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【17】ヨシトミシネー (短編小説)



その昔に…

とある競馬好きが異世界転生したと言われている。

いつも柴○善臣騎手が絡む馬券で酷い目にあい、


「ヨシトミシネー」


と。

魂からの叫びを迸らせ。

その絶叫をフジテ○ビのマイクがちょいちょい拾うために、ネットで有名となっていた事を、彼自身が知っていたのか知らなかったのだかは、それはこの際はどうでも良い。


召喚されたのは、とある異世界の王城地下の魔法陣。


そこにある日彼は召喚されたのである。


テンプレ的な召喚した高位の宮廷魔術師からの事情説明、そして王座に座る王様とその脇にずらぁーりと並ぶ法衣貴族達の前での謁見と王様からの直接的な「魔王を倒してくだされ」的な、権威で有無を言わさぬヤツを経て、これまたテンプレな「どんなスキル貰えましたか?」チェック。


自分の種明かしをやるのは馬鹿であるから、彼もまたこっそりと自分の「ステータス」を唱えてスキルをチェックしていた。



















































【呪詛レベルMAX】


それが。

彼が身に付けていたスキルであった。


説明によるとそれは、黒魔術に属する極めて高位かつ特殊なスキルであり、「ヨシトミシネー」と叫ぶと、彼が敵意を向けた対象が、声の届く範囲で全て即死するのであるらしい。


チートスキルである。


彼は自らのそのスキルをもぅ、今すぐにでもためして見たかった。

故に、王との邂逅を経た後の立食パーティーを辞退して、街を出て、先程説明に聞いていたこの異世界のモンスター達と戦ってみる事にしたのである。


高位の騎士スキルを持った王宮の騎士を2名、護衛として引き連れて冒険者ギルドにて登録を済ませると、彼は街の外に出た。そして、草原やら森の中やら歩き回り、そこでモンスターの集団と出くわすのである。


「ヨシトミシネー」


有無を言わさずに叫ぶ彼。

バタバタと彼の前で倒れるモンスター達。

凄まじい呪詛レベルMAXスキルであった。


「こ、これは凄まじい…」

「我々の護衛は不要の様ですな。」


護衛の2名も太鼓判である。

この様な感じで彼は転生初日に、あちこち歩き回り、そして「ヨシトミシネー」を吠えまくったのである。みるみると上昇するレベルに伴って、身体能力も露骨に上昇して行くのを身体で感じていた。


そう。

彼はその瞬間から充実し始めていたのである。

普段の生活で鬱憤を貯め、週末には競馬場で、満たされぬフラストレーションを満たそうとするも、柴田○臣騎手の絡む馬券に毎回苦虫を噛まされて逆にフラストレーションの配当のみを倍増させ、そいつが爆発し、フ○テレビのマイクにでかでかと届くレベルでの怒りの雄叫びを、魂からの雄叫びを上げていた昨日までの彼と今の彼では、何かそんな感じに様子が様変わりし始めたのである。


それから何年かが過ぎて…

王国の各種サポート、叫ぶだけで倒せる魔物、たおした魔物の素材を冒険者ギルドにて売り渡す。最初から儲かったが、レベルの上昇に伴い、より危険な、より高位のモンスター達との戦いが可能となり、より裕福に、より充実した生活。


モンスター達を倒した後は、街に戻って、それまでの競馬すってんてん生活とは打って変わった充実した財源に裏打ちされた酒池肉林、阿諛追従(あびついしょう)してくる貴族。


豪華な贈り物と引き換えに、敵対する貴族を倒してくれ、と強請(ねだ)られたり、また、それを引き受けたり、それから恨みの報復の終わらない連鎖の、尽きることがまるでない10÷3の無限地獄の中に巻き込まれたり、清廉潔白な孤児院に大枚寄付したらば、着服されていて、孤児たちには還元されて居なかったり、またその孤児院着服勢力を潰したら今度は神国からの襲撃者がやってきたり、神敵に認定されたり、そんな事を繰り返している内に、彼は次第に人間達に不信感を抱くようになっていき………やがて、護衛の騎士達を撒いて、ま深いローブを纏って身を潜めた一人旅をするようになっていった。


魔王を倒せ、と。

その目的地には次第に近づいており、幾つかの大陸から船を経由して、また別の大陸への船旅も繰り返していた。


人間の強欲にうんざりしていた。

自分だってかつては、願いが満たされず、溜まりに溜まっていた鬱憤を競馬場へ。毎回、博打の中にその、「満たされる鍵」を探し求めているかのように通い続けては、貨幣はむしろ毟り取られて、そしてかえってその鬱憤の配当だけが何倍にも還元されて、その状況に憤りターボが加圧された結果として血管もはち切れんばかりに怒鳴り散らしたり。


そんな事をやっていたのではあるけれども、今はこの世界にやってきた。


この世界の中では自分の持っていたスキルがとても役に立ち、モンスター利益でウハウハとなり、そして、財産はいちど戦いの旅に赴けば、倍増からまた倍増になるバブル時代の到来である。そんな財力を背景として、贅沢に暮らし、この世界での一流品に囲まれたり、たまに骨董品に騙されたり、人の欲に巻き込まれたりを繰り返していた彼は、人間の欲望について、色々と考えを深めていったのである。


そして、どうやらそんな旅路は終着地、魔王と魔族達が暮らす魔大陸。


そこで彼はわりと魔族達が話に聞いていた様な悪人でもなく、日々、わりと質素に、そして、平和的に暮らしている種族であることを理解するのである。


人間のとある王国にて召喚され、魔王を倒してくれ、と王に命じられた、などと、わざわざ魔族に説明するバカでは彼は無かったから、ただただそんな魔大陸の魔族達の国の中でも、相変わらず冒険者ギルドへと赴いて、魔大陸の極めて凶悪なモンスター達を楽に倒しては相変わらず稼いでいたのだった。もはやその積み上げられた富は、とても日々の生活で消費は不可能であり、もしかすると、新しい国を立ち上げる、その財源足り得るくらいに、指数関数的に増えていたのである。まぁ、アイテムボックス(無制限)の中なので、彼はそれを確認しては居ないのではあるが。


魔大陸でも、彼は単独にて冒険者ギルドの依頼を選んで、そして「ヨシトミシネー」を叫び続けて暴れて回っていたのであるが、ある日に、魔族達が明らかに苦戦している様子に偶然に居合わせる。相手はドラゴン、そして魔族達はどうやらパーティーである。こんな山の険峻なる山頂付近まで単独で来られるのは彼くらいなもので、それは大容量のアイテムボックスの中に詰め込まれている旅路を快適にするアイテムやら膨大なる補給物資の賜物であるのであるが、この極端に大容量なアイテムボックスを使えるのはどうも世界中で彼のみであるらしく、彼はその事について、決して他人には明かしては居ないのである。


そのパーティーは苦戦している。

何名かがすでに負傷したのか、死んでいるのか、四肢があちこち様々に欠損したりして倒れており、残されたパーティーは後退しつつの撤退戦を強いられ始めたタイミングであろうか。


彼の接近に、パーティーの最前線にて剣を構えてドラゴンと対峙して居た魔族の男が、コチラを振り向かずに助勢を求めてきた。さすがは魔族。何らかの索敵能力なのかも知れないが、そんなスキルにありふれた世界だったので、彼も「なにかの能力」と割り切って即座に彼等に加勢する事に決めた。


「ヨシトミシネー!」


あっさりと斃れるドラゴン。

固まる魔族達。

沈黙が支配した。







「き、貴様…無礼な!今、魔王様の名前を言ったな!しかも死ねと!」






あっさりと斃れたドラゴン

その信じられぬ出来事に対して沈黙し、また、同時に彼等は彼等の魔王を侮辱する発言に、長い沈黙をしていたのであったのだが、しばしのフリーズ時間の後に、我に返った頃合いに再起動した彼等の仲間内の一人が、そうやって叫んでいた。


「此処に控えるお方こそ、当代の魔王、ヨ・シト=ミ様であらせられるぞっ!!その方、控えよ!!」


「良い、助けてもらった恩人だ、お前こそ控えよ!しかし、人間族のキミ…今助けてもらったそれは、呪文か何かなのかな?それにしてもかの神の御代から生きてきた神国の守護者たるエンシェントドラゴンを一撃か、信じられん……手も触れずに。恐ろしい威力であるなぁ。」


どうやら彼が助けた魔族達のパーティーは、その成分に魔王が含まれるラインを使用していたようである。

これはお菓子なお話である。







魔王は、神から人間側のアンチテーゼとして指名された存在であるらしい。


人間側を常に脅かす。

長い平和が人間を腐らせる。

生きている喜びを見出だせなくなる。


贅沢に魂が麻痺してくる。

やがて退屈を持て余して享楽に遊び始める。


常にピラミッドを作り、ヒエラルキーに晒して、そうやって必死に這い上がろうとする、それが無いと魂は澱に塗れてしまう。けれどもピラミッドを作った事も問題であり、特にピラミッドの中間から上に富の分配が偏り過ぎるとその天秤のバランスが、偏れば偏る程に人間達の魂全体がそれに比例して嫉妬や果たせぬ望みやら、冷やしきれない飢えの発熱、また、逆に醜悪な見下しの優越感やら選民意識の汚染作用によって穢されやすいらしいのだ。


昔の、風呂のガス湯沸かし器。

沸かした時に、

湯船の上の方はアツアツでも、

下の方は冷え冷えだったりする。

そいつを均等に混ぜてやる。


魔王はそんな使命を果たす為に神から指名されたらしい。

人間達の社会の、魂の淀みを生み出さない、腐敗をさせないために掻き混ぜる使命である。


あのドラゴンは人間の神国から差し向けられてきたドラゴンであり、元来は神獣であるのだが、欲に染められた神国の教皇を罰した魔王軍への恨みを晴らすと言う名目で、神国が抱えているドス黒い策略の秘密を知っている魔王を倒す為に差し向けられていたのだと言う。


彼は魔王の王城に、客分としてもてなされて彼専用の部屋を与えられた。


彼もまた、着飾らず、偉ぶらず、おおよそ人間の王国とはまったく様子が異なる魔王国の様子、魔王城の風景、そして魔族の貴族や領主達に素直なる好感を覚えて、気が付けば随分と長く滞在する事になったのである。


彼は滞在の間、質素だが貧しくはなく、そして、社会上、便宜的な上下のピラミッドはあるものの、富はほぼ均等に行き渡り、そしてやはりところどころ、日々些細な問題は発生するものの、人間社会みたいにそれが深刻化せず、なんだかんだありながらも毎日ささやかに、本心から笑えている、そんな様子の魔族達の暮らしぶりを気に入り、前の世界とも、そして、転生してきた人間側の国の暮らしでも得られなかった、何か違う価値観に基づいた、大変に関心深い生活を謳歌していたのであったが、そんな日々を過ごす内に彼はある日に突然、【呪詛レベルMAX】のスキルを失ってしまったのである。


それは何故か?

自ずと、心当たりは有りすぎるほどにあった。

彼は恨む事、呪う事の必要性を喪失していたのである。


しかし、それまでに散々魔物を狩り、散々にレベルが上昇を果たした肉体と、魔族に習って身についた剣術やら弓術やら魔術やらの技能と、その両方が、彼に今までの生活と大別がない、この異世界での生存術、毎日の生活を与えられており、むしろそんな彼は、以前よりも充実した毎日を送るようになったのである。


その内に彼は魔王に、人間族と魔族の混血が集まる、色々といざこざがあり、統治が難しい領地の統治を進み出て、魔王もこれを快諾し、陞爵して魔大陸の魔族の貴族となり、己が今まで溜め込んでいた財源を惜しみ無く注ぎ込み、普通の魔族の領地よりも随分と争いが起こるこの地の統治に傾倒してゆく事となる。


人間側派閥、魔族川派閥が常に牽制しあって拮抗し、しばしば争いが起こるこの統治が困難な領地。彼はそれら両陣営の男爵達の多数の小領主達を統べる辺境伯であり、その領地では、人間側の王国が裏から糸を引いて資金や策略を授けた工作員達が萬延しており、彼は何度も命があやうくなるが、魔王が領主として赴任して行く彼に直属として優れた人材を多数送り出してくれた事と、意外と彼に備わっていた性格が、魔族から見てとても好意的に見えるカリスマ性と、彼が領地の発展や問題解決の為に惜しみ無く注ぎ込む財源等の源であるという事実的な魅力要素もあり、何度もその様な危機が起こるたびに、身を挺して守ってくれた部下の為に彼は危うきを逃れていたのである。


そして、いよいよ、人間側派閥の悪辣なる工作員達を一手に誘き寄せ、そのアジト、兵力全てを根絶させる一大作戦が彼と彼の部下により立案され、その作戦が功を奏し、人間側王国からの工作員、人間側派閥の兵力を斬減させて、これでようやく以後の統治は容易になると言うタイミングで…


魔王の訃報を知ることとなり、彼は慌てて魔族の王都へと後の備えを部下に託して駆けてゆく。


魔王からは、彼の領地の統治の難しさ、そしてその問題の解決が近いと言う彼の報告書への返答として、「決して君の領地の軍勢をこちらに差し向けず、領地の安泰に傾倒すべし」との命令を受けていた。


人間側の軍勢の侵攻を受けて、魔王は彼以外の領主達の軍勢を集めて迎撃していたのである。そして、戦はやがて泥沼の混戦となり、薄くなった本陣に敵の暗殺工作員が押し寄せてきて彼はその凶刃に斃れた、と伝られた。


思えば随分と、人間として ――いや、彼は魔王であったから違うな。―― 生き物の生き方として、彼から学んで居たように思うのだ。前の世界での興廃気味の破綻した生活、そしてこの異世界に来てからの、裕福になったが故に群がってきた数々の人間社会での問題に溜め込んだストレス、そんな生活を目覚めさせてくれたのが彼、魔王であった。


棺に収められた友人となり恩師でもある、そんな魔王の手を握り、彼は自然と叫んでいたのである。













































「ヨシトミイキロー!」


その瞬間、頭の中で【新たに黄泉返りのスキルを獲得しました】と、アナウンスが流れて。


そして、棺に収められていた魔王は目を開いた。


彼と魔王との、人間達を堕落させないアンチテーゼとしての存在を示す暮らし、生き方はまだ続いてゆく様子である。


めでたし めでたし





「ヨシトミシネー」の雄叫び、未だに動画サイトにありますよね。

なんかもぅ、彼のファンです(笑)

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