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【48】もう一回最初から (エッセイ・自伝)




昔に。

小学生の時代に、時には普段遊んでいる何時ものグループと、(たま)には離れて遊んでみたいって事が、子供にだってあると思う。普段の、ある程度気心が知れている、安心出来る、ツーと言えばカーと響く、阿吽(あうん)の呼吸である、何か、そんなある程度の『予定調和』が成立してしまう、レギュラーメンバー枠の友人達の、その、メリットとデメリット。


メリットは、仲間内故(なかまうちゆえ)の理解の速さで、事態が大変にスムーズに進む。それは、遊びのあらゆる場面に於いて。


デメリットは、(いささ)かそれを、そんな安定の予定調和を、見慣れた仲間を、退屈に思う事だろう。


その時の自分の心理として、きっと、慣れた安定よりも確定していない刺激を求めていた、そんな周期に差し掛かって、そうやって未知の人間、未知の遊び友達を探求したくなったのだと思お。男子とオス猫には何か、その様な冒険的な周期が必要なのだと、最近は自分は思っている。そうやって、ある程度、世間の波風を循環させたり、血を通わせたりする、それは男子の宿命みたいに思うのだ。


その少年は、少し普通の少年では無かった。

平たく言ってしまえば、『ハンデ』を持っていた様子の少年であった。子供心にも、うっすらと、あの、いつもつるんでいた仲間内の1人、ファミコンに夢中となり、無意識にマ○オがジャンプするタイミングに合わせて、自分の頭をこぉ、上に上に、ぴょーん ぴょーん とやっていた、あの彼(【41】話「ぴょーん!」参照)とはまた違うにしろ、何か似た匂いを感じ取っていた。


その子の親は普通の感じで、その子の家にもお邪魔したことはあった。後に、私の地元のかつては東洋一の金銀産出量を誇っていた有名な鉱山について、学校の資料を調べていた時に、この山にあった鉱脈を発見して本格的に採取をやりたいとあれこれと動いていた最初の人物の名字が、その子の家の名字の表札と一致しており、そう言えば学校の授業の時にも、「今もこの学校に、この、○○さんの子孫が生徒として通っています」と、そう言えば、言っていたのを思い出す。


彼は坊っちゃんだった次第である。

彼は、私以外に彼と遊んでいるのを見たことが無く、どんな話をしたのかも、今は覚えては居ないのであるが、一つだけ、今もそれが印象的で、心に残っていた出来事が有るので、ここに書き記したくなったのである。


彼と、野球を二人でやった。

アスファルトの道路の上に、書ける石でホームベースやら何やらを書いて、二人だけの野球をやった事があった。野球は得意であったから、二人のそんな試合は、終始、私の圧倒的なリードである。彼はその時に、ある提案をするのだ。


「もう一回、初めからやろうよ。」


彼は、負けず嫌いなのだろうと思う。

そして、私はその提案を受けて、最初からまた、二人だけの試合が始まるのだが、また私が勝ち越すと、彼は、もう一回最初からやろうよ、と、言うのである。私はこれには応じなかった。そして、試合が続行していく中で、彼はその時々、自分に向かって、同じ事を提案してきたのである。


自分が有利である、その状態を、一度は私は棒に振った。そして、彼の提案を受け入れて、また、最初から始めたのではあるのだが、そう何度もそんな虫の良い提案を、私は受け入れるつもりもなく、試合は続行していくのだが、その、再三再四に渡る、もう一回最初からやろうよ の提案を断る度に、何だかムシャクシャとしてきて、結局、二人だけの野球の試合は有耶無耶(うやむや)のままで終わった事を覚えている。


私はその後に、彼の家に遊びに行く事は無かった。少年時代の、何かしらかの安定を()えて忌避(きひ)して、予定調和が来ない、不確かな相手の(もたら)す刺激やスリルを探求する、そんな開拓的な冒険の中での、その一回だけの短期の友達だったと思う。


自分は今現在、わりと社会で不器用で折り合いが付かずに、彷徨(さまよ)い歩いて迷走している。そして、しばしばと、役所の世話になったりしたこともある。そんな生活の(おり)に。


「もう一回、初めからやろうよ。」


あの、彼の言葉が、脳裏に過ぎるのである。

今なら判るのだ、彼の気持ちが。


社会の中で渡り歩く旅人たる、そんな我々人間。器用な人間は、きっと、どんなにリセットしたとしても、また、再び、それなりに苦労もある筈だろうが、また浮上出来てしまう。しかしながら、どうにも、社会との折り合いが下手くそで、不器用な旅人は、どうにも、這い上がれないで居るだろう。きっと、もう一回初めからやろうよ って、社会がリセットボタンを押したとしても、不器用な人間はきっとまた、勝ち越せないに違いないのだ。


「もう一回、初めからやろうよ。」


今の自分の意識を保ったまま、あの時代に立ち戻り、そうして、彼と再開したとしたらば。また、野球をやったとしたらば。俺は彼の言葉に、広い胸襟(きょうきん)()って、その提案に、果たして応えてやる事が、今ならば出来るだろうか? 


私は、彼のその、何度も繰り返して来る、

「もう一回、最初からやろうよ」

の、その声に、応じる事が出来るだろうか?


あくせくと脇目も振らずに働き続けて、時間を効率的に、無駄が無く、節約に徹して、ストイックに動き続けて、あらゆる可能性への布石(ふせき)を惜しまずに、そのチャンスを周到に(うかが)って、大一番の勝負をかけて、命綱なしの大ジャンプをやらかして、そうやって成功者のキップ。そいつをようやくと手に取ったそのタイミングで。


「もう一回、初めからやろうよ。」


社会の中で上手く行かず、しばしば落伍(らくご)をやっている。そんな自分にとっては、これは、最早(もはや)昔の思い出話に留める事が出来ずにいる、わりとヘヴィーな命題と重なって見えてくるのである。


その様な落伍(らくご)者を、救済する制度が日本にはあったりする。自分はこれを重要だと思っている。そして、落伍(らくご)する理由は様々であり、束の間、そんな落伍者達はその制度にて難を逃れる事が出来ている。


その様な人間達を批判する人間もいて、どうも、役所の抜け穴があるだとか、彼はまだ働けるだろうに、だとか、他人の事に対して、随分とまた、不躾(ぶしつけ)であり、恣意的(しいてき)な履き違えた正義感と猜疑心(さいぎしん)から、彼等を批判する人間達がいる。


何らの正当なる根拠が無い、恣意(しい)正義感(せいぎかん)()って、随分と偉そうに他者を断罪している彼等は一体、何なのだろうかな? いわば彼等はあれかな?


彼等は裁判官であり、尚且(なおか)つ、その裁判官殿御歴(さいばんかんどのおれきれき)々達は、中世ヨーロッパの、処刑のショー的なモノを求めていており、そのサディスティックな精神、その、社会の中で蓄えられた鬱屈(うっくつ)した不平不満、そんなモノを抱えており、八つ当たりの格好の相手を探し求めて、目を貪欲に、油断なくギラギラさせて、そんな相手を見付けると、襲い掛かる、罵声を浴びせて投石に興じる、そうやって束の間、肥大化した醜い恣意の正義感を満たしている、時の権力者達に良い具合に誘導されてしまっている、そんなバカな聴衆(ちょうしゅう)か何かであろうかな?


色々な人間達が、清濁(せいだく)様々な事情を併せ持った人間達が、そこには存在しているだろう。その制度の中で、助けられているのだろう。そんな彼等を救済している、その制度に対して、また、その人間に対して、己の内の浅はかな、正義感、または批判精神、嫉妬精神から、彼等を(いわ)われなく糾弾している人間が居て、そんな様子を見ていると、辟易(へきえき)してくるのである。


その、醜悪さに。

他人に対して、大変に有り難い批判やら、恣意的な自説の崇高なる御高説(ごこうせつ)啓蒙(けいもう)している、そんな暇があったらば、先ずは己が一世一代の大ジャンプをやってみなさい、と。社会の中での、成功者のキップを手にしてみなさい、リスクを冒したスリリングな賭博を経て。


または、日々、自分が楽しめて、他人を傷付けない、そんな趣味のあれやらこれやらに走ってみなさい、と。

恐らくは、その、どちらも出来ない。

どちらもやらない。


しかしながら、鬱屈だけを、抱えている。

そんな人間がそんな事をしているのだろう。

とても醜悪に見えるのである。

不気味である。


この国にある、救済措置制度。

それに縋って、束の間の安息を得ている方々。


「もう一回、初めからやろうよ。」


外野がガチャガチャガチャガチャと。

何を言っても気にするな。

自分のタイミングで、自分の納得するリズムで。

また、チャンスを伺って飛んで見ましょう。

諦めんな!



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