竜は政治的武器にして
「初陣は、ややこしい事案だぞ」
朝のミーティングでライネル"小隊長"から言われた言葉は、皆に疑問を浮かばせるのに十分だった。特にタロスには。
「ややこしいって、どういう事ですか?」
軍服の右襟に四等勲章のバッジを、左襟には新品である小隊の襟章を付けたタロスが早速質問する。ライネルはそれを制すと、持参していた資料を皆に配る。タロスの横には、定位置であるかのようにレイティがおり、資料を一読するなり顔を顰めた。
ニェーボムとナンムはケルムント自治領のオグラットという地名にピンと来ていないのか、どこか間の抜けた表情だ。ドランガルドはと言えば、顔色一つ変えずに資料に目を通している。もう竜騎士になってから1年以上経ち、最初の頃のような人族至上主義的発言は鳴りを潜めてはいたが、それでも未だにタロスとは微妙に距離を取るところがある。
「読んでの通りだ。皆も知っての通り、カルセイ島という島はケルムント自治領とアロンドルフがお互いに領有権を主張している島である。ここでアロンドルフにとってマズいものを、ケルムントの漁師に見られたらしい。母港に戻れた漁師たちの引き渡しを求めてきたと、そういう訳だ。ここまでで何か質問は」
はい、とレイティが手を挙げた。
「何故アロンドルフは、ここまであからさまな行動に出るのでしょうか。今の状態でケルムントやミリウスが世界に向けてこの出来事を伝えれば、明らかにアロンドルフは国際社会から孤立するはずです」
「全くその通りだ。実はこれは市井には出回っていない話だが、昨年からアロンドルフの態度が非常に硬化しているらしいのだ。それとこの件と関係があるかはわからないが、確実なのはアロンドルフ内で大きな動きが起きているという事。それも、近隣諸国を敵に回しても構わないと言えるほどの事だ」
レイティが礼を言って座ると、次に手を挙げたのはドランガルドだ。
「小隊長、しかしこの程度の――いわば小競り合いで、自分たちが出張るのは些か過剰戦力ではないでしょうか」
その物言いにタロスは一瞬むっとしたが、すぐに深呼吸して落ち着かせる。義に厚い獣人族であるタロスにとって、同じ獣人が連れ去られたという今回のアロンドルフの行為は断じて許せるものでは無い。だが国際情勢を見れば、領土関係のいざこざなどままある事だ、それが今回偶然にもケルムントで起きただけなのだ。
「そこが本題だ」
ライネルはそう言って、もう一枚の紙を読み上げる。
「これはオグラットからの急使が持ってきた手紙の写しだ、大事な所だけ抜粋する。
"また沖合には、アロンドルフのものと見られる大型船と、ドラゴンのような姿を確認せり。"
と、こう記してある。つまり――まだそうと決まったわけではないが、アロンドルフが竜騎士まで出して件の漁師を引き渡している可能性がある。だから対抗策として、こちらも竜騎士を出すことになったのだ」
「ですが……何故私たちなのでしょうか」
ドランガルドの疑問は皆の疑問でもあった。年が変わって、訓練生であった5人はそのまま一つの小隊として独立する事となった。これまでは20騎から30騎規模であった竜騎士部隊の小隊をより細分化し、即応態勢を整えようというハルデヒト第二王子の発案だという。
その最初の隊として訓練生であったタロスたち5名に、教官から現役に復帰した歴戦の猛者であるライネルを小隊長として編成されたのが、このアコーズ第一竜騎士小隊なのだ。ちなみに既存の小隊は中隊と名を変えたとか。
もっとも発足からまだ1ヶ月も経っていない。ドランガルドの懸念の通り、敵地に送るには力不足なのは間違いない。
「中隊はそれぞれの街や、竜騎士部隊が駐屯していない街の防衛に回る事となる。こういう状況だ、国民に知らせるほどでは無いが警戒段階を上げておく必要がある。
他の街でも小隊が発足した中でこの隊が選ばれたのは――タロス、大体お前のせいだ」
「自分でありますか?」
素っ頓狂な返事に、ライネルは頭を搔いた。
「そうだ。そもそも訓練生のうちに勲章を授与される兵士など初めてだし、それだけで上層部からの期待値も高い。しかも街を救ったヤツがいるともなればな。まったく、誇っていいんだか頭を抱えるべきなのかわからん」
などと愚痴を言いつつミーティングは進み、翌朝には遠征の装備を整えた一行はアコーズを飛び立って進路を北に向けた。もちろんタロスは、背に長剣を背負っている。竜騎士になっても、買ってもらって以来続いている剣を振る日課は、どこであっても欠かさないのだ。
*
オグラットの郊外にある小高い丘まで飛んできた小隊の面々は、信じられない光景を目にしていた。
「これは……報告には無かったな」
ライネルが呟く。眼前に広がっていたのは、港のすぐ沖合に停泊している巨大な船と、その上空を旋回している数頭のドラゴンの姿だった。
「これはもう……侵攻じゃないか」
ナンムの呟きは的を射ていた。実際に派遣される部隊としてオグラットからの急使からも話を聞いたが、明らかに状況が悪化している。
「ニェーボム、信号弾は持ってきてるな?」
「はい。一通り持ってきています」
「よし、行くぞ」
号令の下、皆が自らの竜に跨り街の方へと飛び込んでいく。近付くに連れて、沖合を飛んでいた竜がこちらに接近してくるのが見えた。
ライネルがニェーボムに合図を送る。空に打ち上げられた信号弾は赤色、この場合は領土や領海の侵犯を警告する意味合いを持つ。
次いでドランガルドが相手の竜騎兵を追尾し、威嚇射撃を行う。逃げてくれればそれで良し、やる気なら迎え撃つまでだ。ニェーボムの信号銃を握る手が僅かに汗ばむ。
「やらない――のか」
果たして数騎のアロンドルフ竜騎兵は、警告を受けるやすぐに沖合の大型船の方へと遁走していく。あれはミリウス海軍でも研究されているという、ドラゴンを乗せて外海に出られる騎竜母艦と言うやつだろうか。
ライネルは深追いするなとサインを送ると、そのまま皆をオグラットの街外れの草地に着陸させた。
「よし、揃ったな。見ての通り状況が悪化している。本来ならアコーズの司令部、もしくは直接ルヴァン中央司令部に確認を取って動くべきところだが……事態は切迫しているかもわからない」
小隊長の言葉に、皆が息を呑んだ。暗に、実戦もあり得ると言われたのだから当たり前だ。
「アロンドルフがここまであからさまな領海侵犯をやっていると分かっていれば、恐らく我々ではなくどこかの経験豊富な中隊が寄越されていた筈だ。こればかりは早馬の伝達速度の問題になってしまうから仕方ないが、とにかく現にここにいて動ける我々が動くしかない。わかったな」
ライネルがそう言うと、ナンムから質問が飛ぶ。
「誰かがアコーズかルヴァンに、応援を頼みに行けばいいのではないでしょうか。今から出ても、遅くとも明日のうちには救援を呼べるはずです」
「ナンムの言う通りだ。もう少し敵情を視察したら、誰か一旦報告の為にアコーズへ――」
刹那、太陽の光が断続的に遮られる。反射的に上を見る前に、近くの地面を銃弾が穿っていった。
「敵襲だー!」
ニェーボムが叫ぶ。いち早くライネルとドランガルドが自らの竜に飛び乗り、続いて他の皆も乗って空へと飛び立つ。
「奴ら、こっちに狙いを変えてきたな?」
「皆落ち着け! 訓練通りにやれ、伊達にシバいてきたわけじゃないぞ?」
小隊長の檄はもっともだ。訓練生から正式に小隊として独立し喜んだのも束の間、そこからの訓練に次ぐ訓練は先輩からも驚かれたほどの内容だった。
おかげで冷静に対処できるか――と言われたら、そうでもない。
何せ実銃で、明確な殺意をもって攻撃されるなど初めてなのだ。まずは弾幕から逃れて、空に舞い上がれただけで良しとしなければならない。
マリー家具店考案の新しい鞍に、持ち上げるときは3人は必要な大型の機銃。その安全装置を外し引き金を引ける状態にしながら、タロスはライネルが教官であった頃に教わったことを思い出していた。
即ち、竜騎兵は政治的にも重要であること。軍の所有する兵器の中で最強と謳われ、同時に国威の要でもある。
戦争ともなれば激戦地に送られ、敵兵を屠り祖国の土を守る武の象徴。だからこそ、竜騎兵になる事そのものが栄誉なのだ。
故に、竜騎兵部隊が負けましたとなると話は一気に逆転する。
竜騎兵をそれ以外の戦力で迎え撃つ方法は、強力な魔法杖でも無ければ高射砲のみだ。だが魔法杖で突風を起こし墜落を誘うやり方は、実際にはあまり用いられない。
竜は空の支配者とも言われ、風を読む力は人間の比ではない。嵐の中でも飛んでいける竜を墜落させられるだけの風を起こせる魔法杖となると、一本線レベルが必要だからだ。そしてそんな魔法杖は、ほとんど誰も見たことが無い。
――タロスもレイティも、友人が持っているという事については口を噤んだが。
ならば現実的な応戦方法は高射砲のみだが、こちらも心許ないものだ。
まず命中率が低い。速射ができない上に、こちらが一定の高度以上に逃げれば射程範囲外だ。
とは言え降下しなければ効率的な攻撃が出来ないのはこちらも変わらないが、それでも連写可能な機銃や範囲攻撃が可能な竜のブレスの危険を冒してまで高射砲に取り付く兵士などそうそういない。
故に、竜騎兵が攻めてきたら対抗する手段は竜騎兵のみとなる。ではその竜騎兵が敗れればどうなるか——国土は蹂躙され、罪の無い一般市民たちが敵の攻撃から逃げ惑う事になる。
そうならない為の最後の砦が竜騎兵なのだ。
ここで自分たちの負けた姿を見せては、アロンドルフにとっては強力な外交カードにもなってしまう。負けるわけにはいかない。
「行くぞキルン!」
タロスは自らの愛竜に呼びかけて、手綱を握って高度を上げる。一直線に空を目指すと、敵の一騎がこちらに狙いを定めたようだ。
「さぁ来い……ついて来い!」
敵の射角に入らないように、手綱を右へ左へ。すぐ頭上を敵の機銃が掠めていく。
やがて敵が諦めたのか、近くで聞こえていた機銃の音が消えた。この時を待っていたのだ。
「今だ!」
前に半回転、身体が猛烈な遠心力で持っていかれそうになるのを、新しい鞍が押さえていてくれる。従来の物よりも早く、一度自分を追うのを諦めた敵の姿を捉えた。その背中で、敵兵が驚愕に目を見開いているのが見える。
「行け、キルン!」
キルンがタロスの叫びに応えるように、細長いブレスを吐いた。それは正確に敵の竜の翼と尻尾を灼き、バランスの取れなくなった敵竜騎兵はそのまま墜落するしかなかった。
すごいな――と、次の標的を探しながらタロスは呟く。見ると、他にもレイティやナンムなどは似たようなやり方で敵兵を屠っていた。
従来、縦に回って反転する時は、竜から見て背中から、乗る兵士から見て頭の方から回るのが普通だった。回転する際の遠心力で、鞍から体が浮いてしまうからだ。
だがこの方向だと、機銃で相手に狙いを付けるまでに時間がかかってしまう。機銃は横には旋回できるが、上下の射角の調整には手間がかかるからだ。
つまりこれまでは旋回して狙いを付けようとしても、旋回が終わる直前まで射程圏内にはどうしても自らの竜の頭が入ってしまう。相手を見つけるのもそれだけ遅れてしまっていた。
それが回転方向を逆にしたことで、より早く相手を見つけ、射撃体勢に入れるようになったわけだ。
そして利点は竜の側にもある。竜の行う縦回転の自然な方向は。自分の腹の方から前回転する方なのだ。それを背中から後ろ回転する形で訓練していたのだが、当然得意不得意が出るし何より竜自身にも負担なのだ。
これを自然な方向で行えるという事は竜自身のストレスや体力の消耗を減らす事にも繋がり、より持久力を増す事にも繋がる。
もちろんそれを可能にする研究は各地で行われていた。だが軍の輜重品を納める業者など、どこも忖度してなるべく安価に、そして自社の他の製品にも機密がバレない程度に流用できるように作るのが普通だ。
その点、何のしがらみのないマリー家具店は純粋にこの目標を達成するために作ったのだ。従来の鞍よりはるかに高価なモノになったのは事実だが、そもそも国の守りの要に金をケチるなという話で落ち着いたらしい。
早い話が、空戦の状況はミリウス側に有利だという事だ。
「でも、数が多いな」
次の敵に狙いを付けようとするが、今度は敵は2頭でこちらを襲うようになっていた。数の利は向こうにある。その隙を縫って撃退しろと言うのなら、なかなか骨が折れる話である。
だがとにかく相手の戦意を喪失させなければならない。ちょうどこちらに背を向けた敵の姿を見てそちらに向かった刹那、視界の端に追われる味方の姿が見えた。
「ドランガルド!」
そこにはドランガルドの乗る竜1頭に対して、5頭で執拗に追い回す敵の姿があった。
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