託された手紙
聖暦528年5月。カイルとサラが護衛するカザミからの避難民は、ようやく目的地であるアダリス国へと到着した。
既に早馬でカザミでの出来事や避難民の受け入れ許可などをやり取りしていたおかげで、受け入れはスムーズに行われた。リリアンの家族を含めた大半の避難民が首都イルゲンタム郊外に作られた簡易住宅へと入り、ようやく二人の長い護衛の旅も終わったのである。
ここは政治のトップをエルフ、そして軍のトップを獣人が務める国。政と武の両方の最高責任者、つまり首相と軍の統合司令官から感謝と報酬を頂いた後は、二人はアダリス国より更に東にあるコルアン王国という国へと向かっていた。
コルアンからまだ先へ行ったところで二人の耳に入ったのは、アロンドルフがミリウスに対してキナ臭い動きをしているという噂。
それを聞き付けて慌ててアダリスまで戻ってきたのだが、2人はそこで何故か冒険者ギルドの責任者から頭を下げられていた。
「お願いします。このような依頼、なかなか人族であるあなた方以外に頼める者がいないのです」
「だってよ、どうする?」
「うーん……」
2人としては真っ直ぐミリウスに帰り、久しぶりに友人や親に会うがてら、万が一があるようなら戦うつもりでいたのだ。
その道中、再びアダリスの首都であるイルゲンタムを通った際に、ついでだからとミリウス方面へ向かう隊商の護衛任務が無いかとギルドに寄った。
そうしたらこれである。報酬は弾むからと指名依頼扱いにしてもらい、どうしようかと逡巡しているうちに責任者まで出てきたのだ。
「……わかりました。この手紙を届ければ良いんですね?」
口を開いたのはカイルだ。
「いいの? だいぶ帰るの遅くなっちゃうけど」
「まぁ敵情視察ってことでいいんじゃないか? 最悪はトゥーリエとアイルに乗って直接行けばいいさ」
「うーん、まぁそれもそうね」
引き受けたはいいものの、手紙の配達を冒険者に依頼する事など稀有だ。要するに誰からも秘密にしたい手紙、あるいは何か後ろめたい事が書いてあることが多いからだ。
得てしてそういう手紙は反社会的な勢力、盗賊とのやり取りなどで多いが、賊が関わる依頼は事前にギルドの方ではじいている。つまりこれは、正当な理由で隠れて運ばなければならない郵便物という訳だ。
「届け先がアロンドルフってのがまた、な」
「ホントね。元の依頼に"人族に限る"なんて書いてあるのも納得するし、それじゃアダリスで引き受けてくれる人を探すのは難しそうだもんね」
「しかも届け先が、また難しい場所だなこれは」
手紙の届け先は、帝政アロンドルフ領内にあるルサン自治区という場所のある家だった。
この場所は人族国家であるアロンドルフの中にあって、唯一獣人とエルフの居住が認められている地域。かつてエルフたちの小国があり、周辺諸国を飲み込もうとするアロンドルフに対して果敢に戦いを挑み、敗れながらにして一応の独立を保った唯一の地域だ。
その歴史的経緯から、ルサン自治区に入るには許可証が必要なのだという。渡す手紙と共に貰った許可証の封蜜を見て、サラが声を上げた。
「これって、アダリス国首相の印……」
「――国が絡む手紙なんですか?」
カイルが尋ねると、ギルドの受付の人は声を潜める。
「……依頼を受けてくれたお二人だからこそ明かしますが、アロンドルフ内で何か大きな動きがあるとの情報が入ったんです。この手紙はその返事、アロンドルフにいる同胞に避難を促すもの。と、聞いています」
「わかりました。依頼を受けたからには、必ず届けてきます」
「それと、向こうには協力者がいるので、まずはその人と接触した方が良いと思います。その人の特徴は――」
その他にいくつかの注意事項を聞いて二人はギルドを後にする。目指すはアロンドルフ、その東のシェルプス山脈の麓にあるというルサン自治区だ。
*
「名前と職業を」
「私はサラスティア、こっちはカイル。冒険者です」
「入国目的は」
「目的なんてありません、冒険者は根無し草なので」
「……武器の携行は」
「私はこの連弩、こっちは四本線の魔法杖のみです」
「よし、通れ」
検問所を通りアロンドルフの国境の町に入ると、まるで空気が変わったかのような錯覚を受ける。至る所に政治的なスローガンが貼ってあり、要所要所には武器を携行した歩哨が見回りを行っている。避難民を連れて領内を通った時は街には入らなかったので、どうも奇妙な雰囲気である。
アダリスの牧歌的は街とは大違いだ。
「なんか、物々しいね」
「な。何かあったのか、それともこれが日常なのか……」
ミリウス王国にいて帝政アロンドルフに抱くイメージは、ほぼ全員が共通している。独裁国家だという事だ。そもそもが武力で周辺国を併合し大国へとのし上がった国だ、周辺諸国からすればおよそまともな国とは見られない。
だがそれでも国力は肥大し、国内では曲がりなりにも産業が生まれ、貿易の額も膨れ上がっていく。やがて無視できない存在となったアロンドルフは、今やこうして周辺諸国と肩を並べられる国になったという訳だ。その方法はさておき。
「とにかく、早いとこルサン自治区に向かいましょ。なんか気分が悪くなりそう」
「だな。とりあえずギルドにでも行って、そっちの方に向かう依頼が無いかだけ見てみるか」
移動の際には同じ方向に向かう依頼があるかを確認するのが冒険者の定石。どうしても冒険者のみで移動するのは非効率だし、金稼ぎを兼ねる方が効率も良い。さらに隊商の護衛任務なんかにありつければ、一応の食事まで確保されて至れり尽くせりというわけだ。
だが壁に張り出されている依頼書をざっと眺めてみたものの、ルサンへ向かう依頼は無いようだ。念のため受付でも聞いてみたが、やはりそういう依頼は無いという。
「ルサン方面は無しと。ならエリューシンハンナムまで出てみるか」
「そうね」
ここはあくまで国境の街、首都であるエリューシンハンナムの方が依頼は豊富だろうと考えるのは自然だ。
そう言ってギルドから出ようとした矢先、後ろから声をかけられた。
「おう、お二人さん。ルサンへ行くのかい」
声の主は、ギルドのテーブルで酒をあおっていた壮年の男だ。一見ギルドによくいる飲んだくれに見えなくもない。
「はい。アロンドルフでそんな場所があるなんて知らなかったので、見聞を広げる為にも行ってみようと思いまして」
サラが流れるように嘘をついた。確かにここで迂闊にアダリスで依頼を受けてルサンに向かってるなどと言うのは、聖輝教とは違ったベクトルで人族至上主義を掲げるアロンドルフでは危険な事だ。
男はゴンと音を立ててグラスを置くと、胡乱な目で2人を見て言った。
「フン、ルサンなんて行って何が面白いんだか。あんなとこ、ヒトが行くとこじゃねぇ。エルフと獣人が跋扈する土地だぞ。
ま、首都ハンナムに行けばあっちの料理を出してくれる店があるらしいからな。キュレの炭焼きなんて料理が旨いとか聞いた事がある。それだけ食ってとっとと諦めな」
言うだけ言って、男はテーブルに突っ伏してしまう。受付の人も困り顔だ。
「ごめんなさいね。この人ちょっと呆けてるみたいで、いつもこんな調子なの。でも帝都のエリューシンハンナムの方が依頼はいっぱいあるし、私もそっちの方が良いと思うわ」
「すみません、ありがとうございました」
礼を言って今度はエリューシン・ハンナムへ向かう依頼を探す。さすがに帝都に向かう依頼なら引く手あまたで、明日出発の護衛任務を手っ取り早く引き受ける。
諸々の手続きを終えて外に出ると、謎の男が言っていたことを反芻して僅かに身体が震えた。
「――ホントだったね、イルゲンダムで聞いた話」
「だな。"帝の名前を言わない"、"現地の料理と称するものを勧めてくる"。どっちも当てはまってた」
イルゲンダムのギルドで依頼を受けた中で出てきた協力者、それを見分ける条件にあの男は合致していたのだ。
アロンドルフ帝国の現在の皇帝、ミザーク・エリューシン。代々帝位を継承するエリューシン家の名前を取った帝都の名前。確かにどちらも語ってはいない。
「でもあの人、獣人みたいな耳でもエルフみたいな耳でも無かったよな」
「確かにね。髪に隠れててよくは見えなかったけど。ま、とにかくさ。ハンナムに行ってみようよ」
「そうだな」
*
二人が外に出た後、男はおもむろに立ち上がって椅子に掛けた薄い外套を手に取った。
「……酒代だ」
「あら珍しい、今日はもう帰るんですね」
この男、依頼も受けないのに朝からギルドに来ては、夕方まで酒をちびちび飲んで帰るだけだった。それがもうここ5年ぐらい毎日というのだから、最初は戸惑っていたギルドの職員も常連の冒険者もいい加減に慣れるというものだ。
適当に若い冒険者に絡むので疎ましくもあるのだが、そのくせ酒代だけはしっかり払っていくのだからやりづらい。
「用事を――思い出してな」
「へぇ、そうですか。あの、ホントにやめてくださいね。あぁいう事」
受付嬢が心底困ったように言うと、男はふっと笑った。
「心配するな、しばらく来ねぇよ」
「え――それはどういう……」
それには答えず、男は些か不格好な耳を撫でながら外へ出て行った。
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