成績が全てではなく
「さて、試験にも出した内容だから当然知っているだろうが、竜の成育はとても早い。三歳ともなれば我々の身長など軽く超えてしまう。
当然、力も強いし馬などの家畜より頭もいい。
今更言うことでもないが、決してパートナーの竜のことを下に見ないことだ。
自分が操る、などという考えは今すぐに捨て去れ。むしろ竜のポテンシャルを最大限に引き出す為に自分が乗るのであり、活かせない自分を恥と思え。
先輩の中には、あの竜は弱いとか速度が出ないとかいう者もいるだろう。だが私たちからしてみれば、そのような戯言を吐くぐらいなら竜から降りてしまえと思う。
先ほども言ったように、竜の持つポテンシャルを生かすも殺すも君たち、竜騎士次第だ。
君たちは国を守る砦、要である部隊である。あくまでここはスタート地点だ。訓練に励み経験を積み、立派な竜騎士になることを願う」
竜騎士部隊の隊長による入隊式最後の訓示を終えると、タロスたち五人は教官に連れられて竜舎の前へとやってきた。ちなみにタロス以外は全員が人族で、レイティ以外は皆男だ。
「さて、試験の時にも挨拶はしたが改めて自己紹介をしよう。私が君たち六十六期生を訓練する、ライネル曹長だ。スパルタでやるつもりは無いが、先程の訓示の通りここは重要な部隊だ。厳しくいくからな。では君たちにも自己紹介をしてもらおう」
促されるままに自己紹介をする。タロスとレイティ、ナンムの他に合格したのは、ドランガルドとニェーボムという二人だ。どちらも人族の男である。
「さて早速だが君たちには、パートナーとなる竜を選んでもらわなければならない。一応仮だが、正式にその竜とパートナーになる事が多いからそのつもりで選べよ」
ライネルに連れられるまま竜舎に入ると、独特の獣臭とも言うべき臭いに包まれる。タロスはもちろんナンムも田舎生まれなので慣れっこだが、街育ちのレイティにはキツいようだ。
「久しぶりにこういうところ入ったけど、やっぱり少し匂うわね」
「そうか? ま、確かに俺もナンムも田舎の出だし慣れてるんだろうけど」
見ればあと二人も顔を顰めているが、それもじきに慣れるだろう。
竜舎に並ぶドラゴンたちは、皆が二歳の幼竜なのだという。しかし既に人が乗るには十分な大きさで、立ち上がれば自分たちよりもずっと大きい。
「ここに幼竜が八頭いる。好きなヤツを選べ」
ライネルはそう言ったきり、腕を組んでさぁ選べとばかりに首を竜たちの方に向ける。竜たちも生まれながらにして人に育てられれているという事もあり、タロスたちが近寄っても全く動じない。それどころか柵越しに近寄ってきて、匂いを嗅ぐような仕草を見せる竜もいるほどだ。
皆がどれにしようかと悩んでいる間に、ふとレイティはある事に気付いた。
「ね、タロス。この子たち、みんな耳が短くない?」
「耳? そう……だな。アイルに比べると確かに短いかも……」
選ぶわけでもなく二人で一頭の竜を観察していたのが目についたのか、気が付くと後ろにライネルが立っていた。
「どうしたタロス一等兵にレイティ一等兵。竜がそんなに気になるか」
「い、いえ! ただ見た事のある竜より、耳が短いなと思ったもので」
レイティの返事に、ライネルは思わず感心した。野生のそれと比べてもあまり見た目には分からないようにしていたが、いの一番に見破られたのは初めてだ。
「目が聡いな、野生の竜を見た事があるのか?」
「はい。と言うより友人の冒険者に竜に乗っている人がいまして、それで近くで見た事があるので」
「ほう、竜使いとは珍しい。まだそんな噂が聞こえてきていない辺り、あまりめぼしい活躍はしてないのかもわからんが……」
ライネルの言葉にレイティは一瞬むっとしたが、友人の性格を考えるとそれもわかる気がして表情には出さずに飲み込んだ。きっとカイルと共に、どこか自分でも知らない土地で密かに人助けをしているに違いない。それでもって二人で仲良く、のどかに旅しているのだろう。
久しぶりに羨ましいと思った。私の想い人はと言えば、今も目の前でしげしげと竜を観察している。カイルも鈍感だったが、コイツはそれ以上だ。
「ま、これは後々の座学でやる事だがこれだけ教えてやろう」
ライネルの言葉で我に返った。
「竜の耳が長いのは、遠くの音や小さな音でも聞き逃さないためだと言われている。だがその他にも役割があってな。この耳の先端を塞げば外からの音もシャットアウトできるし、他の竜と遠距離で会話もできるという。耳の先端をカットするという事は、これらの役割を封じる事になる。何故だかわかるか?」
タロスとレイティはしばし考え、やがて一つの結論を出した。
「敵に同じく竜がいた時に、竜同士で意思疎通を図ったりあるいは敵の思う通りに動かされない為。でしょうか」
「良い線言ってるが、半分正解だ」
ライネルはそう言うなり少し膝をかがめて、二人を真正面から見据える。
「これから貴様が乗るものは、なんだ」
「竜です」
「そうだ、竜だ。では竜騎士は竜を駆って、何を攻撃する?」
試験管も務めたライネルなのでタロスもレイティも話した事はあるし、その時は柔和な印象だった。
だが今は違う。真剣な眼差しで二人を見つめ、答えを待っていた。
「魔獣を――街に近付いた魔獣や、時々現れる強力な個体を……」
「逃げるな。ここは軍隊だ、今は逃げてもいつかは向き合う時が来る」
言い淀んだレイティを、すかさずライネルは指摘する。
「敵です。敵兵です。自分たちは竜を駆り、必要とあれば人を殺します」
「よく言ったタロス上等兵。大体の兵士はこの現実に向き合った時に猛烈な自己嫌悪に陥るものだが、お前は思い切りが良いな。
では人をも屠れる竜たちだ、間違っても自分を襲わないように躾けておく必要がある。二人とも手や足を誰かに切り落とされたとして、それでなお相手に反抗しようとはなかなかならないだろう。これが普通の家畜ならば通用しないだろうが、竜は知能が高いだけあってこの方法が通用する。これがもう半分だ」
話は終わりだ、さぁ早く選べとばかりにライネルは立ち上がる。しかし二人はその否応無しに突き付けられた現実に慄き、少しの間呆然としていた。
「……結局竜も、ここでは経済動物ってわけなんだな」
タロスが声を上げ、レイティが振り向く。
「私のクラスの友達で畜産をやってる子がいて、その子が言ってたの。結局は食べるために殺すんだから、名前を付けたりして感情移入しちゃうと屠殺する時辛くなるって……同じような物なのかしらね」
「かもな。でも俺もレイティも竜騎士になるって決めて、今ここにいるんだ。腹括らなきゃ」
「……そうね。そうだよね。約束したものね、立派になってまた会おうって」
それから二人はめいめいに檻の方へ向かい、それぞれの仮パートナーとなる竜を選んだ。レイティは森に溶け込める色をした緑の竜、名前は「ヤクーチア」。タロスは「派手だから」という理由でオレンジ色の竜、名前は「キルン」。
「よし、全員決めたな。では檻を開け、外へ出してみろ。やり方は座学で学んだな?」
教官の突然の命令に、五人は戸惑った。自分より体躯の大きい竜を、いきなり外へ連れ出せと言われてもどうしていいかわからない。
だが最初に成功させたのは、意外にもペーパーテスト最下位のタロスだった。
「お、その調子その調子。冬の割に今日はあったかいしな、ちょっと日向ぼっこだ」
竜相手に軽口をたたきながらタロスは平然と檻を開け、先ほど初対面の竜と共に外へ出ていく。
「すげぇ、あいつあんな平然と……」
苦戦していたナンムが思わずこぼす、レイティも意外そうにタロスの方を見ていた。
「やればできるじゃないのあいつ……」
だが一人違う感想を思った人物がいた。この中で一番体格のいい竜を選んでいた竜騎士候補生のドランガルドという男だ。
「言う事を聞かないとは思っていたが、やはり獣のことは獣が一番詳しいってことか」
侮蔑としか取れない発言にレイティはドランガルドの方をキッと睨みつける。だがそれと同じタイミングで、ライネル教官がわざとらしく靴音を立てて向かっていた。
「ドランガルド上等兵。今言ったことをもう一度言ってみろ」
「…………」
「言ってみろ!」
上官命令である。ドランガルドは小さい声で、先ほどと同じ言葉を繰り返す。その瞬間、ライネルの拳が頬を強打しドランガルドの体は竜の寝藁の方へ吹っ飛んだ。
「馬鹿者! 軍に種族差別を持ち込むなど論外、入隊した時の宣誓で誓ったはずだ。違うか!?」
竜舎に響いた怒号に、ヤクーチアが思わず身体を強張らせるのを感じた。レイティは条件反射で、首筋をさすって落ち着かせようとする。
「そもそも隊長の訓示を聞いていなかったのか? 決してパートナーの竜のことを下に見ないことだ、と言っていただろう。先程の発言は何だ。竜のことを獣と言い捨て、狼獣人であるタロス上等兵の事まで獣と言ったな? 人族がそこまで偉いと思うのなら、軍なんかやめてしまえ! わかったか!」
ライネルの叱責が終わると、ドランガルドは敬礼し竜を残して外へ走り去ってしまった。恐らくよくある懲罰で走らされているのだ。
「騒がせて済まない。だが今叱ったことが重要なことだ、それを踏まえてやってみろ。そうでなければ次の訓練に移れないぞ」
ライネルの説教が終わって、残った三人は再びパートナーを外へ連れ出そうと挑戦してみる。次に成功したのはレイティだ。
「あ、ごめんね。思わず撫でちゃったけど……」
宥めようとしてさすっていた手を離すと、ヤクーチアはじっとレイティの方を見て、やがておもむろに顔をすり付けてきた。
どうしたの? と思う前に、隊長の訓示の言葉が蘇る。自分が操るという考えではいけない、馬を操るのとは違うのだ。むしろ竜と友達になるぐらいの感覚の方が良いのではないか。
確かにサラのアイルに対する接し方がそうだったなと思い返す。あれは刷り込みもあるのだろうが、しかし今こうして竜の事を気遣った事こそが、竜騎士の在り方なのだろう。
「くすぐったいよ。じゃ外に行こう、こんな狭いところよりね?」
そう言いながら檻を開けると、レイティが先導するまでも無く軽い足取りで外へ出ていく。
「あ、ちょっと待って!」
「おい、逃げられるなよー」
先ほどとは打って変わった教官ののんきな声を後に、レイティも明るい竜舎の外へと駆けて行った。
*
まず二人、それも意外な候補生が一番乗りだったなとライネルは驚いていた。
竜をどう檻から連れ出すか。もちろん半年も経てば余程のことが無い限りは信頼関係を築けているはずだし、ここまで難儀する事は無い。だが初顔合わせで、しかも新人がこれをやるのは難しい。
だがその為の隊長の訓示、これこそが答えだ。馬を扱うように、竜を自分の格下に見ない事。これこそが一番重要なことなのである。
レイティは筆記試験でも主席だったため、一番最初に気付けると思っていた。現にレイティがパートナーを連れ出すまでにかかった時間は、ドランガルドのふざけた発言が無くとも、例年一番早く連れ出せた候補生と遜色ない。
だがライネル自身も内心で驚いたのは、筆記試験最下位のタロスが真っ先に連れ出せた事だ。
もちろん頭の良さと竜を乗りこなせるか否かはあまり関係が無いにしろ、例年筆記の成績がいい人の方が早い傾向にある。だがタロスは恐らくライネルが見てきた候補生の中でも最速だ。
「いわゆる天才肌ってやつか……成績だけが全てじゃないってことだな」
そう独り言ちると、残った二人に檄を飛ばす。そろそろヒントを与えるべきだろうか、ドランガルドもさっさと終わらせて来い。早くしないと鞍を付けるところまで行けないではないか。
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