手柄は闇の中
制圧は迅速だった。四方から同時にドアや窓を壊して侵入した憲兵やハルデヒトの私兵と憲兵は、勢いそのままに各部屋をあっという間に押さえていく。散発的な銃撃戦もあったようだがそれもすぐに収まり、やがて屋敷から一人の男が両脇を抱えられて連れ出されてきた。
「うまくいったようだな」
いつの間にか来ていたハルデヒトが、傍らで成り行きを見守っていたシルフィと屋敷とを見てそう言った。
「すみません、こんな遅い時間にまで付き合わせてしまって」
「いや、こちらとしてもシルフィの協力のお陰でこの国に巣食う悪党が一つ壊滅したんだ。礼を言わなければならんな」
「いえいえ。私もハルデヒト様の協力が無ければ、この事件の解決は出来なかったでしょう。それに、私自身の気持ちにも……」
屋敷から連れ出された男が、ハルデヒトの前に連れてこられる。後ろ手に縛られ口には縄が噛ませてある。余程激しく抵抗したのだろう。
ハルデヒトが噛ませた縄を外させると、男は悔しげな表情で言った。
「誰だあんたは。いや、そもそも俺にこんな事をしてタダで済むと思ってるのか」
「貴様に名乗る筋合いはない。それより貴様がグロヌイか」
ハルデヒトの問いに返事は無い。それ自体が答えのようなものだ。
「そうか。ざっとだが、これまでの貴様の犯罪行為については調べさせてもらった。よくもまぁこれまで捕まらなかったものだ。悪運が強いのか? それとも裏でコソコソするしか能の無い卑怯者だからか?」
露骨な挑発にも関わらず、グロヌイはじっと黙ったままだ。だがその沈黙を破るように、屋敷から一人の兵士が駆けてきた。
「ハルデヒト様! グロヌイの自室からこんなものが!」
手渡されたそれは、見たところ封書のようだった。既に封は切られていたが、中の手紙はまだ入っていたようだ。
「ほう。グロヌイ、これはなんだ」
「……私には関係ないものだ」
関与を否定したが、そもそも自分の部屋から出てきたものならば言うだけ無駄だろう。中を改めると、何かに対してのお礼のようだ。
「襲撃で得た財産をどこかに横流ししていたか。貴様みたいなケチで陰湿な悪党ならありそうな話だ。末尾のサインに書かれている、イザベルとは誰だ」
ハルデヒトはあくまで挑発しつつ、グロヌイを詰問する。怒りは理性を奪う。喋らなくていい事まで喋ってくれれば御の字だ。
だがさすがのグロヌイも、簡単には口を割らない。忌々しげにハルデヒトの顔を見はするものの、あくまで黙秘を貫こうという腹だろう。
「では"ビレントースにも礼を"と書いてあるが、ビレントースとは誰だ。知り合いか?」
その質問に先に反応したのはシルフィだ。
「ビレントース……! エマの教会の牧師です! 聖輝教の!」
「ほう。つまり貴様は聖輝教と繋がり、賄賂を贈る事で保身を図っていた。そういう事だな? やはり貴様は卑怯者……」
「違う!」
急にグロヌイが叫んだ。シルフィは待ってましたとばかりに、証言を書き取っていたメモ帳のページをめくった。
「そもそも最初に脅してきたのは向こうだ! 急に俺の屋敷に来て、牢屋で臭い飯を食うか私たちに協力するか今ここで決めろと脅迫してきた! 事実私たちの弱みを完璧に握り、断ればすぐにでも憲兵に突き出されそうだったんだ!
俺が卑怯者だと? アイツらの方がよほど卑怯者だ! 裏でコソコソするしかないだと? アイツらはそれ以上だ! ビレントースだろうがイザベルだろうが、今すぐ縊り殺してやりたいぐらいだ!」
*
夜が明ける。既に屋敷にいた者はグロヌイを含めて、皆が拘置所へと連行されていった。しっかりとした取り調べはそこで行われる事だろう。
そして屋敷の捜索では、この賊の悪事を裏付けるものがいくつも出てきた。不自然なほど大量の現金、無造作に積まれた指輪やネックレスなどの宝飾品。そして銃を含む様々な武器。
獣人とエルフの奴隷も数人保護された。当然奴隷を持つことは禁じられているので、これも罪状に含まれる事となる。
シルフィも一旦新聞社で休んだ後は、朝から憲兵たちと一緒になって屋敷内を捜索している。要は記事にするネタ探しなのだが、これがまた掃いて捨てるほど出てくるのだ。
「これも教会絡みの人ね……こっちは軍の関係者かしら。自分は卑怯者じゃないみたいな言い方してたけど、随分とあちこちに根回ししてるじゃないの」
憲兵が証拠物件を押収する中でシルフィも一通りメモを書き終えると、記事の草案を書くために新聞社に戻った。
「戻りましたーって、どうしたんですかバタバタして」
「どうしたもこうしたも、あなたがグロヌイについてすっぱ抜いたからよ。第一記者部は非番の人まで出てきて関係各所に事実確認に飛び回ってて、私たち第二記者部もその煽りで大忙しよ」
迎えたナイリィもそう言いつつ、様々な資料の整理にてんやわんやだった。
「ほら、シルフィも色々と持ち帰ってきたんでしょ? 早く原稿書いて校正部に回して。夕方には号外を出すから、とりあえず書いて書いて」
そう言われてしまえば、後はひたすら書き殴るのみだ。今回の騒動の発端であるサンクトゥスに向かうという若い夫婦が襲われた事件から、取材を進めるうちに自分宛に届いた脅迫状、自らが囮となってグロヌイの隠れ家を発見した瞬間。
記者自らの体験談として書く記事はウケが良い。何せ聞き回ったものと違って臨場感が違うのだ。
その代わりに私情や自らの考えを入れるのは絶対禁止のデリケートな記事ではあるが、そんな事を考える余地も無いぐらい書く事は多い。
どうしても文字数が多くなってしまうので一字ずつ活字を入れて活版を作る印刷部の人に申し訳ないなとも思うが、不要な部分は校正部で弾いてくれるだろう。
今はただ、この街に巣食っていた悪党の悪事を皆に知らしめる為の文章を書くのだ。
やがて時間が経つにつれ、各地で取材を行っていた記者たちが戻ってくる。そうなると、社内はさながら戦争状態だ。
戻ってきた記者たちが記事の草案を書き殴り、二人の編集長は記事のレイアウトを確認しながら作成された記事の草案とにらめっこしつつどこにどの記事を配置するのか決めていく。
校正部も印刷部も、もはや昼食を忘れての総力戦。決着が付いたのはそろそろ日が落ちようという頃だった。
「出来たぞ!」
試刷の一枚を持って印刷部の人が飛び込んでくる。すぐさま最終チェックに入り、承認を得られれば印刷だ。
「よし、これで行くぞ! 印刷機をフル稼働だ。配達部の人は準備、他のものは印刷と仕分けの手伝いに入れ!」
エマ新報は小さな地方新聞社。よく言えば少数精鋭、悪く言えば人手不足だ。シルフィも含めて、大体の人が他の部署の手伝いもできる。そうして良くも悪くも皆の手で、新聞を作り上げてきたのだ。
やがてある程度の量が刷り終わりいよいよ配達という時、おもむろに一人の男が印刷室に入ってきた。
「中止だ! 号外は中止! これらの記事は今すぐ、全て焼却処分せよ」
その人物が言った言葉に、全員が耳を疑った。そもそもエマ新報に努める人間ではないこの知らない男は、突然何を言っているのだろうか。
追って、今度はイルザが入ってきた。だがその顔は困惑と怒りを湛えて、最初に入ってきた男を睨んでいる。
「エイジさん、困ると言っているでしょう! それにここは関係者以外は……」
「私は関係者だろう、少なくともこの地方紙に出資しているという身ではな。違うか?」
イルザの言葉を遮るように、エイジという男は質問を畳みかける。返事が無いとみるや、刷り上がったばかりの号外を無造作に手に取った。
「ほう……これは。よく調べられている。こんな記事が出回ってしまっては混乱が広がるな」
エイジはおもむろに筆記具を取り出すと、号外に載る記事のいくつかにバツを付けていく。シルフィの囮作戦などは一文も残っていない。
「号外を出すのは構わない。それが新聞社の仕事ですからな。ですが、内容はこのようにする事だ」
「待ってください! 貴方に何の権利があって……」
「納得されませんか。でしたら出資を止めましょう。手始めに一番手っ取り早く金になりそうな、この印刷機から押収しましょうか?」
食いかかるイルザを、エイジは冷たい目で黙らせた。それに満足すると、イルザの耳元で何か呟いて部屋を出て行く。
後に残された人は皆黙ってイルザの言葉を待っていた。だか発された言葉は、ある意味では皆の予想通りだった。
「……この訂正通りに、記事を作り直して」
苦虫を噛み潰したような顔で言うイルザに、やはり納得できないとシルフィが声を上げた。
「イルザさん! どうして……」
「いいからやるのよ、シルフィ」
「ナイリィさん……」
「気持ちはわかる。でも、世の中にはどうしようもない事も沢山あるのよ」
それでも亡霊のように動き出す他の人たちの中で、シルフィはただ茫然と立ち尽くす事しか出来なかった。自分の記事が載らないという事より、こうして皆で作り上げた物がただ一人の身勝手な意見でどうにかなってしまう事が理解できなくて、悔しくて堪らなかったのだ。
*
自室に戻ったイルザは、椅子に座るなり深く溜め息を吐いた。
まさかこのタイミングでエイジが来るとは思っていなかった。しかも号外の内容にまで口出ししてくるとは……
確かにエイジはエマの有力者だ。このエマ新報にも多額の出資をしていて、その出資のお陰でこの新聞社は成り立っていると言ってもいい。
だからこそ言いなりになるしかない。先代の頃からずっとそうだ、有力者の悪事を記事にしようとすると大体こうして圧力がかかる。
あの皆の絶望の表情。特にシルフィのあの顔、居た堪れなかった。所詮自分は操り人形だという事を、まざまざと感じさせられたような気がする。
だがこうして出資を引き上げると言われてしまえば、従わざるを得ないのがこちらの立場だ。社員には申し訳ないとは思うが、涙を呑んでもらうしか無い。
それにしても、とイルザは想う。カットしろと言われた記事は、ほぼ全てがグロヌイ率いる賊がどんな組織と繋がっていたかというものだ。
こうあからさまだと、かえって自分達がグロヌイを通して少なくない利益を得ていたのだと白状するようなものだ。だが自分達にはそれを伝える手立ては無い。
前々から考えていた事を実行しなければならないかと独り言ちた。政治や貴族社会に裏があるように、新聞社同士の繋がりにも裏はある。
こうして記事に対して圧力がかかるのは、何もエマ新報だけではない。他の小さな地方新聞でも同じような事があるのだという。
一体何年前に出来たのか、いつしか地方新聞の間で一つの組織が生まれた。
"明報ルヴァン"と呼ばれるその組織では、記者たちがフリーと名乗って普通に掲載しようとしたら圧力がかかるであろう事件を取材し、ゲリラ的に報道する。
今回の事件ではあまりに展開が急だったからか来ていなかったようだが、明報ルヴァンにこの事件の顛末を流そう。
そしてシルフィをこの組織へ送り込もう。そうイルザは決めていた。不承不承とは言え圧力に慣れてしまった記者たちではなく、悪に敢然と立ち向かい見事に暴いてみせたあの娘に……
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