一年生達は、熱狂的な笑いの坩堝(るつぼ)の世界の中に落ちてゆくのである。他人の黒歴史誕生の、それは産声の瞬間であり、レアアイテムである、アンブロシアドロップの瞬間でもあるのだ。そりゃー、盛り上がるわな。当人を置き去りにしたままで…


この日、私のあだ名はすっかりと定着し、そして私は思春期のHEROのポジションを逃したばかりか、学友、その全てから「バカ枠」扱いの、一段低いポジション待遇となるのである。


キッチリとくどく、3回も重ね書きして軟式グローブに書かれた、ローマ字の「HEROKE」は、どんな除光液(じょこうえき)を付けて(ぬぐ)っても、それはまるで


『お前は馬鹿だからこれがぴったりだよ。』

『3年間、諦めてこのまま俺を使うのさ。』

『それが神罰と云うものではないか。』


と語るかの如くに、全く色落ちの気配すら見せず。

そのまんま私自身の驚異的な偏差値の低さを証明する『生徒手帳』的な証明アイテムとなり、そうして恐らくは、未だに母屋の奥深くに眠っているのであろう。


さて、話の締めに、

私から一言言わせてもらおう。

黒歴史。


その眠りを決して解いてはならぬ。

HEROになりたいのならば、特にだ!


HEROっ気出して

ものの見事にけっ(つまづ)いた。

このHEROKEの忠告を。

後人(こうじん)はかく胸に刻むべきである。




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