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【54】四月の食人鬼 (小説・2)


やだなー ながいなー

やだなー ながいなー

このままだと、上中下の、3話構成になっていくのかも知れないんのですよー。短いお話が好きな方々、申し訳無いです。基本、ここでは一話完結スタイルを貫くつもりなのだすっ。

だすっ!



先程、離れて見ていた時には気が付かなかったのであるが、こうして接近すると良く判る。村役場1階は、要塞化されていた。全ての窓を分厚い鉄板で覆い、壁を貫通したボルトで固定してある。更にはそのボルトを締めているナットを工具で抜かれる可能性に配慮したのだろうか、全てのナットの頭が、更に溶接にて固定されている様子である。2階は寝室として多段ベッドを持ち込まれて、3階と屋上には、長期保存の缶詰めを主体とした食料品や銃火器に使われる弾薬、火薬、各種榴弾が詰め込まれていると言う。屋上には簡易型のクレーンすら取り付けられ、下から補給物資を搬入可能であり、更には多量の雨水を生活用水として使用可能とする目的の簡易浄化施設まであると紹介された。全て、()の転入手続き担当時の初老の男からの、聞いても居ない内に彼が話し出した情報である。


1階の、全ての窓が外からも中からも鉄板にて固定されて要塞化がなされた、随分と無骨なロビーの長椅子に、テーブルを挟んで僕と四人家族の中学生の長女が、彼と向かい合って話しているのだ。さて、どうやら、彼は何でも疑問に応えてくれそうな雰囲気である。ここではぐらかす、等と言う事を、この余裕綽(よゆうしゃく)々とした彼がする事はよもやあるまい、と思うので、ここは何でもストレートに疑問を聞いて見るべきだろう。




「先に貴方が述べていた、その『世界グレートリセット委員会』なのだけれども、最近、良く名前を耳にするし、静かにここ最近、世の中に浸透して来たってイメージがあったのだけれども、果たして貴方がたの目的と手段は何なのだろうかな? すみません、どうしてもその、貴方がた組織に対して、直感的なこう…何と言うか、忌避(きひ)感が僕なんかには有るのです。貴方がたは恐らくは… 今までの旧態依然(きゅうたいいぜん)とした世の中をこう… 急速に、大胆に、そしてまた、残酷に、冷淡に、そんな手段を使って、変化させようとしている… 違いますか?」



「うむ… 君は、アレだね、この世の中に対して失望し、厭世観(えんせいかん)諦観(ていかん)に囚われて、それで自らを逼塞(ひっそく)させるみたいにして、この田舎くんだりまで引っ越してきた世捨て人みたいに、最初、私はそんな印象で君を評価していたのだよ、しかし君は… 違ったねぇ。心の中が… これは、ふむ。空虚ではない。この便利になった世の中で、そんな数多(あまた)のソレ等に囲まれて、恩恵に浴してそれで良し、と。満足して流されては居ないのだなぁ。 …これは私の目算(もくさん)違いを素直に認めなければならないよ、済まなかったねぇ、あの時に、そう、転入手続きの時点で、私の見込みが今の君を正確に洞察出来ていたならば、私は君をあそこへは行かせなかったよ、うむ。すまないねぇ。そして、君の質問だがね、うん、我々の目的は世界人口の削減であり、そして手段は、君はもぅ既に知っているのではないのかな? 見ただろう? あの集落に居た彼等だよ。正確には、彼等の集落で代々育て上げられてきた、とある感情を引き金として発症する『呪い』の一種だねぇ。」



呪いとはまた、随分と話が飛躍しては居ないだろうか。



「アレを呪いと言うのかどうか、証明は難しいところさ。大体が世の中の、あらゆる事について、我々人間はそもそも、実は何らの根拠も理解し得ずに、出てきた結果の状況、そいつを利用して生活したり、また、そんな科学分野の『証明作業』だって先ずは結果を見てから無理矢理気味にそれを根拠とする事も多いしね。さて、その『呪い』についてだがね、()の集落は、その昔にしばしば、飢饉(ききん)の時に人肉を食べていたのさ、カニバリズムだね、そこへ、狂牛病の原因となる『プリオン』とはまた、少し違う症例をもたらす『バグのたんぱく質』みたいなモノがね、あの集落には生まれていたらしいんだよね。


プリオンについて理解が及んで居るかな? 少しだけ掻い摘んで簡単に説明するとね、プリオンと言うたんぱく質はね、細菌でもウィルスでも無いにも関わらず、自己増食… つまりはコピーする性質を持つんだ。このプリオンたんぱく質に触れた瞬間に、正常なたんぱく質の構造を、プリオンたんぱく質に変えて行ってしまう、自己増殖して体内で増え続ける、仲間を増やし続ける、他の正常なたんぱく質を自分みたいに変えてしまうそんな恐るべき性質を持った、いわば『バグのたんぱく質』なのさ。例えてみたなら、まるでゾンビみたいだよね、噛まれたら一瞬で彼等の仲間入りと言う次第さ。狂牛病と似た症例にその昔に『クールー病』と言う症例がさ、パプアニューギニアの原住民達の間で発症しているんだよ。狂牛病の原因は、肉骨粉(にくこっぷん)と言う、仲間の牛の死骸の骨なんかから作られた飼料、餌を与えたのが原因なんじゃないかと言われていて、クールー病の場合は、彼等は仲間が亡くなると弔いの為にその仲間を食していたらしい。判るかね? 共通しているのは、『仲間を喰らう』と言う行為。それによってこの、プリオンたんぱく質が生まれたみたいなんだよ。この集落の先祖達も、飢饉の度に、仲間を食していて、そして、その結果として、今説明した『プリオンたんぱく質』と似た感じだが、少しだけ違うこの集落特有の『バグのたんぱく質』を生み出したらしいんだよね。


いや、我々も彼等の先祖の遺骨なんかから、そいつが何時に発現したたんぱく質なのか、また、我々が調査して現在判明している以外の、どのような性質があって、どのような利用、またはリスクが存在しているのか、全力で()の新しく発見した、プリオン以外のこの『未知のバグたんぱく質』について、構造から何から、何とか全力を尽くして調べてはいるのだけれども、残念ながら未だにその全容が見えてきては居ないのさ。遺伝子の世界は果てしが無いからね。まるで極小(きょくしょう)世界の宇宙みたいなモノさ。」




バグのたんぱく質。

クールー病


――ほいやぁ、あん集落ぁ、(じき)に祭りたい。4月の1(いっぴ)に、木漆(ぐうる)様ちーて、あのらあたりの氏神(うじがみ)さ捧げる祭りで出物(でもの)が出るで、行きんしゃい―― 今、眼の前で方言(ほうげん)など、まるで知り得ないみたいに滑らかに話している初老の彼が転入手続をやった際に喋っていた内容に出てきた神様、


木漆(ぐうる)

バグのたんぱく質

クールー病

四月一日(エイプリルフール)

四月(エイプリル)食人鬼(グール)


何か、全てが結び付いてくるのだ。これは果たして偶然なのだろうかなぁ。




「彼等の集落は元来が貧しい生活を強いられていた。あの集落を見ただろう? 山間(やまあい)の中で、辛うじて、河川(かせん)の侵食によって出来上がった、猫の額みたいな狭小なる彼等にとっては極めて貴重であろう平地部分に、しがみつくみたいにして耕作地を作り出し、自分らが住む場所なんか耕作地の二の次で、山の急な斜面が始まる辺りにへばりついて、あの、海の岩場の富士壺(ふじつぼ)みたいにして暮らしている。そして、雨が降ればこの辺は昔はたちまちの内に鉄砲水が、貴重な平地に押し寄せては作物をすっかりと流してしまうんだ。長い歴史の中で、ずっとそんな生活を強いられてきた彼等に対して、その時々の豪族やら武士やら大名やら藩やらは、決して好意的な税の徴集を行っていた訳じゃなくて、本当にカツカツの、首の皮一枚だけ残して彼等から奪ってしまう。そんな生活だったらしくて。この地方から徴兵された足軽なんて、その生活苦を反映してか、もう、戰場(いくさば)では米も支給されて腹を満たせるし、他領へ攻め込む際には略奪し放題の条件さえ出せば、見違える働きをやるもんだから、代々の領主の間では、あの地の足軽はそれはもう、重宝されてきたみたいなんだよね。時の領主からその働きにより、報奨の刀大小一振りを与えられた足軽さんもあの地から出たみたいでさ、『取り返すだぁ、取り返すだぁ』って、何でも独特な呟きをしながら戦地を駆け回ったみたいだよ。」




『取り返すだぁ、取り返すだぁ』

ズバリと、偶然なのか、なんなのか。僕が気になっているフレーズの核心がまた出てきたのだ。そう、あの… 僕がハンマーを頭蓋骨に打ち付けて破壊した、農業を教えてくれた老人… 老人の裏の本音も知っていた。そんな老人と同じフレーズを、この、話に出てきた足軽が言っているじゃないか!


『見込みがある時にゃ、取り返す、取り返せる時に取り返さんでどおすんのよなぁ、あの()ぇらからもワシ、いつか取り返しちゃるけん。なぁ。』


『取り返しちゃるけん。』

全く、同じフレーズだ。多分、あの集落の人間全てに、似たような感情、気質が備わっている左証(さしょう)みたいなものである。見事に一致させているのだ、彼等の遺伝子が。彼等は何らかの激しい激情を伴った時に、その『呪い』が発動する。そう言ったタイミングに、そのバグのたんぱく質が介入するのだ。そして、このバグのたんぱく質はあの集落の皆に受け継がれており、その遺伝的な気質と何らかの激しい激情は、多分、この集落特有の性質で、その引き金が引かれると『呪い』が発現して食人鬼(カニバリズム)が発動する。そんな性質なのだろうか?




「や、話が逸れたかな? 戻そうか。先程、話した様に、猫の額みたいに狭くて貴重な平地。そこへと鉄砲水が襲った場合、彼等はあの地の少し下流に位置していた天然のダムみたいな地形の場所へと赴いて、そうして、そこに浮かんでいる、流された動物の遺体を腹に収めていたと言う次第でね、そんな『動物』には当然、かつての隣人やら肉親やら兄弟やら妻なんかも含まれていたと言うお話なのさ。飢饉の時には、何ら生産に寄与しない子供達が彼等の食料となっていたみたいだよ。え? 年寄りかぃ? やだなぁ、そもそもがさ、()の地には、衰えた年寄を生かしておく余裕なんて無かったらしいのさ。せめてもの慈悲にさぁ、隙を見て、楽に逝ける様に、一撃で確実に潰していたみたいだよ。(にわとり)みたいにね。そうやって、長期保存が可能な味噌や何かに漬けられた。保存食さ。あの辺りの名産でも有るだろ? 鶏肉の味噌漬けやら、豚肉の味噌漬け。あれは元来は人肉だったんだよ、うん。」




思わず口を抑える僕の隣にいる四人家族の生き残りの長女。あんなショックな出来事があった直後に、こんな話は少々不味いだろう… 僕は、眼の前の初老の男にチラッと、軽く目配せをした。彼は流石に察しがよくて、即時に応じた。




「や、お嬢さんの顔色が優れぬ様子だねぇ、誰か彼女を救護室へとお連れしなさい。 お嬢さん、今からキミが行く部屋の先生はね、その人を観察した先生がね、様々なハーブティーを出してくれる。キミにはどの様なハーブティーを出してくれるのか、興味は無いかね? さ、こんなお話は退屈だったろうさ、行ってくると良いよ。私達はここでまだ少しだけ長い大事な話をしなきゃならないからね。」


彼のその声に応じて、一人の… 秘書さんみたいな若い女性がやってきて、四人家族の長女を連れ立って去って行った。


「すみませんね、気を使って頂いて。それで、彼女の母親と弟はどうなっているでしょうか?」


その声に、意外な事に、眼の前の初老の男は、確かに一瞬だけ、僅かに顔を悲しげにしかめた。




「私はその…君の転入手続きを終わらせて別れ際にね、言ったよね? あの辺りの氏神(うじがみ)である、木漆(ぐうる)様に捧げる祭りで『出物(でもの)』が出る、と。あすこで私が述べた出物とはね、『体内から現れて出くるモノ』さ。縁日(えんにち)露店(ろてん)では無かったのだよねぇ… 」




眼鏡の光で彼の表情は(うかが)い知れなかった。彼の表情と、それに伴う彼の感情は伺い知れなかったのだが、彼の述べた事実が凄惨なモノであるのは判った。あの、祭りも、集落の人間達を変性させる引き金であったのだ。そして、まさに、出物(でもの)。あの集落特有の、プリオンとはまた違う種類の『バグのたんぱく質』が集落の人間達の内部からにわかに目を冷まして活動を始める… 集落の人間達をクールー病の原因となった共食いに目覚めさせる。木漆(ぐうる)様が彼等を四月一日にグール化させる… 恐らくは四人家族の長女は、彼女だけが生き残りとなったのだろう。四月一日、あの辺りの集落の氏神(うじがみ)様である、木漆(ぐうる)様の、縁日の露店と違う、別の意味のデモノ。そうやって集落の人間達の内部からやって来た『出物(でもの)』によって… グール化した彼等によって、あの、母親と弟は『供物』にされたのだ。食い散らかされたのだ。




「私が後悔をしていないと思うかね!?」


銀の眼鏡を光らせる彼に対して。


「後悔しているならば、彼女を保護しろよ!」




彼の、いや、この組織の何かそれは、性質に対して僕が現段階に於いて確信している、これは確かだと言う事、それは、恐らくは、この組織は出来るだけ、未来ある子供達を、まだ、『何にでもなれる可能性がある人間』を、出来うる限りに於いては見捨てる事をしないだろう、と。彼との短いやり取りの中で、これだけは確信出来たから。隙を見て、あの長女を今現在の暫定的には、一番安全と思えるこの場所に捩じ込むチャンスだと、彼の僅かな動揺にかこつけて間髪を置かずに突いた。



「キミは… 実は食えない人間だなぁ… いや、これは一本取られたよ、約束しよう。この私が手の及ぶ限りに於いて、彼女を保護する。」



刹那(せつな)(きょ)を突かれた彼は(わず)かに悔しがり、そうしてから、自信に満ちた表情で、鷹揚(おうよう)(うなづ)いて見せたのだった。恐らくは、彼のこの言葉を信用して間違い無いだろう。今からこの世界を激しく動揺させ、揺り動かし、突き崩して、一旦破壊する。そんな『魔王』みたいな役割を果たすであろう、彼の矜持(きょうじ)だからだ。大丈夫だ。彼女は『魔王の庇護の中庭』で、大人になるまでに猶予(ゆうよ)を与えられたのだ。大人になった先からは、これは彼女次第に任せる他はあるまいが、彼女を保護した手前、安全な場所を確保してやると言う目的が、現段階で、このうえがない最上級に安全なる住み場所を、この短時間の遣り取りで得られたのだ。取り敢えず、肩の荷は降りた。後はいよいよとこの初老の男の、この組織の事について話してもらおう。そして、それを聞いたらば、いよいよと僕もこれから先の事について、決定しなければならないだろう。






僕は今先程、下ってきた()の裏山を再び歩いている。先程、村役場を目指して下った行程をそっくり逆さまに、つまりはあの集落へと戻る途中だ。四人家族の生き残りたる長女。彼女はあの場所へと置いてきた。これで後は僕は、全て僕の遣り方で、僕自身に決着を付けなければならない。この世界との、それは決着なのさ。




――あの、バグの新種のたんぱく質にねぇ、最近、変異が起こったんだのだよ、うん。その変異種を保持していた集落の人間は、今では大切に確保しているよ。不思議な事に、彼女自体にはこの『呪い』は発動しないのだがね、彼女から生み出される、増え続けているたんぱく質をね、他の健常な人間に。あの集落出身者以外の人間にだよ。取り入れて貰う治験(ちけん)を行ったんだよ。彼にはきちんと内容を説明した上で、なんの脅しも圧力もかけないで、純粋な彼本人の意思によって同意して貰っていたんだよ、生活苦でね、博打が過ぎて身を持ち崩した、自暴自棄の、そんな人間だった。その彼に(くだん)の新種のバグたんぱく質を取り入れて貰ったんだ。経口摂取(けいこうせっしゅ)でね。その後に、経過観察を兼ねて、与えられた部屋に、一週間の予定で缶詰めにさせてもらって、それ以外には彼には自由にさせていたのだよ。カメラからね、彼の経過を観察していたのさ。彼はどうやら、治験で振り込まれた金で、スマホでネット馬券を買っていたみたいさ。そして、競馬を眺めて、その結果が、どうやら彼には大変に予想外で望ましくは無い結果でね、その時に、彼の様子が豹変(ひょうへん)したのだよ。あの、集落の人間達と一緒なんだよ、食人鬼(グール)化したのさ。そして、その発見こそが、我が組織が具体的かつ、本格的に、『世界グレートリセット委員会』組織としての活動手段と目的のハッキリとしたゲシュタルトを受肉する景気となったのさ。




半ば、信じられない様な話である。

エイプリルフールの壮大な悪ふざけであって欲しいと、心から願って見たが、それはどうやら叶わぬ様子だ。現実として、あの集落では今現在に於いては四月一日(エイプリルフール)食人鬼(グール)達が絶賛活動中である。そして、今の話だと、新種の『呪い』のバグたんぱく質は、あの集落の人間達限定でのみの感染ではなくて、それ以外の範囲の人間にも『呪い』の力が及ぶのである。この事実が…




――求める欲望があったとして、それを叶える、満たすまでに、今の便利な世の中に於いては比較的容易に何でも願いが叶ってしまうから、ついついと、そんなお手軽な生活に慣れて仕舞って、ソイツを手放したくは無いばかりに、わりと目まぐるしいタスクをこなさなければならない社会生活、そいつにどっぷりと身を浸し過ぎて、己の行動の主導権すら社会に奪われて、その事実に気が付く事も無く、そうやって、中身が空虚になってしまい、まるで惰性で日常をこなしているみたいな類となってしまった、近年に於ける、そんな社会生活の中に存在している多数派の人間達の、その空虚な内部に侵食し手軽で性急なる欲望を求めてそれが叶わなかった時に、この新種のバグたんぱく質の引き金が引かれて『呪い』が発動するみたいでね。その引き金でこのたんぱく質に感染している大多数の人間が、木漆(ぐうる)神を(まつ)る、あの集落の人間が『出物(でもの)』に憑かれた状態と等しく、自分の周りの人間達の中から普段の生活で疎ましく思っていた人間を、恨みに思っていた人間達を襲ってその人肉を貪ると言う訳なのさ。実はねぇ… この呪いを世界に広めるのは、仕込むのはねぇ、存外(ぞんがい)に簡単だったのだよ、うん。ほら、最近はコロナが追い風となったしね、人間は(だま)されやすいのさ。


『私はキミの秘密の協力者だ。キミを毒殺しようと企む、良からぬ輩が居るのを掴んだ、この解毒の薬を前もって飲んで置けば、キミは毒殺を免れるだろう。』


中世の貴族社会でも、良く有ったじゃないか、この様な、ありふれた権謀術数(けんぼうじゅっすう)の罠みたいな協力者を装った手紙と贈り物がねぇ。そう、コロナワクチンの中身にね、この我々の発見した、()の集落から生まれてきた、プリオンとはまた別のバグたんぱく質『呪い1型』から更に変化した新種のバグたんぱく質『呪い2型』。ソイツを混ぜ込む為に、活動の重点を一時期、我々の持ちうる力・リソースの殆どを、一気にそちら方面に向けた事があって、どうやら、その効果は覿面(てきめん)でね、コロナワクチンの内部に潜むみたいにして、今や全世界の殆どの人間達が、ワクチンによって、『呪い2型』のバグたんぱく質に静かに、余すことなく浸透されて仕舞(しま)っているのさ。だから我々は今からはもう、雌伏(しふく)を止めて一気呵成(いっきかせい)に駆け出すつもりだよ。それが我々の未来の子孫達を守る手段となる事を信じてねぇ。




最近、世界中で起こりつつあった不可解な人肉喰らいの不気味な事件と、その背後の種明かし。なるほど、そこへ彼等の『世界グレートリセット委員会』は1枚どころか、どっぷりと噛んでいたのだった。




――あの集落には他にも秘密があってねぇ、キミの人間性をこの時間に見ていて、今度こそは、ある程度は把握したつもりさ。それ故に… これは本来は私の立場からは不利になるかも知れない事を、今からキミに言おうかと思っているんだよ。私なりのこれは、キミへの、世界への残されたチャンスを与える心付(こころづ)けのつもりさ。さぁ、果たしてそれを聞いた時に、キミがどう動くのか、私は楽しみでもあるんだよねぇ。




どうにも、そう言いつつも、こちらをちらりと(うかが)ってくるその視線を()ていると、この男の掌の上で無様(ぶざま)に転がされ続けている様な感じが否めないのだが、現状はそんな彼が(もたら)す情報が重要である。否めないのが悔しい。常に僕は後手に回って転がされているのだろう。そんな不快感は確かにあるのだが。




――今や政府は我々の指示に従って動いているのだよね。そして、今日、来るときに気が付かなかったかな? 誰一人として、外へと出ていなかったろう? 我々以外には。そう。既にコロナワクチンに隠されて仕込まれていた『呪い2型』の効果でね、ついついと、テレビで呼び掛ける外出禁止令に彼等は何となく、従って仕舞うのさ。惰性の生き方によって自己を喪失している人間達はね、そうではない人間達は今頃は熱を出して寝込んでいる筈なんだ。自己を失わない為の拒否反応が出ている。 明日の朝一番にテレビにて、首相の演説が恐らくは始まるだろうさ。それを見るように、既に今日のニュースにて報道してある。そして… 演説の内容が『引き金』となり、自己を惰性に任せていた多数派の人間達は、瞬く間に、今起こっている、()の集落の食人鬼(グール)みたいになるだろうね、首相の演説の中の『呪い』の引き金となるキーワード、「我々は『取り返さねば』ならない」の声明に反応してね。彼等はすっかりと生まれ変わるだろうさ。そうやって、彼等は彼等自身が普段から疎ましく思っていた人間、恨んでいた人間、何かを奪われたと思っている人間へと、襲い掛かって行くのだろう。それは、或いは、食人鬼(グール)同士であったり、また、或いは、高熱で今は寝込んでいる人間が対象となるのやも知れないさ。何処かの国に『奪われた』と思っている、我が国の領海の島や何かも、その恨み辛みの範囲内だろうね。きっと、撃ち合いになるだろうさ… 全世界の政府関係者。それらは既に我々の掌の上なんだよねぇ、だって、真っ先にさ、コロナワクチンを接種したのは誰であろう、彼等政府の要人達であったのだからさぁ。 




もう、彼等は、その破局へのスイッチに、指を乗せており、後はタイミングを見計らって、その指を押すだけで良い。いや、政府に命じて明日にでも、首相の声明が発表されると言う事は、もう、既に事態は観察しているだけで良い、ただ後はオートマチックに推移してゆくのであろう… 彼等は。あの、自己を失った人間達は。確かに『奪われて』いる。しかし取り戻すべきは、モノや金や資源や領土なんかじゃないよ、君達が奪われたモノ。それは『自分の行動に関する主人はあくまでも自分である』と言う、主体性だろうに… しかし、そんな僕の悲嘆なんて彼等には届くまいなぁ。




――先程話に出した、あの集落にてその昔に、何かに憑かれたみたいにして、『取り返すだぁ、取り返すだぁ』と呟きながら勇敢に戦って、時の領主に大小一振りの恩賞に授かった足軽の話を、覚えているかな? 彼はね、妻を洪水で流されて、その遺体を村人みんなで分かち喰らったんだ。それからね、猟に出た彼が道に迷った末に辿り着いた神社の中で彼は一人の神様と出会ったらしいのさ。そして、彼はその神様から勾玉(まがたま)を授かったと言われている。その勾玉を授かると、あらゆる猟を自由に行えると言う恩恵が与えられるらしいのさ。その勾玉を使って、彼は猟を楽しんだのさ。彼の奥さんを食べた村人達から『取り返す』為に彼等の血肉を狩猟していくと言う、とんでもない内容の仕返しの猟だね、それは。そしてその凄惨な現場ではあるが、そんな彼の姿をこの辺りをたまたま通り掛かった地元の豪族の一人が見出して、彼を足軽として雇ったと言われているのさ。この足軽のその後はね、『取り返すだぁ、取り返すだぁ』と呟いたまま、偶然にもう一度辿り着いたその神社の御神体の鏡の中に吸い込まれて、そうやって彼はね、その神社の奥にある御神体の鏡の中の世界で、何かを未だに取り返そうとね、蠢いている、と言う噂だよ。どうも、文献を調べるに、その鏡には何か…特別な仕掛けがあるらしくてね、過去への悔恨(かいこん)それを思いながら鏡に触れると…時空を超えてね、その場所へと『跳べる』らしいのだよねぇ、今で言うタイムリープかな? どうにも、その様な効果を付与された、鏡があるらしいのだよねぇ。君が其処へと辿り着いたとして、キミは果たして、何をするだろうかねぇ? 私にはその事に対する関心が尽きないのさ。


――君は彼等とは明らかに違う、どちらかと言えば、我々側の人間だろうさ。話していて、その表情を見て確信したよ。現代社会の惰性に流されている人間達、便利さを選び、主体性を放棄して、そして惰性で増え続けている人間達… 子供達に罪は無い、罪は惰性に従った人間達さ。第三次世界大戦は既に始まっているのさ、それは、領土を争って重火砲が飛び交ったりミサイルや戦闘機や歩兵を伴わない戦争でね、利子で増え続ける紙幣、そいつに帳尻を合わせるみたいにして、無尽蔵に、厚顔無恥に資源に食指を伸ばしている現状の(マネー)で遊び始めた人間が、それ以外の人間達から時間と主体性を奪い、それを奪われた腹癒せとして現代の人間達が、今度は、将来の、先の時代の、我々の子孫達が使うであろう資源。そいつを奪っていく、今までとは全く違う種類の戦争で、それ故に今の人間達はその問題に対して気が付く事は無いんだろうさ…


――そう、この私のこんな話題に先程から、君は否定の表情や不快さを一切見せて来ないのさ。むしろ、瞳孔を開いて聞き入って居るんだ。自分でそんな状態に、気が付いていたかね? 恐らくは気が付いてはおるまい、それだけ、キミに私の言葉が響いているのだろうさ。それだから確信したのだよ。君は紛れもなく、我々側の人間だが、また、同時にこれは私にとっては塊根の極みでは有るのだがね、キミは決して我々に組する事も無いのだろうねぇ。我々組織の理念と、我々と、キミはまるで向い合せの鏡の如くに、そこに映し出された互いの景色の如くに瓜二つなのさ、瓜二つなのだけれども、なにか一つが究極的に違っているのさ。そうじゃないかね? だから我々組織とキミは相容れられないのさ。ならば、私は私がキミに期待するとある役割りについて、せめてもの罪滅ぼしとして、キミにこうやって話して見た次第なんだよ。キミは鏡へ辿り着けるだろうか? そして、そこで、何をやりだすのだろうか? 或いはこの、どう考えても絶望方面へと、その舵を一気に切って仕舞った人類社会のこの状況を、引っくり返す事が出来るのだろうか? 果たして、それはどうやるのだろうか? キミは… 君の生を、選択を、これからどうしていくのだろうかねぇ? 私は、キミのその姿を見られない事が、この際は悔しいのさ!




そんな風にして、テーブルを挟んだ向かい側から、次第に彼は熱を帯びて身を乗り出して来たのだった。僕は僕で、普段から悩んでいた葛藤や何か。そいつを、そいつに対する悩みを、現代の大多数の人間に僕が感じていた懸念と、疎外感(そがいかん)そうやって辿り着いた集落までの、これまでの人生の旅路の中で、ようやくと気持ちを判ってくれる人物と巡り会えた気持ちではあったのであるが、矢張り彼と道を共に歩む事は出来ない、その気持ちのざわめいた荒波に翻弄されつつも、確かに彼が出した一つの情報、そいつをもはや、試して見るしかないなぁ、と。その様にして気持ちに決着をつけて、そして、山を引き返して集落を目指している。


期限は夜明け。

首相の演説が始まり、世界が引き返せなくなる前まで。それを過ぎたらば、日本は、いや、日本だけではないな、世界中が『取り返す』モノを(はな)から勘違いしている極めてナンセンスな奪い合いを始めるのだろう。その運命を変えるだなんて… なんて重荷なのか。まるで採算が合わないし、まるで勝ちの太刀筋(たちすじ)すら読めて来ないのだ。はっきり言って仕舞えば、始める前からお手上げだ。だが、しかし。今までの悩み抜いた日の当たらない社会の中の生き方よりも、なんて新鮮な冒険心に満ちて居るだろうかなぁ? もはや、殆ど絶望なんだ。今更、自分がどうこう動いてみたとて、大局は変わりがないだろうさ。明日になれば世界は破局だし、僕が食人鬼(グール)達に負けて仕舞(しま)えば、破局の前に世界の人口が一人減るだけなのである。もうこの状況だと、自分の命の重さすら、事態の急速なる変化によってインフレーションの彼方に押し遣られてしまったんだ。だから、それ故に。開き直ってやれるとは思うのだ。どう転んでも、きっと、ダイスの出目は、報われない前提の大冒険さ。ひとつ、開き直ってやってみようじゃないか。





スミマセン…『前』『中』『後』の三部構成にしますね(汗

やだなー ながいなー

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